第22話 西の蟲穴①

「ははあー、これぞ人の営みだな」


 三日後。

 ヴィラムの街の西門から外へと出れば、広々とした牧場が目に映る。飼われているのは牛や羊、山羊などと、俺の世界にいたものと似た姿なのだが、一本角だったり四本角だったりする。牧場だけでなく、南寄りには田畑もあって農業に従事する人々の姿も見てとれる。

 牧場を越えて西へと行けば、東と同じく森が広がるのだが、西の森は恵みの森だという。モンスターはおらず、狩人達が獲物を求めて森へと入るのだ。自生している果物やきのこなんかも豊富でよく採れるらしい。

 ヴィラムの住人達の営みは概ね西側に集中していると言ってもいいだろう。そして、それは冒険者も同じく。亜人だらけの東よりも稼ぎになる西に向かうのは当然のことと言える。


 ガタゴトと森の中を馬車が行く。

 今日から挑む《蟲穴むしあな》は西の森の最奥にあるため、徒歩で向かうとなると優に半日は費やすこととなる。加えて、日毎冒険者の数も多いとなれば需要もあるわけで、簡易的な幌が張られただけの荷馬車であっても乗り込む者は多い。俺達も例に漏れず、こうして馬車に揺られているわけだ。

 それにしても、恵みの森と言うだけのことはある。木々に生る実や花々は色鮮やかで、小鳥達の鳴き声がコーラスを奏でて風に乗る。茂みの影では草食の獣達が草葉を食み、それを狙う肉食の獣の姿もちらほらと、生命の輝きと営みで賑わう豊かな森だ。

 森の景色を楽しんでいると、やがては馬車を繰る御者の声と共に荷馬車が止まる。目的地へと着いたらしい。

 荷馬車から降りれば、そそり立つ岩壁で森は行き止まり、大きく口を開けた洞窟が待ち受けていた。


「冒険者の皆さんはこちらへ並んで身分証の提示をお願いします」


 誘導するのはヴィラムの領主に仕える兵士達だ。洞窟の前には陣営が敷かれ、出入りの管理を徹底しているらしい。


「なんだか東とは様子が違うわね」


 とリーナが言う。


「いや、こっちの方が普通だろ。寧ろ、モンスターがいるにしては東は緩すぎると思ってたからな」


「多分、こっちの方が適正レベルの最低値が高いからだろうね」


 ナルシスの言う通りで、駆け出しは東の森の手前まで、オークが生息する中程にはレベル7から立ち入りが許可される。そして、この《蟲穴むしあな》の適正レベルは10からと、これまでより一段上の環境と思って間違いないだろう。


「それに、ここのモンスターは食材にもなるんだから、人々を守護するって観点から言えば神経質なくらいでちょうどいいと僕は思うよ」


 流石は前世で騎士となったナルシスだけあって、国に仕えるということをよく理解しているようだ。


「では、次の方こちらへ」


 列に並んで数分で俺の番が来た。立ち入りのチェックは周りからは見えないようにと張られた幕の向こうで行うらしい。幕を潜れば見張りの兵士が二人。ぽんと一つ置かれた机にも一人。机にいる兵士が俺を呼び寄せて、ギルド発行の簡易身分証の提示を求めるので手渡す。


「冒険者ナンバー712の12、名前はグレン。本人に間違いはないか?」


「ああ」


「では、《状態表記ステータス》の表示を。習得魔法の項だけは削除を許可する」


 このやり取りは事前にギルドで聞いていた通りのもので、従わなければならない必須の手続きである。身分証と《状態表記ステータス》の両方をチェックすることでレベルの詐称や成りすましを防ぐのだ。冒険者のみが扱える魔法である《状態表記ステータス》を偽造することは不可能なのだから、これ以上に信用出来るものもそうはない。


「地図は持っているか?」


「ああ、この通り」


 事前にギルドで購入した最新版の地図を懐から取り出す。内部が広いため携帯が義務付けられている。


「うむ。よろしい」


 どうやら問題なく終了したようだ。兵士は満足げに頷くと……


「なあ、あんた、いま噂のスーパールーキーだろ? 召喚されたのは一ヶ月前だっていうのにもう《蟲穴むしあな》まで来るんだから、噂通りの凄腕なんだな」


 雑談タイムが始まった。


「ああ、まあな」


「てことは、お仲間さんが《獄炎ごくえん魔女まじょ》こと超絶美少女リーナちゃんていうのは?」


「まあ、その通りだな」


「かー! 羨ましい! いやね、俺もさあ、本当は冒険者になって美少女と冒険とか旅とかしてみたいわけよ!」


「そ、そうか」


「はっ! もしかして、次はそのリーナちゃんが……?」


「待ってるな」


「オーケー! グレンさん、あんたもういいよ。はーい! 次の方ー! お早くお願いしまーす!」


 最早、俺には用はないと幕の外へと押しやる兵士達。気持ちは分からなくはないが、それで良いのか兵士よ! と言いたいところだが、これは全て女神信仰の所為だったりする。

 何故なら、冒険者とは女神の遣いであると教義で堂々と公言してしまっているのだから。盲目なる信徒達が冒険者に憧れを抱き、英雄視までしてしまうのも当然なのだ。それが美少女ともなれば、男達の憧れが加速するのも言うに及ばず。一方で、しがない傭兵にすぎなかった俺なんぞの中身を知った日には盛大にがっかりするのではないだろうか。いや、逆に親しみを覚えそうな気もする。これだから、宗教ってやつは前世から苦手なんだ。


「どうしたの? ぼーっとして」


 物思いに耽っているうちにリーナの手続きも終わったらしい。


「いや、ちと信仰についてな」


「何それ? そんなに信心深かったっけ?」


「逆だ。女神のやり口について思うところがあってな……っと、この話は終わりだ」


 敬虔なる信徒達の前で女神を批判する勇気は俺にはないのである。


「やあ、お待たせ。行こうか」


 と、ナルシスの手続きも終わったところで、いよいよ今日の仕事の始まりだ。俺達は互いに顔を見合わせると、口を開ける洞窟へと挑むのだった。

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