第20話 異世界お食事事情

 翌朝六時。

 時を知らせる鐘の音が三つ鳴ったのを聞いて、俺はいつも通りに目を覚ました。


「うん?」


 目を開ければ見慣れない天井だ。


「ああ、そうか……」


 一瞬考えてから思い出す。

 朝起きて、というシチュエーションに限定すれば、確かに初めて見る天井に違いない。

 この世界に来て昨日で一ヶ月。初日から世話になっていたルーキー専用の寮の使用期間が満了を迎え、今に至るという単純な話だ。

 ヴィラムの街の東側、大通りから二つほど小道に入ったところにある《仔猫の尻尾亭》という小さな宿屋の一室が現在地となる。

 なんとも可愛らしい名の宿屋だが、安い割には小綺麗となかなかの穴場で、元々ナルシスが泊まっていた宿屋であり、たまたま二部屋空きがあり、と偶然が重なったのでリーナ共々暫く世話になることに決めたのだった。


「ん──っと。さて、今日こそ買い物だな」


 身体を起こして大きく伸びをする。昨日は急遽大物が出たということで仕事となったのだが、その疲れはない。というか、この世界で日々を過ごすほど身体の調子が良くなっていく。

 原因は魔力だろうか。この世界の生物は常に魔力の恩恵とやらを受けているらしい。とりわけ冒険者は恩恵を受けやすく、身体機能の向上にまで反映されるとか。話半分で聞いていたので仔細は忘れたが……。


「とりあえず、飯だな」


 腹が減っては何とやらと、頭を使うのは後にして二階の部屋を出て階下に降りる。


「あら、お客さん。朝が早いのねえ。ちゃんと眠れたのかい?」


 にこやかに出迎えたのはこの宿の女将だ。まだ若く、三十代前半だろうと思われるが、厨房にいる亭主と二人で店を切り盛りしているらしい。


「ああ、おかげさんでね。あれくらいの酒じゃあどうってことないさ」


「あらあら、お酒が強いんだねえ。それじゃあ、朝食も食べられそうね。用意しておくから顔でも洗っておいで。宿の裏に水場があるからさ」


「ああ、使わせてもらうぜ」


 言われた通りに表へ出て、裏手の水場へと向かう。どうやら季節は夏に向かうらしい。初夏の気配を乗せた風が緩やかに吹く、気持ちのいい朝だ。


「お、旨そうな匂いだ」


 宿へ戻れば、厨房から漂ってくる匂いが空きっ腹を刺激する。


「簡単なものだけどね」


 と、女将がテーブルに置いた肉と野菜の煮込みは出汁が効いていて、硬めに焼かれたパンを浸すにはちょうどいい。それからもう一品。大ぶりにカットされた白身のソテーを頬張れば、ぷりっとした歯触りのいい肉質。噛むほどに旨味と甘味が滲み出て、程良い塩気と調和する。前世でいえば海老に近い味わいだろうか。

 この白身肉だが、実は食用となり得るモンスターの肉だったりする。ヴィラムの街の西にも《蟲穴むしあな》という狩場があるのだが、そこに生息する《バグ》という虫型モンスターの幼虫がこの旨い白身肉の正体なのだ。体長五十センチ程の白い芋虫のような見た目は、初見ではインパクトがあるが見慣れればどうってことはない。

 ヴィラムでは名産と言ってもいいくらいに親しまれているメジャーな食材なのだが、冒険者の一部には虫だとかモンスターだとかという分類に過剰に反応して毛嫌いする者もやはり少なからずいるとか。前世の食文化との違いに適応できていないだけなのだろうが、これだけ旨いもんを食わないとは俺からすれば、そいつらは人生を損している。旨いもんに罪はないのだ。

 ギルドの酒場の飯も旨かったが、この宿の味付けもなかなかのものだ。旨いもんを食えば一杯やりたくなるのが酒飲みの性というもの。


「女将さん、エールも頼むわ」


「あらあら、いいのかい? うちとしてはありがたいけどさ」


「ああ、今日は休みだからな。仲間もどっちみち起きてきやしないさ」


「そういうことなら。用意してくるわね」


 昨日はオークキングという大物を仕留めたことでパーティーとしての成果も上々と、大いに盛り上がったのだ。リーナもナルシスもかなり飲んでいたから当分起きてはこないだろう。

 俺の場合は職業病というやつで、どれだけ酒を飲んでも必ず決まった時間に起きるし、何かあればすぐに目を覚ます。そうでなきゃ、前世で夜襲をかけられてとっくの昔にお陀仏だ。

 そうして白身肉をツマミに、迎え酒を楽しんでいれば、同じ宿に泊まる同業者達の噂話も耳に入る。

 オークキングを倒したのは誰それとか、とあるルーキーが雷魔法を習得したとか。こういった稼業に身を置くだけあって耳の早い者もいるようだ。


 朝飯を済ませる間にもリーナとナルシスが降りてくる気配はない。ゆっくり寝かせてやることにして、俺は一人で街に出掛けることにした。

 休みの日は街をぶらつくのが俺の楽しみだ。戦乱の世に生きた前世だっただけに、こうして平和な人の営みが見られるだけでも新鮮な感じがする。俺のいた世界ではどこに行っても貧困に喘ぐ悲惨っぷりだったのだから、もしも朝飯にでた白身肉などがあろうものなら、見た目のインパクトなんぞは関係なしに、人々は目から涙を垂れ流して貪り食ったことだろう。

 この白身肉はなかなか金になる。実は、俺達もようやくこいつに狙いを定めることが出来るようになったのだ。数日中には次なる狩場、件の《蟲穴むしあな》に出向くことになるのであった──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る