第24話 西の蟲穴③

 ヒュッと鋭く空気を切り裂いて狙いすました矢が飛ぶ。とすぐに、カッと命中した音が鳴り、続けざまにドカンとド派手な爆発音をあげてバグ・ボマーが空中で木っ端微塵に爆散した。

 その下では急所を剣で貫かれ、或いは魔法の光弾で押し潰されたバグ・ソルジャーが「キィィィ!」と金属を擦ったような声で鳴いて力尽きる。

 しかし、その後方から何匹ものバグが続々とやってくる。


「ナルシス、退がれ!」


 とどめを刺したバグ・ソルジャーから騎士剣を引き抜いたナルシスは俺の合図で後退し、そこへ──


「《火球ファイアボール》」


 リーナの火魔法が炸裂した。然程広くはない窟内に爆炎の余波が吹くが、ナルシスの構えた大盾がその熱風を僅かながらにでも軽減してくれる。


「うむ、まあまあだな」


 やはり、俺達のパーティーとしてのバランスは悪くない。安定した攻守を兼ね備えるナルシスが前衛で盾役を務め、中距離から一方的に攻撃を可能とし、数種類の魔法を使い分けることで単なる火力特化にとどまらず、戦略的に魔法を運用するリーナ。そして、俺が索敵と指揮を受け持ち、飛行型のバグ・ボマーを弓で撃ち落としてサポートに努める──と、洞窟というフィールドに合わせた堅実な戦法も急造にしてはまずまずの出来だ。


「しかし、改めてグレンには出来ないことはないんじゃないかと思えるね」


「買い被りすぎだ。弓も指揮も戦場で覚えたに過ぎねえし、名手や軍師には到底及びやしねえよ」


 ナルシスの称賛を真っ向から否定する。剣には自信があるが、それ以外の技能はたしなみって程度のもんだ。

蟲穴むしあな》に挑む前に集めた情報から警戒すべきは飛行型のバグ・ボマーであることは想像がついたものだ。体長三十センチ程とバグ・ソルジャーを小型にしてはねをつけたといった見た目のバグ・ボマーは飛んでいるだけでも面倒なのだが、その身の内には空気に触れると爆発的に燃焼するという体液を少量ではあるが蓄えている。それを吐き出して攻撃するという時点で厄介極まりないが、近接戦闘で倒した場合、その体液が漏れると思わぬダメージを負う可能性がかなり高い。しかし、いちいち魔法で撃墜していてはすぐに使用回数の限界を迎える。故に、多少は覚えのある弓を用意して俺が弓使いの真似事をしているわけだ。

 魔法が乱れ飛ぶ世界ではあるが、弓が存在している以上、一定の活躍が見込まれているのは疑うべくもない。


「よーし、当たりだな」


 迷路のような洞窟の行き止まりの一つに辿り着いた俺達は、ついにお宝ことバグ・ミールを発見した。

 全てのバグは《クイーン》と呼ばれる雌の個体が産む卵から孵る。孵化した後に、巣穴のあちこちに分散して子育てを行うというのがバグの習性らしい。つまり、現在地は子育てを行う育児室とでも言ったところか。

 巣穴に潜り込んで子供を攫うって意味では、俺達のやっていることはなかなかに鬼畜な所業であるが、相手はモンスターだ。東の森の亜人同様、頻繁に数を間引く必要があり、ヴィラムの街の食を満たす必要もありとくれば、狩猟として納得するしかない。

 とりあえず、こうして俺たちもささやかながらにでも、ヴィラムの胃袋を支えるという働きが出来るようになったわけで、おんぶに抱っこの寄生生活パラサイトからは脱したと言えよう。ようやくリヴィオン社会の一員として名乗ることが出来るってもんだ。

 それはさておき、今は収穫の時だ。


「ほら、どんどん詰めろよ」


「やってるわよ、もう」


「いやいや、凄い数だね」


 無情にも、無抵抗な幼虫に短剣を突き刺して殺し、亡骸を《空間収納ストレージ》に収めていく、というのが《蟲穴むしあな》においての収穫方法である。

 これには理由がある。《空間収納ストレージ》という冒険者専用の収納魔法には生きているものを収められないという制限があるのだ。とはいえ、その制限もあやふやなものだが、バグ・ミールを始めにゴブリンや獣なんかも完全に息を止めてからでなければ魔法効果が反応しない。しかし、獣などの体内にいる寄生虫なんかは見逃されるらしい。やはり、その制限ラインはあやふやなものと言えよう。

 そうして、《空間収納ストレージ》の効果たる宙に浮いた円陣へとお宝を突っ込むという地味な絵図は長々と続き……ようやく最後の一匹を収めて終了だ。


「はー、やっと終わったわね……」


「何匹いたんだろうね。百までは数えたけど、途中でやめてしまったよ」


「だな、俺も諦めた。つーか、次回はリーナがとどめを刺す係な? 結局やらなかっただろ」


「絶対いや!!」


「諸々込みで狩りなんだから慣れろって」


「まあまあ、リーナだって見慣れれば耐性もつくんじゃないかな。そう急ぐことでもないし、少しずつね」


「そ、その通りよ。流石ナルシスね。話が分かるわ」


 シスコンだけあって、妹にそっくりなリーナには甘い男である。リーナもリーナで、料理になれば旨そうに食べるし、死んでいれば平気らしいが、動いてる姿だけ苦手とはおかしな話だ。

 まあ、この話は一旦保留にして……地味な作業ではあったが、稼ぎとしてはまずまずだ。《空間収納ストレージ》にはまだ余裕があるとはいえ、三人分ともなると相当数となる。

 洞窟内の行き止まり全てが育児室ではないので、今日も運に恵まれたわけだが、俺達はあることを忘れていた。

 俺達の運は良くも悪くも引きが良いということに──。


「まあ良いか、収穫もあったことだし、今日は引き上げるぞ」


 と、俺が言った時のことだった。

 突然、洞窟内が揺れた。いや、揺れているのは俺達の足下だ。


「──何だ!?」


「きゃー!!」


「じ、地震?」


 三者三様に叫ぶ。そして──

 不意に、俺は宙に浮いた。


「グレン──っ!!」


 リーナが叫び、その姿が遠のく。


「リーナ! 駄目だ、下がるんだ!」


「だって! グレンが──」


 穴の淵で、駆け寄らんとするリーナをナルシスが止めた。それもすぐに見えなくなって──俺は浮遊感を覚えながら、闇の中へと落ちていった。

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