第9話 パーティーを組もう②

「ぷっ、ははははっ!」


 どうにもくすぐったい感じがして、俺はつい吹き出してしまった。


「今度は何よ?」


「いやいや、こういうのは懐かしくてな。昔を思い出す」


「年寄りくさいわね」


「くくっ、確かにな」


 呆れ顔をしたリーナにパーティー結成を白紙に戻されては堪らないと、なんとか笑いを収めながら杯を掲げる。


「とりあえず乾杯だな」


「また?」


「めでたい時には乾杯するんだよ。ほれ、かんぱーい」


「はいはい、かんぱーい」


 プライドの高さは感じるが、渋々ながらも茶番に付き合ってくれる辺り、融通が利かないタイプでもなさそうだ。


「それじゃあ、思いつく限りの約束事を決めておこうぜ」


「賛成ね。私、ルーズな男は嫌いだから」


「男のそれは器がでかいっていうのさ」


「物は言いようね」


「違いねえ」


 パーティーを組む以上、ルールは必須だ。一種の契約なのだから、揉め事を回避する意味でも、互いを尊重するという意味でも。


「そうだな。まず目標はどうする?」


「そりゃあ、北を目指すんでしょ?」


「だな。ペースは?」


「無理なく最速でってところじゃない?」


「賛成だ。ノルマは稼ぎたいからな。それにせっかくの異世界なんだ。色々見たいし、冒険するからこその冒険者だろ?」


「そうね。どんな世界かは見るべきね」


 百聞は一見にしかずなんて言うが、百聞すらない俺達なのだ。実際に目にするに限る。


「まあ、暫くは雑魚狩りだけどな。ヨゼフの爺さん曰く、生きることから始めろってよ」


「言ってたわね。まずはご飯代と宿代を稼がなきゃ」


 俺達は、今はギルドの裏手にあるルーキー専用の寮を宿としている。寮を使えるのは一ヶ月のみと決まっているのだ。


「んじゃ、明日から早速仕事を受けるってことでいいか?」


「ええ。なら今日は買い物ね」


「ああ。最低でも武器と鎧がないと話にならねえからな」


 昨日のチュートリアルで使った武具はあくまでも貸し出し品ということで返却済みだ。


「あ、そう言えば三ヶ月後に新人戦ってイベントがあるらしいわよ?」


「何だそれ?」


「その名の通り、年に二回だけ開かれるルーキーのお披露目会らしいわ。参加は任意だけど賞品を逃す手はないんじゃない?」


「賞品とは?」


「使える魔法が一つ増えるって話ね」


「決まりだ。そいつは頂こう」


 これで当座の目標は決まった。


「あとは、お互いをどこまで信じるかって話なんだが……」


「どういうこと?」


「《状態表記ステータス》を見せるか、否か」


「本気で言ってるの? 個人情報はトップシークレットよ? だから、こんなものが支給されるんじゃない」


 そう言うリーナの手の中には一枚のカードが握られている。ギルドが発行する簡易的な身分証だ。俺も昨日のうちに持たされた。


「ああ。長い付き合いになるなら互いが出来ることは知っておくべきだ。それ次第では命を懸ける一線も変わってくるだろ?」


「命懸けって言っても、私達は……」


「ああ、死なないな」


 そう、俺達は──冒険者は死なない。いや、正確には一度死ぬ。しかし、そう時を経ずして蘇る。


 転生の折に予感した通りだった。ノルマとは神の定めた呪いだ。定められた数の敵を殺すまで、真に死ぬことは許されないのだ。

 思うに、だからこそのチュートリアルなのだろう。転生初日に、百匹ものゴブリンをけしかけてまで死を体験させようというのだ。どう考えても異常でしかない。

 だが、世界の侵略と防衛という桁外れのイベントに、か弱き人の身で参加するには仮初めの不死と、それに耐え得る心の強さくらいは必要なのだろう。それがギルドの方針ということは既に明白だ。


「こいつは俺よりもリーナの方がデメリットは大きいだろうしな。判断は任せる」


 この世界では魔法の占める割合が大きいという。それでも俺は剣の腕に絶対の自信がある。それに完全な魔法職であるリーナと比べれば、俺の魔法は間違いなく劣るはずだ。

状態表記ステータス》に魔法の全てが刻まれている以上、リーナにとっては切り札を明かすことに他ならない。そのリスクを背負えるかと迫っているのだ。

 もっとも、情報の公開を最低限に抑えることも可能ではある。

状態表記ステータス》の効果は宙空に己の情報を光る文字で綴るというもの。その綴られた文字には僅かに触れただけで崩れてしまうという特性がある。それを利用して、隠匿したい情報をわざと崩して隠すことは出来るのだ。

 但し、信頼を問う現状ではそれがそのまま答えだ。受けるか躱すか、俺達の関係性は今この瞬間に決まるといっても過言ではない。


「いいわ。一理あるもの」


「はっきり言うが、ビジネスとしてのパートナーと定めるなら必要ないぞ?」


「でも、それじゃあ、いつか足りなくなるわ。そういう戦いに挑むつもりでしょ?」


「俺はな」


「なら、私もよ。全部見せるわ」


 俺達にそこまでの資格があるかどうかは分からない。ただ、世界の命運を左右する戦いに飛び込むのなら相応の覚悟がいるはずだ。


「分かった。んじゃ、俺から見せよう。《状態表記ステータス》」



 ────────────

 名前:グレン

 年齢:15歳

 性別:男

 職業:魔法剣士 Lv.4

 習得魔法

 ・魔弾バレット(5/5回)

 ・魔盾シールド(3/3回)

 ・炎の剣フレイムソード(2/2回)

 ・増力ブースト(1/1回)

 ・状態表記ステータス

 ・空間収納ストレージ

 ────────────



「ふーん、レベルは同じね」


「そりゃ、倒した数は同じだろうしな」


 チュートリアルの内容に差がなければ、最初の十匹と、洗礼の百匹を相手にしたはずだ。


「次は私ね。《状態表記ステータス》」



 ────────────

 名前:リーナ

 年齢:15歳

 性別:女

 職業:大魔導士 Lv.4

 習得魔法

 ・魔弾バレット(13/13回)

 ・魔盾シールド(3/3回)

 ・魔壁ウォール(2/2回)

 ・火球ファイアボール(7/7回)

 ・氷矢フリーズアロー(3/3回)

 ・火炎の嵐ファイアストーム(2/2回)

 ・治癒ヒール(3/3回)

 ・反射リフレクション(2/2回)

 ・状態表記ステータス

 ・空間収納ストレージ

 ────────────



「こりゃ凄い。流石は魔法職ってとこか? 魔法の数も種類も多いな……ってか、多すぎないか?」


 先天的に習得している魔法の数には多少の個人差があるものの、基本的な傾向は決まっているそうだ。例えばリヴィオン生まれの人間なら一つか二つ。俺達、転生者なら三つから五つが平均と言われるが、リーナの習得魔法は八つ。これは冒険者として登録した暁に与えられる魔法道具の《冒険者の指輪》を装備して初めて使える《状態表記ステータス》と《空間収納ストレージ》の二つの魔法を除いてカウントしている。


「ん? 大魔導士? さっき、職業は魔導士って言わなかったか?」


「言ったわね」


「そうか、賢明だな」


「でしょ?」


 確かに、自己紹介をした時は《とりあえず》の話だったのだ。おそらく、リーナの職業は稀少レアなのだろう。自己防衛という意味では大正解だ。そして、真実を明かす決断をしたリーナを俺は称えるべきであり、それと同時に信頼に応えるべきってわけだ。


「まあ、細かいことは相談しながらってことで、よろしく頼むぜ、相棒」


「こちらこそ、よろしくね」


 こうして、俺達はパーティーを組んだ。この勝気な大魔導士の少女との出会いは最高に幸運なことだったと、俺はこれから先、幾度となく思うことになるのである──。

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