第8話 パーティーを組もう①

「じゃ、改めて、俺はグレン。職業は魔法剣士。歳は十五……つっても身体のな」


「リーナよ。職業は魔導士。同じく十五よ」


 本人の言葉通りに機嫌は直ったらしい。変に構えた風もなく、その自然体からは己への自信が伺える。俺と同じくだ。


「はい、お待ちどー。エール二つね」


 短い自己紹介を終えたところで、酒場の女主人こと、おばちゃんが現れた。


「やっぱりねえ。あたしゃ、あんたらがパーティーを組むことになるって最初から思ってたよ」


「いや、まだ自己紹介の段階だけどな」


「そうなのかい? だったら、あんた、こんな別嬪さんを逃す手はないよ」


 色々と気の早いおばちゃんである。好き放題に言ったかと思うと、リーナにはニカっとひとつ笑いかけて去って行った。


「さて、とりあえず乾杯するか。ほら、ジョッキ持てって」


「私、お酒飲んだことないんだけど」


「ならちょうどいい機会じゃないか。ほれ、かんぱーい」


 戸惑うリーナのジョッキへと一方的に乾杯を押しつけてから、俺はゴクゴクとエールを流し込み、一気に半分ほどあおる。


「くぅー、旨い!」


 如何にも旨そうに飲んだ俺を見てリーナも試す気になったのか、おそるおそるといった感じでエールに口をつけるが……。


「うえ、変な味……苦いし……」


「この味が分からないとはなあ。ちょっと早かったか?」


「何よ、歳は同じじゃない」


「俺の場合、精神年齢はもうちょい上だからな。いや、この世界じゃ十五で酒が飲めるようで助かったぜ」


 実年齢は三十過ぎのおっさんなわけで、酒が飲めない世界だったら拷問でしかない。


「ああ、それでなのね」


 からかい口調の俺に憮然としたリーナだが、反撃の糸口を見つけてにやりと笑う。


「うん?」


「妙におやじ臭い喋り方だと思ってたら、やっぱりおじさんだったんだ?」


「ほっとけ」


「あ、当たりなんだ。ねえねえ、何歳だったの? おーじーさん?」


「うるせー」


 隠すことでもないが、事あるごとにネタにされそうで気が進まない。

 誤魔化すようにジョッキを傾ける俺にリーナも習うが、やはり好みの味ではないらしい。


「こんなのが美味しいの?」


「最高にな。俺の世界にも似た酒があったってのもあるんだが。ほら、苦味だけじゃなくて、香りやコクといった味わいを楽しむんだよ。喉越しもな」


「ふーん」


 そんなものなのかと言わんばかりだが、ちびりちびりと杯を進める姿は可愛げがある。


「はいよ、ランチ二つね。大盛りサービスは内緒だよ」


 再びおばちゃんがやって来て昼飯を置いていく。ローストした肉とクリーミーな見た目のシチューにパンが付いた三点セットの二人前は、おばちゃんの気遣いでどちらも大盛りサービスのボリューム満点である。


「さて、せっかくの出来たてだから食っちまおうぜ。話は後だ」


 言うが早いか肉を口に放り込んで舌鼓を打つ。俺とは違ってリーナは品のある食べ方だが、表情から料理が気に入ったことは伝わる。実際、味はかなり良い。安くて旨いしギルドの隣とくれば客の姿が多いのも頷ける。

 あっという間に食事を平らげればアピールタイムだ。堅苦しくならないようにエールを流し込みながら、俺は話を切り出した。


「この世界に来たのは一昨日だったな?」


「ええ」


「俺は昨日だったんだが……目覚めて起き上がった時、びっくりしなかったか?」


「サイテー。普通、初対面の乙女にそういうこと聞く?」


「いやいや、文句を言うなら女神にだろ」


 どうやら全裸で送り込まれたのは俺だけではないらしい。そういう仕様なのだろう。今となってはどうでもいい話だが……。


「まあ、冗談はこの辺にしてと……そろそろ本題に入るとしようか」


 そう前置くと、俺は姿勢を正してからアピールタイムへと移った。


「そうだな。簡単に俺の出来ることを言おうか。俺は前世では傭兵だった。戦場で生まれ落ちたらしくて、物心ついた時にはもう戦場を駆け回ってたよ。だから戦うことには慣れてるし、剣の腕にもそれなりの自信がある。大抵の奴とはそこそこ戦えるだろうし、格上相手でもどうにか逃げるくらいの機転は利くだろう。モンスターってのがどの程度のもんかは知らねえが、ヤバそうな奴を嗅ぎ分けるのも得意だ。生き残るにゃ役立つぜ。魔法に関しては完全に素人だからこれからに期待してもらうしかないな。とまあ、こんなところか。そっちの得意なことを教えてくれ」


 俺としては、今の段階で言えることは言ったつもりだ。あとは相手の出方次第だろう。

 口をつぐむと同時に俺は敢えてリーナを値踏みするように見た。その無遠慮な視線に一瞬たじろぐも、持ち前の勝気を瞳に宿してリーナは口を開く。


「私は前世でも魔法使いだったわ。この世界の魔法とは全然違うけど、国で一番の実力者よ。もちろん、この世界でも一番を狙うわ。一つだけ確かなことは、剣を振るうしか能のないあんたには出来ないことが私には出来るってこと。私こそが魔導の深淵を極める者よ。それをこの世界でも証明してあげるから、ひれ伏す準備でもしておくことね」


 少女は目を爛々と輝かせて言い切った。俺に魔法のことは分からないが、目の前の少女の身体には収まりきらないのではと思わせる、強大な何かを感じる。それは、力を求め、手に入れてきた強者の匂いでもあった。


「いいぜ、気に入った。相棒ってのは、そうこなくっちゃな」


 俺は今一度、少女の眼を見た。

 透き通るような碧眼は、どこまでも清らかで、底が見えないほど深い。

 そして、第一印象で感じた通りに、今もその芯には力強い光がある。


 ──決まりだ。これ以上の出会いはない。


 俺は確信と同時に口説いていた。


「俺から頼もう。俺とパーティーを組んでくれ」


 対して──


「いいわ。組んであげる」


 少女もまた快諾するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る