第7話 二人のルーキー
こちらを見るその少女は、おそらく誰もが美少女というだろう。
目にも眩しい鮮やかな金髪を結い上げ、白くきめ細やかな肌に完璧に描かれたパーツは、天界の住人を想起させる。まさに可憐の一言だが、透き通るような碧眼の勝ち気な光が少女の魅力をより一層引き立てる。
「お? 今日は俺だけじゃないのか。っと、俺はグレンだ。よろしくな」
その美貌に感心しつつ、たまたま目が合ったこともあり、名乗り出ると──
「リーナよ」
と、短く返る。鼻っ柱の強そうな凛とした声は、勝気な瞳とよく似合っている。
昨日の執務室風とは違って、長机と椅子がいくつも並んでいる部屋だ。入り口に近い席の一つに陣取ったところで「ねえ──」と斜め後ろから声がかかった。振り向けば、リーナと名乗った少女が俺を見ていた。
「俺か?」
「私とあんたしかいないじゃない」
ごもっとも。俺に連れはいないし、俺が開けて以降、部屋のドアは開いていない。
「何か用か?」
「チュートリアル、クリアしたって本当?」
「ああ」
「そう」
「何で俺だと思ったんだ?」
「その髪よ。真っ赤じゃない」
納得した。どうやら俺が杞憂したように早くも悪目立ちをしているらしい。
ふと俺の方も気になって、少女に話しかけてみることにした。
「そっちは?」
「何よ?」
「チュートリアル、どうだったんだ?」
「クリアしたわよ」
ふん、と得意げな答えに、俺はますます興味をそそられた。別に出会ったばかりの少女を口説こうとかそういう話ではない。どこからどう見ても戦士には見えない少女の力に興味が湧いたのだ。
「あんたか、訓練場を火の海にしてゴブリン共を焼き尽くしたってのは?」
「まあね」
酒場で仕入れた噂話を餌にしてみれば、ふふん、とますます上機嫌な少女が釣れる。
「火だるまにして高笑いしたらしいな」
「そうよ。──って、違うわよ! それはあんたの方でしょ!」
「ははははっ、引っかかったな」
思わずからかってしまったが、察するところ、なかなかノリも良さそうだ。
「しかし、あんたみたいな少女がねえ。そんなに強そうには見えねえがなあ」
「ふんっ、脳筋馬鹿には私の偉大さが分からないようね」
「ちーっとも分からん。お嬢ちゃんにゃ、剣の一本も振れねえだろ?」
「私には棒切れなんて必要ないわ」
「へえ。じゃあ、どうやって戦うんだよ? まさか、ビンタとかじゃねえよな?」
「うっさいわね! 魔法に決まってるでしょ! 燃やすわよ、この猿!!」
勝ったな。魔法の腕前は相当なものらしいが、まだまだ青い。見た目は俺と同じくらいだが、精神的には若いのかも知れない。
などと分析していると、一方で少女は俺のドヤ顔がお気に召したらしい。
「ちょっと、あんた何で勝ち誇った顔してるのよ?」
「なに、戦いってのは最後まで冷静だった方が勝つもんだからな」
「そんな勝負受けたつもりはないんだけど」
「気にするな。俺の中で始まっていただけの戦いにすぎん」
「あんたの勝手で私が負けてることになってるのがムカつくのよ!」
「ほお。負けた自覚はあるわけだ」
「──うっざ!!」
それっきり、余程腹に据えかねたのか、少女はそっぽを向いて無視を決め込むことにしたらしい。なんというか可愛いもんだ。
するとここで、見計らったかのようにドアが開いた。入ってきたのは言わずもがな──
「ごめんごめん、お待たせしましたー」
俺を呼び出した、コンラットである。
「あれ? なんか変な空気じゃない?」
そっぽを向いたままの少女を見れば、原因を俺と見るのは当然だが、わざわざ説明するのも面倒だ。肩をすくめるだけの俺と、相変わらず無反応な少女とを見比べるも、コンラットも特に追求はせず。スケジュールを優先すると決めたらしい。
「えー、では始めますか。今日はリヴィオンの常識についてで──」
と、始まった講義は大した話ではなかったが、持ち前の軽快な口調で喋り倒したコンラットの話術はかなりのものだった。
あっという間に二時間弱が過ぎたところで、外から昼時を告げる鐘の音が聞こえた。
「──まあ、こんなところかな」
この国は王政で、貨幣にはいくつかの種類があり、街の外に出る時の装備一式や手続きを教えられ、明日から早速仕事を受けられるなど、話は多岐に渡ったが、総括すると困ったらギルドに報告しろとのことだった。
「最後に、真面目な話を一つだけ。転生者が召喚されるのは毎月二、三人くらいって話はしたけど、それでも君達みたいに続けざまにやって来ることはちょっとだけ珍しいんだよね」
俺は昨日、少女は一昨日転生したそうだ。
「しかも、二人ともチュートリアルを全クリしちゃう程の実力者ときたもんだ。これは運命じゃないかなって僕は思うわけさ」
ああ、話が見えた。要するに──
「二人でパーティーを組めってか?」
「ご明察! なんでかって言えばさ、将来性も見越して考えると、君達と釣り合う人材ってそうはいないんだよね。この街には冒険者は大勢いるけど、多分一人か二人いれば良い方じゃないかなー?」
実は、俺も同じことを考えていた。先を考えればどうしても仲間は必要だ。モンスターを狩るにしろ、北の最果てを目指して旅立つにしろ、一人の力には限界がある。
特に後者。
ここ、始まりの街ヴィラムはこの国で最も安全な場所だという。その周囲にでさえ、雑魚とはいえ多数のモンスターが生息している。
更に北の地であったらどうなるかは想像に難くない。単身で旅に出るのは現実的ではないが、足手まといになるようでは困る。信頼出来る実力者と組む必要があるのだ。
そして、信頼とは一朝一夕で築けるものでもない。生死の一線が懸かった時に信じられる相手ともなると、その出会いですら余程の幸運に恵まれねばならないだろう。
「まあ、決めるのは君達だから二人で話し合うといいよ。例えば、とりあえずパーティーを組んでみて、合わなければ経験を積んだ頃に中級者のパーティーに入るなんて手もあるしね。てことで、僕の講義は終わります。あとは勝手に帰っていいからね」
そんなに腹でも減っているのだろうか。コンラットは言いたいことを言うと、さっさと部屋を後にしてしまった。今までの賑やかさが嘘のように、室内には急に静けさが満ちる。
さて、どうしたものか……。
いや、これ以上考えるまでもないか。俺の結論は既に出ているのだ。
とくれば、まずは……
「あー、なんだ。さっきは俺が悪かったよ。試すってわけではなかったんだがな。手っ取り早く他人を知るには色々と突っついてみるのが効果があったりするもんでな。しかし、調子に乗りすぎたのは良くなかった。正式に謝罪する。すまん」
心からの謝罪だ。俺の言葉に偽りはない。からかったのも事実だが、悪戯に絡んだだけでもないのだ。
数秒、沈黙が続く。やがて──
「はあ、別にいいわよ。もう怒ってないし……まあ、さっきはちょっとムカついたけど……大したことじゃないし。許すわ」
「感謝する。で、どう思う? 俺としては仲間を探すつもりだったから異論はない。折角の提案でもあるし話だけでもどうだ?」
「いいわ。とりあえずの話だけなら」
先のやりとりからすれば断られるかとも思っていたが、少女も意外と冷静らしい。
例のチュートリアルをクリアしたのはここ数年で言えば俺達だけらしいから、その評価も大きな後押しになっているのだろう。
「よし、そうと決まれば飯でも食いながら話そうぜ。ギルドの隣の酒場で良いだろ? 安いし旨いし、今朝大盛りサービスの約束を取り付けてあるんだ。お得だろ?」
「あら残念。私だって大盛りサービスの約束済みよ。あんただけ特別ってわけではなさそうね。これってつまり、ルーキーに優しいってことよね」
「なるほど。これも冒険者特典ってやつなのかもな。至れり尽くせりだ」
機嫌を直した少女は先のことを引きずる様子もない。元々、そういう性格なのだろう。第一印象のままの勝気で凛とした、はっきりとした物言いの出来る少女だ。
「ほら、さっさと行きましょう。お腹空いちゃった」
「だな」
先を行くその後ろ姿を見ながら、俺は何故か、この少女となら上手くやっていけそうな予感を覚えていた。それが正しいかは話してみれば分かるだろう。俺達はまだ、互いのことすらよく知らないのだから──。
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