第6話 とあるルーキーの噂
「おい、聞いたか? 久々に物凄えルーキーが出たって話だぞ!」
冒険者に関する全ての業務を統括する《冒険者ギルド》に併設された酒場の一角で、一人の冒険者が噂を口にした。
「ああ、俺も聞いたぞ。チュートリアルをクリアした奴がいるんだってな?」
「おう、それよ! 訓練場を火の海にしてゴブリン共を焼き尽くしたって話だぜ?」
どうやら連れの男も興味があるらしく、話に花が咲くようだ。
「俺が聞いた話だと、剣でぶった斬った上に火を放って高笑いしてたらしいぞ?」
「おいおい、どっちみちヤバそうな奴だな。人間の所業とは思えねえぞ」
何やら話題は物騒なものであるが。
「いや、実際あれをクリアするのは人間業じゃないだろ。正直な話、俺なんて十九匹で終わったからな……」
「俺は結構頑張って二十六だな。でも、その後はもうボッコボコなわけよ……」
少しだけ声を潜めた男達は何かを思い出しているのか、遠い眼差しをしている。
「普通そうだろ。ノーマルが百匹だったとしても無理だってえのに……」
「ファイターにウィザードまでいるからな。囲まれた時の終わった感が半端なかったわ」
「分かる。俺、未だにトラウマだもん」
あまり嬉しくはない思い出だったのだろう。二人の男は同時に深いため息を吐いた。
「俺達も同じ冒険者なんだがなあ……。才能ってやつかねえ?」
「だな。こればっかりは仕方がねえよ。なんなら北の魔王もちゃちゃっと倒しちまったりしてな」
「あるかもなー。何にしろ、俺達みたいな凡人にゃあ縁のない話だわ」
「違いねえ。魔王もスーパールーキーも、どっちもバケモンよ」
「はあ、なんだかなぁ。もう今日は飲むか」
「おお、飲まなきゃやってらんねえわ」
「おーし、飲むぞー。おーい、エール二つにツマミ適当で頼むわー!」
「あいよー!」
見るからに意気消沈した男達は、大概の酒飲みが行き着くパターンの結論を出したようだ。店の奥からオーダーに応える元気なおばちゃんの声が鬱屈とした雰囲気を少しだけ明るくする。
やがて運ばれて来たジョッキを掲げて乾杯をする男達。酒場の片隅でそれを横目に、俺もまたちびりとジョッキを傾けてから、ぼそりと呟いた。
「つーか、魔王って何だよ? 悪しき神とやらの別名か? ヨゼフの爺さん、今の話も端折りやがったな」
転生とチュートリアルを終えたのは昨日のこと。異世界生活二日目の朝だ。
今の話が正しければ俺の評価はまずまずと言ったところか。一部、話が誇張されていた感も大いにあるが……いや、そう見えても仕方がないのかも知れない。覚えがないと言ったら嘘になるだろう。
確かに《
「しかし、そんなに難易度高いのかねえ」
思い返しても苦戦とまではいかなかった。厄介だったのは魔法を使うゴブリン──酒で陽気になりだした男達は《ウィザード》と呼んだだろうか。これでもかと群がる雑魚と武将風の《ファイター》とやらの後ろから飛んでくる魔法は嫌だった。人の頭ほどの火の玉が飛んで来た時には思わずギョッとしたもんだ。
とはいえ、俺は常から盾を殆ど使わないので避けられるものは避けるだけだし、無理な場合は《
対集団戦で一番きついのは武器の消耗なのだが、コンラットに借りた剣は魔法がかかっているのかと思う程の業物で、最後まで切れ味が鈍ることもなかった。これは正直かなり助かった。
とまあ、条件は良かったし──
「百人斬りは前にもやったしなあ」
幸い、かどうかは分からないが、経験が物を言ったってところだろう。
それから暫く、朝っぱらから陽気にやっている連中を眺めつつ、朝飯のお供に頼んだエールという麦酒一杯で粘っていると、酒場の外からリンゴーン! と鐘が鳴った。
鐘の音は全部で五つ。朝の十時になったという知らせだ。もう二時間もすれば昼時だ。
「さて、行きますか」
生まれ変わった記念に朝から飲んでいたわけではない。約束の時間までの暇潰しだ。
昨日の今日で忙しいことだが、コンラットに呼び出されているのだ。転生直後の百人、もとい百匹斬りとタイトなスケジュールにも関わらず、今日も呼び出しに応じているのだから、俺は相当に働き者と言える。もっとも、今日はリヴィオンの常識についての座学らしいから、そう疲れることもないだろう。
酒場とギルドは壁一枚で隔てられただけなので直行出来る。隣のギルドへ向かいながら、酒場の女主人に声をかけた。この世界での金の種類も分からなかった昨日の俺は大層世話になったのだ。
ちなみに、転生したての俺が金を持っているはずもない。転生者へのサポートは万全との前評判に偽りはなく、飯代としてギルドからいくらかの小遣いを貰っている。
「おばちゃん、ごちそうさん」
「はいよ! あんた、昨日の今日でまた呼び出しかい?」
「らしいな。俺は真面目なんでね」
「そりゃご苦労さんだねえ。じゃあ、終わったらまたおいで。大盛りサービスにしてあげるからさ」
「そいつは助かる。出世払いだな」
「そんなケチくさいこと言わないよ。さあさあ、早く行きな!」
「ああ、行ってくる」
気っ風のいい、人好きのするおばちゃんだ。今でこそ小太りだが、本人曰く若い頃は美人だったらしい。面影がなくもないが……それはともかくとして、人に嫌われるような人物でないのは間違いない。
酒場からギルドに入り、奥に設けられた幾つかのカウンターから目当ての一つを選ぶ。
「すまんが、講習を受けに来たんだが」
「はい、グレンさんでしたね。お待ちしておりました。ご案内致しますね」
昨日と同じ女性職員に案内を頼み、連れられて来たのはギルドの二階、昨日とはまた別の部屋だった。
「すぐに担当者が参りますので部屋の中でお待ちください」
「ああ、ありがとさん」
いえいえ、と一礼して階段を降りていく女性職員を見送ってから、案内された部屋のドアを開けて中へと入れば──少女が一人、こちらを見ているのであった。
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