第34話 秘めた想いに決意して

「ほらよ、これならどうだ?」


 今日はヴィラムの街で一番だという鍛冶屋へと、新人戦の特別試合に勝利した賞品たるオーダーメイドの装備を受け取りにやって来たところだ。

 新品の長剣を手に取って、握りや重心に、剣身の具合いを確かめる。


「うむ。良い腕だ、おやっさん」


「へっ、この道五十年の腕前だ。材料さえあれば何だって作ってやらあ。坊主はちと注文が多かったがな」


 鍛冶屋の親父は坊主と呼んだが、俺は前世で三十過ぎ──まあいいか。


「せっかく腕の良い鍛冶屋で作ってもらえるんだ。注文しなきゃ、損ってもんさ」


「なまくらを使ってたくせに生意気言うんじゃねえ」


「まあな。そこはルーキーの懐具合を察してくれ」


「がはははっ! ちげえねえ! 目端の利く奴ぁ、嫌いじゃねえ。おら、こいつも持っていきな」


 豪快に笑って寄越した短剣もかなり値が張る代物に違いない。


「おいおい、これいくらだよ」


「餞別だ。おめえの相手の《氷剣》とかいう鼻垂れの武器も作ったんだがよお、まあとにかく気に入らねえ奴だったぜ。おめえが一撃で消し飛ばした時には胸がスカッとしたもんよ! がははははっ!」


「ははっ、そういうことか。なら、ありがたく貰っておくぜ」


「おう、持ってけ!」


 職人気質というのは頑固で取っ付きにくいようでいて、意外と気さくなこともあったりするもんだ。

 鍛冶屋の親父に礼を言って店を出たところで、リーナが言う。


「随分と楽しそうだったわねえ」


「ああ。世界は変わっても職人気質は変わらないもんだと思ってな」


「へー、言われてみれば文化とかは違うけど、人そのものは変わらないのかも知れないわね」


「だな。それより、リーナも新しいローブはどうだ?」


「良い感じよ。前より軽いけど、矢避けの加護付きだもの。魔法使いにとっては重宝する逸品ね」


 ローブの色は紫と同じだが、急所に当てられている硬質な素材には以前とは違って宝玉が仕込まれている。矢や軽い投擲物などから身を守る魔法のローブなのだとか。ちなみに、リーナの専用武器《導きの杖》は元より最高品質なので装備に変更はないそうな。


「うむ。やはり、リーナのローブ姿は似合うというか、しっくりくるよな」


「そう? 魔法使いだもの。当然ね。グレンだって前のよりも……その、か、格好よくなってるわよ……」


 何故かは知らんが、しどろもどろのリーナである。


「まあ、お高いやつだからな。って、どうした? そっぽ向いて」


「な、何でもない! ほ、ほら、あの串焼きが美味しそうだなって……」


「お、確かに。ちょうど小腹も減ったことだし買い食いするか」


 昼飯を食ってそう経ってはいないが、旨そうな匂いに俺も釣られた。


「ほれ、買って来たぞ」


「うん。ありがとう」


 数種類の肉と野菜を交互に連ねた串焼きは、秘伝のタレとやらで実に旨そうだ。中央広場の噴水に腰掛けて、一本ずつかぶりつく。


「お、こりゃ旨い!」


「んー、美味しいー! 今まで食べた屋台ものの中では一番かも!」


 はふはふと、二人並んで熱々の串焼きを頬張りながら、鍛冶屋までは一緒だったが、気づいたらいなくなっていたナルシスの存在を思い出す。


「しかし、ナルシスはどこに行ったんだろうな?」


「え? えっと……し、知り合いの人がいたらしいわよ! 久々に会ったから話してくるとかなんとか……」


「ふーん、そうか」


 リーナを置いていくとは珍しいが、ナルシスにだって個人的な付き合いくらいあるだろう。ヒルダも今日は用があるとのことで別行動だ。

 串焼きを片付けたところで、リーナが徐に口を開いた。


「ねえ、ヒルダとはその後どう?」


「うん? まあ、普通だぞ」


「普通じゃ分からないじゃない」


「良好だ」


「そっか。じゃあ、ヒルダのどこを好きになったの?」


 唐突な質問だ。一瞬考えてから、ありのままに感じたことを言ってみる。


「圧倒的な強さだな」


「強さって……それはどうなのかしら……?」


 と言えば、リーナは呆れた顔をする。どうやら補足が必要らしい。


「まあ、最初はな」


「じゃあ、その後は?」


「そうだな。気が合ったというか、自然とそうなっていたというか。いい女であることは間違いないからな。俺も気付いたら惚れてたってところかな」


 俺の得意分野ではないだけに、そうとしか言いようがない。だが、惚れていることは断言出来る。


「そりゃあ、魅力的な人だもんね。強いし、堂々としてるし、美人だし……羨ましいくらい……」


「何言ってんだ。リーナだって凄腕の魔法使いだし、稀に見る美少女じゃないか」


 そう言えば、リーナは驚いたような表情をしてから顔を背けた。


「じゃ、じゃあ、グレンは私が……か、可愛いって……思う?」


「そりゃ、文句なしに可愛いだろ」


 リーナが可愛くないのなら、それは美的感覚の異なる社会か世界だろう。この世界がそうでないことは、大勢のリーナのファン達が証明している。


「そっか。えへへ」


 はにかんだリーナの笑顔は、やはり眩しいくらいに可愛らしい。


「今日はどうしたんだ? どことなく、いつもと違うが」


「別にー。何でもないわよ。とにかく、決めたわ。私、もっと強くなれば良いのね! うん! 頑張る!」


 やはり、様子がおかしいが、俺が二の句を継ぐ前に──


「だから、ちゃんと見ててね!」


 と、リーナが言った。


「うん? おう」


 機先を制されて、言おうとした言葉が行き場を失った。


「さて、そろそろ帰りましょうか」


「ああ、そうだな。帰るか」


 そこにはいつも通りのリーナがいた。その様子に俺は、まあいいかと思い直して帰路につくのだった。



 ◇◆◇◆◇


 そのやや後方で──

 建物の陰にこそこそと隠れるように、ヒルダはナルシスと共に前を行く二人を伺っていた。

 用事があると朝から別行動をしたのも、このためだ。道中で姿をくらませた──もとい、その膂力で拉致したナルシスを引き連れて、グレンとリーナのやり取りを覗き見してきたのであるが、あまりにも焦ったくなって我慢の限界を迎えたところだ。


「くっ、あの馬鹿者め。どうして、この手のことにはああも鈍いのか! 戦場での鋭さはどこへ行ったのだ! リーナもリーナだ! 相手が鈍いのだから己からガバッといかぬか!」


「ははは、グレンにも意外な弱点があったわけだ」


 他人事のように笑うナルシスさえも気に障り、叱責する。


「たわけ! 笑いごとではない! あのように無自覚だから女が苦労をするのだ! いや、それはリーナもだ! そもそも、私が耳打ちしてやらねば己の想いにさえ気付かぬとは似た者同士め! ええい、歯痒いぞ!」


「しー! ちょっと声が大きいってば。二人に見つかっちゃうじゃないか」


 その声の大きさは、巻き添えを食らったナルシスの方が覗きをしている罪悪感からひやりとする程である。周りを見回してみれば、そこそこに衆人の注目を集めているのだから。


「これが声を荒げずにいられるか! よーし、こうなったら私が男の落とし方を仕込んでやろうではないか!」


 名案を思いついたとばかりのヒルダではあるが──


「いやでも、ヒルダも交際をするのは初めてじゃなかったっけ?」


 ナルシスのツッコミは的確だった。だがしかし、百戦錬磨の精神力を発揮してヒルダは見得を張る。


「ふ、私は今や経験を積んでいるのだ。しかもだ! アピールをしたのはグレンではなく私からだ! つまり、恋という戦場においても私はなかなかのやり手というわけよ! 恋の先達として手解きをしてやることに何の問題がある? いや、ないな! 何の問題もないぞ! ふははははっ!」


「ちょっとちょっと、だから声が大きいって──」


 慌てるナルシスにも何のその。ヒルダは人目もはばからずに高笑いをする。風の具合によってか、街の賑わいか、グレンとリーナの耳には届かなかったのは幸いと言えよう。


 ヒルダは思う──。

 自分以外にもリーナ程の美少女を侍らすのなら、男の価値も上がるというもの。女の二人や三人を囲うくらいの甲斐性はあっても良いし、今や仲間となった少女の恋を応援してやりたい気持ちもある。一人の男を巡って争うのは不毛だ。それならば、グレンに自分もリーナも包んでもらえば良いのだ。

 何よりも、愛する者に出会うという奇跡をヒルダは実感したばかりだ。その幸福を誰かと共有したい思いもあるし、惚れた男に愛される喜びを可憐な少女から奪いたくもない。

 だが、己が引く気は毛頭ない。

 故に、共有する。

 しかし、先に愛された者の優位をもって、己が手綱を握る。戦わずにして勝つという手も時には有効なのだ。

 そういう腹の探り合いの戦いなら、前世で嫌というほど行ってきた。

 最期は暗殺という強硬手段に倒れはしたが、政治的手腕で負けたつもりはない。そして、今の自分には身を守るだけの暴力ちからもある。

 だから、全力で応援し、勝利する。

 自分本位な動機でもあるが、リーナからは自分と同じく、孤高に生きてきた者の匂いがしてならない。いや、その前世はおそらく、己よりも遥かに孤独だったのではないだろうか。だからこそ、これ程までに気にかかるのだ。そして、似たような境遇ならば上手くやっていけそうな気もする。


「よかろう。この戦い、必ずや勝利を掴んでみせるぞ!」


 ヒルダの、女の幸せを掴む戦いは、まだ始まったばかりなのである。

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