第28話 修羅と戦姫③

「どけえ──ッ!!」


 気迫の一声をあげて敵へと突っ込み、片っ端から斬りまくる。出し惜しみはなしだ。初っ端から《魔力刃マナブレード》を使う。ただの剣でバグの外皮を斬るには工夫がいるが、魔力で強化された長剣は楽々とそれを断つ。

 そうとなれば俺の剣術も活きる。縦横無尽に振るう度に、一刀の元に斬り捨てられたバグが地へと果てる。

 その横で槍を振るうヒルダの膂力も更に増し、一振りで数匹ものバグを文字通りに吹っ飛ばす。数メートルと飛ぶ巨大な虫が同胞をも巻き込んでゴロゴロと転がる様は圧巻だ。


「なあ、その怪力の秘訣はなんだ?」


「私も女だぞ? 怪力はなかろう。だが、これはレベルアップの恩恵だ。冒険者はレベルを上げる度に何らかの性能が上がる。弛まぬ努力も合わせればこのようになる」


「そりゃ、朗報だ」


 生まれ持ってのもんだけじゃないなら、英雄を体現したかのようなヒルダに追いつく日も来るだろう。


「ふ、私に追いつくのは至難だぞ?」


「さあ、どうかな?」


 追いついてみせるさ。俺には才があると、あんたが言ったのだから。


「しかし、果てしないな」


 ヒルダの言う通り、戦闘を始めてから数分が経過しただろうが、進んだのはせいぜい五十メートルといったところ。だだっ広い女王の間を突っ切るには、その十倍の距離はある。


「少し使うか。《竜爪ドラゴンクロウ》!」


 叫ぶと共に、ヒルダの槍が赤光を放つ。それを横薙ぎに振るった瞬間に──巨大な斬撃が三つ飛んだ。まさに竜の爪が如き軌跡の斬撃は一振りで数十のバグを蹴散らす。その威力に比べたら俺の《魔弾バレット》など鼻くそもいいとこだ。


「凄えな」


 素直に賞賛する。


「初歩に過ぎんよ。さあ、今のうちに距離を稼ぐぞ!」


「おう」


 薙ぎ払われた前方へと一気に駆ける。しかし、それはヒルダが続けざまに同じ魔法を撃って、先を急ごうとした時のことだった。


「止まれ! 上だ!」


 上空から何か巨大なものが降ってくるのを察知して、俺は咄嗟に声をあげた。と同時に、地響きを立てて辺りが煙る。

 それは見上げる程の巨体。バグ・ソルジャーが人の身の丈程の大きさなら、こいつは巨人に相当するだろう。

 体長四メートルを超える巨大なバグが、俺達の進路を塞いだ。


「こいつは《ガーディアン》か」


 ヒルダが言う。

 つまり、女王の守護者ガーディアンだ。


「どうすんだ、こりゃ」


 でかいだけあって、当然ながら大鎌も四本脚も柱のように太い。


 ──斬れるか?


 一瞬、逡巡した俺とは違って、ヒルダは即座に動いていた。


「《竜牙ドラゴンファング》!」


 目にも止まらぬ速さで跳ぶと、赤光を帯びた槍で突きを放つ。瞬間──

 ドゴォ──ッ!! と爆音をあげてガーディアンの身体に巨大な風穴があく。その身体の殆どを消し飛ばされて、ガーディアンは地響きと共に倒れ込んだ。


「なんだそりゃ……」


「グレン! 行くぞ!」


 と、呆ける間も無く先を急ぐ。

 これには流石のバグも怯んだのか、進路を塞ぎはするものの、明らかに連携が乱れていた。そうとなれば、俺達が止まるはずもない。邪魔な虫を斬っては吹っ飛ばし、ついには目指した通路へと飛び込んだ。

 通路へ入ってもバグの追撃は続いた。しかし、先に俺がやったように、バグの亡骸を利用して障害物を作り、通路を詰まらせることでどうにか振り切った。前方からバグがやって来なかったことだけは幸いだった。


「はぁ、はぁ、なんとかなったな」


「ああ、その身体でよく頑張った」


 やっとのことで一息だ。息を切らす俺とは違って、ヒルダは僅かに息を弾ませる程度のようだ。


「見事な剣だな。貴様ほどの腕前となると、私の知る中でもかなりのものだ。どれくらいの研鑽を積んだ?」


「そう褒められたもんじゃねえよ。前世では傭兵をやっていた。三十ちょいで死ぬまでな」


「なるほど、戦場の剣か。どうりで凄味のある太刀筋だったわけだ。だが、剛かと思えば柔でもある。余程、名の知れた戦士だったのだろう」


「いいや、無名の傭兵さ」


「ふむ。まあ、そういうことにしておこうか」


「そっちこそ、たまげたぜ。ああいう魔法もあるんだな」


 驚き具合で言えば負けはしない。俺の《炎の剣フレイムソード》や《魔力刃マナブレード》とは少しタイプの違う魔法のようだった。


「私の職業は《竜騎士》という。その固有魔法というやつだな」


「ほお、なんだか格好良さそうな職業じゃねえか。羨ましい限りだ」


「ふ、そうであろう? しかし、貴様の職業も捨てたものではない。冒険者の職業というものは、そういう傾向にあると示すものとも言える。結局は個の才によるところが大きいのだ」


 そういう話はなんとなく聞いている。同じ職業でも覚える魔法が異なるのが普通のことらしい。


「さて、立てるか?」


「ああ、さっさと外に出たいもんだ」


「安心しろ。先程の女王の間さえ除けば、この狩場は比較的安全だ。いずれは外に出られるさ。貴様がまた穴に落ちなければな」


「ははっ、まったくだ。嫌になるぜ」


 思えば、前世でも俺は何かと大きなイベントに出会していたような気もしなくはない。いや、トラブルメーカーだの運が悪いだのと言われたから、そんな気がするだけか……。


 結局、それから数時間は彷徨うことになるのだが、俺達はようやく外へと出られるのであった。



 そして──


「グレン!!」


「──あだっ!! お、落ち着け」


蟲穴むしあな》から出れば、リーナの泣き顔が飛び込んできた。文字通りに勢いよく突っ込んできたので、支えきれずに押し倒されてしまう。


「良かった……目の前で落ちるんだもの。私、心配したんだから……」


 ポロポロと、俺の顔に涙が溢れる。


「悪かったな。そっちは無事だったようで何よりだ」


 リーナから数秒遅れてナルシスもやって来る。


「おかえり、グレン」


「おう。リーナは守ったようだな?」


「もちろんさ。君も無事で良かった」


 どうやら俺が穴に落ちてから丸一日が経ったらしい。動揺するリーナをナルシスが説得し、《蟲穴むしあな》から出るのを優先したそうだ。その足でギルドに報告に行くと、お馴染みのギルド職員ことコンラットが対応し、まずは神殿の《復活の間》に俺が現れていないかを確認したそうだが、一向に俺は現れず。生きていれば脱出する可能性はあると、コンラット共々《蟲穴むしあな》へと戻ってきたとのことだ。


「それで、貴様はいつまでその少女を上に乗せているのだ?」


 何故か、ヒルダの口調が刺々しい。


「こちらは?」


 ナルシスが俺に問う。リーナを下ろしてから立ち上がり紹介する。


「俺の命の恩人のヒルダだ。俺一人じゃ、早々と死んで戻っていただろう。随分と助けられたもんさ」


「なに、当然のことをしたまでだ」


 それはそれは、うちのグレンがお世話になりまして──と、お決まりの展開から、それぞれの自己紹介が繰り広げられる。


「それで、ヒルダさんは何故そんなところにいたんですか?」


 そこで、リーナが核心をついた。


「うむ。そこのコンラットに貴様らの動向を探れと言われてな」


「「はあ……?」」


「ちょ、ちょっと、ヒルダちゃん? そういう話は内密にってお願いしてるじゃな──って、あはは。なーんちゃって……はは……」


 意味の分からないリーナとナルシスは首を傾げ、嘘のつけないヒルダと、語るに落ちたコンラットを見比べる。


「コンラットさん? どういうことですか?」


「いやね、えーと、少し思うところがあってだねえ……」


 ムッとした表情のリーナの追及にコンラットは劣勢のようだ。


「案ずるな、コンラット。グレンは貴様が思うような痴れ者ではない。私が認めた男だからな」


「いや、認めるってのは僕が判断したいかなって……」


「それは私が偽りを述べたということか? それとも私の目が節穴だと?」


「いやいや、そうじゃなくてね……」


「コンラットさん? 詳しーくお話を聞かせて頂けますか?」


 おっと、ここでリーナとヒルダの即席タッグが結成されたようだ。


「はは、ざまあねえな」


 俺はと言えば、にやにやとコンラットの醜態を楽しむ。ある意味、コンラットのお陰で助かったとも言えるわけだが、それはそれだ。痛くもない腹を探られたのだから、その見当違いの結果を笑うくらいは許されるだろう。


「とりあえず、詳しい話はまた今度ということで!」


 そう言って、勝ち目なしと悟ったコンラットは逃げだした。


「さてと……ヒルダ、このあと時間はあるか? 命の恩人に酒を奢らせて欲しいんだがな。どうだ?」


「ふむ。せっかくのお誘いだ。馳走になろうか」


「よし、決まりだな。リーナとナルシスにも迷惑をかけたからな。今日は全部、俺の奢りだ」


「本当よ! 目の前で人が落ちるのってすっごい心臓に悪いんだから! 心配させた分の罰としていっぱい飲まなくちゃ!」


「しかし、それでも生きて帰ってくるんだから、君って人は……。まあ、飲みながら武勇伝を聞かせてもらおうじゃないか」


 とにもかくにも、終わりよければ全て良しってところだろうか。


「グレン、貴様は酒はいける口か?」


「おう、剣と同じくらいにな」


「ほお、それは良い。私も少しばかり自信があるもんでな」


「へっ、ならそっちじゃ負けるわけにはいかねえなあ」


「ふふ、なんなら朝まで付き合うぞ? 二人で語り合おうではないか」


「あ、朝まで──!?」


 唐突に声をあげたリーナ。ヒルダはその意を得たりと、妖艶に笑う。


「どうした、リーナとやら?」


「朝までっていうのは……あの、その……」


「気になるお年頃か? そう驚くような話でもないさ。何しろ、私とグレンは既に口づけを交わした仲だからな」


「く、口づけ──ッ!?」


 からかい口調のヒルダの言葉は、リーナに会心の一撃を与えたようだ。


「疲弊したグレンを介抱した時には、膝枕もしてやったな」


「ひ、膝枕──ッ!?」


「男と女が二人でいればそういうことも起きる。なあ、グレン?」


 そこで俺に話を振るなと言いたい。俺からすれば不可抗力だ。そして、次に来るであろう追及に答えるのも面倒なのだから……。


「あ、あ、あんた、私達が心配してる間に何してたのよ!?」


「本当だねえ。僕も詳しく聞きたいなあ。実に面白そうな武勇伝みたいだからねえ」


「ノーコメントだ」


 どうやらオチもついたようだ。全くもって、やれやれだぜ。

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