第30話 四人目と、修行と

「まあ、そういうことで、こういうことになった」


 その昼下がり、俺とヒルダはようやく起き出して、なにか食べようと階下へ降りたところにリーナとナルシスの姿もあり、二人に恋仲となったことを簡単に報告したところである。


「めでたい話だね。進展が早い気もするけど、恋に落ちるって言うくらいだからね。僕は祝福するよ」


「わ、私も祝福するわよ。その、好きな人が出来るっていうのは良いことよね。良かったじゃない……」


 二人の反応に若干の温度差がある気もするが、ここは素直に礼を言う。


「感謝する。お騒がせって意味では詫びもな」


「ああ、突然やって来た女がと思うだろうが、私がグレンに惚れてしまったのだ。すまない」


「いや、ヒルダさんはグレンの命の恩人でもあるわけだからね。そんな風には思ったりはしないさ」


「そうよね、私も歓迎するわ。って、先走っちゃったけど、パーティーにも加わるってことで良いのかしら?」


「許されるのであれば常にグレンの隣に身を置きたいと思っている。だが、私の存在が輪を乱すようであれば引き下がろう。グレンとは個人的な関係ということで公私を分けてな」


「僕としては問題ないけど?」


「私もよ」


「決まりだな。四人目の仲間だ」


「礼を言う。二人共、よろしく頼む」


 こちらこそ、とリーナとナルシスは心から受け入れてくれたようだ。


「まあ、ぶっちゃけた話、ヒルダの強さは半端じゃねえ。俺達が三人で挑んでも勝ち目はねえくらいだ」


「グレンがそこまで言うってことは、余程だね」


「逆に、こんな駆け出しのパーティーに入ってもらっても良いのかしら? レベルだって相当上なんでしょ?」


「レベルか……。お前達──と呼ばせてもらうぞ。《状態表記ステータス》を見せ合うのがお前達の流儀らしいな。どれ、私のも見るか?」


「え? 良いのかしら……?」


「だよね。本音を言えば気にはなるけど……」


「気遅れするか? ふふ、グレン、お前とは違って仲間は慎み深いな。グレンなんぞ何の躊躇いもなかったぞ」


「俺がデリカシーがないみたいに言うな。仲間内で変な遠慮は不要だろ?」


「ああ。お前の方針だって一つの正解だ。だがな、皆が皆、そう己に自信があるわけではないのだ。それは分かってやれ。仲間以外の者にもな」


 おおー! とリーナとナルシスが感嘆の拍手を送る。確かに、ヒルダの堂々とした態度や言葉は、人の上に立つ者特有の見事なものだ。


「で、私がどうするかだが、ここは一つ、その流儀に乗ろうではないか。真に信じ合える間柄を築くというのも、また並大抵のことではないからな。是非とも、仲間に加えてくれ」


 そう言うと、ヒルダは一切の躊躇もなく《状態表記ステータス》を開いた。



 ────────────

 名前:ヒルダ

 年齢:19歳

 性別:女

 職業:竜騎士 Lv.52

 習得魔法

 ・魔弾バレット(17/17回)

 ・魔盾シールド(9/9回)

 ・竜爪ドラゴンクロウ(13/13回)

 ・竜牙ドラゴンファング(13/13回)

 ・竜鱗ドラゴンスケイル(6/6回)

 ・竜翼ドラゴンウィング(6/6回)

 ・竜吼ドラゴンハウル(6/6回)

 ・竜尾ドラゴンテイル(5/5回)

 ・火竜の息吹ファイアブレス(1\1回)

 ・竜魂ドラゴンソウル(2/2回)

 ・状態表記ステータス

 ・空間収納ストレージ

 ────────────



「「レベル52!?」」


 竜騎士という職業だけあって、効果はよく分からないが竜だらけの魔法の数々が並ぶ。しかし、それよりも真っ先にレベルへと目がいったリーナとナルシスの驚きが見事にシンクロした。


「こう言ってはなんだけど──」


「──グレンでいいの?」


 更に、ぴったりと呼吸のあった疑問は、ごもっともと言えるだろう。


「レベルなんぞ些末なことは気にせずともよい。男の価値とは、そのようなもので決まりはしないからな」


 はあー、とまた感嘆のため息二つ。

 俺は既に《状態表記ステータス》を見せているので、リーナとナルシスがヒルダに続いた。


「なるほど。一昨日見た戦いぶりからしても、どうやらお前達もグレン同様に良き果実のようだ。今はまだ青いが研鑽を重ねれば英雄の頂きに届くだろう。私の勝手な見立てではな。私はそのような者が好きなのだ。成長の過程を見るのもな。そう、趣味と言ってもいい。だから、グレンでよいのだ。先の言葉に答えるならな」


 リーナとナルシスの見立てに関しては俺も同感だ。職業的なポテンシャルにも期待出来るし、パーティーを組んで約一ヶ月という短い期間ではあるが、二人とも並の才とは思えない。俺の才が頂きに届くものなら、二人もまた同じくだと俺は確信している。


「なんだか照れ臭いわね」


「はは、だよね。今でも毎日が必死な感じだからね」


 確かに、こう真正面から己を肯定してくれる者というのも珍しい。


「でだ、これは俺からの提案なんだがな。せっかく実力者が近くにいるんだ。ここは一つ、趣味と実益を兼ねて、鍛えてもらうっていうのはどうだ? 俺個人としては既にそのつもりでいるわけだが」


「あら、グレンだけ強くなろうだなんて許さないわよ」


「願ってもない。僕だって置いてかれるわけにはいかないんだ」


「ふ、その意気や良し! 私もまだ修行の身なれど引き受けよう。但し、私は厳しいぞ?」


 望むところだ! ──俺達は息を揃えてそう言うのだった。



 こうして新たなメンバーを加えたのを皮切りに、新たな生活が始まった。

 とりあえず、生活をするだけの金は稼がねばならない。狩場は《蟲穴むしあな》と変更はないが、ヒルダが入っただけで効率はぐんと上がるのだから、一度の仕事で前回の倍の数のお宝ミールを狩って売り払い、浮いた時間は修行に費やす。

 場所はギルド地下、小訓練場。


「リーナ、お前はとりあえず訓練場の周りをひたすら走れ! 魔法職とはいえ体力のない者など足手まといでしかない! 魔法の修練はその後だ!」


 修行に入った瞬間、ヒルダは鬼と化した。その迫力には流石のリーナも太刀打ち出来ず、言われた通りに走るものの──


「遅い! もっと速くだ!」


 鬼教官の声が飛ぶ。

 リーナは泣きながら走ったものだ。


「さて、お前達は私との模擬戦だ。死なない程度に地獄を見せてやる」


 俺は嬉々として、ナルシスは青ざめて、二人同時にヒルダに斬ってかかるのだが、目にも留まらぬ槍の一閃でぶっ飛ばされる。


「貴様ら! やる気はあるのか! 早く立てい! もっと殺す気で来い!」


 親愛の証と言った呼び名から、貴様呼ばわりに戻り、立ってはぶっ飛ばされてと、延々と地獄が続く。

 そんな生活が一ヶ月半程続いた。

 勿論、ヒルダの手加減あってのことではあるが、それでも一度も死ななかったのだから、冒険者というのはなかなか頑丈に出来ているらしい。



 新人戦まで一週間を切った。

 転生し、パーティーを組んでからの当座の目標と定めてきたイベントだ。


「うむ。三人共、よくぞここまで音を上げずについてきた。褒めてつかわすぞ。残りの一週間も修行は続くがな。ふはははは!」


 満足げに高笑いするヒルダを他所に、リーナが言う。


「そんなに変わった気はしないんだけど。殆ど走ってただけだったし」


「当たり前だ。たかだか一ヶ月半如きで爆発的に成長するなどそうそうあるものか。しかし、成果はある。己を疑うな。残りの一週間で魔法の運用にも役立つことを仕込んでやろう」


「僕らはまあ、怖いものは減ったかもね?」


「まあな」


 そう、鬼も泣くほどの竜が如きプレッシャーに立ち向かってきたのだ。ナルシスにとっては良い経験になっただろう。俺にとっても無駄ではない。最近では少しくらいはヒルダから技を引き出せる程度にはなったのだから。


「グレンには元より教えることはそうはないからな。ナルシス、お前は性格で損をしているが、愚直もまた一つの道だ。そのまま貫くがよい」


 そして、残りの一週間もやはり地獄の日々が続くのだった──。

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