第3話 冒険者ギルドにて
「ははあー、こりゃ大したもんだ」
神殿の管理人、ヨゼフに見送られて外へと出た途端に、俺は感嘆の声を上げた。
眼前に広がるのは街の中央広場とのことだ。地面には石畳が敷き詰められ、広場の中心には大きな噴水が据えられている。その彫像は創世の女神を象ったものだろうか。
広場から十字に伸びる大通りも石畳で舗装され、その通り沿いには様々な商店や家屋が軒を連ねて賑わいを見せる。
そして、極めつけは見渡す限りの人だ。老若男女を問わず、広場にも通りにも人が溢れ、楽しげに行き交う。身なりは様々だが、十分に豊かであると言えるだろう。
ここは大陸最南端の街、ヴィラム。
リヴィオンにおいて、全ての転生者が召喚される唯一の地であり、多くの冒険者が旅立ってゆく街。あらゆる冒険が始まるという意味で《始まりの街》とも呼ばれている。
リヴィオンの基準では小規模の都市に相当するらしい。俺からしても前世ではお目にかかったことがない豊かさに溢れた大きな街だ。
街並みを見る限りでは俺の世界よりも発展しているだろう。リヴィオンも侵略を受けているとはいえ、俺の世界では日常がイコールで戦争だったのだから、都市や村々が廃れていく一方だったのは当然の話と言える。
「これが平和ってやつなのかね……」
前世では縁のなかったもの。いや、俺も仲間も、そして国も、平和を求め、願い、そのために戦っていたはずだった。
けれど……
「ま、過ぎた話か……」
俺には前世の記憶が残っている。本来の俺の肉体ではないにも関わらずだ。
「記憶ってのは頭に入ってるもんだと思ってたが、心の方にあるのかねえ。それとも、魂ってやつか?」
やり残したことがなくはない。しかし、俺は一度死に、別の世界にいる。
ならば──
「とりあえず、生きることから、か……」
小さく呟いてから郷愁を振り払うと、ヨゼフの言葉に従って、俺は一歩目を踏み出した。
と言っても、神殿と冒険者ギルドは目と鼻の先だ。そのどちらもがこの中央広場にあるのだから迷いようもない。白い石造りの神殿を出て百歩も歩かぬ内に、《冒険者ギルド》とそのまんまの看板を掲げた赤い石造りの建物へと到着する。中へと入れば……
なるほど。冒険者とはつまり傭兵のようなものなのだ。思い思いの装備を身につけた者達の姿がある。しかし、俺のいた世界とは少しばかり趣きが違うようで、革鎧や金属鎧だけでなく、まさに魔法使いとでもいった風のローブ姿の者もいる。
更には、これぞ荒くれ者といったむさくるしい男共の集まりかと思えば、意外なことに女性の姿も多い。俺の世界にも女傭兵がいなかったわけではないが比率は比べ物にならないだろう。
と、入口で棒立ちになっていても始まらない。俺は奥にあるカウンターへと向かった。
ちなみに、この世界の文字は俺の世界のものとはまるで違うが、読めるし意味も分かるという意味不明状態だ。
きっと女神様の心配りってやつだろう。気にしたら負けだ。
「冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
にこやかな先制攻撃を仕掛けてきたのは、俺の想像とは違って可愛らしいといった印象の女性であった。まだ二十歳前後だろうか。冒険者ギルドの総合案内なる名称のカウンターに腰掛けているのだから、まず間違いなく正規の職員なのだろう。
またしても、てっきり厳ついおっさんか何かが出てくるものと思っていただけに意外でしかない。
「あー、すまんが冒険者になりたいんだが。それと、これを見せるように言われた」
しかし、一歩目から躓いていては先が思いやられるというもの。俺は自然な様子で懐から紹介状を取り出してみせた。
「かしこまりました。新規のご登録につきましては個別に対応させて頂いておりますので、別室へとご案内致します」
まだ若く見えるが、どうやらこの女性職員は受付のプロらしい。いや、他のカウンターを見回してみても全員がてきぱきとした対応を見せている。
ギルドとやらは数多いる冒険者達を一手に引き受け、その業務の全てを統括する組織とのことだ。職員もまたプロフェッショナルの集まりなのだ。
「では、こちらの部屋でお待ちください。すぐに担当の者が参ります」
案内されるがままに連れて来られたのは、ギルドの階段を上がった二階の一室だった。
「冒険者の執務室ってとこか?」
ただ待つのも暇だし、異世界の文化は目に新しい。ざっと部屋を眺めれば調度品の数々が興味を引く。机と椅子は基本として、壁際にはいくつかの武器や防具が並ぶ。他にめぼしいものと言えば──
「かー、予感はしてたが……こうも赤いんじゃ目立つことこの上ないな」
部屋の片隅に置かれた姿見には、真っ赤な短髪を摘んで嘆く俺の姿が映っていた。前世の面影はないどころか、まるで似ても似つかない姿だ。
ツンツンと逆立った赤い短髪は炎のようで、髪だけでなく眉も赤い。というか、全裸で転生した時点で下の毛も生えそろっていたのでその色に仰天したし、鏡の中から俺を見る瞳の色も燃えるような赤と、立っているだけで威嚇をしているかのように派手である。
とはいえ、実は先ほど見た街中やギルドの一階では赤だけでなく、青や緑といった髪色が見えたので、この世界ではそういうものなのだろう。
助かったこともある。身長だけは前世の俺と同じく、百八十センチを超えるくらい。手足のリーチや体格もそう変わらない。剣を得物とする以上、間合いは死活問題なのだから髪色など些細な問題とも言える。
「しかしまあ、十五、六ってとこか?」
三十を過ぎた身としては喜ぶべきだろうか。少年にしてはなかなか精悍な顔つきをしている。荒くれ者相手に舐められずに済むという点ではありがたい。見た目で威圧するのも立派な兵法なのである。
だが、そもそもの話。この身体の出所は未だに不明だ。ヨゼフにも聞いたが光と共に台座の上に現れるらしい。神の御業ってやつなのか。まあ、これも気にしたら負けってとこか。
「爺さんになるよりゃマシだがな」
すぐに姿見に飽きた俺が次なる暇潰しに選んだのは、壁際の棚に飾られた武具。その中から得意とする長剣を手に取る。
「ほお、なかなかの業物だな」
鞘から抜きざまに上段を振り下ろすと、微かにヒュッと鳴って空を斬る。続けて翻し、横薙ぎからの袈裟斬り。
「うん。手に馴染む良い剣だ。しかし、素材はなんだ? 鋼のようだが……ちと違うな」
目を凝らしてみてもそれ以上は分からない。早々と鑑定を諦めて次はどれにしようかと武器を漁ろうとしたところで、部屋のドアが勢いよく開いた。
「やあ、ごめんごめん。お待たせしましたー」
と、聞くからにお調子者といった雰囲気の声と共に現れたのは、荒くれ者とは程遠い細身の男だった。
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