第32話 新人戦と、ぶち壊し

 今大会の参加者は十七名。

 五名編成が二組、四名編成と俺達の三名編成がそれぞれ一組ずつとなる。

 五名編成の二組は、前大会の直前に転生した五名と、その直後に転生した五名で組んだパーティーらしい。

 初戦はこの二組が戦った。

 いずれもパーティーを組んで半年以上と、連携の練度は積んでいるのだろう。それなりの戦いを見せている。

 どちらもオーソドックスな編成で、前衛が二人と弓使い、魔法使い、僧侶のバランス型のパーティーだ。

 新人戦と名付けられたイベントだけに、ギルドや運営側としては血生臭い本物の殺し合いを見せることは良しとはしないようで、出場者には一戦毎にある種の防御魔法がかかった腕輪型の魔法道具が支給される。

 これは、その身に受けた攻撃を肩代わりする効果を持つもので、一定のダメージを蓄積すると魔法道具が破壊され、それが一本となり、先に全滅した方が負けというルールだ。

 故に、手数が多い方、つまり人数が多い方が有利ではあるが、初戦の二組は同数の編成ということもあって、拮抗した展開を見せていた。

 しかし、基本的には魔法を多用する冒険者の戦い方は見た目には派手で、観客を飽きさせることはない。

 職種も多様とくれば様々な魔法が飛び出すもので、エンターテイメント的なショーとしては見応えもある。それが実際の戦いで通用するかどうかは別として、運営側としては盛り上がる展開がありがたいのだろう。

 何故なら、この新人戦というイベントは、悪しき神が率いる魔の眷属に対抗する冒険者の存在を、良い印象で売り出すための場なのだから。


「うーん、僕から見ても拙いかな」


「ま、ルーキーだからな」


「でも、ああいう戦い方をした方が良いのかしら?」


 ああいうとは、互いに初歩的な魔法を撃ちあって、わーわー、きゃーきゃーとやっている図のことだ。

 そうなるのも仕方がないとは言える。一応、基礎的な戦闘技能はあるようだが、個々の力量はかなり低い。俺から見て少しマシなのは一人だけだ。先程から《ルーキーとしてそれなり》の戦いが繰り広げられているのだ。

 今なら転生直後にコンラットが嘆いた理由も分かる。冒険者の全員が一流どころの戦士や魔法使いといった前世を持つわけではないということだ。

 転生者として女神に選ばれた何かしらの要素はあるのだろうが、個々の才はピンキリらしい。


「まあ、要は盛り上げれば良いんだろ? 手段はお任せでな」


「また悪ーい顔をしてるわね。今度は何をやらかす気よ?」


「毎度毎度、よく思いつくよね、君って奴は」


「へっ、茶番をぶち壊してやるのさ」


 そう言って、俺は悪巧みを告げた。



「勝負あり! 勝者、バルターチーム!」


 やはり、少しマシな重剣士とやらがいる方が勝利したようだ。

 観客の惜しみない歓声に、勝利したチームは各々が手を振り、ガッツポーズなどを見せて応えている。


「さあ、続きまして第二試合は、言うに及ばず噂に名高いグレンチームと、堅実派との評価を上げてきたロイチームの戦いです! 両チームは訓練場内へ入場してください!」


 前の試合を終えた二組が退場し、次に俺達とその相手が入場するはずというところで、騒めきは起きた。


「おおーっと! これはどういうことでしょうか? グレンチームからはナルシス選手ただ一人が入場してきます! 何かのトラブルでしょうか? 現在、スタッフが事情を確認している模様です! 暫くお待ちくだ──いえ、試合開始との合図が出ました! これはまさかの展開です! グレンチームからはナルシス選手が一人で戦いに挑むようです! これは前代未聞だー! ロイチームは何を思うのか? 果たして、その結末は! さあ、これは注目の一戦となるでしょう!」


 予想だにしなかった展開に観客が湧く中で、リーナが同情の声をあげた。


「あーあ、ナルシスが相手チームから何か言われてるわよ?」


「だろうな。舐めんじゃねえとか、そんなとこだろ」


 などと、呑気に言っているうちに試合が始まった。

 ナルシスは《聖剣ホーリーソード》と《聖盾ホーリーシールド》を発動する。そして、その二つの魔法を併用している間のみ発動可能な切り札、《聖光斬ホーリースラッシュ》をぶっ放した。


「試合終了ー! 一撃だあ──ッ」


 と同時に、試合が終わる。

 そして、次の試合もまた──


「さあ、またしてもグレンチームからは一人のみが入場のようです! そう、我らがリーナちゃんが出てまいりましたー! しかし、今度の相手は一回戦を勝ち抜いたバルターチームです。リーダーのバルター選手はグレンチームのメンバーにも劣らない実力派との声もあります。またしても注目の一戦となるでしょう!」


 からの──


「試合終了ー! す、凄まじい魔法です!! こ、この魔法はいったい何という魔法なのでしょうか!? 闘技場が火の海と化しております! その最中でリーナ選手は無事な模様! これぞまさに《獄炎ごくえん魔女まじょ》の力なり!! そして、魔法を放つ前のリーナ選手の身のこなしも素晴らしいものでした! 生粋の戦士職二人の猛追を全て躱しきったことには驚きを隠せません!! これは見事な試合だ──ッ!!」


 当然だ。俺達はここ暫く、英雄を体現するヒルダに扱かれたのだから。

 客席ではリーナの専用武器の能力で強化された《火炎の嵐ファイアストーム》に当てられたかのようにリーナフィーバーが巻き起こる。


「さあ、信じられない展開が続きました! 衝撃的ではありましたが、呆気なさ過ぎる展開が続いたとも言えるでしょう! しかし、ご安心ください! 見事、新人戦を制したグレンチームにはボーナスチャンスが与えられます! 優勝賞品の獲得は決定しましたが、更にメンバー全員分の高品質の武具を賭けて、グレンチームには上級者とのバトルを提案させて頂きました! そして、望むところだとの回答を頂いております! ボーナスバトルへ突入致しまーす!!」


 開始から大会を盛り上げるのに大きな働きを見せている女性実況者の言葉に、またしても歓声が湧く。


「それでは、優勝が確定したグレンチームの相手を務める特別ゲストをご紹介しましょう! 今回は四年前の前期大会で優勝を果たしたチームのメンバーがやって参りました! 現在は既に王都に拠点を置く実力者へと成長しております! 奇しくもグレンチームのリーダー、グレン選手と同じ魔法剣士の登場です! 冒険者ナンバー、708の4、《氷剣》のルイス選手の入ー場ー!!」


 どうやら相手はそれなりに知られた人物らしい。観客の反応もまずまずのようだ。


「んじゃ、行きますかね」


 運営スタッフから入場を促されたので、訓練場へと通路を進む。


「これで負けたら相当格好悪いわよ?」


「相手は四年ものキャリアがあるんだ。一筋縄ではいかないかもしれないね。本当にやるのかい?」


「ああ、展開的には盛り上がるだろ? 勝ちゃ良いだけだ」


「ほーんと、自信満々なんだから」


「まあでも、やってくれそうな気もするけどね、健闘を祈る」


「行ってくる」


 短く言って、俺は訓練場に立った。


「まさかまさかの展開です! いえ、予感はしていたのではないでしょうか! 通常であればチーム全員で立ち向かって、ようやく戦いになるかという相手に対して、グレン選手ただ一人が入場しましたー! 両選手の許可を得ましたので、参考までに両者の現在のレベルを発表致します! 召喚されてまだ三ヶ月のグレン選手ですが、現在のレベルは16とのことです! これは凄い! 通常ならレベル10に達するかどうかというのが平均と考えると、常識外れのハイペースと言えるでしょう! しかーし、対戦相手のルイス選手のレベルは32、グレン選手とは実に二倍もの圧倒的な開きがあります! これは流石の噂のルーキーとはいえ、一人で戦うのはあまりにも厳しい! 無謀に過ぎるのではないでしょうかー!?」


 中央で対戦相手と向かい合う。察するまでもなく、見るからにご立腹の様子で相手が言う。


「その通りだ! 貴様、私を舐めているのか! 今からでもいい、他のメンバーも連れてこい!」


 薄茶色の髪をオールバックにした細面の男だ。なかなか高そうな装備を身につけている。俺の安物とはえらい違いだ。その台詞のままに、怒りの表情で俺を睨むが──


「必要ねえから一人なんだよ」


 俺もまた盛大に煽る。


「貴様ぁ! 良いだろう……その驕り、死で償わせてやろう」


 と同時に、


「試合開始!」


 戦いが始まった。


「《氷の剣アイスソード》!」


「《炎の剣フレイムソード》!」


 炎と氷、これまた奇しくもと言えるだろう。対照的な魔法剣が発動する。


「死ねい!」


 と、本気の殺意を向けてくる氷の魔法剣士こと、ルイスが隙のない突きを繰り出すが──


「《増力ブースト》!」


 茶番は終わりだ。


 新人とは比較にならない相手ではあるが、遅い──。上段から振り下ろした《炎の剣フレイムソード》の炎が相手を飲み込み、一瞬で消し飛ばした。


「な、な、なんだこれは──ッ!! グレン選手の凄まじい一撃でルイス選手が跡形もなく吹き飛んでしまいましたー! 試合終了ー! たったの一撃で完・全・決・着だ──ッ!!」


 この日一番の大歓声と共に、新人戦は呆気なく終わった。しかし、信じられないものを見たとばかりに、観客のスタンディングオベーションはいつまでも続くのであった──。

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