Chapter30
ガチャリガチャリと、重い接続端子が擦れ合う音が聞こえる。兵吾がマシンのバッテリを交換しているのだ。
源士は寝ころんだまま、その様子を見ようともしなかった。彼の視界も白いタオルで覆われて、額から顔全体からにじみ出る汗を逐一吸い続けている。
痛みはない。が、とにかく全身が重かった。蓄積した乳酸は否応なく筋肉の動きを鈍らせる。まるで、太い鎖で四肢を繋がれているようだ。
それもそのはずだ。源士はあれから毎日、芦原のブラスト部を間借りして練習試合に勤しんでいた。それも、バッテリが切れるまで入れ代わり立ち代わりひたすらに戦い続けるという、いわばブラストの百人組手である。
マシンとて、件の《三式カザン》でも、ましてブラスト部の練習車両でもない。いや、練習車両には変わりあるまい。もっとも、およそその性能はけた違いである。
かつて長尾との一戦で、美晴が腕によりをかけてチューンしたあの機体だ。乗り手がおらず、そのまま保管されていたマシンを引っ張り出し、美晴が再び手を加えたものである。便宜上、彼女は《プロトカザン》などと呼んでいる。
違いない、と源士も納得していた。マシンの性質から考えてもこれで限界だろうと思えた性能は、その力の一滴まで引き出されていた。
勿論、その分犠牲にされているものは多い。限界値の低いモーターを極限までチューンした結果パワーバンドは恐ろしいほど狭く、針の穴に糸を通すようなアクセルワークを強要する。おかげでマシンを操るのにいつもの三倍は神経を使っている。
言わずもがな、精神の損耗はそのまま肉体の疲労に直結する。その有様がこれだ。源士の肉体は否応なしに虐めたおされて、すでにボロボロだ。
と、源士の頬に冷たいものが触れた。思わずタオルを引きはがす。そこには、ブラスト部部長、高山右京の姿があった。
「やあ、お疲れさま」
「うす」
彼の手から差し出されたスポーツドリンクのボトルを受け取った。わずかに含むと、思った以上に甘い。
「しかし、スパルタだね。これは」
右京が苦笑する。まるで同情されているかのようだ。
「スパルタ……そうすかね」
「ち、違うのかい? だって、もう四時間も走り詰めじゃないか」
違いない。本当に、バッテリ交換などちょっとしたメンテの時間を除けば、ずっと走りっぱなしだったのだ。はっきり言って、常軌を逸している。
だがそれもすべて、美晴のオーダーである。
「なんというか……その……お気の毒というか……」
余程衝撃的なのか、普段から柔和な表情をあまり崩さない右京が、何か恐れるように顔を引き攣らせた。なるほど、絶句とはこういう顔を言うらしい。
分からないだろうなと、源士は力なく笑った。本試合を前にして、どうしてこんな身を削る荒行をせねばならないのか。普通は身体を休めて英気を養うものである。余計な体力は使うべきではない。
だが、これこそが紛れもなく、美晴の指示である。そして、彼女の考えにはすべて意味があるのだ。二人に亀裂の生じる原因となった《三式カザン》の性能にしても、対戦相手たる隆聖を知ったるが故に取った戦略の一環だ。その判断は、実の所間違いではなく、むしろ合理的と言える。ただ、肝心のライダーが不条理の塊である源士だっただけだ。
と、いう事は、一見無茶無謀なトレーニングにも、れっきとした理由があるのだ。
その理由を聞いたとき、源士ですら唖然とした。そんなことができるのかと、我が耳を疑った。
――しかし、だ。もし《そんなこと》が可能なら、この修行は十分にやる価値がある。
「源士、バッテリの交換終わったんだけど……」
兵吾がおっかなびっくり源士を呼ぶ。所要時間はほぼ五分、仕事の速さに関心しながら源士は起き上がろうと試みるが。
「お、おい、もう少し休んでろよ!」
「そうだよ、これじゃオーバーワークだ!」
慌てた様子で二人に制止された。右京に至っては、源士の肩を押さえつけて無理やり寝かしつけようとする始末だ。
「休んでちゃ、練習にならないだろ……と」
「バカ言うなよ! もうずっと走りっぱなしだろうが!」
「もう五分も休んだ」
「それで疲れが取れるわけないだろう? 今無理して倒れでもしたら、元も子もないじゃないか……」
「そういう事なら、逆だな」
「逆……?」
「兵吾、美晴がこのマシンを寄越した時に言ったこと、覚えてるか?」
「そりゃ……まあな……けどあれは――」
茶を濁すように視線を逸らす兵吾。しどろもどろとする態度に、源士は少しばかり苛立った。
「いいから、言え」
眉間にしわを寄せた兵吾はしばらく黙り込んで空を仰いだが、やがて観念したと見えて、複雑そうな顔で呟いた。
「マシンがぶっ壊れるまで、走れ……だ」
そうだ、それこそがアイツのオーダー。限界を超えたモーターが焼き付き、戦闘車両として寿命を失うその瞬間までマシンにしがみ付けと、あいつはそう言ったのだ。
でなくては、見えない世界があるのなら。
であればこそ、掴めるものがあるのなら。
今、美晴の言葉は信じるに値する。
「そういう事だ、先輩。その手をどけてくれ」
押し倒されたまま、源士は傍らに置いたヘルメットに手を掛けた。
どんな苦行であったとしても、勝てばすべてが報われる。泣いても笑っても、決戦まであと三日である。
***
換気扇の音までも煩わしいと感じたのはいつ以来だろう。しかし、それほどまでに神経が研ぎ澄まされているのだ。その感覚は、決して悪いものではない。
常夜灯の下、真田隆聖はマシンを睨みつけていた。
強硬偵察に押し入った山県源士を逃がしてからも、しばらく施設内での大捜索は続いたが、結局は迷宮入りと言う形で終息を迎えた。試合を前にことを荒立てたくないということで、通報もされなかった。
もっとも、すべては監督である海野幸造の指示である。腹の読めないあの爺がそう易々と引き下がるとは思えない。ともすれば、すべてを見通されているような気もするが、今はいい。少なくとも、互いの利害、勝利と言うゴールが一致している以上は。
と、背後で重いドアが開く音がした。
「いつまでここにいるんですか? もう、皆帰っちゃいましたよ」
恭子である。その声音はいつもより低く、かなり不機嫌だ。
「ああ、ごめんなキョーコちゃん。僕も帰るから」
隆聖は振り返ると、なるたけ明るい声で答えた……が。
「……そんな顔するなら、あの子たちを逃がさなきゃよかったのに」
眉間にしわを寄せた恭子の顔が飛び込んできた。不機嫌? 呆れている? いや、心配されているのだろう。顔に当てた手から伝わる感触が、笑っているつもりでやけに硬くなっていた。
「ははは、あかんわ。顔に出るなんて、プロ失格かな」
「まったくです……ほんと、どうしてあんなことしたんですか」
「んー? せやなぁ」
理由はある。が、はぐらかすように呟いて、隆聖は天井を仰いだ。言わぬが花、なんて言葉もある。
言うなれば、これはまったくの個人的な感情だ。《海野シックスセンス》にはなんのメリットもなく、むしろ施設とマシンを荒らされて大迷惑。その落とし前はつけてもらわねば本来割に合わない。
だが、真田隆聖個人にとっては、どうだ?
少なくとも、理由はある。
と、帰ると言いつつ、恭子は隆聖の隣に簡易イスを立ち上げる。ごく自然にそこへと腰かけた彼女の横顔は、いつもよりどこか大人びて見えた。
「やっぱり、ブラストライダーだから、ですか?」
「当たらずとも遠からず、やな。ブラストライダーの矜持、それだけでやってけるほど甘くはないくらい、僕も分かっとるよ」
「その割には、あの子にめちゃくちゃご執心に見えますけど?」
「あれ? ひょっとして、あの少年に嫉妬しとる?」
「し、してませんしっ! そんなこと、これっぽっちも、ぜんっぜんっありませんし!」
「おおう……そっか、ははは」
顔を真っ赤にして、露骨に否定されてしまった。それはそれで、傷ついてしまう隆聖である。
しかし、隆聖が源士に拘っているのは確か。それも、ごく個人的な感情を抱えたうえで、だ。
そう、個人的な理由である。故に、誰かにその事情を伝えるのは憚られた。だから今
、恭子に尋ねられてもはぐらかそうとした。
そりゃ、そうだろう。妙な感傷を拗らせて、自分より年下でキャリアも浅いライダーに執心しているなど、大の大人がそうそう言えたものではない。
……ともあれ、こんな夜くらいは、誰かに伝えたいこともある。今、彼女がここにきたのも、何かの縁かもしれぬ。
「最初にあの人と会った時、正直いけ好かん奴やと思った。無口で仏頂面、とにかく愛想がない。僕が話しかけても、聞いとるんやらおらんのやら……でも、ブラストだけはべらぼうに強かった。ああ、こいつは人やない。化物やと思った」
「ええ? それは、初めて見たときはちょっとぼおっとした子だなとは思いましたけど……そんな強そうに見えましたか?」
と、恭子は首を傾げる。
「言葉が足りんかったな。ちゃうんや、山県少年のことやあらへん」
「ええと……じゃあ、このまえリューセーさんが話してた……?」
「うん、《甲斐の虎》。飯富虎生のことや」
息を呑んだ恭子。他の事は眼中に入らないとでもいうふうに隆聖の顔を覗き込む。さっきまで虫の居所が悪そうにしていたのがウソのように、もう聞き入る気満々だ。
「あの頃の僕は実力の欠片もないぺーぺーやった。当然、トップも連中と戦りあう機会もなし。せやから、ランキングを上げるために死にもの狂いやったよ。どんな相手にも対応できるように、ありったけの技を覚えもした。幸い、そういう分析力の才能は僕にもあったらしかったからな。その甲斐もあって、僕は遂にあの人と勝負ができるとこまで上り詰めた……ああ、上り詰めたんや」
「でも、戦うことはなかった……?」
恭子の問いかけに、隆聖は力なく笑って頷いた。
隆聖がブラストライダーとしてランクインしたその年、これでようやく、虎生と肩を並べられたと息巻いていたその年に、彼は命を落とした。
試合中の事故。暴走したマシンから振り落とされた虎生は、隆聖たちの前で宙を舞ったそして、二度と起き上がることはなかった。
悲しみは、勿論あった。敬愛する先輩の死を嘆かないわけがない。が、それ以上に隆聖を支配した感情、それは――
「ふざけんな……そんなもん、勝ち逃げやないか!」
もう過ぎ去った過去のこと。詮無きことのはず。それなのに、隆聖は血液が沸騰しそうな激情に駆られた。我知らず、腿に拳を打ちつける。
「僕なら、あの気が狂ったような《デッドリー》を捌けると思った。いや、確実に捌けた! 勝てた! それを……あのおっさんは――!」
「もういいです!」
溢れる怒り、慟哭。そんな負の感情すら包み込むようにして、恭子が隆聖を抱きしめた。あらん限りの強さで力いっぱい、そのくせ、妙に柔らかく、温かい。
「もう、いいんです……バイクにバックギアなんてありません。リューセーさんは、振り返っちゃだめです……」
海野恭子は、この女の子は、どうしてかいつも隆盛を気遣ってくれる。さして華やかな経歴をたどってきた訳でもない、無為にキャリアだけを積み重ねてきたような男だ。このチームにも、その場繋ぎの臨時要因でしかない。なのに、熱い感情をぶつけてくれる。隆盛にとって、それは何よりも有り難かった。
心の昂ぶりは収束していく。彼女に身を預けるようにして瞳を閉じると、自然と笑みがこぼれた。
「おおきにな、キョーコちゃん。大丈夫、これくらいで僕のライディングは崩れたりはせーへんよ……それに、まんざら今が悪いわけでもあらへん。あいつが現れたから、な」
そう、山県源士は思わず掘り出し物であったかもしれぬ。初めて会った時、すなわちサーキットでの練習走行で、初めて背後につかれた時である。わずかな時間で自分のコーナリングをトレースされたのは、素直に感心したし、呑み込みの早い選手だとも思った。だが、その程度ならば取るに足らぬことである。自慢ではないが、誰が読んだか《スキルブック》なる異名を賜った隆聖である。ライバルのスキルを盗むなどは、むしろ彼の得意とするところだ。
そして二度目、今度は美晴のモーターショップにこちらから出向いた。もっとも、その時でさえ多少図体の大きい男だという感覚しかなかった。
初めて衝撃を覚えたのは、本当にたった二日前。意趣返しとばかり、ここに乗り込んできた源士は、とんでもない力技で姿を偽って隆聖に勝負を仕掛けてきたのだ。
無用な横やりが入ったせいで、結局土壇場で決着をつけることはなかった。が、それでも隆聖は、無謀な少年の奥にある片鱗を垣間見たのである。
一見すれば無鉄砲でしかない突撃は、その実絶妙に計算されたタイミングで敵の間合いへと飛び込んでいくものだ。そして、全身のバネを十二分に躍動させる独特のフォームは、ただ槍を突き出すだけでない相応の負担を肉体に課す。
それは、紛れもなく《デッドリー》の構え。たとえ未熟であったとしても、刹那に見たフォームは確実にダブっていた。
あの《甲斐の虎》、飯富虎生と瓜二つだったのだ。
偶然と呼ぶには、出来すぎているとさえ思う。恩があり、義理を通して去年までともに戦ってきた《甲斐カザン》を見捨てるように後にした。すると、その跡を埋めるように突如現れた男は、《甲斐の虎》の再来を思わせる力を秘めていた。
となれば、その事実は隆聖を熱くさせるには、十分に足るものだった。
「気が付けば僕も二六歳。甲斐のにいさんが死んだ歳と同じになってしもうた。今、僕はやっぱり確かめたいんや。僕自身、虎を越えられたんか……あの子に勝てば、また前に進める気がするから。せやから」
隆聖はゆっくりと恭子を引き離した。名残惜しそうに見つめる彼女に、落ち着いた口調で語りかける。
「僕は、勝つよ」
「……はい、約束です」
戦う以上、勝利以外にはあり得ない。泣いても笑っても、決戦まであと三日である。
***
『まったく、毎度毎度、君は無茶ばかり私に押し付けるね』
「わかってるって。この貸しはいずれ精神的に、ね?」
端末ごしに聞こえるノイズ混じりの声は、どこか幼いながらも毅然としており、声主の年齢を判別しにくいものにしている。
美晴はいささか呆れた感のある相手に、ちょっと冗談めかした声色で答えた。
いつもの作業場に籠ること二日。もう随分風呂には入っていないように思うし、睡眠も床に転がした寝袋でわずかに身体を横たえる程度である。多感な時期の少女として、この生活は致命的であるが、今の彼女には四の五の言っている時間はない。
源士に叱責されて吹っ切れた。もう理屈なんて知らんとばかり、マシンの再改造に乗り出したのである。
美晴の目の前には《三式カザン》。ただし、今のマシンはフレームをむき出しにし、その内部に埋め込まれていたであろう主機たるモーターの位置は、ぽっかりと穴の開いたがらんどうだった。
それもそのはず、モーターを早々に取り外してしまったのだ。
振り返る。当のモーターは、そこで所在なさげに立つ駒井雅丈の足元に転がっていた。ところで、その駒井の表情もひどく冴えない。
美晴は思わず苦笑した。ま、チームの財布を預かる雅丈としては、浮かない顔にもなるのだろう。
そう、ハンマーでボコボコに殴打され、あらゆる部品が歪み、脱落している。そんな原型を失ったモーターを見てしまえば。……犯人は、誰あろう美晴である。
勿体ないことをしたという自覚はある。源士が求めたマシンの性能には到底満たないパーツといえ、ゴミだったわけではないのだ。それどころか、ほとんど新品だったのだから、スペアパーツくらいにはなったに違いない。
だが、美晴はどうしても、このモーターを叩き潰さずにはいられなかった。
なんとなれば、これは美晴の気の迷いが生んだシロモノである。いうなれば、かつての自分だ。それを壊してこそ、自分は前に進めるのだと、そんな気がしたのだ。
『もしもし? 聞こえているのかい?』
と、しばし思考を巡らせていたせいで、電話が疎かになっていたらしい。
「ごめん、ちょっと考え事してた」
『そうかい……ま、君も忙しそうだし、私も大概暇じゃない。そろそろ切るが……ブツは届いているのだろう?』
受話器の声がひそやかに言った。しかしその声は何か楽しそうで、いたずらの思い付きを悪友に説明する子供のようでもあった。
美晴は「もちろん」と返す。
探すまでもない。今や粗大ごみと化したかつてのモーターの隣で、無造作に鎮座する木箱。美晴の腰ほどまである巨大なそれは、同時にひどく重い。張り紙には、ミミズがのた打ち回ったような文字で《天地無用》とあった。
『約束通りの品だよ。くすねて来るの大変だったんだから……』
「手筈通り、ね。ちゃんとばれなかった?」
『記録上はね、何とかなるさ……それよりも、この私がせっかく骨を折ったんだ。きっちり勝てよ?』
「分かってる。じゃね、メリッサ。また近いうちに」
通話を切る。美晴は一息ついて、端末を机に放り投げた。
「お知り合い、ですか」
怪訝そうな顔で雅丈が問うた。そうか、彼は知らないはずだ。電話の相手は美晴の古い友人だが、マシン開発の勉強を兼ねてしばらく海外に出たことがあった。その時に交遊を深めた相手である。名をメリッサと言う彼女もまた機械技師を生業に働いているので、このように度々部品を融通してもらうことがあるのだ。もっとも、公には出来ない流通経路故、美晴はその事実を雅丈にすら語っていないが。
「ま、ね。いつもお世話になってる部品業者、ってとこかな」
言って、美晴は椅子から立ち上がる。彼女の手には、既に長大なバールが握られていた。
「モーターはこれこの通り……だから、新しいのを手配したの」
「この通り……とは。誰がそのようにしたのかは、ご存じのはずですが?」
と、いくらかトゲのある雅丈。美晴は笑ってごまかしながら、バールの爪を木箱にかけた。
軋み、音を立てて木箱の蓋が持ち上がる。緩衝剤代わりの木屑と、機械油の香ばしいにおいがふわりと香り、《それ》は遂に姿を現した。
「はは……さっすが……!」
鈍色の円筒形をしたユニットである。一方には送電ケーブルのソケットが設けられ、もう一方には野太いシャフトが伸びている。マシンの心臓となるモーターユニット。それには違いないのだ。
……だが、真横で転がっている《モーターであったもの》に比べれば、それは一回り大きいうえに、どこか禍々しささえ漂う。円筒の外装から張り出した放熱板は、まるでドリルかスクリューのようにうねりながら並んでいる。その中を這うように、数条のチューブ――冷却ガスの循環路――が伸びる。
万全を通り越して過剰ともいえる冷却システムを擁した外観。美晴でさえ、およそブラストマシン用の機関として、これほど突き詰められた設計のモーターを取り扱った経験は薄い。
「お嬢様……これは一体」
「一体、って。モーターユニットに決まってるじゃない。ちょっとゴツいけどね」
「……銘鈑も削り取られているようですが」
「だああ、もうっ! 細かいことは気にしない! 禿るわよ?」
「禿ません! ……私にまで隠すべきことですか。 お嬢様」
憂い顔を浮かべる雅丈に、美晴は薄く苦笑を浮かべた。
「今はまだ、ね。キミと、兵吾君や源士も含めて驚かせてみたいから」
半分は本当、半分は嘘である。出所の怪しいユニットだけに、あまり人に知らせるべきではないと考えたのだ。協会にでも知られようものなら、重箱の隅をつつくようなマシンチェックは必至である。例えチームメイトであったとしても、どこから情報が流出するとも限らないのだ。
(そう、だから今は《無銘》でいい。このユニットをマシンに埋め込んだとき、《三式カザン》は生まれ変わる。それまでは――)
美晴は頷いて、右肩をぐるぐると回した。
御託を並べている時間はないのだ。心臓を失ったマシンは当然走らない。しかし試合の日程は待ってくれるわけもなく、時間は刻一刻と減っていくのだ。
ならば、今やるべきことは一つしかない。
「さて、手伝って駒井君。これを乗っけて仕上げるわよ。アタシたちのマシン《カザン》を……!」
美晴は興奮故か、額に浮かんだ汗を袖で拭った。源士がこのマシンを待っている。最強を冠すべき、このマシンを。だから、立ち止まっている暇はないのだ。
泣いても笑っても、決戦まであと三日である。
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