Chapter6

「さて、説明してもらおうか? この状況をよぉ!」


 わずかな白熱電球だけが光る薄暗いガレージで、兵吾の怒声が木霊する。


夜もとっくに更けている。サーキットの開放時間は終わって、外には人影もない。ただでさえ通る兵吾の高い声は、殊更によく響いた。


「良かったじゃない。こんなに早くリベンジできるなんて」


「そういうことじゃねえよ」


「じゃ何、あのままずっとバカにされっぱなしでも良かったわけ?」


「それも違うけど……」


「なら文句言わない。ほら、ちゃっちゃと準備する!」


 半ば強引に言い含められて地団太を踏む兵吾を尻目に、更衣室――といっても、ビニールシートで仕切っただけの簡易なものだが――から甲斐美晴が姿を現した。


 先ほどまで、この学校では極めて希少なスカート姿を晒していたはずの少女が、どういうわけか今はツナギに身を包んでいる。制服姿は見た目だけには可憐な印象さえ覚えたが……何故だろう、今の姿の方が生き生きしているようにも見える。堂に入っている、とでも言うべきか。ともかく、随分と着慣れているのは確かだ。


「おい源士、お前から言ってやれよ!」


「……え? ああ、何だ?」


「お前までボケっとしやがって。他人事じゃないんだぞ?!」


 さて、悠々と工具のチェックを始める美晴、まだ納得がいかずに苛立ちを募らせている兵吾。その二人を放置された空コンテナに座してぼんやりと眺める源士。


 今、この空間にいるのは、彼ら三人だけだ。


 部活の終了後、下校を装い再びサーキットの敷地内に忍び込んだ。当然、教官の許可など得ていないから、完全な不法侵入だ。


 見つかれば叱られる程度のことではすまないが、美晴に強く急かされて止む無く乗り込んだ。


目的は二つ、未だ完了していないマシンの修理。そして、兵吾でさえ匙を投げかけている案件。


つまり、マシンの強化改造だ。


「分かってると思うけど、あの長尾ってやつ。そこそこの腕はあるけどそれだけよ。源士なら楽勝で勝てる」


 事もなげに宣言する美晴だが、肝心の源士にはそれがピンとこない。既に何度も負けている相手だ。負け癖がついている、とは言わないが、実力で及ばないことは源士自身が身に染みて感じていることである。


「楽勝なら、今頃あのバカを顎でこき使ってるぜ。ついでに半径五メートルにゃ女子が近づかないように看板でも提げさせてやる。『この男、変態につき』って」


 いささかブラストとは無関係な倒錯した何かを抱いているらしいが、兵吾も彼女の言葉を信じられないと見えた。ずっと源士のマシンの面倒を見ながら、その走りをそばで見てきたのだ。認めたくはないが、事実は事実である。


「兵吾の冗談は置いとくとしても、長尾は強いと思うぞ。この前の試合でもかなり入念に対策を練ったんだからな」


 源士の持てる限りの技術。それにマシンの強化をもってしても、彼の槍は長尾のプロテクタすら捉えることが出来なかった。かわされつつ、こちらは確実に急所を突かれるのだ。


 そして、試合後マシンから降りると、源士など歯牙にもかけないというように肩を竦めてこちらを見る。ヘルメット越しにあざ笑っている表情が目に浮かぶようで、思い出しただけでも屈辱感に苛まれる。


 ところが、美晴は諭すように笑顔を浮かべて言った。


「だから、私がいるの」


「甲斐がいる理由?」


「そう。源士、正直に答えて。このマシン、どこかに不満があるんじゃない?」


 単刀直入な美晴の質問に、源士は思わず兵吾を見た。


 源士の胸中で様々な心理が蠢いている。ブラストを始めてこの方、ずっとマシンの面倒を見てくれていたのは他でもない兵吾だ。日常整備から改造に至るまで、二人三脚で少しずつ乗り越えてきた。その兵吾の仕事に、不満などあろうはずが――


「源士、いい」


 務めて冷静を装っているのか、本心か。しかし、覚悟していると見えるその強張った顔が、半ば脅迫的な勢いで源士に本音を迫っていた。


「言ってくれよ。多分、こいつの言ってることは間違っちゃいない」


「そうは言うが」


「分かってんだよ。俺の腕とか知識じゃあ、お前の求めるスペックは引き出せねえって。だから」


「兵吾……」


「だあああっ、もう! いい歳した男子が二人してウジウジしてるんじゃない!」


 短気、もとい男勝りな美晴が痺れを切らせて怒鳴る。今この場で最も漢気溢れるのは、たぶんこの少女に違いない。


「あのね、別に誰も小山田くんの腕が悪いとは思ってないの。むしろマシンなりによくチューンしてる方よ」


 多少苛立たしげに頭を掻きながら、美晴は呟く。


「もしかして、俺褒められてるのか?」


「どうもそうらしい」


「例えばの話よ、一級のサラブレットと子供牧場のロバ。競争したらどちらが速いと思う?」


「なんでブラストの話が競馬にすり替わるんだよ」


「だから例えばの話だって。常識的に考えてみて」


「そりゃ……」


 比べるまでもない。かたや純粋培養の競走馬、かたや農場の家畜である。いかな農家の頼れる労働力といえ、道を全力疾走するようにはできていない。


 そもそも持って生まれた性質が違うのだ。


「まさか、俺たちのマシンがロバで、長尾のがサラブレットだって言いたいのか?!」


「ご明察。あのマシン、見た目も派手だけど中身はもっと派手よ。嫌らしい程高回転のユニット積んでるし、バランサーもいいもの使ってる。音聞いただけで分かるわ」


「思い当たる節は、あるな」


 長尾の駆るマシン。汚れひとつない純白の外装が示す通り、ボロい部の備品ではなく持ち込みだ。実家が相当の名家だというのがもっぱらの噂だが、どうも事実らしい。


「まさかマジで金にモノを言わせてたとは。これがブルジョワジーってやつか」


「中学時代から全国区の選手だったしね、親もかなり入れ込んでるんじゃない? 私の見たところ、あのサラブレットで君らのロバが二十台は買えるわ」


「にじゅっ?! 格差を感じるぜ……」


 兵吾ががっくりとうなだれる。具体的な数字を提示されたせいで、彼我の勢力差を改めて認識させられたのだ。思わず眩暈がする。


「いや、ちょっと待ってくれ」


 マシンの性能差が絶望的なことは分かった。だが、まだ得心のいかないことが源士にはあるのだ。


「これを俺が言うのも情けないんだが……俺が勝てないのは奴だけじゃない。俺の勝率はお前も知ってるんだろう」


「そうか、他の奴らならマシンの素性は――」


 言いかけた兵吾は「いけねっ」と口を両手でふさいだ。源士が兵吾の仕上げたマシンの性能について指摘するのを躊躇うように、兵吾もまた、源士の腕に関してあれこれ指摘するのは努めて控えてきた。


 それは、互いにできる限りの努力を重ねてきたことを知っており、その経緯を尊重するものだったが、どうやら二人のやりとりが美晴にはまどろっこしいものに思えたらしい。少女は多少苛立たしげなしかめ面で、後頭部をかいた。


「どーも、君らの感覚はアマっぽいわね……って、実際アマチュアだったか。ま、いいわ。要は乗り方の問題よ」


「俺の運転とか槍捌きがまずいってことか」


 もっとも単純でわかりやすい回答だと思う。単にライダーがヘボだから負けが込むのだ。小難しい理屈を並べて説明される必要もなく、かつ至極真っ当な理由だろう。


 ことに、源士のそれは定石を大きく外れる。十人いれば九人に「目を覆いたくなる」と言わしめるフォームならば、それは源士の意思に関係なく、一般的には下手とされるものなのだろう。


 ところが、美晴は少し違うとばかりに小首をひねった。


「んー、半分正解、半分間違い」


「んだよそれ、まどろっこしいな」


「だから本当に簡単な話なんだって。ロバにはロバなりの乗り方、サラブレットにはサラブレットなりの乗り方があるってこと……わっかんないかなー?」


「わっかんねーよ! いい加減、その微妙な比喩はやめてくれ!」


「えーわからんかなー、うーん」


 納得がいかないらしく唇を尖らせる美晴だが、源士にも彼女の説明は得心がいかなかったので、多数決では実質ニ対一である。


 ともあれ、説明には窮しているが、彼女の中に明確な答えがあるのだということは理解できた。ならば、今やるべきことはきっと一つのはずだ。


「話が長くなるなら、それは後回しにしよう。今はこのマシンをどうにかすればいい。それで、全部まとまるんだろう?」


 気になることは山ほどある。問いかけたいことは星の数ほどある。だが、既に賽は投げられたのだから、それらについて時間をかけて詮索しても仕方のないことだ。無理矢理にだが、源士はそういう風に納得することにした。


「答えは全部お前が知っている。お前についていけば、俺たちは勝てる。それでいいんだな? 甲斐」


 『仕方がない』という語調を交えて、源士は嘆息気味に呟いた。まだ全面的に信用するわけではない。だが、全力で源士を勝たせようとする意気込み、それに源士と兵吾が抱えるマシンの不満をすぐに見抜いた洞察力。源士は、甲斐美晴が宿すそれらの力を、ほんのわずかだが、信じることにした。


「ん、いいわ。それで構わない。誰が見ても文句なしの勝利を、君に味わわせてあげる」


 ニヤリと口角をあげる美晴の笑い方は悪役じみている。が、彼女のあふれ出る自信を表現するには、それがぴったりの笑顔でもある。これだけ性根の悪い笑い方をする奴だ。実はど素人でした、などとは、そうそう大ボラは吹くまい。根拠はないが、そんな風に思う源士であ。


 と、不意に閉じられたシャッターの向こう側で車が停まった。年季の入って少々くたびれた感のあるエンジン音は、丁度シャッターの真前で鳴りを潜める。


 兵吾が苦虫を噛み潰したような顔で源士を見た。とっとと逃げたほうが良いのでは? という顔だ。


 それはそうだろう。壁掛け時計に目をやれば、既に短針が九を少し越えた所にいる。彼らがこんな時刻まで学校に留まっているのは、当然校則違反である。


 とすれば、今この校内にいるのは、彼らを除けば教員連中と夜間見回りの警備員のみ。どちらに発見されても自宅に強制送還は自明の理だ。


 ここは、戦略的撤退。もとい、一度裏口から出て身を隠すのもアリか。


「あーだいじょぶだいじょぶ。多分援軍だから」


 源士と兵吾が醸し出す緊迫した空気もそっちのけで、美晴がシャッターを開けにかかった。


それを、源士と兵吾が羽交い絞めにして止めに入る。


「ばっ、止めろ甲斐! 人に見つかったらどうする!」


「そうだ甲斐。今ばれるのは厄介だぞ」


「だーから大丈夫だって……ってどこ触ってんの転がすわよ?! もー良いから! 駒井君、入ってきてー!」


「コマイクンって誰だよ……」


「おい源士やばい。シャッターの鍵、閉まってねえ!」


 しまった、と青ざめる二人の男をよそに、無情にもシャッターが開いていく。


 万事休すか……と、思いきや。


「何を遊んでるんですか、お嬢さま」


 警備員や職員の割には若すぎる。見た目には源士たちと殆ど変わらない年かさの男が、そこに立っていた。長身で細身の身体つきから体育会系ではない。その上、精悍な双眸を覆う銀縁眼鏡が、この男のインテリらしい雰囲気を倍増させている。


 身に着けているワイシャツには校章の刺繍。つまりはここの生徒と言うことか。


 少なくとも、こんなに賢そうな面をした友人は、源士の周辺にはいないが。


「言ったでしょ、援軍だって。紹介するわ。彼、駒井雅丈。ウチのチームのチーフアナリストよ。あと、今日付けで転校してきた三年生」


 援軍とは果たして。とまれこの男、駒井雅丈が美晴の身内であるということは分かった。勿論、尋ねたいことは山ほどあるが、甲斐に比べれば話の通じそうな人間に見える。


「駒井先輩、ね。よろしく、で良いのか?」


「……」


「甲斐の執事か何かか? お嬢様なんていう奴、初めて見たぞ」


「……」


「……無口か?」


「……ていない」


「え?」


「僕はまだ君を認めていない。馴れ合うつもりはない」


 ああ、この男もどちらかと言えば話の通じないタイプだったか。今更落ち込むつもりもないが。


「ごめんね源士、彼人見知りするのよ」


「いや人見知りっつーか、明らかに敵意丸出しなんだが?」


「大丈夫、めちゃくちゃ優秀な味方だから。戦術立てなら任せとけって具合よ」


「って言われてるが、どうなんだ駒井先輩とやら」


「お嬢様の命令には従うが、もし君が彼女の期待を裏切るようなら覚えておけ。僕は君を八つ裂きにする」


「やっぱコイツ言動が敵だぞ」


「気にしなーい。彼の嫌味癖は今に始まったことじゃないから」


 俺はめちゃくちゃ気にするんだがな、と内心呟きつつ、背後から突き刺さる雅丈の冷徹な視線に居心地の悪さを覚える源士であった。


 しかし、美晴がこういうからには雅丈は貴重な援軍なのだろうし、雅丈本人も美晴に対しては慇懃な態度を貫いているから、こと彼女の命令に限っては忠実なのだろう。


「ところで、よく正面から入って来れたわね。警備の方は?」


「ふ、愚問です。学生証の認証端末からネットワークに仕掛ければ、一分と掛からずにセキュリティを解除できましたよ。この辺の監視カメラも、先ほどから同じ映像をループして流すように仕組んであります。ま、今日一晩くらいなら騙しとおせるでしょう」


 眼鏡を直しながら事もなげに語る寛。さらっとトンデモナイことをしでかしているが、なるほど頭の方も切れるということらしい。


「しかしこんな奴も使い走りにしてるとはな。甲斐、あいつは何者なのか……兵吾?」


 兵吾に同意を求めるつもりで、傍らにいるはずの彼に話しかけたのだが、彼の姿が見えない。ガレージの中にはいない。


 どこだ、と見回す。彼の姿はすぐそこにあった。


 丁度ガレージの前に停車したワンボックス車――見るからに業務用と思しき古ぼけた白い車体。側面には『甲斐モータース』とある――の大きく開かれたバックドアの前で、兵吾の小柄な体が立ち尽くしている。


 兵吾の背中が、わずかに震えていた。


 彼の姿を認めて源士が声をかけるも、兵吾は一向に気づく気配を見せない。何かに取りつかれたように車内を凝視する兵吾を不審に思った源士は、「一体、何事だ」と兵吾に駆け寄り、肩に手をかけた。


その時、源士も見た。兵吾と同じ光景を。彼が驚愕した光景を。


「源士、こいつは……マジで勝てるかもしれねえ……!」


「あ、ああ……」


 震える声を絞り出すようにして呟く兵吾。だが、彼が感動にむせぶ理由も、今なら分かる。


「リスカ社のヘッドスタビライザ……こっちはヤマガのドライブシャフトか……おいおい、クレメンスのフルカーボンラックまであるぜ?! なんだこれ、何かの冗談か!」


「驚いたな、全部……全部、一級品のパーツだ」


 広いワンボックスの車内に、溢れ出さん限りに敷き詰められた部品の山、山、山。


 モーターを中心とした駆動関係を司るシャフトやベルト、ベアリングの類。軽量と強度を両立させるべく、数多の最先端材料が投入された高品質のカウル。傍らに押し込まれたタイヤまでも、源士と兵吾が少ない予算をやりくりして手に入れるようなセコハンの安物ではない。


 車に収まった部品群から手のひら大のパーツを拾い上げる。


 極太の金属端子が何本も束ねられたユニットである。端子は強化樹脂製のカバーリングが施されているが、その周囲を何重にも巻かれた『感電注意』の警告テープが物々しさを漂わせる。たかが回生バッテリのバイパスプラグと侮るなかれ、送電損失を極限まで減らすべく設計された構造と高電導性素材からなる材料により、その性能は一般車両に装着されるそれを凌駕して余りある。ただこれを装着するだけでも、加速時の限界が少なくとも一割は上昇するだろう。


 こんな部品一つでも、そういう規格外の性能を有している。無論、価格はその性能に比例するが。


 すべてが一流。すなわち、プロのスタッフたちが0.1グラムの重量を削り、0.1ニュートンの耐強度を引き出し、0.1mm/secのスピードを稼ぎ出すために運用する至高の部品群なのだ。


鉄と機械油の臭いに支配されてはいるが、二人にはこの車が宝箱。そしてあたかも海賊が隠した財宝の山に違いなく見えた。


「ご注文の部品は手配しました。これで全部のはずですが」


「オーケー、ありがとね。これで……まあそこそこのマシンにはなるでしょ」


 難儀そうに自分の肩を揉む寛に、美晴は労いの言葉をかける。その口ぶりは随分とあっさりしたものだったが、どこか『らしさ』がある。人を使うことに慣れている、とでもいうのか。


 ともあれ、ひとつはっきりしたことがある。


 この、どう見てもにわかなブラストファンとしか思えない少女は、何故かサプライヤーとの強力なコネクションを有している。


 でなくては、これだけ膨大なレース専用部品が易々手に入るものか。いずれも、カー用品店に陳列されているような量産品ではないのだから。


 その時、源士はあることに思い至った。


 昼間、屋上で手渡された名刺。彼女、甲斐美晴の名が刻まれた紙片にあった肩書を。


「甲斐モータース、代表取締役……眉唾だと思っていたが……まさかな?」


 しかし、現実は厳然としてここにある。ますます、彼女の素性が分からなくなって、源士は眩暈すら覚えた。


「あん? どうしたのよ、ハトが豆鉄砲食らったような顔して」


「俺は、ますますお前が不気味に思えてきたよ」


「ふふん、褒め言葉と受け取っておくわ!」


「いやいや、ちょっと待てよお前ら」


 こめかみに手を当てて肩を落とす源士、さして厚くもない胸を得意げに張る美晴。その二人を見つめる兵吾の額には、うっすらと脂汗が滲んでいる。


「俺だって、腐ってもメカマンの端くれだ。こんだけのパーツがありゃ、何だってできるとも思っちまうけど、ポンとつけりゃそれでいい、ってもんでもないんだぜ? 俺にゃ、こいつらを矛盾なく調整するなんて無理だ」


 兵吾の言は至極真っ当だ。同時に、切実でもある。


 ヤジロベーを想像してみて欲しい。あれは長く伸ばした両腕の重りでもって直立するが、そのバランスは極めて精妙。緻密な計算のもとに成り立っている。高度なチューンが施されたマシンとは、まさにそれと同じなのだ。


 わずか1グラムのバランスの狂いが性能を大きく左右する。そのために、プロのコンストラクターには専属の車体計算屋がつくほどだ。


 当然、メカニックを務める兵吾に計算屋の知識がない訳ではないが、本業の人間とは比べるべくもない。あくまで、マシンに構造的な欠陥が現れないように、せめてまともに走るようにと帳尻を合わせるのがやっとな程度Z。


 そんな兵吾が目の前に広がるハイエンドなパーツに尻込みするのは、いたって当然の真理である。


「ん、まあ、何とかなるんじゃないのか?」


 しかし、今更うろたえることもあるまい。と源士はいたって落ち着き払った声で言った。これだけ目が飛び出すような部品の数々を準備してのけた女が、今ここにいるのだ。そしてこの女が、自分に扱えないシロモノをわざわざ積み上げてご満悦。とは、どうも思えない。甲斐美晴は、そんな阿呆ではあるまい。


 ようやく、小指の爪程度には、この少女の事を理解し始めた。


 そういうことなのだろう? と、若干皮肉じみた視線を送る。


ところが、というべきか、やはり、と言うべきか。甲斐美晴は、どこまでも鈍感にポジティブな女であった。


「ふふん? ようやく分かってきたんじゃないの?」


視線を認めると、美晴はにんまりと満面の笑みを浮かべながら源士の背中を連打した。


「分かった。分かったから、そのバカ力はやめろ。俺の背中を紅葉シーズンにするつもりか」


「おいおい俺は分かんねえよ。何をお前らだけで納得しあってるんだ?!」


「なんでもねえ。いい加減、俺も腹を括らなきゃいかんと思っただけだ。詳しいことは知らんが、こいつも機械弄りが得意らしい……ってことで良いんだろう? 甲斐」


「勿論! 伊達にこの歳で二輪屋やってるわけじゃないっての。全部私にまっかせなさい!」

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