第40話 愛の力?
「リア充みたいなことしやがって……絶対殺す!」
ミルが俺に後ろから抱き着く光景を見て、サキュバス様は完全にブチ切れている。
俺たちの間近に差し迫ると、勢いそのままに大剣を振り抜き、切りかかってきた。
「ま、魔法は防げても、これは流石に無理な気がするんだが……!」
「んー、まあそうですね。ちょうどユッキーを盾代わりに使った後ですし、次は剣代わりに……とも考えましたが、流石に刃が立たないでしょうし」
命の危険を感じてビビる俺に、ミルは頭のなかで悪魔のような思考を働かせていた事実を明かしてくる。
「お前は事故に見せかけて俺を殺す方法でも探してるのか? 知らない間に生命保険に掛けられてたりしてないよな」
「心外な。他に面倒見てくれる人もいないでしょうし、しょうがないから私が哀れな性獣であるユッキーを導いてあげよう……と思ってあげてるんですから、もっと感謝すべきです」
「お、おう。そうか……あれ?」
相変わらずの酷評だが、発言の中身自体はミルにしてはいじらしいような……と思ったのもつかの間。
「というわけで、ユッキーはちょっとあっちに退いててください」
道端にゴミをポイ捨てするような雑さで、俺を遠くに放り投げた。
硬い石の床に激突し、数メートルほど滑ったところで、止まる。
「……やっぱ気のせいだったか」
地べたに仰向けになりながら、俺は一人呟く。導くとか言っていたのはなんだったのか。
無様に転がったまま少し顔を持ち上げてみると、待ち構えるミルに対し、ちょうどサキュバス様が大剣を振り下ろしたところだった。
両者の身の丈よりも大きな刃が、見てくれだけはか弱そうな少女であるミルを襲う。
その巨大さには不釣り合いなほど素早く鋭利な一閃を、ミルは顔色一つ変えず、半身を引くだけで回避してみせた。
「剣を振るっても狙いが定まらないとは……やっぱり目の遠近感が衰えてるんですかね?」
「誰が老眼だ、ええ!?」
くすくすと底意地の悪そうな笑みを浮かべるミルの挑発にまんまと乗せられて、サキュバス様は叫びながら大剣による次の一撃を放つ。
「おっと、別に私はそこまで言ってないのですが……やっぱり年増としての自覚がおありなんです?」
ミルはこれも易々と躱しながら、煽る。
「ぐっ……くたばれこの清楚風ビッチが!」
「誰が清楚風ビッチですか人聞きの悪い。私は見た目通り清楚で美少女ですし、男なら見境なく飛びつくあなたと違って一途ですから」
完全に冷静さを失っているサキュバス様が次々と大剣を振るうが、ミルはそのことごとくをたったの一歩すら動かずに、その場で凌いでみせる。
それも当然。
ミルのレベルが9999であるのに対し、サキュバス様はレベル800超え程度。
そこいらの人間やドラゴンなら圧倒できても、今回ばかりは流石に分が悪い。
「……やっぱあいつが魔王倒したほうが手っ取り早いだろ」
遠巻きに二人の戦闘……と呼べるのか怪しい一方的な光景を眺めていた俺はそう呟きながら、持ち上げていた頭を地面に下ろす。
まっすぐ上を見ると、そこには俺を覗き込むリナリアの顔があった。
「なんだか疲れた顔してるね、ユッキー」
「まあな。さっさと家に帰って寝たい気分だ」
手足を大きく床に広げて投げ出す俺に対し、隣に腰を下ろしたリナリアは苦笑する。
「あはは、駄目だよ。ミルっちはまだ戦ってるんだから」
「と、言われてもなあ……正直出る幕ないだろ」
二人のレベル差は圧倒的だし、その差が如実に現れている戦況だから大丈夫だろう……とのん気に構える俺だったが、リナリアは首を傾げた。
「うーん、でもミルっちって敵に攻撃できない設定……なんでしょ? よくわからないけど。だとしたら、いくら攻撃を避けれても決着がつかないんじゃないかな」
「……それもそうだな」
どうやらリナリアは未だに、ミルは天使を自称する中二病の女だと思っているらしい。
……日頃の言動を考えれば無理もないか。
ともあれ、リナリアの言うことは一理ある。
攻撃できない縛りを破った際に、ミルがどんなペナルティを受けるのかは知る由もないが、止めはこっちで受け持つ必要があるかもしれない。
「そういうことなら、ちょっと耳を貸してくれ」
「ん? なにかな?」
俺の呼びかけに、リナリアが猫耳を近づけてくる。
……うおっ、なんだこのもふもふ撫で回したい。
「っと、危ない危ない……いいか……」
猫耳の魔力に持っていかれそうになる俺だったが、どうにか正気を取り戻し、リナリアに作戦を耳打ちした。
「なるほど……うん、やってみるね!」
リナリアは感心した様子でうなずいた後、ぐっと拳を握ってやる気をアピールしてくる。
が、すぐに拳を緩めて、楽しそう……と言うよりは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ユッキーって、あの人の魅了……っていうのを受けてたんだよね? なんか踏まれたりして喜んでたし」
「断じて喜んではいないけど、前半部分は事実だな」
「それなのに、倒すための作戦を考えるなんて……もしかして魅了が弱まってる?」
「まあ……そうみたいだな」
どこか面白がっている風に聞こえるリナリアの問いに、俺はあまり実感が得られてはいないものの、首肯する。
「きっと、愛の力だね!」
両目を爛々と輝かせて、リナリアがそんなことを言うが。
そんなことはないと思う、多分。
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