第29話 泥棒猫(?)と男のロマン

 リナリアの姿が、突然消えた。


「は……?」


 その状況を前にして、俺があっけにとられる中。


「やはり小さくても悪魔は悪魔でしたか。さあユッキー、あの珍獣をひと思いに踏みつぶしてリナリアちゃんを取り返してください」


 さっきまでリナリアがいた場所にぽつんと取り残されたカメレオンを指さして、ミルは意気揚々とそう言ってくる。


「悪魔退治は雑魚相手でもポイント高いですからね。ユッキーが徳を積むことにより私は出世に一歩近づけるうえ、お礼と称してリナリアちゃんをもふもふする権利をせしめることができますから、さあ!」


 ぐいっと迫ってくるミルを、俺は押しのけつつ、


「さあ、じゃねえよ! 徳を積むとかは天使特有のシステムだからともかくとして、なんでミルがお礼もらおうとしてるんだ。俺の手柄を横取りするな!」


「ユッキーこそ何言ってるんですか。ユッキーの手柄は私の手柄、私の手柄は私の手柄ですよ?」


「……ふざけんな、なんだそのジャ○アン理論は」


 さらさらとした金髪を靡かせながら、きょとんとした顔で首を傾げるミルに対し、俺は呆れてため息をつく。


 ……このままこいつと言い合っていてもキリがない。

 お礼がどうとか話す前に、まずはリナリアを助けるのが先だ。

 何が起きたのかもよく分かっていない以上、どうしたらいいかも判断できないんだけど。


 とりあえず、この役に立つのか怪しい天使から何か情報が得られないか聞いてみるか……などと考えながら、何気なくカメレオンの方を見てみると。

 何事もなかったかのように、リナリアが再び姿を現した。


「……どうなってんだこれ」


 もう、意味が分からない。考えても無駄な気がしてきた。


「えーっと……あれ?」


 再出現したリナリアは、自分でも状況を把握できていないような顔で、きょろきょろと周囲を見回している。


「その様子だと聞かれても困るかもしれないが……何があったんだ?」


「うーん……? この子に触ったら、いきなり自分の体が透明になったとしか……」


 一応聞いてみるが、やはりリナリアからは曖昧な答えしか返ってこない。

 その一方。


「むむ、これはもしや……」


 ミルが、何かに気づいたような声を発していた。


「どうした、何かわかったのか?」


「はい、まあ」


 俺の問いかけに、ミルは頷くと。


「リナリアちゃん、ちょっとステータスを確認してみてください」


「え、うん」


 リナリアは戸惑いながらも、言われるがまま虚空に窓を描くような仕草を取り、ステータスウィンドウを表示させる。


「レベルなら、ユッキーのおかげでだいぶ高くなったけど……」


「私が見てほしいのはそっちではなく、スキルのページですね」


「スキル……?」


 疑念を露わにしながらも、リナリアがステータスウィンドウをスクロールすると。


「あれ……スキルが増えてる。こんなの、さっき見た時はなかったのに……『スキルドレイン』って……?」


 より一層、困惑の色を濃くするリナリア。

 対するミルは、「やはりそうでしたか」などと呟いてから。


「それはケットシーの固有スキルですね。ハーフでも習得できるというのはちょっと意外でしたが、その名のとおり触れた相手のスキルを一つ奪い取れてしまう強力な能力です」


「おお……」


 ミルの解説に、リナリアが猫耳をひょこひょこさせながら感嘆の声を漏らす中。


「しかし、よりによってスキルドレインをケットシーが覚えるというのは、やはり泥棒猫的な意味合いなんでしょうか。かわいい顔して実は魔性の女だったとは……リナリアちゃん、恐ろしい子です」


「お前、もうちょっと言い方ってもんがあるだろ」


「あはは……」


 アホなことを大真面目な顔でほざくミルにツッコミを入れる俺と、苦笑するリナリア。

 しかしリナリアはすぐににこやかな表情を浮かべて。


「でも、そんなに強力なスキルなら、勇者の……あの子の仲間を選ぶ試験の時にはアピールポイントになるよね!」


 素直に喜んでみせるリナリア。

 ……確かに。

 今のレベルに加えて、スキルドレインとかいう響きからしてチートっぽいスキルがあれば。

 大陸中から集う猛者とやらを退けて選定試験をクリアし、リナリアが勇者の仲間になることも、いよいよ夢じゃなくなってきたように思う。

 が、一つ気になることがあった。


「けど、なんで急にスキルが発現したんだ? と言うかそもそも、そんなことってあり得るのか? 前にスキルは先天的なものだとか説明してたよなお前」


 そう。以前ミルからは、『スキルの有無は生まれ持っているかで決定する』と聞かされていた。

 だから今回のように、後天的かつ突発的に新たなスキルを覚える、なんてことは起きないものだと俺は思っていたのだ。


「確かに、スキルは先天的なものです。が、元々秘め持っていたけどステータス上には表示されていなかったものが、ある日突然何かのきっかけで発現する、みたいなことはあり得ますね」


 なるほど、そんな隠しスキル的な要素がこの世界にもあったのか。

 と理解しつつ、俺は次の疑問をミルに投げかけた。


「じゃあ、そのきっかけってなんなんだ? やっぱ定番だと、強敵を相手にピンチを陥ったりとか、特定のフラグを回収して……みたいな感じだろうとか思ってるんだが」


「さあ? やっぱり悪魔を間近にして本能的な危機感を覚えたとかじゃないですかね」


 割と真面目に聞いたつもりだったが、割と適当な答えが返ってきた。


「危機感って……普通にじゃれ合ってただろ。ミルって万能データベースみたいな雰囲気出してるけど、そこそこいい加減だったりするよな……もしかして、お前実は情弱なのか?」


「流石の私と言えど、なんでもは知りません。知ってることだけです」


「すっとぼけながらパクリネタを言うのはやめろ」


 俺はそう言って胡散臭いものを見る目を向けるが、ミルは涼しげな顔をしている。

 ……まあ、とりあえず欲しい情報は手に入ったから良しとするか。


「それでリナリア、その珍獣からどんなスキルを奪ったんだ?」


「えっと……擬態、かな」


 ステータスウィンドウを確認しながら、リナリアは俺の問いに答える。


「へえ、なかなか便利そうなスキルだな。要は周りの風景に溶け込んで、他人から姿が見えなくなるってことなんだろ、さっきみたいに」


「うん。そういうことだね、多分」


 まだ自発的に使ったことはないためか、あまり実感がなさそうな顔をしながら頷くリナリア。


 それにしても……擬態とは。なかなか夢のあるスキルだ。

 透明人間になって何をしたいかと聞かれたら、男なら誰だって、女湯に入り込んで堂々と覗きたい、という考えが頭をよぎるはず。

 しかしこの世界に銭湯とかあるのかよく分からないし、身近なところだとミルの入浴中……とかになるんだろうか。


 ともあれ、そんな男のロマンとでも表現すべきものを、リナリアのスキルは実現可能なんだから、正直羨ましい。

 まあリナリアは、姿を消せるからと言って悪用するような子ではなさそうだから、その辺は安心か。

 とか俺が一人で考えていると。


「ユッキーなら真っ先に厭らしいことに使いそうなスキルですよね。私の入浴中を覗いてきたりとかしそうです」


 すぐ隣に、同レベルの思考をした天使がいた。

 しかも図星だったりするのが微妙に腹立たしい。


「おやおやユッキー、その苦虫を噛み潰したような情けない表情は……図星でしたか」


 どうやら、表情に出てしまっていたらしい。ミルが俺の顔を覗き込んできて、にやにやとからかってくる。


「い、いや。別に……」


 と、俺が否定しようとしたのもつかの間。


「そうですかそうですか。ユッキーはそこまでして私の裸が見たいんですねえ。まったく、どれだけ私のことが好きなんですか、やれやれ」


 ミルはそんなよく分からないことを言いながら、どういうわけか上機嫌そうな笑みを浮かべるのだった。

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