第6話 スキルの熟練度もだめみたいです

 当初、森を出て街へ向かおうとしていた俺とミルだったが。

 エルフの少女アニスと出会ったことにより予定を変更。

 森の中にぽつりと一軒だけ佇む木組みの小屋。アニスとその父が二人、人里離れて暮らしている家へと案内された。


 アニスが別室で病床の父に薬と食事を与えに行っている間、俺とミルは居間で休憩させてもらっている。


「不治の病、とは言うが……天使のありがたいお力みたいなので治療出来たりしないのか?」


「無理ですね、はっきり言って。命は有限です。神様が定めた法則なので、私みたいな下っ端天使には覆せません」


「……特別な魔法とかも存在しない、と」


「はい、この世界の水準で治療するのは不可能ですね」


 小声で尋ねた俺に対し、ミルは同程度の声量で、しかしはっきりとした口調で答えた。


 ……まあ、何となく察しは付いていた。

 だからこそ、アニスがいない今質問したわけだし。

 妙な期待を持たせてしまうのは、酷だと思うから。

 自分から言い出しておいてちょっぴり沈んだ気持ちになってしまったので、俺は話題を切り替えることにした。


「それはさておき……確認したかったことがあるんだけど」


「ん、私のスリーサイズですか? それとも揉み心地? あ、ひょっとして締まりぐあっ!?」


 テーブルを挟んで向かい側に座るミルの額に、俺は椅子から腰を浮かせ腕を伸ばし、容赦なくチョップを浴びせた。


 やれやれ。

 俺のことを性獣呼ばわりしてくる割には、こいつの方が下ネタ連発でよっぽど発情している気がする。

 ただそのことを口にするとまた面倒な事態に発展しそうだ。ここは頭の中だけで、ミルにとっては不名誉であろう称号を与えておこう。


 よし、お前は今日から淫乱だ。

 勝手に捻りのない称号を授与されたことなど知る由もないミルは、額を手で擦りながら軽く睨んできた。


「まったく、いきなり何するんですか! これはDVですよ、ドメスティック・バイオレンスってやつです!」


「教育的指導だ。それ以前に俺はお前と家庭を築いた覚えはない」


「……築きたいですか?」


「あり得ん」


 ミルの世迷言を、即答で切り捨てる俺。

 すると「無責任です、ちゃんと認知してください!」とか訳の分からない声が聞こえてきたがそれは無視しておく。


「俺が確認したかったのは、さっきのモーグランとの戦闘でやけにスムーズに拳を振るえたことについてだ……レベルが高いとああなるのか?」


「確かにレベルが高ければ基礎的な身体能力は向上しますけど、技術面については例外です。ユッキーが言っている件に関しては、恐らくスキルの影響でしょう」


「ああ、やっぱそういう要素もあるんだな」


 ゲーム的概念がちゃっかりまかり通っている系の異世界なら割とありがちそうな単語を持ち出して答えるミルに対し、俺は特に驚きもせず納得する。

 予想の範疇だったな、と思っていると、ミルが説明を始めた。


「ええ。剣術とか弓術みたいなバリバリの戦闘系スキルから、裁縫とか洗濯みたいな日常系お役立ちスキルまで色々存在してますね」


「裁縫や洗濯って……まさかスキルがないと家事すら出来なかったりするのか?」


「流石にそれはありませんよ。武器を使うだけ、家事を無難にこなすだけ……というのなら、その気になれば誰にだって可能です。だたスキルを所持していると、その技能に関してはプロ級の腕前を発揮出来るってわけです。就職にも有利だったりします」


「へえ……資格みたいなもんか?」


 俺が自分なりに現代日本的な解釈すると、ミルはどっちつかずに首を傾げた。


「んー……似て非なるものってところですかね? 例えば資格と違って、スキルは所持出来る数とかも有限ですし。あとスキルの有無は生まれ持っているかで決定するので努力で取得出来るものじゃない、ってのはありますね」


「なるほど、ほぼ別物だな」


「ちなみに所持可能なスキルは種族問わず一人につき3個までです。まあ約半数の人が何も持っていないので、スキルがないのも当たり前だったりするんですけど」


 すらすらと語るミルの話を、俺はアニスから出されたお茶を飲みながら聞こうとする。が、上の空になりつつあった。

 話に集中出来なくなるくらい、気になって仕方がないことがあったからだ。

 故に俺は話の切れ間を見計らって、うずうずと我慢していた疑問を吐き出した。


「ところで……そのスキルには、熟練度みたいな育成要素はないのか!?」


 俺がテーブルに身を乗り出しながら問いかけると、ミルは苦笑いを浮かべながら、若干気まずそうに目を逸らした。


「は、はい。ずばりありますよ、熟練度」


「どうしてもっと早く言わなかったんだ!」


「うっかり忘れてたと言うか、聞かれなかったからと言うか……それよりいきなり豹変し過ぎてキモイですよユッキー」


「キモかろうがどうでもいい! スキルを確認する方法を教えろ! さあ、早く!」


「子供じゃないんですから駄々こねないでください! やり方はステータス見る時と同じです。スキルの項目はスクロールした二ページ目にあります」


 ばんばんとテーブルを叩いてねだる俺に、ドン引きしながらも教えてくれるミル。

 にしても、ミルもこんな重要なことを忘れているとか天使の癖にうっかりし過ぎだろ。

 まあ自分のレベリングが不可能な絶望的状況の中で、実は育成要素があると判明した今、細かいことはどうでもいいけど。


 俺は高揚感を抱きながら言われた通りにステータスウィンドウを確認して……目を丸くした。

 そこに記載されていたのは、三つのスキル。戦闘技能と、パーティ経験値アップと、魔法耐性。

 一つも所持していない人も珍しくない中で三つ持ってるなんてすごいとか、そういう話をしたいのではない。


 俺が驚いたのは、三つのスキルそれぞれの横にある例の熟練度と思しき数値が、いずれも100/100と表記されていることだ。


 これは、いったい。まさか……いやいやそんな。


 嫌な予感を抱く俺をよそに、ミルは首を伸ばしてステータスウィンドウを覗き混んでくる。

 そして次の瞬間、直視したくなかった現実を突き付けてきた。


「あちゃあ。まさかとは思いましたが、色んな意味ですごいですねユッキー。熟練度も最初からマックスとか」


「は、はは……まあ漠然と、そういう可能性だって考慮してたさ……」


 俺は乾いた笑いを漏らしながら、力なく椅子に身を投げ出した。


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