第20話 ダンジョンへ行こう

 ダンジョンは、この異世界における旧時代の遺物だ。

 レンガや石垣のような継ぎ目が一切存在しない、材質不明で高層ビルみたいに巨大な一つの立方体によって形成された構造物が、この異世界には割とそこら中に点在している。


 ミルいわく、俺が元いた世界で言うところの、ピラミッドみたいなものだとか。色々と学説はあれど建設された目的がはっきりしない、という意味においては。


 内部は迷宮と称されるだけあって、地上から地下に渡ってやたら入り組んだ通路が張り巡らされた階層構造となっており、罠がそこら中に設置されている上、モンスターがうじゃうじゃと闊歩していて非常に危険。


 しかし一方で、レベリングや腕試し、散見される伝説や噂話なんかに誘われての宝探しなど冒険者にとっては非常に魅力的で、人気の高いスポットとなっているそうだ。


 だが、夢を深追いし過ぎてそのまま永遠の眠りにつく馬鹿が後を絶たなかったため、現在では一定以上の実力があるとギルドに認定された者しか立ち入ることが出来ないよう管理下に置かれたらしい。

 まあ、未だに勝手に忍び込んで死ぬ輩は存在するようだが。


 この度、俺たちはリナリアのレベリングのため、そのダンジョンへと乗り込むことにした。

 が、その前に許可をもらうため、俺とミル、そしてリナリアは、冒険者ギルドに来ている。


「ダンジョン、ですか……」


 冒険者ギルドの受付で申請したところ、受付嬢から返ってきたのは微妙な反応だった。

 これでも俺はSランクの冒険者だから、あっさり承認されるだろうと気軽に構えていたんだが。


「あ、もしかして書類に不備でもあったのか?」


「いえ、そうではないのですが……」


 このギルドで一番の美人と評判の受付嬢は、首を横に振ってから、話を切り出した。


「実はここ一週間、ダンジョンとその周辺でモンスターが急増していまして……非常に危険な状態になっているんです。冒険者ギルドでは、強力なモンスターか何かがダンジョンに棲みついた可能性があるとは見ているのですが、確かなことは分かっていなくて……」


「ふむ、それで許可が下りにくくなっているってことですね」


「はい、そもそも行きたがる人自体、激減しているのですが……」


 納得するミルに、受付嬢が頷く。

 なるほど、現在のダンジョンはモンスターがいつもより多くて、他の冒険者は寄りついていないと。


「……最高の状況だなそれ」


 ぽつりと俺が呟くと、受付嬢が「えっ?」と言いながら困惑した顔を浮かべた。


「だって、それって大量のモンスターがいる狩場を俺が独占できるってことだろ? 美味しい狩場なんて、普通は何時間も並ばないと行けなかったり、他の奴らとリソースの奪い合いになること請け合いなのに、全部俺のもの……つまり浴びるように経験値が飲めるってわけだ!」


 途中から徐々に興奮度を増していきながら語る俺を前に、受付嬢がドン引きしリナリアが苦笑しているが、気にしない。


「いや、経験値は飲み物じゃありませんからね。そもそもユッキーはレベルカンストしてるので、経験値は1ミリも増えません。性的な経験値が一生増えないのと同様に」


 ミルが冷静にツッコミを入れてくるが、相変わらずひと言多い。


「お前今、現実を突きつけるついでに俺が生涯童貞確定みたいなこと言っただろ」


「何か文句あるんですか。どうせアテなんてないんでしょう? ちなみに無理やりするのはノーカンですからね性獣のユッキー」


「しねえよ! どうしてお前はいつも俺を性犯罪者に仕立て上げようとするんだ!」


「仕立て上げるも何も、前科が……むごご」


 俺はそこで、ミルの口を手で塞いで強引に黙らせた。

 が、レベル9999の怪力ですぐに引き剥がされる。


「ぷはっ、ちょっと何するんですかユッキー!」


「だってお前、公衆の面前であることないこと喋ろうとするし」


「あることないこと、って……ユッキーは私のかわいらしさと色香に惑わされて襲い掛かろうとしたことがあるじゃないですか、二度も」


「あーあーあー聞こえないなー!?」


 都合の悪い過去を持ち出され、大声で誤魔化す俺。

 リナリアが半信半疑といった様子で「ゆ、ユッキー?」と首を傾げており、受付嬢は完全に女性の敵を見るような目をこっちに向けてくる。

 まさに四面楚歌に近い状況の中、ミルは容赦なく追撃してきた。


「ちょっとユッキー、いきなり難聴系主人公にジョブチェンジしようったってそうはいきませんよ」


「ええい、その時は未遂に終わったし逆に殴られて気絶したせいで記憶にございません! この話は終わり!」


「今度は記憶喪失系主人公ですか……しかも一行で矛盾してませんかその主張」


 更なるジョブチェンジを遂げて足掻く俺を前に、ミルは呆れてため息をついてから。


「……まあいいです、ユッキーがどうしても二人だけの秘密にしておきたいと言うのなら、そういうことにしといてあげましょう。さあ感謝してくださいユッキー」


 ふふん、と勝ち誇った笑みを浮かべながら、そんなことを抜かした。

 ……ふざけた要求ではあるが、これ以上俺の黒歴史を明かされては堪ったものではない。

 ここは仕方なくミルの要求に従っておくことにした。


「あ、ありがとうございます……」


「ええ、はい。どういたしまして」


 感謝の言葉とともに一礼する俺。顔をあげると、ミルが気持ちよさそうな表情を浮かべていた。

 実際やらかしてしまったのは俺なので、ここでミルを恨むのは筋違いだと分かってはいるが……悔しいものは悔しい。いつか仕返ししてやりたい。


 そうして会話がひと段落したところで、受付嬢が切り出してきた。さっきまでより、あからさまに冷ややかな声で。


「ともあれ、ユッキーさんはSランクの冒険者なので、実力的には心配していません。許可もすぐに下りるでしょう。何より、ギルドとしてはモンスター増加の原因について、確たる情報がほしいですから、それを見に行ってくれる人間がいるというのは、正直助かります」


「そういうことなら、任せてくれ」


「……まあどうせ、レベリングのついでとしか思ってないですけどね」


 胸を叩く俺の横から、ミルが小声で茶々を入れてくるが、それは無視。


「では、ダンジョンとその周辺で起きている異変の調査、という形でギルドから正式に依頼させていただきますので、よろしくお願いします」


 そんなわけで、俺たちはダンジョンへ向かうことになった。

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