第5話 主人公体質なんてなかった

 深い森の中。

 アニスやモーグランと遭遇し、初戦闘を経験した、陽の差し込む開けた空間にて。


 俺はちょっとした考え事をしていた。

 ミルの俺に対する低評価ぶりはどこから来ているのだろうか、と。


 ちょっと前までニートでネトゲ廃人だったり、レベリングのしすぎで死んだり、ミルにいきなり飛びかかったりしたくらいで、心当たりなんてないのに。

 ……まあ俺も、初対面で彼女のことを怪しい宗教団体の一員だと勘違いしたりとかあったし、お互い様か。

 よし、どっちも悪いってことにして、細かい話をしよう。俺がアニスのレベルを上げる、と宣言した件について。


「レベリングのプロである俺はな、気付いてしまったんだよ。自分のレベルが上がらないなら、他人のレベルを上げればいいじゃない……ってな」


「いやそれドヤ顔する程の閃きじゃないですよ。異世界もの主人公特有の、当たり前のことでもなんかすごそうに言ったら周りが『うおおおお』ってなるスキルとか、ユッキーにはありません」


「……」


 いい気分になっていたところに野次を飛ばされて、俺は閉口した。

 まったくミルは空気の読めない奴だ。

 俺は持ち前のスルースキルを発揮して、説明を続ける。


「俺はこれでもカンストする程度には高レベルで高ステータス、おまけに実戦もいけることが証明されたわけで……それを生かして色々とアニスをサポート出来るわけだ。自分より強いプレイヤーである俺とパーティを組めば、アニスはワンランク上の狩り場に行けたりするからレベリングの効率が段違いに向上したり、とかな。まあ俺は本来、その手の介護プレイとか姫プレイみたいなのは好まない人間なんだが……」


「調子乗った感じが気に入らないです。それって要は、ユッキーはゲームの中ですら知人友人がいなかったから、孤高のソロプレイヤーとしてロールプレイするしかなかっただけじゃないですか」


「……単に好みじゃないってだけなんだが! 考え方を変えれば問題ないんじゃないかって発想に至ってな。他人のレベルを上げることを、その手の育成ゲームとして捉えれば解決すると気付いたんだよ。ポケ○ンとかのレベル上げる時に『このポ○モンは俺に寄生している』とか考える奴なんていないだろ? むしろレベルが上がるにつれて愛着が沸いてくるのが正常な思考だ」


「ふーん、そうですか。残念ながら私の耳には、私のことを無視するユッキーの言葉なんて入ってこないんでさっぱりですが続けてくれて結構ですよ?」


 茶々を入れられたので構わず強引に話し続けたら、ミルが拗ね始めた。

 明らかに聞こえていた癖に、俺が一拍置いたのに合わせてふざけたことを抜かしながら、耳を塞ぐような仕草まで見せつけてくる。


 ……なんだこいつ、めんどくせえ。

 いやでも、アニスのレベリングをしていく上で、ミルが持っているこの世界の知識は必要不可欠になる。

 情報は、レベリングにおいて非常に重要だ。

 仕方がないから、構ってやることにした。


「……はいはいミルの言う通り、俺は生粋のぼっちでした。だから無視されるとこまっちゃうなーかなしいなーごめんなさいゆるしてー」


 そんな台詞を口にしていて、我ながらあまりに酷い棒読みだと感じた。己の演技力の無さを呪いたい。

 これでは本音ではなく出まかせを言っているだけだ、とあっさり看過されてしまうかと危惧したが。

 ミルは分かりやすく、にやにやしていた。


「いやあ、かわいそうなユッキーにそこまで懇願されたら仕方ないですねえ。私だってこれでも天使ですし、ユッキーを助け導いてあげるのが仕事ですし? ちゃんと構ってあげますから、そうやって素直でいればいいんですよー」


「ちょろいなお前!」


 俺は反射的に叫んでから慌てて口を噤むが、時既に遅し。

 機嫌を直しかけて緩んでいたミルの表情がはっと引き締まったものに変わった。

 これではまた振り出しか、と思いきや。


「突き放してから優しくする……なるほどこれが駆け引きですか!? 危うくころっと騙されて性獣の魔の手に掛かるところでしたが……そうはいきませんよユッキー。私のガードは鉄壁です」


「……楽しそうで何よりだ」


 俺の失言に対するミルの反応は、何というか斜め上を行っていた。

 呆れていると、ミルは俺の目の前で体勢を低くし、なんだかうざったい笑みを浮かべながら上目遣いを向けてきた。


「それにしても……ようやくユッキーも私の出世のために徳を積んでくれる気になりましたか。なんだかんだ言ってはいますが、やっぱりユッキーって……」


「何を勘違いしてるのか知らないが……一番はアニスのため。同じくらい重要なのが、俺自身のレベリング欲を満たすためだ。その結果徳を積んだ形になって、お前に利益が及んだとしても……それはついでだ」


「そうですかそうですか。私は感情の機微を察することが得意な天使なので、安心してください。念を押さなくても大丈夫です。ちゃーんと分かってますから」


 何を勘違いしているのか知らないが、いつもの調子に戻ったのでミルは問題ないということにして、俺はアニスの方に向き直った。

 今まで勝手に話を進めていたが、肝心の本人にその気がなければ意味がない。


「それで……アニスはこの話、どう思う? 良ければ俺に、アニスのレベリングの手伝いみたいなことをさせてもらいたいんだけど」


「ありがたいお話ではあるんですけど……私何もお返し出来るようなものを持ってなくて……」


「ああ、その辺は気にしなくていい。俺はレベルを上げることさえ出来ればそれでいいんだ。他には何もいらないから安心してくれ」


 遠慮気味に断ろうとするアニスに対し、俺は手を振ってお礼なんていらないとアピールする。 

 が、アニスはまだ気掛かりがあるらしい。おずおずと、俺とミルを交互に見た。


「でもその……お二人の邪魔になったりしないでしょうか?」


「俺と……ミルの? 何の邪魔に?」


 アニスの質問の意図が、さっぱり分からない。俺が首を捻ると、アニスは何故か頬をほんのりと紅く染めて、とんでもないことを言い出した。


「えっと……お二人は新婚さん……なんですよね?」


 ……なんだろう、頭が痛くなってきた。

 まさか俺たちが第三者から、そんな風に見られていたとは。しかも恋人をすっ飛ばして夫婦って。飛躍し過ぎにも程がある。

 大体さっきから俺とミルは、ずっと口論しかしていなかったというのに。もしやアニスの脳内って、失礼な言い方だがお花畑――

 不意に、俺の頭にとあることわざが浮かんできた。

 喧嘩する程、何とやら。


 ……ああそうか。きっと異世界にも同じような言葉があって、似たような考え方が根付いているのだろう。

 だが俺たちに限って言えば、例外だ。ミルもさぞかし嫌そうな顔をしているだろうと思って見てみると。


 意外なことに、あの口の悪い天使は満更でもなさそうな反応を……していたりなんてラブコメの主人公にならありそうなイベントが、俺の身に降りかかるわけがなかった。

 あろうことかミルは、吐き気を催したかのようにその場で口を押さえ、嗚咽を漏らしている。


「どんだけ嫌なんだお前! そりゃ俺だって嫌だけど、そこまでえげつない反応しなくてもいいだろ! せめて取り繕うくらいしてくれ、俺が辛いから!」 


「ちょっ……今一番聞きたくない声で、話しかけないで……くださいよ……おえっ」


 顔色を青白くさせたミルは、苦しそうな様子で途切れ途切れになりながらも抗議してくる。


 ……ええ、なんだこれ。

 そりゃあいきなり恋愛イベントに発展とか期待してなかったけど、ここまでフラグをへし折らなくてもいいだろう。俺のか細い心までへし折れそうだ。


 いきなりの事態に、アニスも困っている。あたふたしながらぶら下げていた水筒を手に取って、ミルに差し出した。


「あ、あのすみませんでした……私別に、悪気があったわけじゃ」


「ええ……分かってます、から。この件で、アニスさんが……胸を痛める必要は……ごくごく」


 アニスに答えながら、渡された水を一気に呷り、ひと息つくミル。


 これじゃあまるで俺が悪いみたいじゃないかと腑に落ちないものを感じていると、ミルはまるでか弱い女の子だと錯覚してしまいそうになる程度には弱々しい笑みを、アニスへと向けた。


「ふぅ……ともあれアニスさんが気にするようなことは何もないので、どうかユッキーに付き合ってあげてください」


「え、あの……はいっ、こちらこそお願いします!」


 逡巡する様子は見せたものの、アニスはすぐ元気な声でミルに同意してから、俺に深々とお辞儀してきた。


 ひと悶着あったものの、とりあえず話は纏まったので、まあ良しとしよう。

 俺は早速気合いを入れ直した。


「よし……そうと決まればまずは、しっかりプランを立てるぞ。レベリングは計画性が何より大事だからな!」


「わ、分かりました! それで……話し合いをするというなら、森の中にある私の家でひと休みしながらでどうでしょうか? 助けてもらったお礼も、したいですし……」


 ぐっ、と握り拳を作ってやる気アピールをしてから、アニスはそんな提案を持ち掛けてきた。

 ありがたい話なので、俺は首肯する。


「じゃあ、案内頼めるか?」


「はい、こっちです!」


 返事をするや否や、アニスは先導を開始した。

 俺が慌ててその後に続こうとした、その時。

 背後、置き去りになりかけていたミルの方から、風にかき消されそうな程小さな声が、漏れ聞こえてきた。


「まったく、私としたことが……不覚を取りました。天使なのに、人間相手に照れ隠しとか……しかも、吐き気を催すふりってどんなチョイスですか……」


 本人としては、誰にも聞こえていないと思い込んでいる、独り言のつもりなんだろうけど。


 別に難聴系鈍感主人公とかでもない俺の耳には、ばっちり届いていた。

 ただここは、聞こえなかったことにしておくのがお互いのためだろう、多分。

 と言うかあれが演技って、にわかには信じがたいし。新手の美人局つつもたせ的な罠の恐れだってあるし、触らぬ神もとい天使に祟り無しだ。


「早くしないと置いてくぞ」


「なっ……天使であるこの私をお荷物扱いとは、いつの間にか偉くなったものですねユッキーは」


 振り返らないまま呼びつけたら、変わらぬ調子の軽口を背中に浴びせられた。

 

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