第15話 冒険者界隈では希少価値が高い

「げっ、なんであいつらがここにいるんだ」


「あんな世紀末な格好してても一応冒険者ですし。この山林はモンスター多発地帯ですからね。ここでの討伐依頼を受けていれば、鉢合わせることだってあるでしょう」


「まあそれも道理ではあるんだけどな……」


「大体、ユッキーにかかればあんな連中ワンパンじゃないですか」


「そういう問題じゃないっての。ああいう格好した人種を見ると、過去のトラウマが蘇るんだよ……」


 見たくもないものを偶然発見してしまい、咄嗟に手近な茂みに飛び込む俺と、億劫そうにしながらも一緒になって隠れるミル。

 こそこそと控えめな声で言葉を交わしながら、俺はうなだれる。

 

 地方都市ロンドラルの郊外に位置する、危険地域として一般人の立ち入りが禁止されている山林にて。

 申し訳程度に草の根をかき分けて設えられた、さながら獣道のような冒険者用の小路を、俺たちは歩いていた。

 では何故、レベルを上げたそうな女の子を探しに家を出た筈なのに、こんな人気のない場所にいるのか。

 話は数時間前に遡る。




 女の子に限らずレベルを上げたそうな人間が集う場所と言えば、あそこしかない。

 そう当たりをつけた俺たちは、さっそく冒険者ギルドに赴いた……までは良かったが。

 Sランクに昇格するまでの期間は頻繁に通い詰めていたのに、一度も見たことのなかった人種……つまりは美少女と、今更ふらりと顔を出しただけで遭遇出来る程甘くはなかった。

 ギルドのホールには、相変わらず女性としての魅力を捨て去ってしまったような女しかいなかったのだ。

 仕方ないので俺は、憂さ晴らしと小遣い稼ぎを兼ねて適当な依頼を受け、ひとまずギルドを後にした。

 

 そんなわけで現在、山林の最深部にある泉に潜んでいる、サンショウウオを肥大化させたようなモンスター(討伐適正レベル100オーバー)を始末するというSランクの依頼をさくっと片付けた帰り道。

 俺は二度と会いたくもなかった連中……初めて冒険者ギルドを訪れた時にひと悶着あったチンピラ三人組と、不幸にもエンカウントしてしまったのだ。


 生い茂る草の中で息を潜め、十メートル程離れた場所からチンピラ三人組の動向を窺う俺。

 そこにミルは、お気楽そうな声をかけてきた。


「何をそんなに怯えてるんですかねえ。まだ向こうはこっちに気付いてませんし、今なら奇襲のチャンスですよ?」


「何となく……ああいういじめっ子っぽい手合いは苦手なんだよ。だから極力関わり合いになりたくないし、奇襲なんてまったく必要ない」


「いやいや。彼らを奇襲することは、間違いなくユッキーにとって利益に繋がります」


「そりゃあ……どうしてだ」


 真意を計りあぐねて尋ねる俺に、ミルはおよそ天使とは思えない悪人面を披露した。


「いいですか……彼らは廃ゲーマーであるユッキーにとって、馴染み深い存在なんです」


「まあ引き籠ってゲームばかりするようになったのは、学校や職場で柄の悪いやつにいじめられたのが原因の一つだし、ある意味馴染み深いかもな……」


「そういう卑屈な話をしてるんじゃありません。彼らはですね……この世界では珍しい、ゴールドやアイテムをドロップするタイプのモンスターなんですよ! だから倒したら儲かります!」


「ただの強盗じゃねえか!」


 得意げに語るミルに、俺は小声のままツッコミを入れる。

 するとミルは不服そうにした。


「いやでも、あの三人組の醜い面構えは実質モンスターですよ」


「……その辺は触れないであげてやれ」


「前世のユッキーも大差ない顔してたからですか?」


「お前言って良いことと悪いことが……っ!」


 つい声を荒げ、立ち上がりかけて、俺は咄嗟に我に返る。

 ……まずい、気づかれただろうか。


 俺は恐る恐るチンピラ三人組の方へ視線を向けて――彼らが三人組ではなく、四人組であることに気づいた。

 今まで勘違いしていたのは、草木が視界を狭めていたのと、そのもう一人が低身長だったせいだろう。


 そう。もう一人は、女の子。

 しかも、遠巻きからでも分かるくらいには、美少女だ。


 淡い桜色のミディアムヘアーが特徴的で、どことなく無防備な雰囲気が漂っている。

 小柄な体格も相まってか、その危うげなかわいらしさにはやたらと保護欲のようなものを掻き立てられる。

 へそ出しのシャツの上からは、身軽そうだが同時に耐久性もありそうなベスト。

 その下には女子高生辺りが履いていそうな丈の短いプリーツスカート。

 腰には扱いやすそうな、やや小振りの剣。


 恐らくは冒険者……なのだろう。

 機能性を重視した格好の中に、女の子らしさがありありと見て取れるのが、ギルドによくいるアマゾネスやプロレスラーとの大きな違いだ。

 髪飾りをしていたり、ペンダントやブレスレットといった、戦闘においては不要、時には邪魔になることすらあるかもしれないアクセサリーなんかを着用していたりするのは、彼女なりのおしゃれだろうか。


 そんな、冒険者界隈では希少価値が高い女の子が、チンピラ三人組と連れ立って歩いている。


「世の中不公平だろ……こんなのはおかしい……」


「ん、実際ちょっと様子がおかしいですね」


 軽く嫉妬していた俺に、ミルが穏やかならぬ声を発した。


「見てくださいよあの位置取り。チンピラ三人組が女の子を包囲するような感じで歩いてます」


「あ、それ知ってるぞ。オタサーの姫ってやつだろ」


「いやそれは、騎士気取りのオタクが勘違い女を護衛するようなフォーメーション組んでるだけで、キモいですがまあ微笑ましいと言えば微笑ましいじゃないですか」 


「彼らは彼らなりに楽しく生きてるんだ、あまり言ってやるな」


「姫を奪い合っての骨肉の争いを見るのもまた一興なんですが、それはさておき……あの四人の場合は、なんだか危なっかしいです」


「危なっかしいって……」


「犯罪のにおいがします」


 どこか鋭さを感じさせる声で言い切るミル。

 俺は改めて彼らの表情や立ち位置、距離感などを細かく観察してみて、気づいた。


「……確かに、仲が良さそうには見えないな」


「はい。となれば、チンピラな彼らとは天と地ほどに不釣り合いな女の子が一緒に行動している理由なんて、ただ一つです」


「武器で脅してる風には見えないとなると……」


「騙して犯すつもりですね!」


 やたら意気揚々と、その言葉を口にするミル。

 基本何事も下ネタに繋げようとするので発言の信憑性に欠けている節がある淫乱な駄天使ではあるが、今回ばかりは間違っていないように思う。


 チンピラ三人組の、女の子の肢体を見つめる下品な視線と粘着質な笑み。

 そんな三人に違和感すら抱く素振りもなく、前を向いて純朴そうな微笑を浮かべている、当の女の子。


「この辺だと冒険者用の小路があって邪魔が入るかもしれないので、どこか別の場所で事に及ぼうとしている……ってところでしょうけど」


 そこまで言って、ミルはこちらを一瞥した。


「……どうします?」


「そんなこと、聞くまでもないだろ」


 その試すような口調に、俺は躊躇くことなく重い腰を上げた。 


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