第16話 ヒーローは遅れてやってくるクズ野郎
リーゼント、モヒカン、スキンヘッドのチンピラ三人組は案の定、小路から大きく外れた場所にある洞窟へと桜色の髪の少女を誘った。
ここに至ってようやく違和感を覚えたのか、不思議そうにきょろきょろと首を左右させている少女。
一方のチンピラどもは、徐々に表情に不安の色を見せ始めた少女の姿を見て、ふひひと堪え切れずに笑いを漏らしている。
そんな中、後をつけてきた俺とミルは洞窟の入り口付近、内部の様子が確認出来る位置で待機していた。
が、流石にそろそろ出て行った方がいいか。
苦手な人種の前に顔を出すべく、俺がそれなりに勇気を振り絞って突入しようとすると。
ミルが俺の手を取って、引き止めてきた。
「まだ早いです」
「いや、そろそろ行かないとまずいだろ。事が始まってからじゃ……」
俺が眉をひそめると、ミルは首を横に振った。
「むしろ始まってからでおーけーです」
「あのなあ……その発言がもし興味本位から出てきてるんだったら、お前今すぐ天使やめた方がいいぞ」
「なっ……失礼ですね。確かに2割くらいは、あの子がチンピラたちにめちゃくちゃにされてるところを性獣のユッキーに見せることで今晩のオカズを提供し、私が襲われないようにする予防策……という意味合いもありますけど」
「変な気回しはやめろ!」
「そうは言いますがユッキー、実際その辺の処理はどうやって……」
「そんなアホな動機で止めようってなら、構わず行くからな」
呆れた俺が掴まれた手を振り払おうとすると、予想外に力を込められ、離してもらえなかった。
「だから、そっちの理由はせいぜい2割なんですって」
「……じゃあ残りの8割は?」
「よりピンチになってから出ていって助けた方がより心を掴めて、恩を売れるからです。未然に防いでしまったら『ああどうも』くらいで済まされる恐れがありますからね。ヒーローは遅れてやってくるものですよユッキー」
「おいやめろ。その文脈だとまるで、小さな子供たちが憧れるヒーローの正体が実は恩着せがましいクズ野郎で、遅れてやってくるのはただの打算みたいに聞こえるだろ」
「だから私は、今からそのクズ野郎になれって言ってるんですよユッキー」
「やっぱお前天使から悪魔にでも鞍替えしろよ」
「いやですよそんなの。ホワイトな天使と違って、悪魔はブラックな労働環境って割と聞きますし」
「ホントにいるのかよ悪魔」
「ええ。天使と悪魔は絶賛対立中です。あ、でもある意味じゃ私も小悪魔かもですねっ」
ミルがてへっ、とあざとい仕草を見せ付けてきたので、俺は空いている手で額を軽く叩いておく。
が、ミルは懲りる気配もなく、にやにやとめんどくさい笑みを浮かべた。
「ところでユッキー。私がユッキーに対して、自分らしくクズ野郎として振る舞えと言っている理由、聞きたくないですか?」
「どうでもいい。どうでもいいが、ナチュラルに俺をクズ扱いするな。以上、じゃあな」
取り合わずに行こうとするが、レベル9999の拘束力は伊達ではない。
俺はぴくりとも動けなかった。
うんざりしながらミルに視線を向けると、俺に聞き返されるのを今か今かと待ち構えるような、期待の眼差しで返してくる。
他に手はなさそうなので、俺はその期待に応えることにした。
「……じゃあ、その理由は?」
「ふふーん、教えません。実行してみれば分かるんじゃないですかねー?」
散々相手にして欲しそうにした挙句煽ってくるミルに、流石の俺も堪忍袋の緒が切れた。
こうなれば、こいつを引きずったままでも今すぐ突入してやろうと俺が息巻いたその時。
「い、いやぁ……やめっ……!」
洞窟の内部から、か細い悲鳴が漏れ聞こえてきた。
慌てて中を覗き込んでみると、桜色の髪の少女がモヒカンとスキンヘッドに腕をそれぞれ押さえられ、地面に組み伏せられていた。
その上スカートを捲りあげられ、具体的には言えないがリーゼントのアレをナニされそうになっている。
「先っちょだけだから! 行けたら行く! 一生のお願い! 実質無料!」
「おおん……」
「あぁん……」
信用出来ない言葉を手当たり次第並べ立てるリーゼントに、幸せそうな鳴き声をあげるモヒカンとスキンヘッド。
既に手遅れ一歩手前だ。
「あ、流石にもう行っていいですよ。いやあ、我ながら尺稼ぎの天才ぶりには感服しちゃいます」
「ったくふざけやがって!」
あっさりと手を離されると同時、俺はミルに悪態を吐きながら洞窟内に乗り込む。
レベル300の超加速によって瞬く間に距離を詰め、リーゼントの股間から無防備に晒されていたアレを思い切り蹴り上げる。
ぐしゃりと潰れる感触に己の所業ながら寒気を覚えつつ、モヒカンとスキンヘッドの鼻っ面に一撃ずつ正拳突きをお見舞いした。
どさどさと、意識を失った三人が次々に崩れ落ちる音が連続して響き渡り、俺はひと安心して息を吐く。
この間、僅か二秒。
我ながらバランス崩壊もいいとこな暴れぶりだ。
……まあ、それで一人の女の子を救えたから良しとしよう。
緊張から解放された俺は、脱力しながら少女の方を見やってから、後悔する。
そこにあったのが、脚を無理やり広げられたまま唖然としてへたり込んでいた少女の姿だったからだ。
要するに、スカートの中身が丸見えだった。
ここでうっかり「白か……」とか呟かなかったのは、せめてもの救いだ。
「ひゃっ」
少女は慌てて立ち上がってから、スカートの裾を両手で押さえる。恥ずかしそうに俯きながらも、上目遣いにこちらを見た。
「あの……ありがとう」
震える声で……と言うか事実体全体を震わせながら、少女は小さく頭を下げた。
その小動物的なかわいらしさに堪らず抱きしめたい衝動に駆られるが、この状況では逆効果でしかないし、この状況じゃなくても普通に犯罪なのでやめておく。
代わりに俺は、お礼に応えておいた。
「えっと……どういたしまして?」
俺がそう言ったきり、その場が静まり返った。
どこか怯えるように縮こまって、少女は視線を泳がせている。
まあ、無理もない。
三人組の男に襲われかけていたところに、それをあっさりと倒してしまう別の男がやってきたのだ。
ひとまずは助けてもらった形ではあるが、俺と少女の力関係は明白。
どうされるかまだ分からず、不安といった心境なんだろう。
そんな風に少女を慮りつつも、何と言って安心させたものかと俺が迷っていると、背後から、ぽんと肩に手を置かれた。
「まさかユッキー、お礼と称してこの子に無理難題を突き付けて気持ち良くなっちゃうつもりですかー?」
「んなわけあるか!」
ぼそぼそと、吐息がかかる程の至近距離からミルが囁きかけてきた。
俺はそんなミルを押しのけつつ、声を荒げる。
と、少女がびくりと肩を跳ねさせた。
「あ、悪い」
「まったく女の子の扱いってものが分かってませんねユッキーは。もうちょっと静かに喋れないんですか」
「口うるさいのはむしろミルの方だろ」
「ああ言えばこう言いますねえ」
「それもお前のことだろ!」
などと、俺とミルがいつもの具合でやり合っていると。
強張っていた少女の表情が、柔らかくなった。
「ふふっ」
口元を手で押さえながら、何やら楽しそうに笑う少女。
癪ではあるが、同じ女性であるミルが現れたことが警戒心を解く要因になったのかもしれない。
とりあえず、目下の懸案事項が片付いたので良しとしよう……癪ではあるが。
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