第34話 隠し階段と素直な天使
モンスターとの戦闘が落ち着いた後、ダンジョンを進んでいき、更に上の階層を目指す俺たちだったが。
やがて、行き止まりに突き当たった。
「あれ、行き止まりだ」
「おいミル、本当にこっちで合ってるのか?」
俺とリナリアは振り返り、道案内とマッピングを務めるミルに確認する。
「道は間違ってません。何せ、ここ以外はもう探索し終えましたからね。上層に行く階段があるなら、ここしかないと思ったのですが……」
「それらしきものは見当たらない……ってことは、これでダンジョンをすべて攻略したってこと?」
「外で見た限り、十五層程度で終わりって感じはしませんでしたけどねえ」
そう言ったきり、二人して考え込むミルとリナリア。
ミルの言う通り、ここが最上層、ってことはないはずだ。
それなのに、上に行くための階段が見当たらない。
となれば、真っ先に思い付く可能性は。
ダンジョンというこの極めてゲームっぽい構造物において、あるはずのモノがない理由は。
「存在しないんじゃなくて、どこかに隠されてるんじゃないか?」
「それって、隠し階段があるってこと?」
「ああ、そうだ。この手のダンジョンで不自然な行き止まりがあったら、そこに何かしらのギミックが用意されていて、それを解いたら道が開ける……ってのは、定番中の定番だろ」
リナリアに対し、俺は頷いて答える。
「おお、なるほどー」
「なんか熟練の冒険者みたいなこと言ってますけど、その『定番』ってゲームの中でのお話しですよね」
リナリアが感嘆する一方、ミルは胡散臭そうにこっちを見てくる。
「……情報のソースは置いておくとして、だ。どっかの窪みやでっぱりが実はスイッチになってて、それを押したら隠し階段が出てくるとか、ありそうな話ではあるだろ?」
「まあ可能性としては、充分あり得る話かもしれませんね」
あからさまに指摘を受け流す俺に、やっぱりかと呆れながらも、ミルは一応同意した。
「そういうことなら、とりあえず色々押してみるね!」
さっそくとばかりに、壁に駆け寄って手あたり次第触っていくリナリア。
と、その足元で。
未だ名前が決まっていないカメレオンが、何気なく壁に向かって歩いていき。
そのまま歩みを止めなかった結果。
当たり前のことではあるのだが、鼻の先から壁に激突し、弾き返されるようにして転倒した。
「わわっ! きみ、何やってるの? もしかしてドジっ子?」
自らに懐く小動物の奇行に驚くリナリア。
屈みこむと、微笑ましげな様子で撫でてやる。
そんな中、カメレオンは緩慢な動きで身を起こすと、不可解そうに首を左右に動かし、壁に鼻をつけて、においを嗅ぐような仕草を取っていた。
何か、いつもと勝手が違う、とでも言いたげな様子だ。
「これは……」
「ん、どうしたのユッキー?」
「なあリナリア、ちょっとスキルを使ってみてくれないか? さっきそいつから奪ったやつ」
「別にいいけど……奪った、ってちょっと人聞きが悪いような」
微妙に納得いかない感じではあるが、リナリアは頷いて立ち上がる。
「けど、スキルドレインで手に入れたこの子の能力って、『擬態』だよね。何に使うの?」
そして、意図を呑み込めていないリナリアが、そんな問いを口にすると。
ミルが、何かに気づいたようなしたり顔を浮かべて。
「はっ! さてはユッキー、リナリアちゃんのスキルを利用して自分を透明にしてもらい、こっそり私に忍び寄ってこの健康的で柔らかい身体をまさぐるつもりだったのでは……!」
「ああ、もちろん違うからお前は黙ってていいぞ」
勝手に戦慄しているアホは、放置しておくとして。
俺は改めてリナリアに向き直った。
「じゃあ、とりあえず頼む。擬態を使いながら、この壁にタッチしてくれ」
「う、うん」
理解していなさそうではあるが、リナリアは俺の言う通りに壁に触れる。
「あ、それとこいつもセットでな」
俺はカメレオンを抱え上げると、リナリアの肩に乗せた。
「う、うん? よく分からないけど、とりあえずやってみるね」
リナリアは困惑気味に肩に乗せられたカメレオンを横目で見つつ、『擬態』のスキルを使用する。
次の瞬間。
そこにあったはずの壁が、そんなものは最初から無かったのではないかと思えるほどあっさりと、消えた。
そして、消失した壁の向こう側には。
小部屋のような空間が広がっており、上層へと続く階段が存在していた。
「お……おおー! ほんとにあった!」
リナリアは目を輝かせながら、出現した階段の方へと一目散に駆けていく。
「魔法か何かでまやかしの壁を張って階段を隠蔽しておいた……って感じですか。こんな仕掛け、よくわかりましたね。ユッキーのくせに」
隣にやってきたミルが、消えた偽物の壁と本物の壁の切れ目を観察しながら、そんなことを言う。
「微妙に馬鹿にした言い方なのが引っかかるが……まあ、あの小動物の動きを見てたら、なんとなく気づいたんだよ」
「む、生意気にもリナリアちゃんのもふもふ耳の間に収まってる悪魔のことですか?」
苦い顔を浮かべて、カメレオンの方に視線を向けるミル。
件の珍獣はミルの言う通り、リナリアの頭の上、猫耳と猫耳の間にちょこんと座っていた。
「あいつさっき、ここにあった壁に向かって歩いていって、そのまま激突しただろ? あれって、普段は難なくすり抜けられていたのに、今回は違ったから起きたんじゃないかって思ったんだよ」
「今回は違った……ああ、リナリアちゃんに『擬態』のスキルを取られたから、ですか」
「ああ。細かい理屈はよくわからんが、この壁の仕掛けは、リナリアがスキルドレインで奪った『擬態』とカメレオンが元々持ってる『結界破り』のスキルを併用したら解除できる……って感じなんじゃないか?」
「まあ、結果を見た限りではそんな感じでしょうね」
俺の考えに、同意するミルではあるが。
いつもと比べると、少しだけ歯切れの悪い言い方であるように感じた。
そもそも、スキルとか魔法とか、異世界の知識については、ミルの得意分野だ。
真っ先に見破ってもおかしくないはずだが。
「お前が気づかなかった、ってのはなんか意外だな」
「なんですかその言い草、馬鹿にしてるんですか」
むすっと不機嫌そうに頬をふくらませるミル。
「い、いやむしろ日頃の優秀なデータベースっぷりを評価しているからこその発言というかだな……」
「む、そうですか? ……だったらまあ、特別に許してあげましょう」
俺が釈明すると、ミルの表情が和らいだ。
「その上で、どうしてすぐに気付けなかったか一応説明しておくとですね」
「お、おう」
接近しながら胸板をびしっと指さして小突いてくるミル。
たじろぐ俺を気に留めることなく、ミルは語る。
「私は心清らかで美少女な天使なので、小汚い悪魔のやり口についてはそこまで詳しくないんです。いくらこの私といえど、なんでもは知らないってことですね」
自らの無知についてここまでドヤ顔で開き直れるのはミルくらいのものだろう。
「……天使だから悪魔のことは詳しくない、って言い分は分からなくもないが、美少女とか関係あるか?」
「私が美少女であることについてはやっぱり否定しないんですね。そういう素直な感性は大事にしたほうがいいですよユッキー」
俺の投げかけた問いには答えずに、ミルはいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「くっ……」
その笑顔を前に、返す言葉を失った俺が思わず目を逸らしていると。
「二人とも、早く早くー! 急がないとお宝が逃げちゃうよ―!」
既に階段を数段登った所から、相変わらず頭に珍獣を乗せたリナリアが大きく手を振って呼びかけてきた。
もう待ちきれないといった様子で、猫耳をぴんと立てている。
「宝ある前提かよ……そりゃあ、隠し階段なんて用意してあるくらいだから、気持ちは分からなくもないが……」
「それと、急がなくてもお宝は逃げませんよリナリアちゃん」
俺とミルは口々にそう言って、気を逸らせるリナリアをたしなめる。
「……とはいえ、これ以上待たせてしまうのもかわいそうですからね。そろそろ行きましょうか」
そう言って、ミルは顔をほころばせた。そのまま、心なしか楽しそうに見える背中をこちらに向けて、リナリアの方へと歩いていく。
……なんかあいつ、ちょっと雰囲気が変わったような。
俺の勘違いでなければ、昨日までより素の自分……みたいなものを見せるようになった気がする。
それがどうしてなのかは、俺には分からないけど。
まあ、悪いことではないとは、思う。
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