第11話 新たな一歩
「じゃあさっそく、父と話をしてきますね!」
「ああ、こういうのは早い内の方がいいだろうからな」
森の深部でトレントを倒した後。
ログハウスの前に到着してすぐ申し出たアニスに、俺はそう答える。
帰り道、アニスの足取りは至って軽かった。
自分が一人前になったことを一刻も早く彼女の父に伝えたくて堪らないのだろう。
この三日間必死に努力を続けてきたアニスの姿を俺が思い返していると、そのアニスが何やら、躊躇いがちに告げてきた。
「あの……もし良ければユッキーさんたちを、私の恩人として父に紹介したいと思っているんですけど……どうでしょうか?」
「あー……いや、ここで待ってることにするよ。親子水入らずの時間を大事にした方がいいと思うし」
「そう、ですね……分かりました、ありがとうございます。では行ってきますね」
「おう」
アニスは一瞬、まだ何か言いたそうな素振りを見せたが、結局はお礼を口にするに留まる。
軽くお辞儀をすると、一人前になった証である、先程倒したトレントの枝状の腕を携えてログハウスの中へ入っていった。
……それにしても、今のアニスの表情が、どことなく綺麗に見えたのは何故だろうか。
いや元々美少女の部類に入る容姿なのだが、さっき何かを言い淀んだあの瞬間は、いつにもまして魅力的に感じたというか。
俺がちょっとした引っ掛かりを覚えていると、隣で話を聞いていたミルがにやにやとし始めた。
「あれはずばり……恋する女の子の顔ですね!」
「恋って……誰が誰に?」
「アニスさんが、ユッキーに」
「いやいや……流石にそりゃないだろ」
「口では否定しておきながら満更でもなさそうな反応を示す辺り、底の浅さが透けて見えちゃってますよユッキー」
「じゃあ他にどんな反応をすればいいんだよ……」
はあ、とため息をつく俺。
……こいつの言葉をいちいち真に受けていたらキリがないか。
気を取り直して、俺はミルに告げた。
「さて、そろそろ行くか」
「行くかって……アニスさんは待たなくていいんですか?」
「アニスは充分一人前になったしな。もう俺の手助けは必要ないだろ。俺がしてやれるのなんて、レベリングの手伝いくらいだし」
「だからって別れも告げずってどうなんですかね。まさかいい年してそういうのちゃんと切り出すの苦手、とか言いませんよね?」
「……さあ、どうだろうなー」
「うわっ、図星ですか。ダサいですねユッキーは」
目を逸らす俺に、容赦なく追撃してくるミル。
これ以上は都合が悪いので、俺は話題を変えることにした。
「実は、やりたいことが出来たんだ」
「やりたいこと? 何ですかいったい」
「聞いて驚くなよ」
どや顔を作りながら、前振りをする俺。
対するミルは、聞く耳を持とうとすらしなかった。
「まあ大体察しはつきます。どうせまたレベリングの算段でも考えてたんでしょ」
「どうして分かった」
「まあ私はユッキーの専属サポートを務める頭脳明晰でかわいくて神聖な天使ですし? それくらい造作もない事なのです」
「へいへい」
得意げに胸を張るミルに、俺は雑に応じる。
すると、ミルは気を悪くするどころか、むしろ面白がるような顔をした。
「おや、そんな態度取っていいんですかー? ユッキーが効率良くレベリング出来ているのは、私の脳内に蓄積された情報に依るところが大きいって、ちゃんと理解してます?」
「うっ」
確かに、そこを突かれると痛い。
……まあ、データベースとしてのミルが必要な存在なのは事実だし。ここは仕方ないか。
俺は渋々ながら、ミルをおだてておくことにした。
「いやあホント、ミルって優秀だよなあ。何でも知ってて賢いし!」
「むふふ、そうでしょうそうでしょう。今なら私の靴を舐める権利をあげてもいいですよ?」
「間に合ってます」
「即答ですか!?」
「当たり前だろ!」
意外そうに両目を見開くミルに、むしろ驚いて声を大きくする俺。
……いったい俺を何だと思っているんだ。
いやこの場合は、ミルが自身を過大評価していると取るべきだろうか。でもこいつ、自分のこと下級天使って名乗ってたような。
しかし今のであっさり調子に乗る辺り、ミルって案外扱いやすいのかも。
隣に立つ見てくれ100点中身マイナス100点な天使にそんな感想を抱きつつ、俺は話を進めた。
「とりあえず当初の予定通り街に行きたいんだが、案内頼めるか?」
「ええ、任せてください。私は天使ですからね、迷えるユッキーを見捨てたりせず、ちゃんと救ってあげます。あ、ちなみに何する予定ですか? 私の出世に繋がることです?」
「出世に繋がるかは知らないが、まずは武器の調達。色々やるのはその後だな」
「ん、色々とは?」
「まあ……その辺はまだ秘密ってことで」
「むっ。どうせレベリングに関することなんでしょうし、勿体ぶらずに教えてくださいよ」
俺がはぐらかすと、ミルは小さく頬を膨らませた。
不意にその頬をつつき回したい衝動に駆られたがそれは抑えて、俺はちらりとログハウスの窓から中を窺う。
と、そこからは、楽しそうに、そして嬉しそうに談笑していると思しきアニスの姿が見えた。
話し相手であろう彼女の父親はベッドに横になっているため見えないが、どうやらうまく事が運んだようだ。
……これでいよいよ、思い残すことはないか。
俺はそろそろ、この場を立ち去ることにして、ミルに声をかける。
「アニスはこっちに意識が回ってないみたいだし、今のうちに行くぞ」
「分かりました」
こくりと頷くミル。
だがおもむろに、それにしても……などと前置きしてから、言葉を続けた。
「ユッキーも勿体ないことしますよね。何ならここで所帯を持つことも出来たでしょうに。そしたら性獣のユッキーのことです、あの家じゃ収まりきらないくらいの大家族を築き上げちゃうんでしょうねえ」
「何を訳の分からんことを言ってやがる」
壮大な妄想を繰り広げるミルに、俺は軽くデコピンをお見舞いする。
と、すかさず抗議の声があがった。
「あいたっ。いきなり何するんですかユッキー。まさかこれは、好きな女の子の前では素直になれず、ついいじめたくなっちゃう……みたいなあれですか!?」
「……アホか」
勝手にテンションを上げるミル。一方の俺は呆れ果て、小さく息を吐く。
……こいつのピンク色の脳みそ基準で色恋沙汰を語られると、逆のことこそが真実な気がしてくるのはどうしてだ。
それとやはり、ミル以外の相手とのことで所帯がどうのとか平然と言えちゃう辺り、あの時のダダ漏れの独り言はきっと何かの罠だったんだろうな。
あそこで釣られたりせずしっかり警戒心を抱ける俺の慎重さ、流石だ。
恋愛フラグと思って踏み抜いたらバッドエンドのフラグでした……なんてことになるのは真っ平御免だし、己の危機管理能力を褒めてやりたい。
そんな調子で俺が独りうんうんと頷いていると、横合いから、微妙な表情をしたミルがこちらを注視してきた。
「……やっぱりユッキーってアホですねえ」
ぽつり、と俺からしてみれば心外なひと言を漏らすミル。
完全に人を小馬鹿にした内容の発言の癖して、ミルの表情はどこか嬉しそうで、笑っている。
……俺をおもちゃにするのがそんなに楽しいんだろうか。
俺は僅かに眉をひそめながら、ミルの言葉には応えずに歩き始める。
すると背後から、言いにくそうな風の声が聞こえてきた。
「あのユッキー、意気揚々と新たな一歩を踏み出すのは結構なことなんですけど……街があるのは反対方向ですよ?」
俺が回れ右すると、そこにはいつにもまして楽しそうなミルの顔があった。
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