第10話 一人前の証明
アニスは着々と経験値や熟練度を稼いで成長していき、三日目には目標値の20を超えてレベル22にまで到達した。
「おお……」
ここ三日間利用していた狩り場にて。
木陰に座って、ひと息つく中。
当初と比べてどの項目も見栄えがする数字になったアニスのステータスを眺めて、俺は感嘆の声を漏らしていた。
やはりこうして成長したステータスを見る瞬間は、まさに至福のひと時。実に幸せだ。
俺が恍惚とした気分に浸っていると、並んでステータスを眺めていたアニスが、固い決意を感じさせる眼差しを向けてきた。
「あの……ユッキーさん」
「うん? どうした改まって」
「実は私……レベル20になったらユッキーさんにお伝えしようと思っていたことがあって……」
鬼気迫る面持ちで切り出してくるアニス。気圧された俺は、ごくりと息を呑む。
……突然どうしたんだアニスは。
レベル20になったから……つまりはある種の節目を迎えたから、こうして意気込むくらいには重要な何かを、打ち明けようとする。
これはまさか、愛の告白……とかこの場にミルがいたら間違いなく言い出すだろうが、幸運なことにあいつは今不在だ。
ログハウスで、アニスの父親の面倒を見ている。
レベリングしている間中寝たきりの病人を放置しておくのは流石に不味いので、最初に狩り場に案内してもらって以降は、ミルは殆どログハウスで看病をしていた。
それはさておき、俺とアニスは出会ってほんの三、四日しか経っていないのだ。
恋愛フラグはまだ立っていない……筈。
でもちょっと期待しちゃったりする自分に平常心を保てと言い聞かせながら、俺はアニスの次の言葉を待った。
「……私が一人前になったことを形として証明するために、とあるモンスターに挑戦しようと思うんですけど」
「あ、あー……そういう話ね」
「……ユッキーさん? どうかしましたか?」
「いや何でもない……それで、そのモンスターって?」
落胆が隠しきれなかった俺に対し、小首を傾げるアニス。
俺が誤魔化すために話を進めるよう促すと、まだ不思議そうにしながらもアニスは頷いた。
「はい。実はこの森の深部には、他のエリアよりも高レベルなモンスター……トレントが巣食っている箇所があって、冒険者や兵士ですら危険だからと滅多に近寄らないんですけど……そこにいるトレントを一体でも倒して、その一部でも持ち帰れば……」
「なるほど確かに、分かりやすい証明にはなる、か。ただ冒険者や兵士も近寄らないような場所に単独で行くってのは、流石に危険を通り越して無謀だからな。俺と……念のためミルも付き添わせてもらうぞ」
「でもそれだと、一人前になった証明には……」
「じゃあ戦うのはアニスだけ。俺たちが手出しするのは、本当に危なくなった時だけってことならどうだ? 強敵相手に単独で勝てるってなれば、一人前名乗るには充分だろうし」
「……分かりました。それとありがとうございます、ユッキーさん」
俺としては、アニスが納得出来るか怪しいくらいの条件を提示したつもりだったのだが、当の彼女の表情に不満そうな色などなく、むしろ嬉しそうにお礼された。
……喜ぶところなのか、ここ。
よく分からないので、アニスは不思議ちゃんってことにしておこう。
俺たちは一度ログハウスに戻ってミルを呼んでから、トレントの出現場所へ赴いた。
森の深部なだけあってか、やたらと暗い。
生い茂る木の葉のせいで日光の差し込む隙間すら殆どない。陰鬱とした重い空気が、じっとりと張り付くように肩にのしかかってくる。
いかにも難易度の高そうなダンジョンって雰囲気だ。
この世界にダンジョンなんて概念が存在しているのかは知らないけど。
標的であるトレントとは、森の景色が変わってすぐ遭遇することが出来た。
老齢の樹木に悪霊が憑依することで誕生するというトレントの特徴を端的に言い表すなら、毒々しい紫色をした人面樹ってところだろう。
樹齢がそれなりなだけあって、サイズも巨大だ。
ミル曰く、討伐適正レベルは20程度。
今のアニスのレベル的には、互角と目される相手だったのだが。
戦闘は予想に反して、一方的な展開となった。
トレントというモンスターが、根っこが変形した程度の細い脚部しか持たないのが良かったのだろう。
高いパワーと耐久性を持っているとは言え、俊敏性の低いトレントはまさにウドの大木。
おまけに単体ともなれば、アニスにとっては良い的だった。
安全な距離を保ったまま弓でちくちくとダメージを蓄積させていき、終にトレントが地に伏した頃には、その骸には大量の矢が突き刺さって針鼠のようになっていた。
最早、俺やミルが助けに入るまでもない。
アニスは、立派に成長した姿を俺たちに披露してみせたのだ。
「まさかここまでとはなあ。ともあれ、おめでとう……でいいのか?」
俺はここに至るまでの数日間を思い出し、感慨深いものを抱きながらアニスに歩み寄ると、彼女は気恥ずかしそうな笑顔を振りまいてきた。
「ありがとうございますっ……って言っても、相性が良かっただけですけどね」
「その辺込みで、努力の成果だと思いますよ? レベルや熟練度が低かったら、いくら相性が良くても攻撃が通らなかったでしょうし。だからこれも実力の内、胸を張ってください」
謙遜するアニスに、ミルは真っ向からの賛辞を送る。
……こいつがこんなにべた褒めするところとか、中々見ないな。俺にも少しくらい風当たりを優しくしてくれてもいいのに。
俺がちょっぴり納得いかないものを感じていると、ミルが悪戯心たっぷりに笑いかけてきた。
「いやあ。ユッキーなんてまた性獣らしい妄想してましたからね。アニスさんが負けて、触手のように蠢く蔦におかっ!?」
「お前は大概にしとけ!」
「……ユッキーこそ大概にしてください。なんだか手が出るのが早くなってませんか?」
案の定ふざけたことを抜かしそうだったので、俺はミルの頭に拳骨をお見舞いした。
抗議の声があがるが、それは安定の無視。
まったく……俺だけならともかくこの場にはアニスだっているんだから、多少はわきまえて欲しいもんだ。
そのアニスは俺とミルのやり取りを前に、理解が追いついてなさそうな様子だ。
……良かった。
アニスにはこのまま穢れを知らないでいて欲しいものだ。
この子にとって、ミルは教育上よろしくない。あまり口を開く隙を与えないようにしなくては。
俺はそう心に決めて、この場を切り上げにかかった。
「さて、あまり長時間アニスのお父さんを独りにしておくわけにもいかないからな。適当な部位を剥いだら、さっさと帰ろう」
「ま、それは一理ありますね。ユッキーの妄想の内容については、後々吟味しましょう」
「どちらかと言えばお前の妄想だろ」
「いやいや私はあくまでユッキーの本心を代弁しただけですよ?」
「じゃあその本心はお前の捏造だ」
「でも本当は?」
「……いい加減にしとけ」
ため息混じりにそう言ったきり、俺は話を打ち切る。
するとミルから「あ、今ちょっと間がありましたよ! やっぱりユッキーは骨の髄まで性獣なんですね!」なんて声があがったが、気にしてはいけない。
確かにアニスはそういう妄想の対象にされやすそうな外見をしているかもしれないが、決して図星だったりはしない……しないのだ。
ちなみにアニスは、俺とミルの会話を聞いて、まだ答えまでは届いていないものの、何かに気づきかけているような……曖昧な顔で、首を傾げている。
……これ以上、ミルの言動がアニスに悪影響を与えては不味い。
俺は率先してトレントの枝状の腕部を素手でもぎ取ると、さっさと帰路に着いた。
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