第22話 レベリング in ダンジョン

 レベリング対象であるリナリアの戦いぶり、特に剣捌きについて、ここで触れておく。

 率直に言えば、まあ、悪くはない。悪くはないのだが、物足りない。

 粗削りで穴が多いというのが、戦闘技能スキル熟練度マックスな俺の慧眼(自称)から見た評価だ。


 ダンジョンに入ってから何度目かの戦闘後。

 足を踏み入れた者のことごとくを迷わせ、二度と陽の光を拝ませないために設えられたとしか思えない程複雑に分岐する狭い通路を、天使だから戦闘に参加できないミルが持つ松明だけを頼りに進む中。


 俺が下した評価をそのまま伝えると、リナリアは落ち込んだ様子で、手に握られた小振りの剣を見つめた。


「やっぱり、私に剣は向いてないのかなあ……」


 しゅん、とリナリアの心情に同期するようにして、桜色のさらさらした毛並みの猫耳と細長い尻尾が垂れ下がる。


「ちょっとユッキー、リナリアちゃんが落ち込んでるじゃないですか。もっと他に言い方とかないんですか」


 耳と尻尾の動きに釘付けになっていると、ミルが非難がましく詰め寄ってきたので、俺は首を横に振る。


「俺は別に、リナリアにダメ出ししてるわけじゃないぞ」


「そう……なの?」


 じゃあどういうことなんだとばかりに興味深そうな反応を示すリナリアに、俺は笑顔を作って答えた。


「ああ。粗削りってのは裏を返せば、尖ってはいるが光るものはあるってことだ。それにな、穴が多けりゃ塞げばいいだけの話だろ?」


「それは……魔法で補えって意味?」


「理解が早くて何よりだ。要するに遠くの敵だけじゃなく、近くの敵に対しても剣を使いながらタイミングを見極めて魔法を使えばいいんだよ」


「って言われても……いきなり過ぎてぴんと来ないかも」


「つまり、剣で届かない痒い所を魔法でカバーすればいいってことだ」


「その理屈はなんとなく分かるけど、私にはその穴がどこにあるんだかさっぱりだもん」


「あー、そうか? じゃあ俺が教えるよ」


 そう言っていると、前方にある十字路から、這い出るようにして新たなモンスターが出現した。


「……ちょうどいい相手も沸いてきたことだしな」


◆◆◆◆◆


 脇が甘くなるタイミングを、モンスターとの戦いの中で俺が逐一教えていった結果。

 リナリアはすぐにコツを掴み始め、魔法の使いどころを覚えた。

 スキルの熟練度が高いおかげで、剣を振りながらでも支障なく魔法を繰り出せることも相まってか、たったの数時間で目に見えて変化が生まれている。

 

 通路の向こうから俺たち目掛けて殺到する、複数のモンスター。

 正面から鉈を持って突っ込んでくるスケルトンに、小振りの剣を握るリナリアがまずひと太刀。

 返しの刃で、天井を這い寄ってきた大蜘蛛を両断。


「よっ……とと?」


 が、小柄な身の丈を上回るモンスターが頭上から降ってきた重みに耐え切れず、リナリアは足元をふらつかせる。

 そうしている間に、今度は更に二体の骸骨兵が、骨だけの体とは思えない程機敏な挙動で迫ってきた。


「わわっ!?」


 隙を突かれた形のリナリアは、不利な体勢のままその内の一体と剣を打ち合わせる。と、ぐぐっと押し込まれ、片膝を突かされる。


 そこを狙って、リナリアと鍔迫り合いを繰り広げる骸骨兵の背後から、もう一体が諸共に薙ぎ払おうと鉈を振るった。


「むむっ……」


 窮地に立たされたリナリア。

 以前なら真っ先に、剣で強引に対処しようと考えただろうが、今は違う。


 リナリアは片手を咄嗟の判断で剣の柄から手放して、人差し指を骸骨兵へと向ける。

 瞬間、均衡が破れ押し切られそうになるリナリアから、澄み渡るような声が響いた。


「……サラマンダー・スピアっ」


 詠唱とともにリナリアの指先から放たれた紫炎の一閃が、骸骨兵を二体纏めて射貫き、焦がした。


 それでひと波片付いたと思ったのだろう。

 殆ど床に座り込むような体勢になっていたリナリアが、息を吐こうとしたその刹那。


 通路を埋め尽くす程大きなゴーレムが、肩を壁に擦らせ火花と轟音を撒き散らしながら、俺たちを纏めて引き潰さんばかりの猛スピードで疾走してきた。


「ななっ!? これはちょっと……」


 驚き、呆れるような声色のリナリア。


 ……まあ、流石にあれはまだ無理か。

 今まで後方から静観していた俺は、敵がリナリアの処理しきれない相手だと判断するや否や、駆け出した。


 座り込むリナリアの横を通り抜け、レベル300の超加速の勢いを存分に拳に乗せた一撃を、ゴーレムへと叩きつける。


 と、ゴーレムはまるで卵の殻でも割ったかのように綺麗に真っ二つになり、残骸は勢いを失って床に転がった。

 

「おー、ありがとねユッキー!」


「まあ俺って無駄にレベル高いし、これくらいはな」


 迷宮に入ってから連戦続きなのに、まだまだ元気の良さそうなリナリアの声。

 俺は振り返り、手を上げて答える。


 するとリナリアは剣を鞘に納め、立ち上がってスカートに付着した土を払ってから、得意げに言った。


「でも私も、けっこう頑張ってるよね?」


「けっこうと言うか、かなりな。正直びっくりしてるぞ」


「あはは、これもユッキーの指導の賜物だよー」


「いやいや、多分持ち前の才能だぞ」


「えー、そうかな?」


 至って上機嫌そうな様子のリナリアは、あれだけの立ち回りを演じたにもかかわらず息の一つも上がっていない。


 ……ちっちゃい癖して、どんだけ体力あるんだよこの子。


 ケットシーってのは、持久力の優れた種族だったりするんだろうか。

 それとも、リナリアの個人的な特性なのか。

 そんな疑問は考えたって仕方がないことなのでひとまず置いておくとして。


 四階層目となると、流石に出現する敵が手強くなり、リナリア単騎では対処しきれなくなりつつある。

 こればかりは、体力で解決できる問題ではない。


「……次からは、俺も一緒に戦うとするかな」


「戦うのもいいですが……」


「うおっ!?」


 呟く俺の声に反応するようにして、顔を松明で照らしたミルがどこからともなくぬるっと現れた。

 俺がついビビッて飛び退くと、何かを言いかけていたミルはそれを中断し、ジト目で睨んでくる。

 

「人を幽霊扱いするとか失礼にも程がありますよユッキー」


「あ、ああ。悪いな……」


「む、やけに素直に謝りますね……」


 謝罪する俺に、訝しげな目を向けてくるミル。

 やがてその目が、ジト目に変わり。


「もしかして、『こいつ何もしてないから存在感薄くて気づかなかったけど、流石にそんなことは言えないよな』とか考えて遠慮してたりします?」


「い、いや、それはだな……」


 図星だった。

 ミルもミルなりにできることをやってくれている手前、ありのままを言ってしまうのは流石にあんまりな気がしたのだ。

 俺だって、そこまで鬼じゃない。


「いいですかユッキー! 私は何もしてないんじゃなくて、出来ないんです! 天使だから、かわいすぎるから!」


「いやかわいいのは関係ないだろ」


「おや、かわいくないとは言わないんですね」


「……」 


 指摘を受けて無言で目を逸らそうとするが、ミルは俺の視線に付き纏うように移動してきた。


「いいんですよー、照れなくても。文句を言いながらも、何だかんだユッキーは私のこと大好きですからねえ」


「……寝言は寝て言え松明係」


「照れてるとはいえそんな口の利き方してもいいんですか? 何ならユッキーの髪の毛を松明代わりに燃やしてもいいんですよ? 焼け野原にしてあげましょう」


 相変わらず都合のいい勘違いをしたミルは松明をこっちに向けてくる。

 ……そう、あくまで勘違い。図星だったりはしない。


「それは勘弁してくれ」


「では正直に……」


 そこまで言いかけたところで、ミルのお腹がぐぅーっと鳴った。


「……そう言えば、そろそろお昼だからご飯にしましょうって言いに来たんでした」


 照れくさそうな顔をしながら、ミルは自らの金髪をくるくると指で弄った。


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