第21話 天使(ニート化したくない。あと尻尾が触りたい)

 ギルドで許可を得た後。

 俺とミル、そしてリナリアは、ダンジョンに籠もるために必要な物資をロンドラルの街で調達した。

 十日間しかないレベリング期間を最大限使えるように持っていけるだけ、たっぷり五日分。

 無くなったら一度補給しに街へ戻り、また残りの日数をダンジョンで引き籠もる算段だ。

 そうして巨大なリュックがパンパンに膨れ上がるほど物資を携えてから、俺たちはいよいよダンジョンへと出発した。


 田舎の地方都市ロンドラルから東に歩くこと約三時間。

 俺たちはダンジョン前に到着した。

 ギルドで聞いた情報通り、ここに来る道中はやけにモンスターの数が多かったが、個体ごとの強さは大したことなかったので、さくっと経験値の肥やしになってもらった。


 とは言えそれは前座。

 本番はあくまでここからなのだ。


 ダンジョン。

 この中世ヨーロッパ風ファンタジーな世界観にはミスマッチ感のある、窓のない高層ビルのような摩天楼がそこに君臨していた。


 俺は物資を詰め込んだリュックサックを肩から下ろしてひと息つきながら、高さ百メートルは優に超えているであろう謎の構造物を見上げる。


「……デカいな」


「うん、噂以上に大きいねえ……今からここで探検して、宝探しして……私、なんだかわくわくしてきたかも!」


 冒険心をくすぐられたのか、リナリアは興奮気味にそんなことを言う。

 魔力をなるべく戦闘に使いたいという節約目的と、そもそも周囲に人目がないからという理由もあって、リナリアは現在、変装を解いている。


 つまりケットシーの特徴である耳や尻尾が露わになっているのだが、それらがリナリアの昂ぶる感情に合わせてひょこひょこと左右に動いていた。


「……おいリナリア。俺たちはここに、レベリングしに来たんだからな? 楽しむのは構わないが、それはあくまでついでだ」


「う、うん。もちろんわかってる……よ?」


 ……このぎこちない返事は、はしゃいでて忘れてた感じだな。


「それとリナリアちゃん、ダンジョンを甘く見てはいけませんよ。ここはある程度探索が進んでいるので、こうして地図もありますが……これを持っている私とはぐれたら、そのまま永遠に迷宮をさまよい続ける……なんてこともあり得ますからね」


 ギルドから支給されたダンジョンの地図を片手に、ミルが真面目な顔で言う。 


 天使として異世界に関する様々な情報を有しているミルだが、ダンジョンの内部構造に関しては「それ分かったらロマンがないじゃん」との理由で神様から教えてもらえなかったそうだ。

 ロマンのわかる神様ってなんなんだよとは思うが、このアホな天使の主と言われれば、「きっと変な神様なんだろうな」と納得できてしまう。


「そ、そっか。油断は禁物だね!」


 そんなミルの忠告に、さっきまでよりも引き締まった表情で頷くリナリア。


「ええ。なのでリナリアちゃんが迷子にならないよう、私が尻尾を握っててあげます」


「し、尻尾……? 手を繋ぐとかじゃ駄目なの?」


 しれっとアホなことを口走るミルを前に、リナリアはきょとんとした顔で首を傾げる。


「駄目です。それじゃあもふもふできないじゃないですか」


「もふもふって……なんか目的が変わってるような……?」


「いえいえ、気のせいですよリナリアちゃん。ささ、尻尾をこっちに」


 適当に言ってごまかしながら、ミルはリナリアに迫ろうとする。

 リナリアは尻尾を庇うためミルに背を向けないように立ち、一歩後ずさりながら。


「というか、尻尾はその……できればあんまり触らないでくれると嬉しいんだけど……」


「あんまり? あんまりってことは、少しだけなら問題ないってことですか? そうですよね? いえそうに決まってます。ではさっそく、もふもふを堪能させてもらいま……ぐえっ!?」


 ミルが暴走し始めたので、俺は後ろから襟首を掴んで止めた。


「ちょっと何するんですかユッキー! これじゃあもふもふが……じゃなくて首が締まって……!」


「……その辺にしとけ。今のお前、この前撃退したチンピラ三人組と同レベルだぞ」


 なおもリナリアに迫ろうとするミルに、俺はそう告げる。


「ななっ……!?」


 ミルは衝撃を受けたような声を出した後、俺に食ってかかろうとするそぶりを見せるが、少しして頭が冷えたらしい。

 自己嫌悪に陥った様子で「あんな下半身で物事考えてそうな人と同レベル……」などと呟きながら、ずーんと肩を落としていた。


 俺はその姿を見て、襟首から手を離す。 


「アホなことやってないで行くぞ」


 俺はそう呼びかけながら、足元に置いていたリュックサックに手を伸ばす。


「あ、よかったらそれ私が持ちましょうか」


 不意にミルが、そんな提案をしてきた。

 俺は手を止め、首を傾げながら、ミルの方へ視線を向ける。


「……ミルが率先して荷物持ちとか、どういう風の吹き回しだ? いつもなら『天使に荷物持ちさせるとか何様ですか』とか言い出しそうなのに」


「あ、いや、それはですね……」


 ……なんだこいつ、珍しく歯切れが悪いな。

 ここで言い返してこないとか、ミルらしくない。風邪でも引いたんだろうか。

 天使が風邪を引くのかは知らないけど。


「そう言えばお前、ギルドからダンジョン内の地図を支給されたときもいち早く受け取って、やたら率先して案内役を買って出てたような……」 


 そこまで考えて、俺は一つの可能性を思いつく。


「……もしかして、ダンジョン内の情報を持ってないのを気にしてるのか?」


「うっ」


 俺の言葉に、動揺した様子を見せるミル。

 確かに、万能案内役としてのアイデンティティが崩壊したら、戦闘に参加できないミルは役割がなくなってしまう。

 だからって、自分からその役割を探して買って出るようなことをするような奴だとは思ってなかったけど。


「い、いいですかユッキー。これは別に、何の役にも立てないニートと化すのが嫌だからとかではなくてですね……」


 ミルは何やら照れくさそうにしながら、勝手に言い訳みたいなことを言い始めた。


「……そう、これはひとえに、私の出世のためなんです! リナリアちゃんのレベルを上げて勇者の仲間になってもらうことは、魔王討伐を支援する……いや、間接的に魔王を倒すようなもの。つまり達成すれば徳を積むことにもなるわけです。よってこれは、出世のための下積みなんですよ!」


 そう言ってドヤ顔を浮かべるミルだが、微かに赤くなっている頬のせいで、今ひとつ説得力がない。


 ……まあ、色々言ってはいるが、結局のところ。

 こいつは本来の役割を充分に果たせないなりに、自分にできることをしようとしてくれているわけだ。


 それを素直に言えないのは、不器用というか、なんというか。

 意外と殊勝というか、まともな天使らしい一面を見せるミルのことを、俺が感心しながら見ていると。


「な、なんですかその、『俺は分かってるぜ』的な生ぬるい視線は!? ええい……ちゃっちゃと行きますよ!」


 ミルは恥ずかしさを誤魔化すように声を荒げると、リュックを拾い上げ、早足でダンジョンの入口へと向かっていった。

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