第3話 私のレベル……上がってる?

 悲鳴をあげるなんて、大体は非常事態に見舞われた時だ。

 流石に無視するわけにはいかなかったので、俺とミルは声の聞こえてきた方へ向かった。


 少し走った先。木々がまばらで開けた場所に到着すると、そこにはモグラを恐竜並みに大きくしたようなモンスターがいた。

 そして、その化けモグラと対峙するような位置に、銀髪の少女が一人でぽつんと立っている。弓を装備しているので戦闘中のようだが、いくらなんでも格差マッチ過ぎる。


 さっきの悲鳴の主は、あの子で間違いないだろう。

 何やら怯えている様子だし、ここは助けに行くべきなんだろうけど。

 勇み足で突っ込み過ぎてミイラ取りがミイラになるような展開は御免なので、ミルに情報を求める。


「あのバカデカいモグラみたいなのはなんだ。俺でも勝てる相手なのか?」


「モンスターの一種、モーグランですね。基本地中で生活しているので遭遇することは少ないんですが、稀に地上に散歩に来る習性を持っていまして……うっかり鉢合わせてしまったら運の尽きとまで言われる程危ないモンスターです」


 捻りのない名前だなと思いつつも、何となく突っ込んだら負けな気がしたので触れないでおく。

 俺は代わりにそのモーグランとやらと交戦中の少女を指して、


「つまりあの子は幸薄い系女子、と」


「まあそうなるんですかね? ただ討伐適正レベルは50なので、ユッキーならワンパン可能な相手です」


「よし、それならいくか!」


「勝てると分かった途端調子に乗るその姿勢、ある意味尊敬に値しますよユッキー。こういう時の主人公って、自分の身を顧みることなく一目散に突っ込んでいくものですよ? その真摯な姿に、助けられたヒロインは胸を打たれ、恋愛イベントに発展するんです」


 気合いを入れたところにミルが水を差してきたので、俺は即座に反論する。


「どこぞの天使に飛びかかったら軽くあしらわれたおかげで、自分のステータスが信用出来なくなってたところだったんでな」


「うわっ、また私のせいにするんですか。ほんとそういうとこですよ、しっかりしてください」


 皮肉を込めて言ってみたつもりが、逆に冷ややかな目を向けられてしまう俺。

 なんだろう。ミルと話してると、心を抉られる気がする。こんな時はレベリングしてすっきりしたいところだが、現状の俺にそれは叶わない。


 まったくやってらんねーな……と額に手を当てようとしたら、ミルがその手を掴んで呼び止めてきた。


「あの、のんびりしてたら例の幸薄い系女子さん、かなりピンチになってますよ?」


「なんだと?」


 言われて確認すると、例の幸薄い系女子……と呼ぶのはどうかと思うので外見的特徴を取って銀髪の少女としよう。

 ともあれ銀髪の少女は、いつの間にやら矢が尽きたらしく、弓を手放して短剣を構えていた……が、それもあっさりモーグランに弾かれてしまう。

 銀髪の少女はその反動を受け、地面に尻餅を突いてしまった。


「やべっ、こんな性格の悪いアホ天使に構ってる場合じゃなかった……!」


「ろくでなしの癖にいちいち偉そうですねユッキーは。この場に正座させて心行くまでたっぷりとお説教したいところですが、今は時間がありません。さあ行ってください!」


「うおっ……っと」


 そんなことを言いながら、ミルは俺の背中を押してきた。

 言われなくてもそのつもりだったので、俺はそのまま駆け出していく。


 途端に、今まで味わったことのない疾走感に全身が包まれた。

 この感覚は……気のせいではない。俺は実際に、物凄いスピードで移動している。これも、レベルがカンストしているが故の高ステータスの恩恵か。


 などと認識した時にはもう、モーグランの巨体が眼前に迫っていた。


「なっ……!?」


 数十メートルあったのに一瞬とか、どんだけ速いんだ俺は。

 このまま突進して余計なダメージを食らいたくないので、俺はとりあえず拳を振るう。

 すると俺のパンチは、随分と様になったモーションで放たれた。

 格闘技経験なんてない筈なのに。もしかしてレベルが高いと、戦闘技能も向上するのか。

 いやそれとも、レベルとは別にスキル的な要素があるのか。

 その辺後でミルに聞いてみようと思っていると。


 助走をつけて殴る形になった俺の拳は、拳圧としか表現しようのないオーラ的なものを纏い。

 モーグランの表皮に触れることすらなくその腹部を穿った。

 まるで大砲をぶっ放したかのような轟音が鳴り響き、大穴の開いたモーグランの巨体は骸となって遠くへ飛んでいった。


 俺は自らが引き起こしたその光景を目の当たりにしながら、


「……いや、ほんと無茶苦茶だなおい」


 ただただ呆れるしかなかった。

 流石レベル300と言いたいところだが、正直無双ゲーはあまり好みではない。

 俺が複雑な心境を抱いていると、横合いから声をかけられた。


「あ、あの……助けてくださって、ありがとうございます」


「ん? ああ、どういたしまして」


 声の主は、襲われていた銀髪の少女だった。

 まだ怯えや不安が抜けきっていない様子だが、それでもどこか表情に柔らかさが窺える。多少は安心出来ている……のだろうか。


 それと遠目からでは気付かなかったが、この子、やけに耳が長くて尖っている。

 これはもしかして、異世界ものでは定番のあの種族だったり……と推測していると、ミルが追い付いてきた。


「いやーユッキー、派手にやりましたねー! ちなみにピンチの女の子を救うのもちょっとは徳を積んだことになるので、これからもガンガンやっちゃってください」


「おかしな言い回しをするな! それじゃ俺が卑猥な人間みたいだろ!」


「おやおやユッキー、いったいナニを想像したんですかー? 私には何のことだかさっぱりですよー」


 にやにやと笑いながらミルはとぼけるが……こいつ絶対分かってやってるだろ。

 俺が軽く睨むと、ミルは素知らぬ顔を浮かべながら銀髪の少女を見た。


「おや。そちらの幸薄い系女子さん、エルフだったんですね」


「やっぱそうなのか……いやそれより、その変な呼び方はやめてやれ」


 推測が確信に変わってちょっとした感動を覚えつつも、俺はミルを制する。

 案の定、銀髪の少女は困惑した顔を浮かべている。

 しかしミルは特に配慮することなく、マイペースに話を続けた。


「ではエルフさん」


「あ、えっと……アニスです」


「ではアニスさん」


「は、はい」


 元々気弱な性格なのか、アニスと名乗ったエルフの少女はおどおどとした調子で返事をする。

 一方のミルは、そこにぐいぐい踏み込んでいく。


「貴女の装備や外見の雰囲気から察するに、モンスターがそこそこ出現するこの森に入り込むのは少々無謀な気がするんですけど……何か事情がおありなんです?」


「あのなあミル、お前は少し遠慮ってものを……」


 俺が注意をしようとすると、アニスは首をぶんぶんと振った。


「えっと、別に聞かれて困るようなことじゃないので……お話します」


「ああ、そうなのか?」


「ふふん。これも天使である私の尊さのなせる業ですね」


「ただアニスの厚意に甘えてるだけだろ」


 調子に乗るミルに、俺は釘を刺す。

 まったくこいつは大概にしとけ……と思っていると、話すタイミングを失ったのかアニスが視線を泳がせていたので、俺の方から促すことにした。


「……悪い、話してくれるか?」  


「あ、はい。実は私、短期間で強くならないといけない事情……みたいなものがあるんです。だから自分を鍛えるために、モンスターを狩ろうと思ったんですけど……」


「ふむふむ。それにしたって、単独ではなく誰かとパーティを組むのがセオリーじゃないですか?」


 ゆっくりとした口調で語るアニスに、ミルはそんな問いを投げかける。

 にしてもこいつ、どんな意図があって他人の事情を根掘り葉掘り聞き出そうとしてるんだ。

 なんて思っている間にも、会話は続く。


「一緒に組んでくれそうな知り合いが少なくて……。街にあるっていう、冒険者ギルドに行けば同じ目的の人を見つけられるとも聞いたんですが……それはちょっと、怖くて……」


「なるほどそれで単独で挑まざるを得なかったわけですね。ちなみに短期間で強くならないといけない事情っていうのは?」


「えっと、その……」


 ミルの問いに、アニスは一瞬、答えを詰まらせる。が、すぐに、意を決したように口を開いた。


「実は……男手独りで私を育ててくれた父が、不治の病で寝たきりになってしまったんですけど……私がいつまでも未熟なのを、最近すごく気にかけてて」


「かわいい娘を一人にしたくない、って感じですか。いいお父さんじゃないですか」


「はい……とても優しい人なんです。だからこそ、私が一人前になった姿を見せて……心配しなくても大丈夫だよ、って安心させてあげたくて……」


「親孝行ですか、素敵な話です……」


 抱えていた事情を吐露するアニスに、ミルは感情移入している様子だ。

 この流れがいつまで続くのか、意図が分からないまま放置されっぱなしなのは癪なので、俺はミルを呼びつけた。


「おい」


 襟首を掴んでミルを引っ張り、アニスから距離を取る。

 ミルはそこで俺の手を振り払うと、不満げに口を尖らせた。


「ちょっとユッキー、発情したからって私で処理しようとするのはやめてください」


「発情してねえし、処理とか生々しい言い方はやめろ」


 文句を言うミルに対し、俺は声のトーンを落として応じる。

 するとミルはきょとんと目を丸くして、


「ユッキーが話の流れをぶった切って私を呼びつける理由なんて、他にあるんですか?」 


「あるに決まってるだろ! ミルは俺をなんだと思ってるんだ」


「発情期のオーク?」


「どう見ても人間だろ俺は! てかこの世界、オークとかもいるのかよ」


「そりゃあいますよ。彼らは雄しかいないんですけど、相手が雌ならどんな種族とでも繁殖出来ちゃうんです。穴さえあれば、ってやつですね」


「お前ホント下品だな、それでも天使か」


「ええ、天使ですよ。その証拠にほら、めちゃくちゃかわいいでしょ?」


 ふざけたことを抜かしながら、ミルは満面の笑みをこちらに向けてくる。

 自意識過剰も甚だしいと言ってやりたいのだが、何の因果かこいつの顔は割と俺の好みどストレートだったりする。まあ中身が残念なのがアレだが。


 何にせよ、このままミルの相手をしていたらキリがないので、本題に入る。


「……それで、わざわざアニスの事情なんか聞き出してどうするつもりなんだ? 普通、初対面の相手にあそこまで突っ込んだ話しないだろ」


「やだなあ。その事情の中にある悩みの種を、ユッキーに解決させるために決まってるじゃないですか、もちろん」


「何がもちろんだ。俺はお前の出世の道具じゃないぞ」


「え、じゃあなんですか。ユッキーはああして困っている女の子の事情を知りながら、私への反発心なんてしょうもない理由で見捨てちゃうんですか? うわっ、最低ですね。器小さすぎです。まるでユッキーのチ――」


「言わせねえよ!?」


 とんでもない単語が飛び出しそうだったので、俺は慌ててミルの口を押える。


 だが、それにしても。

 大変遺憾ではあるのだが、ミルの言い分も一理ある。

 くだらない理由から、あっさりとアニスを見捨ててしまうのは、いくら俺でも気が引ける。事情を知ってしまったから、余計に。 


 そしてミルは、その辺まで織り込み済みなんだろうと考えるとやっぱり腹立たしくなるわけで。

 ジレンマに陥った俺は、どうしたものかと悩みながらアニスの方をちらりと見る。


 と、彼女は何やら、虚空に浮かぶ窓のような枠を食い入るように見つめていた。次の瞬間、ぽつりと独り言を漏らした。


「あれ、私のレベル……上がってる?」


 そのひと言は、俺にとっての天啓だった。

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