第2話 終身サポートの攻略対象外

 事実として現世で一度死に、異世界に転生した以上、いつまでも途方に暮れているわけにはいかない。

 俺はミルの案内に沿って、最寄りの街に向かうべく森の中を歩いていた。

 生い茂る草木のせいで足場が悪くて歩きにくいのが余計に、俺の気分をげんなりと萎えさせる。


「はあ……」


「ちょっとユッキー、陰気臭いため息吐かないでください」


「人生最大の楽しみを奪われりゃ陰気臭くもなるだろ……」


「い、生きてれば良い事ありますよきっと」


 のろのろ歩きながら愚痴っぽく呟く俺に対し、ミルはぽんぽんと背中を叩いてきた。

 彼女なりに励まそうとしてくれているのは何となく分かる。が、やり方がちょっと雑な気がしなくもない。

 おまけに励まそうとする動機が自身の出世のためとなれば、俺の気分は晴れる筈もない。


 ただ決して、ミルはお助けキャラとして無能ではないと俺は理解している。

 相談相手とかカウンセラーの代わりとして利用したり、見てくれは美少女だからって癒しを求めたりすればてんで駄目だが、データベースとしてはかなり優秀だ。

 異世界に関する知識について質問すれば、大体答えが返ってくる。実際今も、彼女の頭の中に入っている地図情報を頼りに目的地を目指しているし。

 この辺りは、流石神の使いと言ったところか。


「そういやミルって、いつまで俺のサポートをしてくれるんだ?」


「勿論、終身サポートです」


 ふと疑問を抱いたので尋ねてみると、ミルは割とすごい答えを平然と言ってのけた。


「マジか」


「マジです。つまりユッキーは私のような天使級の……いや実際に天使なんですけど、ともかくスーパー美少女のまま老けることのない私を生涯侍らせることが出来るのです!」


「え、なに。天使ってそういう方向のイベントも期待していい存在だったの?」


 今更ながら、ミルっていい体つきをしてる気がする。

 胸とかもけっこう大きいし、程よく張りがあって形も良さそうだ。

 老けないとか言っているのが本当なら、これが経年によって垂れ下がったりすることもないんだろう。素晴らしい話だ。天使ってすごい。


 俺が下心を剥き出しにした視線を向けると、ミルは両腕で自分の体を抱きしめるような仕草をして、


「は……? 何言ってるんですかユッキー。不潔です、汚らわしいです。神聖な存在である私に邪な視線を向けないでください」


「いや、先に妙なこと言いだしたのはお前だろ!?」


「責任転嫁とか最低ですね。第一、人間と天使の恋愛とかあるわけないじゃないですか。普通に禁忌です。犯したら私、堕天使になっちゃいます」


「……でも堕天使って響き、なんかよくない?」


「何がいいんですか! はっ……まさかユッキー、レベリングが出来ない鬱憤を性欲に変換して私にぶつけるつもりですか!?」


「嫌ならレベリングさせろ!」


 俺は勢いに身を任せ、ミルに飛びかかる。

 無論、性欲に変換して云々は事実無根だ。


 が、今の俺は驚異のレベル300。カンストしているのだ。圧倒的な力に物を言わせることくらい、何てことない。

 だからミルを押し倒すのだって、出来るからやるだけなのだ。決して、欲望のままに動いているわけでは――


「わひゃあ!? ホントに襲い掛かってこないでくださいよこのケダモノ!」


「ほげっ」


 まさに、鎧袖一触。

 俺はミルの放った軽いひと蹴りで数メートル程宙に舞い上がり、放物線を描いて近くの木に激突した。その衝撃で、ぶつかった木がへし折れる。

 結果、俺は頭から地面に落下した。


「ぐっ……いったい何が」


 体を起こしながら、周囲を見回す。

 思いっきり吹っ飛ばされた気がするのに大して痛みがなく、骨折とかもないのは俺のレベルがカンストしているおかげだろうか。

 そんな分析をしていると、ミルが目の前にやってきて仁王立ちした。


「まったく……人間の中ではレベルが高いからって、調子に乗らないでください性獣のユッキー」


「俺は性獣じゃ……!? いやそれより、人間の中では……ってどういう意味だ」


 不名誉な呼称を否定しようとしたが、不毛なのでやめておく。代わりに俺は、引っかかった点について質問した。


「そのままの意味です。この世界は、種族によってレベルの最大値が変わるんです。だからひと纏めにカンストと言っても、全然レベルが違ったりします」


「はあ!? それってつまり、人間の俺がレベル300でカンストでも、他の種族だと500がカンストだったりするってことか?」


「ええ、その通りです。ちなみにステータスは、レベルが高ければ高いほど優秀になります。種族に関係なく」


「バランス崩壊もいいとこじゃねーか……」


「まあどんな種族に生まれようと、普通はレベル300なんかに到達する前に何らかの要因で死を迎えるので、ユッキーより強い人はそういませんけどね」


「でもミルはその俺をあっさり跳ね除けたじゃないか」


「だって私、レベル9999ですし」


「これまたぶっとんだ数字だなおい! もうお前が世界救えよ! 自分で何でも解決出来るだろ!」


「まあ出来ればそうしたいんですけど、天界の者が世界に過干渉すると諸々の法則が乱れるとか何とかで、原則手出ししちゃいけない決まりなんですよ。無駄に高いステータスは、完全に自衛用ってわけです」


 ネトゲで言うところのGMみたいなもんかと勝手な解釈をしつつ、俺は服についた汚れを払い落とす。

 それから改めて、ミルに視線を向ける。


「つまり天使を攻略しようと思ったら、力づくじゃなくて話術で口説き落とす必要があるわけか」


「まず攻略対象外です。夢を見るのも大概にしてください」


「……現実見たらレベリング出来ないことに絶望するけどいいか?」


「あ、それはそれで面倒ですね。仕方ないので、この私が天使として夢を見せてあげます。だから徳を積んで出世させてください」


「それはつまり、頑張ればご褒美があると」


 俺が前のめりになって詰め寄ると、ミルは蔑むような視線をこちらに向けながらすすっと数歩後退した。


「あ、なんかキモイんでやっぱりさっきの話はなしで」


「異世界には夢も希望もないのか……」


 ミルの雑な対応の前に、俺が再びやる気を喪失しかけていたその時。


『きゃああああ!』


 唐突に、少女のものと思しき甲高い悲鳴が聞こえてきた。

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