第7話 引き籠もってゲームしてただけの人(=レベリングのプロ)
「神様ってやつは、どうしても俺に嫌がらせをしたいらしいな……」
「いやあの、普通の転生者さんなら『このチートなスキルでハーレム築けるぜひゃっはー』ってなるところですからね? 神様も良かれと思ってやってますよ間違いなく。だから気落ちせずにそのスキルを使って徳を積み、私を出世させることを生き甲斐にしてください」
スキルという新たな育成要素を見つけたと思ったら、そっちもレベル同様カンストしていたおかげでぬか喜びさせられ、落胆する俺。
そこに慰めるふりして出世欲丸だしな接し方をしてくるミルには、ぶっちゃけもう慣れた。
加えて言うとがっかりしたのは確かだが、今の俺には代わりにアニスのレベルを上げるという希望が残されているので、目の前が真っ暗になる程の絶望はない。
だがしかし。こんなふざけた計らいをしてくれた神様とやらに対しては、どうにも腹の虫が収まってくれなかった。
俺はミルに対し、じっとりと上から下まで舐るような視線を遠慮なく向ける。
と、ミルは戸惑うようにこちらを見返してきたので、声をかけた。
「なあ。天使って神の使いで下僕……つまりは所有物みたいなもんなんだよな?」
「え、ええまあ。ユッキーに物扱いされるのは癪ですが、あながち間違いでもないですね」
「じゃあミルを襲えば、神から寝取ったことになるんだろうか」
「真顔でとんでもないこと言わないでください!? 何のつもりか知りませんけど、発想が完全に危ない人です! 正気に戻ってくださいユッキー!」
「何言ってるんだ、俺は正気だぞ」
「いえ、明らかに異常です! 目に光が灯ってません!」
俺がゆらりと立ち上がると、ミルは椅子に座ったまま身を仰け反らせた。
何やらよく分からないことを言いながら、怯えている様子だ。
ちょっと震えているし、目にも涙が浮かんでいる。
……あ、なんか興奮してきた。俺ってもしかして、そういう性癖だったのか。よし、ミルで確認してはっきりすっきりさせよう。
俺は不意に沸き上がってきた欲望と些細な復讐心の赴くまま、手をわきわきと開閉させながらミルに近づいていく。
「ぐへへ」
「うぅ、やっぱりこの人おかしいです……」
「なあ、スケベしようや」
すっかりしおらしくなったミルの胸に、俺が触れようとした、その時。
ミルの瞳が、鋭く光った。
「性獣撃退ぱーんち、えりゃっ!」
「ぐはっ」
間抜けなかけ声とともに、明らかに力の入っていない小さな拳が俺の腹に直撃する。
痛くも痒くもなさそうに見えたその一撃によって、俺は糸が切れた人形のように床へと崩れ落ちながら、思い出した。
そういやこいつ、レベル9999だったなと。
俺が激痛に悶え、腹部を手で押さえながらミルの顔を見上げようとして。
純白のワンピースのスカート部分から、中身がばっちり見えていることに気付いた。
「はいてない……だと……!?」
「ひゃっ、どこ見てるんですかユッキー!?」
あまりの衝撃から漏れ出した俺の呟きを受け、ミルは毒舌で淫乱な天使とは思えない程度にはかわいらしい悲鳴を上げながら、俺の頭を思い切り踏みつけてきた。
レベル9999の踏み付けと床に、力強くプレスされる形になる。
軋む音が脳に直接響いてくるくらい、頭蓋骨を圧迫される。
声とは裏腹にやることはメスゴリラだな、なんて軽口を叩く余裕は、もう俺に残されておらず。
俺は程なくして意識を失った。
ばしゃり。
何か冷たい液体を、頭から吹っ掛けられた。
水か何かだろうか。
とりあえず、目を開けて確認してみよう。
「ったく、いったいなんだ……」
「おはようございます、性獣のユッキー」
足を組んで椅子に座るミルに声をかけられたので、何故か床に寝転んでいた俺は、体を起こしながら返事をする。
「おう、おはよう」
「その平然とした態度……さては三分前に私に襲いかかろうとしたことなんてさっぱり忘れてますね?」
「ミルに、襲いかかる……?」
何を馬鹿なことを、と否定しようとして、出来なかった。
意識を失う直前の出来事が、悪夢のように蘇ってきたからだ。
……どうしてあんな馬鹿な真似したんだ、俺。
軽く憂鬱な気分になっていると、ミルが小馬鹿にするような調子で告げてきた。
「ユッキーはどうやら……レベリングが出来ないことで思い詰めると我を忘れて本性を剥き出しにし、つい私を襲いたくなっちゃう病気みたいですね。流石は性獣です」
「どんな病気だよ……いやもう病気ってことでいいか」
その方がなんか気が楽だしとか思っていると、ミルがむむ、と顎に手を当てて、何やら考え込むような仕草を取った。
「本性を剥き出しってことはユッキー……口では否定しつつも、心の奥底では私のことが大好きなわけですね。だからっていきなり襲いかかるのはいかがなことかと思いますけど……それも私の魅力が強すぎるが故。まったく私って、罪な天使です」
一人でぶつぶつと言いながら恍惚とした表情を浮かべるミル。
俺がミルのことを大好きとか、意味不明過ぎる。
反論する気も起きないので、俺は真面目な話をすることにした。
「ところでさっき確認した熟練度マックスの三つのスキル……あれはどういう効果があるんだ?」
「む、急に真面目になりましたね。さては好意を抱く相手にその想いを見抜かれたおかげで、恥ずかしくてたまらないってとこですか」
「アホか。それよりほら、お助けキャラとしての役目を果たせ」
「ま、当の私がこれ以上からかうのはユッキーがいたたまれないですからね。いいでしょう、お教えします」
ミルは無用な配慮をした上で、ぽんと自らの胸を叩き、脳内にある膨大な知識の一端を披露した。
戦闘技能は攻撃魔法を除くあらゆる戦闘関連の技能が向上するスキル。
剣術や槍術といった、戦闘系スキルの頂点にあるスキルで超激レア。
習熟度マックスなら、どんな武器でも超一流に扱えるらしい。
型とか知らなくても、その場その場での最適解が自然に出てきたりするんだとか。
パーティ経験値アップは文字通りの効果で、他人に干渉出来るタイプのスキル。
時たま、そのような類のスキルも存在するとのことで、やはりレア……と言うか他に所持している奴がいた記録が残っていないとか。
ミル曰く、レベリングのプロを自称するユッキーならではのスキル。
この意見には、俺も同意だった。
魔法耐性もそのまま、魔法が効きにくくなるスキル。
熟練度マックスともなれば、神聖級魔法ですら八割減衰出来るらしい。
「魔法とかあるのかやっぱ。それと神聖級ってなんだよ」と聞いたら「ざっくり言うと、めちゃくちゃすごいってことです。細かいことは、まあその内」なんて答えが返ってきた。雑だ。
そうこうしている内にアニスが戻ってきたので、まずは彼女のレベルとスキルを確認することになった。
ミルの計らいによって謎の魔法を付与され、天使である彼女同様他人のステータスを見れるようになった俺は、ちょっとした感動を覚えながらアニスのステータスウィンドウを覗き込んだ。
「レベルは6。さっき一気に5上がったって言ってたから、あれが初めてのレベルアップだったわけか。スキルは……弓術ってのがあるけど、熟練度はまだまだって感じだな」
元座っていた席に戻った俺の斜め向かいに位置するアニスに目くばせすると、こくこくと頷いた。
そんなアニスの隣に座るミルは、すっかり落ち着いた振る舞いで補足を加えてきた。
「一般に、国家に所属する兵士のレベルが20程度なので……一人前に戦えるようになりたいと言うのなら、その辺りが目標ラインになりますかね」
「じゃああれか、たった14上げるだけでいいのか」
「この世界のレベルは、ユッキーのやってたようなゲームとは訳が違います。レベルを14上げるって、かなり大変なんですよ?」
そんな導入から、ミルはレベルに関する解説を始めた。
まず、レベルはよりピンチになり、より強敵を倒すと多くの経験値をもらえるので上げやすい。
逆に同レベル帯やそれ以下を狩ろうとすると雀の涙ほどの経験値しかもらえない。
要はこの世界での経験値とは、仮に同じ敵を倒したとしても定量ではないというわけだ。
だからと言って格上と戦えば、途端にリスクは跳ね上がる。
実際、無謀なレベリングをしようとして死ぬ者は後を絶たないそうだ。
よってこの世界におけるレベリングのセオリーは、パーティを組んで安全に自分と同レベル程度のモンスターをひたすら倒しまくること。
とまあ、ここまでなら俺がやっていたゲームにだって割とありがちだったのだが。
特筆すべきは、その上昇ペースの遅さだ。
冒険者なんかがパーティを組んで安全に狩りをしようとしたら、レベル一桁の内から一年で1レベルしか上がらないとかも当たり前らしい。
だから軍などは20レベル前後の優秀な兵士を引率にして、新兵のレベルより高いモンスターを狩りに行く手法、つまりは介護プレイを取るんだとか。
とはいえそのやり方も、自身よりちょっと強い程度の敵を確実に倒していく手法なので精々年に2,3レベルしか伸びない。
おまけに一定ラインまで成長すると、ゲーム同様上昇ペースは落ちる。
「つまり一度の戦闘で5上がるなんて、余程の事態ってわけですね。ユッキーは最初にレベル300なんてインフレした数字を見てしまったせいで感覚が麻痺しているかもしれませんけど……」
「この世界のレベリングは、基本マゾ仕様ってわけか」
「ええ。モーグランの時はたまたま上手く事が運びましたけど……またあのレベルのモンスターとアニスさんが戦って、それをユッキーが狩るってやり方はおすすめしません。レベル一桁しかないのに格上と戦闘しようとしたら、もしもの時の事故が、十が一くらいの確率で発生しますからね。ここは手堅くいくべきでしょう」
「ま、その通りかもな」
ひと通り聞き終えて、俺は想像以上の歯ごたえに驚かされていた。
そして、アニスがいかに無謀な挑戦をしようとしていたのかも、理解した。
……これはちょっと、何も知らないまま安請け合いし過ぎたかもしれない。不治の病であるアニスの父がどうにかなる前に、間に合うんだろうか。
俺が危機感を抱いていると、ミルが指でびしっとこちらを差してきた。
「ですがユッキーに限っては、ドMなレベリングにはならないでしょう」
「……どういうことだ?」
「ユッキーの経験値アップスキルはかなり貴重です。しかも熟練度マックスともなれば、その恩恵は計り知れません。かなりの速度でレベリングが可能となります」
「かなりって、具体的にはどの程度だ」
「レベル6のアニスさんに合わせて無理なく超安全な狩りをしても、生前のユッキーがやっていたゲームと同程度のペースで可能……つまりは一日で何レベルも上げられます」
「あれ、それってけっこうインチキ臭くないか?」
「まあ、割とそうかもですね」
平然と頷くミルに対し、俺は口元を吊り上げて得意になる。
「ははん、やっぱり俺ってそっち方面の才能あったんだなあ」
「レベリングのプロとかいう背景がここで活きてくるとは思いませんでしたよ私も。どれだけ非生産的な前世を過ごしていても、何が起こるか分からないものですね」
「余計なお世話だ!」
皮肉めいた言い回しをするミルに、俺は声を荒げる。
……こいつは本当に、人が喜んでる時に水を差すのが好きだな。性格が悪い。
ともあれ今の話で、おおよその筋道は立った。
「よし、決めた。三日でアニスのレベルを20まで引き上げるぞ。とは言えレベルだけでPSが伴わない残念な寄生プレイヤーを輩出するのはレベリングのプロの名折れ。しっかりスキルの熟練度も鍛えたいから、雑魚相手に数をこなす方針でいこう。それなら安全だろうし、パーティさえ組めば俺のスキルのおかげでレベルもポンポン上がるからな」
「まあ、それでいいんじゃないですか」
興奮気味に語る俺に、ミルは若干雑な対応をする。
……もうちょい乗り気でもいいだろうに。やはり世界とか救った方がより早く出世出来るのに、とか考えているんだろうか。
そんな中、アニスは何やら圧倒されたように呆然としたかと思ったら、俺に問いを投げかけてきた。
「あの……ユッキーさんっていったい何者なんですか?」
「俺か? そうだな……差し詰め、レベリングのプロってところかな」
「ユッキーそれ、引き籠もってゲームだけしてた人だからこその発言と考えると物凄くダサいと言うか、情けないですよ」
俺が顔に手を翳しながら決め台詞っぽく言うと、ミルが馬鹿にしてきた。
何にせよ、こうして俺たちのレベリングの日々が始まった。
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