第39話 上書きして綺麗にしたい

「ぐへっ!?」


「ぎゃっ!?」


 直撃を受けた俺がボロ雑巾のように吹っ飛ばされると、その直線上にいたサキュバス様に玉突き事故よろしく激突した。

 結果、俺はサキュバス様を押し倒すような姿勢で倒れ。

 両手は、なんとサキュバス様の双丘にがっちりと添えられていた。


「おお、これは典型的なラッキースケベ……じゃなくて大丈夫ですかサキュバス様」


「ほ、本気で心配する気があるなら、胸を揉む手を止めてさっさとウチの上からどけ!」


 痛みも忘れて役得を満喫する俺に、サキュバス様は怒鳴り散らしてくる。 

 そんな中、背後から接近してくる人の気配があった。


「いやはや、まったく見せつけてくれますね、っと!」


 苛立ちがこめられたミルの声が、頭上から降り注ぎ。

 思いきり、背中を踏みつけられた。 

 そのまま、俺の下敷きになっているサキュバス様ごと、床に押し付けて万力のように圧迫してくる。


「ぐえっ!?」


「シメられた鶏みたいな鳴き声出してないで、早くどけって……!」


 ……苦しそうなサキュバス様の顔もお美しい。

 密着している胸も柔らかいし、これはこれで悪くないかも……とか思っていると。


「ユッキー……もしかして今、これはこれでアリとか思ってませんか?」


「いやー……」


「まったく、図星ですか……私もこうしてユッキーが踏めて満足ですよ……!」


 ぐりぐりと、執拗に踵を俺の背中に押し付けてくるミル。

 俺が痛みと快感に挟まれる中、下敷きになっているサキュバス様は必死にもがき。


「邪魔……だっ!」


 少しして、どうにか抜け出すことに成功した。

 サキュバス様は俺の下から飛びのくと、大きく跳躍してミルと距離を取る。

 そして俺は。


「ぐっ!?」 


 下敷きになっていた柔らかい快感がなくなった分、硬い床にうつ伏せの状態で押し付けられて。

 俺を襲う感覚は、痛みだけになった。


「うりうり、踏まれるのが好きなんでしょう? いくらでも踏んであげますから、心行くまで気持ちよくなってください」


「踏まれて気持ちよくなるのは……変態だけだ……!」


 敵であるはずのサキュバス様がいなくなったのに力強く踏み続けてくるミルに対し、俺は苦しみながら文句を言うが。


「なら何の問題もないじゃないですか」


「当たり前のように俺を変態認定するな……!」


「あ、ついでに私の靴裏も舐めますか。悪魔に汚された舌を上書きして綺麗にしておかないと」


 意味の分からないことを言って、ミルは俺を足でひっくり返して仰向けにすると。

 息をつく間もなく、俺の顔に靴底を押し付けてきた。


「もががが……」


 苦しむ俺と、恍惚とした表情を浮かべて見下ろしてくるミル。

 そんな俺たちを少し離れた場所を見て、サキュバス様は。


「くっ……どうなってんのこれ。なんで天使の癖にあの男に攻撃できてるわけ? 本来なら、仕えている神からペナルティがあって然るべきなのに……」


 攻撃によって負傷したのか、痛そうに身体を手で押さえながら、不可解そうに言う。

 そこに、遠巻きから状況を静観していたリナリアが。


「えっと、私は天使とか神とかよく分からないけど……ミルっちのユッキーに対するあれは、愛情表現の一種みたいなものだから攻撃に含まれないのかも?」


 恐る恐るといった調子ながらも、サキュバス様の疑問に答えていた。 


「あ、愛情表現とか何とんでも解釈してるんですかリナリアちゃん! これはそう、言ってみれば正義の鉄槌というかお仕置きのようなもので……ただ単に、神様も正当性を認めているというだけの話ですから!」


「ごぶっ!?」


 動揺の色を濃くするミルは、発言を締めくくりながら、俺の顔を改めて踏みつけてきた。

 俺はそこで、遅まきながらに気づく。

 ……以前踏まれた時もそうだったけど、やっぱこいつ履いてないのか。


「……」


 踏まれること自体に快感を覚えるような性癖は持ち合わせていない俺だが、この景色はなかなか……。


「ウチの魅了に掛かってるのに、他の女に鼻の下伸ばしてるんじゃねえ!」


 絶景に目を奪われる俺の意識を引き戻すような怒号に合わせて飛んできたのは、巨大な槍の形をした黒炎。

 サキュバス様が、ミル(とついでにその下で踏まれている俺)に殺意全開の強力な魔法を放った。

 ……が、その黒炎は俺たちに接近するにつれて急激に勢いを失い。

 到達する頃には、霧のように消えてしまった。  


「なっ……」


「ふふん、あなたのような低レベル雑魚悪魔の魔法がこの私に通用するわけないでしょう」


 驚愕するサキュバス様と、勝ち誇るミル。


「ウチはレベル800越えで、そこのドラゴンだって瞬殺したのに……」


「納得がいかないと言うのなら、私との力の差を理解するまで好きなだけ魔法を打ち込んでみたらいいんじゃないですか?」


 その顔に屈辱の色を滲ませるサキュバス様に対し、ミルはようやく俺から足をどけ、両手を広げて挑発してみせる。


「チッ……舐めるなよクソ天使が!」


 その挑発に乗る形で、サキュバス様はミルに向けて次の一撃を放った。

 真っすぐと高速で飛来する、得体の知れないどす黒い物質。

 その正体は定かではないが、一撃必殺の威力を持っているのは間違いない。


 ……あれ。この範囲だと俺も巻き込まれるんじゃ。 

 そんな中、ミルは。

 あろうことか床に伸びていた俺をレベル9999の馬鹿力で無理やり引っ張って立たせると、羽交い絞めにして盾代わりにした。


「おいお前何考えてんだ! これじゃ二人とも死ぬぞ!?」


「まあまあ、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ」 


 暴れる俺を、ミルは悠長なことを言いながら押さえつけてくる。

 サキュバス様の放った魔法は、直撃コースを突き進み……。

 俺の目と鼻の先で、先程と同様に霧散した。


「な、また……!?」


 またしても魔法を無効化され、驚愕するサキュバス様。


「いやはや。魅了を受けて洗脳状態になっているにもかかわらず、身を挺して守ってくれるとは……私のこと好き過ぎませんか?」


「お前が強制的に盾にしたんだろ! なに都合の良い解釈してるんだ……それ以前に、なんで生きてるんだ俺」


 俺を羽交い絞めにしたままにやけ面を浮かべるミルに、振り向いて尋ねる。

 ミルが何かした、と考えるのが筋だろうが、それなら俺を盾代わりにしている理由がよく分からない。


「ほら。ユッキーは魔法耐性のスキルを持ってるじゃないですか。しかも熟練度マックスですからね、魔法はすべて体に触れる前に無効化できます」


「何それチートじゃね?」


 それはそれとして……こいつ最初は自分が何かして魔法を無効化したみたいな感じで振る舞ってなかったか。


「まあチートですね。今までモンスターとばかり戦ってきたから活きる機会がありませんでしたけど……それにしたって、自分のスキルなのに忘れてるとかどうなんですか」


「カンストしててこの先一ミリも上昇しない自分のステータスなんて、わざわざ眺めても虚しいだけだろ」


「ああ、なるほど。ユッキーらしいアホみたいな理由ですね」

 

 そんな調子で、くっついた状態のままで俺とミルが会話していると。


「ウチの前でいちゃいちゃと密着して……見せつけてくれるじゃない!」


 背中に担いだ大剣の柄に手を回しながら、サキュバス様が突進してきた。


「待ってくださいサキュバス様、俺はこいつといちゃいちゃなんてしてません!」


「そうです、私とユッキーは夫婦なんかでは……と言いたいところですが今はビッチ悪魔を煽るの優先でいちゃいちゃしてることにしましょう」


 俺が首を大きく横に振って否定する反面、ミルは俺を拘束していた腕を腰の方に回し、後ろから抱き着くような姿勢を取った。



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