第8話 初めてのレベリング
翌日。
ミルの脳内に蓄積されたこの世界の情報に基づいて、俺たちは森の中でも比較的安全かつ人口密度の低い狩場を選択した。
メジャーなスポットなんてのもあるにはあるようだが。
そこは既に冒険者で混雑していたり、軍に押さえられて立ち入り禁止の状態だったりするらしい。
今回やってきた場所は、そうした連中にまだ見つかっていない、所謂穴場だ。
他に誰もいないので、辺りの雑魚モンスターは全て自分たちの経験値に換算出来る。効率良くレベリングが可能。
この辺りの情報アドは流石お助けキャラってところか。
さて。
肝心のレベリング対象であるアニスの方だが、レベルが一気に5も上がったのが功を奏したらしい。
基礎的な身体能力が底上げされたおかげで、昨日とは見違えたような躍動感で立ち回っていた。
弓による射撃の精度についても、的確だ。
三体いた野犬型の下級モンスターを、それぞれ一本ずつの矢によって必中で仕留め、あっさりと初戦を制してみせた。
最後の一体の骸が地面に崩れ落ちるのを確認してから、一つ息を吐き、弓を構えていた腕を下ろすアニス。
長い銀髪が垂れるその背中からは、頼もしさすら漂っている。
「なんだ、思ってたより筋がいいみたいだな」
「そりゃあ弓術のスキル持ちですし、これくらいは」
やや後方から戦いぶりを見守っていた俺とミルは、そんな会話を交わす。
最初に見たのがモーグランに成す術もなく追い詰められていた光景だったせいで、アニスはか弱い少女なのだというイメージばかりが先行していたが。
実のところはそうでもないようだ。
下級とは言え危険な牙や爪を持ち、機敏に駆け回る野犬型モンスターに対し、物怖じすることなく立ち向かっていけるだけの勇気はちゃんと持っている。
……なんて印象を抱いていたのも束の間、それを真っ向から否定するような言葉が、当の本人から発せられた。
「今のは、私の力じゃありません。だって私……以前はモンスターと対峙すると、全身が竦んでろくに矢をつがえることすら出来なかったんです」
「そうなのか? でも今は随分立派に戦ってたように見えたけど」
こちらに歩み寄りながら予想外のことを口にするアニスに、俺は疑問を呈する。
少なくとも今の戦闘の中で、気後れしている様子なんてなかったけど……と思っていると。
「その……ユッキーさんが近くにいてくれると思うと、安心して戦えたんです。いつもだったら震えて外しちゃうような矢も、ちゃんと当たってくれて」
頬をうっすらと紅く染めながら、アニスははにかんだ。
……何やら思わせぶりだが、勘違いしてはいけない。
見ろこの笑顔の無邪気さを。
第一、アニスにとって俺は命の恩人に当たるのだから、そんな人物が近くにいれば安心感の一つ抱いたって何も不自然じゃない。
だから今の言葉にそれ以上の他意はない……筈なのだが。
ミルにはその辺り、理解出来なかったらしい。見ていてうんざりするくらいには、面白がっている風の顔を浮かべていた。
「おやおやユッキー、これはどういうことですか。いつの間に惚れ薬なんて盛ったんです?」
「どんな頭してたらそういう発想になるんだよ!?」
「だって、ねえ? 他に説明がつかないでしょう。レベリングさえ出来れば死んでも構わないなんて思考のユッキーが女の子に振り向いてもらおうと思ったら、薬を盛るくらいしか方法がありません」
さぞ当然とばかりに語るミルを前に、確かにそうかもと納得しかけたところで、俺はぶんぶんと首を振る。
いやいやそんな筈はない。
せっかく異世界に転生したのだ、俺にだって恋愛フラグの一つや二つ、立ったっていい筈……という話ではなくて。
「……そもそも、何でも好いた惚れたの話に繋げようとする方がおかしいだろ。今のはそういうのじゃ」
「いやユッキー、それ本気で言ってるなら相当……っと」
まだ噛みつこうとするミルだったが、途中で口を噤み、周囲に警戒の目を向けた。
その視線の先にはさっきの倍の頭数、合計六体の野犬型モンスターが、木陰から姿を現したところだった。
「もうちょっと追及したかったですけど、こうなっては仕方ないですね」
不満げに漏らすミルだが、最低限の分別はあるらしく、話を切り上げた。
その間にも、アニスはまた弓を番えて戦闘態勢に入っている。
しかし、今度はさっきの倍の数。
遠距離から一体ずつ仕留めていける程余裕を与えてくれないだろう。
故に、アニスだけでは荷が重い。
そう判断した俺は加勢することに決めて、ミルに声をかけた。
「ちょっと手伝ってくるから、一応アニスの方に気を配っといてくれ」
「いいですけど……本当はお手伝い以外にも目的がありますよね?」
そう言いながら、ミルは含みのある笑みを浮かべる。
……何故こいつは、こんな時だけ鋭いんだ。
今回の狩りの最大の目的は、アニスのレベリングだ。
それは間違いないのだが、実のところもう一つ密かな目的がある。
他でもない俺自身が、実戦経験を積んでおくためでもあるのだ。
アニスを助けた時はなりふり構っている余裕なんてなかったので体が勝手に動いてくれたが、ぶっちゃけモンスターって怖い存在の筈だ。
いざって時にビビッて何も出来なくなる可能性は否定できない。
俺、ゲームならともかくリアルでは虫程度しか殺生したことなかったし。
そんな俺の懸念、ミルにはお見通しだったらしい。
口元を片手で押さえながら、ぷぷぷと笑い飛ばしてきた。
「ユッキーって数値上はレベル300でカンストしているとは言え、実際にモンスターと戦って死線を潜り抜けることによって経験値を稼ぐ……って過程を丸々すっ飛ばしてますからね」
「……まあな」
「レベリングのプロなんて自称してはいますが、それもゲームの中でのこと。あ、それってお店ではシたことあるけど彼女とかとは経験ない人に似てますね」
「誰が素人童貞だ!」
「おや。そうやってムキになっちゃう辺り、図星だったりします?」
「とととととにかく、俺も戦ってくるから!」
都合が悪くなったら、逃げるに限る。俺は一方的に宣言し、走り出す。
すると「動揺が隠せてませんよユッキー」とか聞こえてきたけど気にしてはいけない。
回り込んで背後からアニスに襲い掛かろうとするモンスターがいたので、俺はそいつを片付けることにした。
武器はまだ調達出来ていないので、前回に引き続き素手だ。
真っ向から対峙する形になった野犬型モンスターが、牙を剥き出しにしながら獰猛に吠えている。
が、不思議とまったく迫力を感じられない。
もしかしてレベルが高くなって身体能力が向上すると、精神的にもゆとりが出来るのだろうか……なんて考察していると、野犬型が飛びかかってきた。
しかしその挙動すら、スローモーションに見える。
これも高レベルとか戦闘技能スキルの賜物だろうか。
俺は悠遊回避しながら野犬型の横から手刀を首に打ち込む。
しなやかに放たれた一閃は、すぱんと鮮やかな音を立てながら、まるでギロチンで斬り落としたかのように綺麗に首を刎ねた。
直後、俺は盛大に返り血を浴びた。
……うへえ、気持ち悪い。
生前、レベリングの片手間に見漁っていた動画の中にはスプラッタなジャンルもあったから耐性皆無ってわけじゃないけど、リアルだとまた格別だ。
吐く程ではないにせよ、臭いし不快感は物凄い。
素手による至近距離からの攻撃だったせいで全身に付着してしまったし、避けようもなかった。
この分だと、やっぱり武器が必要だ。
でも、ハイスペックな肉体にメンタルが付いてこない……なんて、憂慮していた事態には陥らずに済みそうだ。
そんな手応えを胸に、俺はアニスをカバーすべく、残る五体に意識を移行させた。
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