第42話 いい加減認める
倒したサキュバスを生け捕りにした手前、そのままダンジョンでレベリング続行というわけにもいかなかったので、俺たちはロンドラルに帰還した。
冒険者ギルドにてサキュバスの身柄を引き渡し、件のモンスター異常発生の原因であると受付嬢に報告。
今はまだ狩り残しがダンジョン周辺をウロウロしているが、それも次第に散っていくだろうとのことだった。
当初の調査依頼分に加え、魔王の幹部を捕らえた分の報酬を受け取り、我が家へと帰る道すがら。
「ふー、これで一件落着だね!」
頭上にペットと化した珍獣、カメレオンを乗せて歩くリナリアが、満足げに笑みを浮かべた。
ちなみに現在は人里に戻ってきたため、ケットシーの証である猫耳と尻尾は隠している。
……非常にもったいない話だが、そっちは家に帰ったらまた見せてもらうとして。
「まだ一つ、肝心なことをやり残してるぞ」
「えっと……? あ、そっか。この子の名前?」
隣を歩く俺を見て不思議そうに小首を傾げてから、リナリアは無邪気にそう言う。
「確かに、それも決める必要があるけどな……ここで俺が言いたいのは、リナリアのレベルについてだ」
「私の、レベル……?」
「ああ。さっきサキュバスを倒した分、大量の経験値が入ってる筈だろ? 色々ごたごたとか手続きがあって確認する暇がなかったが……もう我慢の限界なんだ!」
興奮を抑えきれなくなった俺は立ち止まり、リナリアの両肩に手を置いて催促する。
「わわっ……! お、落ち着いてユッキー、今見せるから……!」
リナリアは何やら動揺した様子で頬を赤らめながら、ステータスウィンドウを開いた。
「お、おお……」
「なんだ!? そんなにすごいことになってるのか? 早く俺にも見せてくれ!」
胸元辺りの高さでリナリアの方を向くステータス画面を、もどかしさを我慢できない俺は首を伸ばして覗き込んだ。
「ちょっ……!? 近いよユッキー……」
「これは……!」
すぐ近くでリナリアが恥ずかしそうな声を漏らしている気がするが、最早それどころではない。
元々リナリアのレベルはダンジョンでの修行により17から44と急激な上昇を見せていたが、なんとそれが倍増していたのだ。
つまりは、レベル88。
魔王の幹部である悪魔を倒したとはいえ、たった一体でこの上がりようとは流石の俺も予想していなかった。
「凄まじいな……ここまで来ると、他の人間が頑張ってレベル上げしても一生追いつけないんじゃないか?」
「うん……これなら私、セスナと一緒に戦えそうだよ!」
感極まった様子で頷いてから、リナリアは喜びを爆発させる。
もうすぐ開かれる勇者の仲間を選定する試験で、大陸中から集まる猛者を相手に勝ち抜き、幼馴染である勇者の仲間になる。
それがリナリアの目的であり、ここしばらくレベリングを続けていた理由だ。
レベル88ともなれば並ぶ者はそういないだろうし、願いはかなったも同然。喜ぶのも頷ける。
と、そのリナリアがステータスウィンドウを閉じ、ちらりと後ろを見た。
「ねえユッキー。私のレベルがこんな感じなら、ミルっちも1から一気に上がってるんじゃないかな?」
「あー……確かにそうだな」
言われて、俺は数歩後ろをすっかり意気消沈した様子で歩くミルに視線を向ける。
この世界で戦闘行為を行なうという天使にとってのルール破りを犯したミルは、ペナルティとして仕えている神様から破門された挙げ句、ステータスを初期化されてレベル1になってしまったのだ。
その喪失感は俺やリナリアには計り知れないため、本人の気持ちが整理できるまでそっとしておくつもりでいたのだが。
「なあミル、ステータスを確認してもらってもいいか?」
「はあ……まあいいですけど」
数歩後ろに佇むミルに恐る恐る呼びかけると、覇気のない声が返ってきた。
俺に言われるがまま、緩慢な手付きでステータスウィンドウを開く。
「なんの変化もないですね、レベル1のままです……恐らくステータスが初期化された際にパーティを抜けた扱いになったせいで、経験値が分配されなかったんでしょう……」
「な、なるほど……ちょっと俺にも見せてくれ」
ミルがため息混じりに現状を説明する中、俺は歩み寄って自分の目でも確認する。
見れば、レベルは1/9999と表示されており、ステータスは軒並み最低の1。
神から破門された影響か、種族は堕天使になっていた。
「これは……」
俺がその事実を前に言葉を失っていると、ミルはがっくりと肩を落とし、嘆き始めた。
「天使でなくなった以上、出世の夢は潰えました……生まれ故郷である天界にも二度と帰れません……」
ミルは俯きながら、今にも消え入りそうな声で語る。
「この世界で生きていこうにも、私はすっかり役立たずで口うるさいだけの堕天使……一緒にいる必要もなくなったし、お払い箱ですよね。ふふ……」
こっちを見上げながら、ミルはそんな風に自嘲する。
全てを失った結果とことんネガティブな思考になったらしく、天使でなくなった自分を俺が用済みとして放逐すると思っているようだ。
しかしこっちにそんなつもりはない。
「言ってみればミルは……ボロクソに罵られてた俺のために怒って、その結果こうなったんだろ?」
「そ、それはその……」
「何にせよ、だ。俺だって、そこまでしてくれた相手を追い出したりする程薄情じゃない」
「で、でも私、天使じゃなくなったから、ユッキーのお助けキャラとしての任も強制解除されたんですよ? ついて回られるのが嫌なら、振り払うことだってできるんです」
やたら自虐的で、いつになくしおらしいミルの言いようだが。
「別に、嫌なんて言ってないだろ。むしろ、必要だと思ってるぞ」
なんだろう、いつもと違うミルの雰囲気に当てられたからか、俺まで柄にもないことを言っている気がする。
だが、これがその場しのぎの方便かと問われれば、決してそうではないと答えられる自信はあった。
俺はこのまま独りで遠くに行ってしまいそうな危うさを漂わせるミルを、引き留めたいと思っている。
「私が必要、ですか……」
「ああ。確かにレベルが1になって出来ないことは増えたかもしれないが、異世界に関する知識は忘れてないだろ? 俺はまだまだ知らないことだらけだから、色々教えてもらう必要がある」
「それは……そうですね」
こくり、と小さくミルは頷く。
「あと、ミルは家事が万能だが、俺は元ニートだから全くできないし、いてもらわないと困る」
「ああ、確かに……家庭が崩壊しますね」
ミルは同意しつつも、呆れた目を向けてきた。
「……他には、何かありますか?」
さっきまでよりも心なしか調子が戻った様子で、ミルは催促してくる。
「更に言うと……見てくれが理想的だな」
そう口にした瞬間、俺は後悔した。
雰囲気に当てられて、つい余計なことまで漏らしてしまった。
我ながら、キモすぎる。
「そうですか。まあ……当然と言えば当然ですね、ふふ」
だが意外にもミルは、俺を罵ったりすることなく、穏やかに微笑んだ。
それでいてその口ぶりは、いつものミルらしい自信が戻ってきたような感じがする。
……そしてどういうわけか。
俺はこの笑顔を直視できなかった。
大げさな声で、強引に話題を変えてごまかす。
「な、何より! 今のミルは俺にとって、最高のレベリング対象だからな。1から9999までレベル上げを満喫できる相手なんて絶対他にいないし、ぜひとも末永くレベリングさせてほしい」
と、俺がまくし立てるように言い終えると。
ミルは大きく目を見開いていた。
やがて、その瞳を潤ませながら、嬉しげに首を傾げて。
「なんですかそれ……新手のプロポーズか何かですか?」
……プロポーズ。
俺は頭の中で、改めて自分が口走った言葉を振り返る。
言われてみれば、ここまで必死に引き留めて末永くとか実にそれっぽかったかもしれない。
家事してほしいとか見た目について触れたりとかもそうだ。
……無自覚の内に、とんでもないこと言ってたな俺。
だが、果たしてそれは自らの意思に反しているのだろうか。
改めて、考えてみる。
「正直、勢いで言った感は否定できないが……」
程なくして、結論が出た俺は。
「一言で纏めるなら、そういうことになる」
腹を括って、首を縦に振った。
「……っ!」
どう感じたのか、衝撃を受けたように両手で口元を覆うミルに対し、俺は更に続ける。
「なんだかんだと、いつも軽口を飛ばし合ってきたが……いい加減認めるよ。ミル、俺はお前のことが好きだ」
諦めて降参したかのような、俺の物言い。
ミルは涙を目に溜めたまま、満面の笑みを浮かべてみせた。
「ふふ……ええ、知ってます。ユッキーは、私にべた惚れなんです」
「ったく……」
……嬉しそうに泣きながらでもいつも通りからかってるとか、こいつは。
「それで……お前としては、どうなんだよ」
「へっ……!? えっと、その……」
俺に尋ねられたミルは、途端に挙動不審になるが。
すぐに一つ、気合を入れ直すように咳払いをした。
「こほん。この際だから言いますが……私も当然、ユッキーのことが好き、ですよ」
言い終えた瞬間、ミルの顔がどんどん紅潮していくが、最早それを取り繕おうともせず、こちらを見つめている。
「それじゃあ……」
「はい。天使から花嫁に転職、というのも素敵ですね」
俺の問いかけに、ミルははっきりと首を縦に振ってから、照れくさそうにはにかんだ。
こうして俺は、最高のレベリング対象である美少女と結婚した。
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