第13話 冒険者ギルドと第四のスキル(?)

 冒険者ギルドに到着した。


 微妙に薄暗いギルドのホールには、受付のカウンターと隣接して酒場のように丸テーブルが並んでおり、人で溢れ返って喧噪を生み出している。


 活力のありそうな青年や、ベテランの風格漂うおっさんなんかが多く見受けられる中には、ちらほらと女性の姿もある。

 が、アマゾネスっぽかったりプロレスラーみたいな女ばかりで、基本的に腕っぷしが強そうだ。

 アニスみたいに、物腰の柔らかそうな子とかはいない。


 ただ、想像していたよりも柄は悪くなさそうだ。

 もっと荒れくれ者ばかりだと思っていたが、そうした連中は殆ど見受けられない。

 しかし、皆無というわけでもない。


 広々とした空間でも端の方、ホールを見渡せる位置にあるテーブルで、如何にもチンピラ臭い三人組が輪を作っている。


 リーゼントとかモヒカンといった髪型に、黒光りした衣装と肩パッド。

 どちらかと言えば異世界ものではなく、世紀末な漫画に出てきそうな格好だ。

 他の冒険者たちが、たった今入ってきたばかりの俺とミルを特に気にする様子もない中で、チンピラどもだけは品定めするような粘ついた視線を遠慮なくこちらに注いでいる。

 より厳密には、俺の横にいる、ミルに。


 下心がダダ漏れだが、まあミルもそういうの大好きっぽいし意外とお似合いかもしれない……とか思っていると、ミルにげしっと足を踏まれた。


「……いきなり何しやがる」


「何やらユッキーが私を邪な妄想の材料に使っている気がしたので、釘を刺しておいただけです」


「言いがかりだ」


「ふーん、そうですか? まあそれはそれとして、ちょっと苛立っていたというのもありますね」


「へえ、なんでまた」


「いやだって、さっきから私の方を見てるあのチンピラ連中……うざいを通り越してキモいじゃないですか。どう見ても雑魚のモブでしかない癖に顔のバランスは生理的に無理なレベルですよあれ。身の程を知って欲しいです。ぺっぺっ」


「あっ、おいバカやめろ。行儀悪いだろ」


 当人たちを指さしながら、騒々しい中でも届くくらいの大声を発するミル。

 とどめとばかりに、唾を飛ばすような仕草まで見せ付けている。


 俺は慌てて、そんなミルを止めにかかる。行儀が悪いとかは建前で、本当はもめ事が嫌なだけだ。

 明らかな悪人面をした連中と関わり合いになったところで、碌なことがないし。


 だがそんな俺の思いも虚しく、チンピラどもは怒り狂いながら立ち上がってこちらに詰め寄ってくると、俺たち二人を三人で半包囲する形を取った。


「おうおうねーちゃん舐めた真似してくれるじゃねえか」


「おおん!?」


「あぁん!?」


 真ん中に立つリーゼントがありがちな台詞を吐くと、左右のモヒカンとスキンヘッドが鳴き声のような何かを発した。

 あからさまに、敵対姿勢。俺たちを威圧している。


 ……勘弁してくれ。これ、ミルを差し出したら逃げられたりしないだろうか。


 ミルの挑発行為に端を発したこの事態に、俺が早くもうんざりしていたその時。 

 不意に、そのミルが俺の腕に絡みついてきた。


「……おい、いきなり何のつもりだ」


「この人たち怖いですぅ。ねえユッキー、なんとかしてぇ」


 ミルは何やら甘えるような態度で接してきたかと思ったら、妙に媚びるような猫なで声を発した。


 なるほどまだ挑発し足りないらしい。

 どんな意図があってのことかは知らないが、俺たちがあたかも仲睦まじい男女であるかのように振る舞い、お熱い姿を見せ付けてリア充アピールし、女に飢えているであろうこのチンピラどもを煽っているのだろう。


 実際チンピラどもは、既にゆでだこのようになっていた顔を、更なる怒りで赤く上塗りしている。


 効果覿面とは言え、人格が変わったかのようにころっと態度を変えてきゃっきゃっと出来る辺り、ミルも案外名女優……のようで、上っ面だけだ。


 確かに俺との距離感は非常に近く、表面上は恋人に縋っているようにも見えるかもしれない。

 が、べたべたしているように見せかけるための腕は、絡みついていると言うよりは締め上げると表現した方が的確だろう。


 それくらい、ミルの腕には力が込められている。

 レベル9999の天使による締め付けというだけあって、物凄く痛い。

 そんな状況に置かれている俺が苦悶の表情を浮かべているのを、チンピラどもは臆していると受け取ったらしい。 


 揃って勝ち誇るように口元を吊り上げると、凄んで脅しをかけてきた。


「あぁ!? やんのかお前!? 分かってんだろうが、先に吹っかけてきたのはこの女だ! だったらこの女に直接落とし前着けて貰わねえとなあ!?」


「だよなあ!? 勿論体でなあ!?」


「ああ体で払って貰わねえとなあ!?」


「うぅ、ユッキー助けてぇ……」


 一様に厭らしく野蛮な笑みを浮かべながら、それぞれに声を張り上げるチンピラたちと、大げさに怯えるような演技をするミル。


 ……仕事探しに来たら隣にいるこのアホのせいで面倒事に巻き込まれるとか、外の世界怖すぎる。やっぱり家でゲームしてるだけの人生を過ごしていたかった。


 にしても、ミルは何の目的があってこんなことをしているんだろう。

 もしかして、これも俺をからかうためだったり。まあ多分そうなんだろうな。

 じゃあ締め上げられている腕をどうにか振り解いて逃げ去っても、文句を言われる筋合いはないか。


 そんな調子で考え込んだまま無言でいた俺の態度が、チンピラどもを更に増長させる要因となったようだ。


 最早一切遠慮する必要はないと判断したのか、リーゼントが乱暴な手つきでミルに触れようとして――


 俺は伸ばされたその手を、空いている自分の手で掴んであらぬ方向に捻じ曲げながら、ミルがくっ付いている方の腕を後ろに下げ、庇うような形を取った。


「あああいてえええ!?」


 ぽっきりとへの字になった腕を押さえながら、絶叫するリーゼント。


「おおん!?」


「あぁん!?」


 モヒカンとスキンヘッドはその光景に狼狽え、鳴き声を発する。

 しかし果敢にも、二人がかりで俺に殴りかかってきた。


 ので俺は、逆にそれを片手で捌き、殴り返してそれぞれ一撃でKOした。


「……やれやれ」 


 全滅して床に倒れ伏すチンピラどもを見下ろしながら、とりあえずこういう時に主人公とかが呟きそうなひと言を口にしておく俺。


 余裕そうに振る舞ってはいるがその実……俺は内心怯えていた。

 だって対人戦とか、初めてだったし。


 それにこの手の人種を前にすると、学生時代スクールカースト最底辺だった時の嫌な思い出がチラついて、どうしても体が竦んでしまう。

 冒険者のレベルが精々20前後に対して俺はカンストの300なので、レベル的には余裕だと頭では分かっていても、やはり何となく苦手だ。

 心なしか、さっきから口数も少なくなっていた気がするし。

 しかしその割には、いざミルが襲われそうになっていた時には随分と体がスムーズに動いてくれたような。


 俺は自らの取った行動について疑問を抱きながらも、いつまでもくっ付いたまま離れようとしないミルをちらりと見やる。


 と、ミルは、色々葛藤しながらも頑張った俺をよそに、ぽかんと惚けていた。


 ……何だこいつ。俺をからかいたかったなら、この結果に対して何かしらリアクションでも取ってみせろよ。


 文句でも言ってやろうかと口を開きかけて……俺は制止した。

 あれだけ騒がしかった周囲が、しーんと静まり返っている事実に、遅まきながらに気づいたのだ。


 まあ、この広いホールに響き渡るくらい大声で叫んで、暴力沙汰まで起こしたのだから無理もない。

 要するに俺たちは現在、悪目立ちした挙句、奇異の視線を集めている。


 ……自覚したら、途端にいたたまれない気持ちになってきた。

 恥ずかしいから、ここは早々に撤退することにしよう。


「おいミル、さっさと用事を済ませるぞ」


 いつの間にか力の緩まっていた腕の締め付けを振り解いてから、俺はミルに呼びかけて、受付のカウンターへと歩き始める。

 が、ミルが着いてくる気配がない。


 いつまでボーっとしてんだと思い、俺が振り返ろうとした瞬間。

 いつかのように、背後から小さな声が漏れ聞こえてきた。


「めんどくさそうな顔しときながら、いざという時は毅然とした態度で当たり前のように助けてくれるとか……天使なのにうっかり胸がときめきそうになってしまいましたよ……危ない危ない」


 これもミルとしては、独り言のつもりなんだろうけど。

 やっぱり難聴系鈍感主人公なんかではない俺の耳には、しっかりと届いていた。


 ……いやしかし。

 これをフラグと受け取って、鵜呑みにするのはあまりに迂闊過ぎる。

 チンピラどもを煽ったところからここに至るまでの一連の流れが、罠の可能性だってあるのだから。


 あ、そう考えたら、ミルのアホな演技の理由にも納得出来る気がしてきた。

 うん、きっとそうに違いない。

 しっかり見抜けるとか、流石俺だ。


 自分にはもしかしたら、罠探知みたいな四つ目の隠しスキルがあるかもしれない……なんて思いながら、俺は受付へと向かうのであった。

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