第35話  滅びの魔女

 OCE-241-15:フッケバインの残骸その15

 分類:Bacikal

 説明:フッケバイン撃墜後に採取されたサンプル郡のうち、右翼端部のもの。物性は北半球連合空軍で使用されている軽金属装甲に酷似。表面に微細な回路を持ち、一定以上の土属性魔力を流すことで質量が0.8倍、剛性が1.2倍となる。防壁が無ければ25mm汎用徹甲弾で破壊可能。

 収容方法:ノーマッド内鉱物サンプル保管庫にて不活性ガスと共に保管。劣化を防ぐため、実験後は速やかに収容すること。


 OCE-357-2:シロツメクサの葉片

 分類:Earth

 説明:星異物No.1周辺で採取されたシロツメクサの葉の断片。総合解析の結果、地球のシロツメクサの形質データと完全に一致。地球=エリクシル転移現象の貴重なサンプルと認む。

 収容方法:ノーマッド内生体サンプル保管庫にて、押し葉標本の形式で保存。


 OCE-358:フォレスピオン頭部装甲

 分類:Bacikal

 説明:星異物No.1付近での戦闘により、破壊したフォレスピオン頭部装甲断片。アルマの錬金術により組成は未知の合金へと変化。積層された装甲には電磁装甲の特徴を確認。北半球連合陸軍、標準型歩兵戦闘車両と同程度の防御能力。

 収容方法:ノーマッド内s



 疲れた。

 aのキーを叩く前に集中力が途切れ、シートに深く体を埋めてしまった。中途半端なsの後ろにカーソルが空しく点滅しているのを、ぼんやりと眺めながら何度目かわからない愚痴が浮かんだ。

 サンプルの分類と記録なぞ、それこそAIの仕事だろうに。あろうことか自分に仕事を押し付けたノーマッドに何度目か解らないため息を吐き出した。惑星探査が名目だった以上、ノーマッドには本来なら負傷者や予備補給品を収容するスペースに、サンプルを保管する設備が備え付けられる改造が施されていた。採取されたサンプルはキャプションがあって初めて資料足りうる。今やっているのはそのキャプション作りだ。

 Object Collected by Elixir、略してOCE。分類に使われる言葉や、保管ではなく態々"収容"と名付けているあたり。不死身のクソトカゲや顔見た奴絶殺マンや問題児博士やリンゴの種博士他愉快な仲間達の某財団の影響をモロに受けているらしい。

 個人的にノーマッドこいつは問答無用で王冠クラス。収容プロトコルとしてクソトカゲと相部屋程度の処置が必要だろう。但し、先に某博士のやってはいけないことリストにノーマッドとの接触を追加するべきだが。

 閑話休題それはともかく

 残念ながら、昼間の戦闘でわざと残した書記長(2代目)モドキの乗員から情報を聞き出すことはできなかった。砲口を向けて接近したところ、砲弾が誘爆したのかビックリ箱T-72よろしく砲搭が吹き飛んだのだ。勿論、乗員は全滅、此方を攻撃した理由が単なる追い剥ぎなのか、他者の意思なのかわからなくなってしまった。

 中尉とアルマの話では、彼らは残党大隊と呼ばれるパーティーとは名ばかりの武装勢力で、後ろ暗い仕事を生業としているらしい。とはいえ、けっして気軽に動かせる戦力ではない重戦車8輌を全て引っ張り出して来るあたり、ただの追い剥ぎ目的と結論付けづらい。

 第三者が我々を標的とし、失敗したため消した。そう考えるのが一番自然だろう。

 では誰が。今のところ標的になり得そうなのは2人、レネーイド帝国皇女、フェネカ=ブリンドル=レネーイド。そして滅びの魔女、アルマ=ブラックバーン。

 しかし、フェネカの線は無いと考えるべきだ。彼女を消したがっているのはレネーイド帝国上層部。正当政府を名乗り、反逆者を始末するのなら近衛を使うだろう。ルベルーズで取り逃したから後ろ暗い武装勢力を使うとなれば、近衛を役立たずと言うようなものだ。外部からの評判が良くないレネーイド上層部が、内部に要らぬ不和を生む選択をするとは考えにくい。そもそも、近衛にはまだ連隊規模の戦力が残っている。

 そうなると、奴等の狙いはアルマと言うことになる。その場合、有力候補はザラマリスだが……


『ぴっ、ぴっ、ぴっ、ぽーん。ノーマッドがエリクシル時間午前2時ぐらいをお知らせします』


 うっかりPCをつけたまま布団に入ってしまい、眠りに落ちる瞬間に叩き起こされたどうでもいい思い出が脳裏をよぎる。モニター下部の時間は確かに午前2時1分を指していた。

「何か用か?」思ったよりもぶっきらぼうな声が出てしまうあたり、だいぶ疲れているのだろう。「あまり根を詰めるなよ」と気遣いの言葉と共に、魔女がコンソール横に置いていったコーヒーを一口。予想通り冷めきっている。


『親愛度イベントとイベントCGの時間だZE』

「よし、寝るか」

『強制イベントだっつってんだルルルォ!』

「ぐぇあ!」


 ろくでもない提案に反射的にシートを倒して睡眠に入ろうとするが、リクライニングしかけたシートが急に戻った上、ナノマシン経由で交感神経を無理やり刺激されたのか、眠気が一気に消し飛んだ。


「何しやがる!」

『アルマさんが今何処に居るか解りますか?』


 AIの問に「操縦席だろう?」と反射的に返す。何時も使っている戦術士席は死念波でダウンしたフェネカが使っており、今夜は操縦士席で休む手はずになっていた。時間も時間であり、普通に考えるならばタブリスを抱き枕がわりに寝ているだろう。


『ところがどっこい。先ほど起床し、操縦士席から抜け出して現在移動中です。武装はしているようですが、連れ戻すか話をしに行った方が良いかと』

「……必要か?」

『ヒロインの話を聞くのはギャルゲ主人公の特権であり義務。実際大事。イイネ?』

「アッハイ」


 放っておいたら何をやらかすか解らないので、物は試しで素直に指示に従ってみる。

 ハッチを開けると、エリクシルのひんやりとした夜風が体を包み、気分が切り替わったような気がした。

 周囲を見渡せば森を貫く街道にノーマッドを先頭に一列で停車した装甲戦闘車両の群が朝を待っており、木々の合間から差し込んだ星の帯の光が、街道と地面を銀と黒の斑に染め上げている。ナングスたちは夜間の見張りをノーマッドに任せ就寝中だ。時おり吹く風が木々の枝を微かに揺らし、小さな音を立てる以外は無音の空間。

 いや、音はもうひとつある。木立をかき分け、小枝を踏み砕き、落ち葉を蹴飛ばす音。目的の人物が此方から遠ざかるように歩く音だ。


 ――光学迷彩システムオンライン。アクティブ消音システムオンライン。スニーキングの時間です。段ボールは必要ですか?

 ――ここ森林。適材適所って知ってる?

 ――段ボールこそ万能!

 ――1光年譲ってアサシン・ストロー・ボックスだろ常考


 羽織った外套が周囲に溶け込み、ベルトに挟んだ消音システムが発生する音の逆位相の音波を放出し、移動音の大半をカットする。VIPSで確認する限り、彼女の移動速度はけして早くない。十分に追い付ける。

 そう結論付けたとき、はたと彼女の動きが止まった。止まった場所は木々の密度が薄く、ちょっとした空き地のようになっている。彼女が何のために、何をするためにこんな夜中にノーマッドを抜け出したのか?つい先ほどまではそのうち帰ってくるだろう程度に考えていた彼女の行動が、気が付けば妙に引っ掛かりを覚えるようになっており、知らず知らずのうちに足が速くなっていった。

 アルマの歩みが止まってから2分後、ユキトの視界が開け星の帯の白銀の光の溢れた空き地に、此方に背を向けて夜空を眺めているらしい小柄な背中が見えた。手には杖が握られているが、ほとんど肩に立てかけるようにしており臨戦態勢には全く見えない。

 そもそも必要だったのかはなはだ疑問だった迷彩機器をスリープ。暗い森の中から比較的明るいと表現できる空地へと歩を進め、声をかけた。


「こんな夜中に散歩か?」

「ッ!?」


 ビクリと小さな肩が跳ねると同時、とっさに掴んだ長杖が風を切るが、その先端はこちらへ向く前に速度を失った。目深にかぶったフードの隙間から一瞬だけ紫色の視線が見えたかと思うと、再び彼女は背を向けてしまう。


「なんだ、貴様か。脅かすな」

「そんなつもりはなかったんだ」


 ある種の定型句をつぶやきながら背中を向け続けるアルマへと歩みを進めていく。どうやら数本の木々が倒れてできた空き地らしく、星の帯の光を淡く反射する草の間にはほとんど朽ちた倒木の破片が散見される。


「ただ、ノーマッドから君が一人で出歩いていると聞いてね、気にな」

「止まれ」


 彼女まであと数歩という距離まで進んだユキトの足が倒木を踏み砕いた瞬間、彼の言葉と行動を遮る硬い声が空地に流れた。決して大きな声だというわけではない、怒りが込められた声ではない、ただ思わずユキトが停止してしまうほどの拒絶の意思が多分に込められた言葉だった。


「私なら大丈夫だ、もうすぐ戻る。少し、夜風に当たりたくなっただけだ」


 ――さあ!行動選択ですよ!選択肢は3つ!1.そっとしておこう、2.とりあえずあすなろ抱き、3.近づいて話を聞く。さあ2番を選ぶのです!ヒロインの「止まれ」は80%の確率で「こっちへ来て」って意味ですよ!さあ早くハリー早くハリー早くハリー

 ――3.近づいて話を聞く

 ――このヘタレ!

 ――黙れギャルゲ戦車


 ご丁寧にVIPSを通して3択の選択肢が視界に表示される。自分の日常がどんどんギャルゲナイズされていくことに名状しがたき不快感を覚えつつ、歩みを進めた。


 あと4歩。


 3歩。


 2歩。


 1歩。のところで目の前に魔力をたたえて様々な光を呈するクリスタルが突きつけられた。少なくとも、暗くてお互いの顔が見づらいから明るくしてやろう、なんて意図で構成されたソレではない。込められているのは明らかに害意が含まれた攻性の術式だった。


「私は、止まれ。と言ったはずだ。早く帰れ」


 相変わらず突きつけられるのは拒絶の意思。


「物騒だな。丸腰の相手にそれは無いだろう?」

「………聞こえないのか?早く帰れと言っている」


 背中越しに突き出された杖の先が前進し、グリと額に突きつけられる。軽い衝撃を放つような魔術でも、今のように接射同然で放たれれば脳震盪は免れないだろう。


「話をしないか?」

「不要だ」

「君が不要でも、僕には必要だ」


「子供か」と吐き捨てるように言葉をこぼし、さらに杖に込める力が強くなる、クリスタルは多角形の形状をしているため、押し付けられれば正直痛いことこの上ない。しかし、ここで引いてしまえば態々子供のような理屈で話を続けようとした意味がない。


「正直言って目障りだ、早く失せてくれ」

「視界に入っても居ないのに”目障り”とはね」

「…うるさい」

「アルマ、正直に聞かせてほしい。どうしたんだ?」

「……うるさい」

「夜のエリクシルの森の危険性は十分把握しているはずだ。ノーマッドがいるとはいえ、君がそんな危険を犯すのはどうにも腑に落ちない」

「………うるさい」

「…ルベルーズは残念だったとしか言いようがないと思うがね。生み出したものがああやって使われるのは、兵器の宿命というものだろう」

「うるさい!…え?」


 彼の言葉の後半を理解した瞬間、イラつきと虚無と困惑に支配されていた心が氷雪系魔術でも受けたかのように一気に氷点下まで急降下する錯覚に陥ってしまう。ほとんど反射的に伏せ気味になっていた顔を上げた瞬間、一足で自分の目の前に回り込んでいたユキトと視線が合った。

 彼の見慣れた黒い瞳は、気が付けば黒曜石のような、こちらの内心を見透かす鋭利な光を放っていた。

「なぜ…」困惑の中、喘ぎ声のような問いが漏れる。隠していたはずだ、あの悪魔を世に解き放った張本人だということは一度も彼に言っていないはずだ。こんなことを、彼が知っているはずがない。知られていいはずが…ない。

 アルマの混乱を他所に、ユキトは一つ納得したかのように頷いた。


「カマを掛けてみたが、ま、予想通りだ。基礎理論までなのか、設計までなのか、それとも組み立てにまで参加したのかはわからないが。あの核兵器モドキの制作者は君だな?」


 何かに胸を貫かれるような不快な感覚を覚える。知られまいとしていた”滅びの魔女”の真の意味。”2つ”の都市を塵に返した最悪の虐殺者の汚名。

 は、ははは。あっけないものだ、な。一番知られたくない人に、知られてしまうとは。アルマ・ブラックバーン、この無価値で、無能で、救いようがない愚か者め。いったい何をどう考えたら、この異星人たちに自分の罪を隠し通したまま、騒々しい旅を続けられるなどと幻想を抱いてしまったのだ?

 自分でなければ最大出力の魔術砲撃で塵すら残さず消し飛ばしたくなるほどの自己嫌悪に陥るが、暗い感情がのた打ち回る内心とは裏腹に、白い肌と星の帯の光も相まって彼女の表情は全くの能面のようになってしまっていた。


「………どこで気づいた」

「きっかけはフォレスピオンを電子励起榴弾で吹き飛ばした時だ。君の検索履歴を少々調べさせてもらったが、あの時以前は地球の動植物や地形、環境、国家、文化に関するものが多かった。けれど、あの後、トリニティ実験の検索を皮切りに地球の原子力技術、特に核兵器に対する検索が大半を占めるようになった。

「…はっ、検索履歴は毎回消して居たはずだがな」

「あんなもの、消したうちに入らないさ」


「後は、さっきも言ったようにカマを掛けただけだ」と肩をすくめる彼の目を見ていられなくなり、思わず顔を伏せる。先ほどまで彼の目を見ていたが、その視線にこちらを非難するような意思が込められていないような気がしたが、気のせいに決まっている。いや、十中八九自分の妄想だ。

 カランと傍らで音がする。気が付けば両腕から力が抜けており、自分の愛用していた杖が足元に落ちている。普段ならすぐに拾い上げるが、今この瞬間においてはどうでもよかった。


「………そうだ。私がアレを、NEMOSの開発を行った」

「NEMOS。”誰でもない者たち”って意味ではないか」

「誰でもない、か。言いえて妙だな」


 何かがかすれるような音が響いている。いいや、違う。これは自分の喉から出た嘲笑だ。無数の犠牲の上に、さらに犠牲を積み上げる自分の所業を笑う悪魔の声かもしれない。


「なあ、ユキト」

「なんだ?」

「その手で剣を振った時、他の命を奪う感覚はあるか?」

「そりゃあな」

「その手で銃を撃った時、他の命を奪う実感はあるか?」

「剣よりは少ないが、あるさ」

「そうか……なら、貴様はまともだ」

「それだと、君が真面じゃないって言ってるみたいだぞ」


「……約7万だ」ぼそりと、呟くように断罪を待つ罪人が悔恨をこぼすように、言葉の意味を成した波が大気へと伝わる。


「ナングスから聞いた。あの時、ルベルーズから逃げ遅れていた者たちの数は少なく見積もって7万人。その大半が地下水路を通って外を目指していた。そして、NEMOSの炸裂によって、私が生み出してしまった存在によって光の中へ消えた」

「そうだな」

「なのに、なっ!」


 瞬間、アルマの右手が伸びてユキトの胸倉をつかみ、思い切り自分の方へ引き寄せた。ユキトの視界には、怒りとも絶望とも悲しみとも取れる壮絶な彼女の顔が目の前に広がっていた。


「私のこの手には!虫を殺したほどの実感もないんだ!1秒で万の命を奪っておきながら!何一つ、何一つだ…」


 激情とともに紡がれた、血を吐くような言葉は彼女が顔を伏せるにつれて急激に失速してしまった。


「私自身、やむにやまれず他者の命を奪ったことはある。必要だからと他者の命をないがしろにしたことはある。その時の光景はどれも、目に焼き付いている。悪夢だって見る。なのに…」


 何時しか、右手だけでなく左手もユキトの胸元の衣服をきつく握りしめ、縋り付くようになってしまっている。


「私に何の不利益ももたらさない!今日までの日々をそれなりに幸せに過ごしていた無辜の民衆を!この手で生み出したものが虐殺したというのに!私には!彼らの命を奪った現実を実感できない!最悪の兵器を生み出しておきながら、その所業を理解していながら、何一つ当事者として認識できない!」


 再び挙げられたアルマの両目からは大粒の涙が零れ落ち、頬を伝って滴り落ちていた。


「私は、私はいったい何なんだっ!」

「決まってる。人だ」


 地の底から湧き上がるような慟哭に帰ってきたのは、ある種のそっけないほどの穏やかな声だった。予想外の声を理解しようとしているのか、それともただ単に面食らっているのかはわからない。

 一つ言えることは泣きじゃくっている最中にきょとんとした顔を浮かべる少女は妙に可愛く思えてくる事実だった。

 思考に走ったノーマッドに汚染されたとしか思えないノイズを星の帯の向こうに投げ捨て、相変わらず自分の胸元にしがみついているアルマの頭へと片手を乗せる。


「あれは君が作ったものだというのはゆるぎない事実だし、それによって万の知性体が死んだことは変わらない。ただ、重要なのは使ということだ」


 自分を擁護するような物言いをする彼の論に身を任せてしまいたい強烈な誘惑を、それ以上の自己嫌悪が塗りつぶす。「詭弁だ」と甘いゆりかごを蹴とばすように吐き捨てるが、ユキトの態度は全くと言っていいほど変わりない。


「一つ聞かせてほしい。君はあれを無辜の民衆を虐殺するために作ったのか?」

「違うっ!あれは、そんなことをするために作ったものじゃない。あんな使い方をするために作ったんじゃない。私は、私は…抑止の…ため…に」

「君が想定していたのが、魔獣に対する抑止なのか、それとも同種の兵器に対する抑止なのかはこの際どうでもいい。実感がない?当たり前だ。使ったのは自分ではないのだから、他人事に他ならない」

「私が作らなければ、そもそもこんなことにはならなかった!」

「ああ、そうだな。ルベルーズはギルタブリオンによって消滅するだけだ。それとも、君が想定した抑止の対象にいくつかの町が滅ぼされることも追加だ」

「それは…」


 違う、という言葉が喉の奥につかえてしまう。ゆっくりと頭をなでられていることをようやく自覚し、手のひらの熱に身を任せようとする精神を無理やり現実につなぎとめる。

 違う、違うんだ。私が想定した抑止の対象は…


「君はアレが使われて万の命が奪われたことに実感が持てないと言っていたが、本当にそんなことを思っている輩がこんなにも取り乱すか?さっき、君は虐殺者としての実感がない自分は何者だ、なんて言ってたが。僕には自分が作り出した兵器が悪用され、結果的に多数の犠牲者を出した事の罪悪感に押しつぶされそうになっている、まっとうな科学者にしか見えない。そして何より」

「私は…」

「兵器を使用した際に生じた損害の責任は、最終的にその命令を下したものが負う。作った者では、決してない。少なくとも、僕らの星の軍隊では基本となる考え方だ。それでも罪悪感を感じている君は、正常な倫理観を持つ尊敬すべき人間というべきほかない。そんな人が僕のパーティーに居てくれるというのは、正直言って誇りだよ。地球人ほかの人々がどう言おうと、地球人はそう思う」

「あ」


 だめだ、と思った時にはもう遅かった。

 悪魔と罵られると覚悟していた。非人間と誹られると予想していた。もう、共に旅をすることなぞできるはずがないと絶望していた。最悪の兵器を生み出した滅びの魔女、その由来を知りながらも受け入れるどころか尊敬するべきなどと称されるなど、予想から逸脱している。

 だから、こいつは馬鹿なんだ。そして、その馬鹿とまだ一緒に居られることに、これ以上ないほどの喜びを感じている自分は、さらに輪をかけて大バカ者だ。


「…馬鹿が、虐殺者を誇るな、馬鹿」

「馬鹿とは心外だな。個人的に正当な評価を下したつもりだ」

「何が、個人的、な、評価、だ。主観も、はなはだしい」


 意味不明な理由で、再びあふれ出した涙のせいで視界がにじみ、言葉がぶつ切りになる。涙で世界が歪んで見えるが、目の前の異星人が何時ものような人を食ったような、不敵な笑みではなく。年相応の笑みを浮かべていることはなぜかよくわかった。そして、自分の口角も上がりそうになっていることも。


「物事に主観も客観もあるものか。僕らが認識している世界なんぞ、所詮脳髄の電気信号に過ぎないんだ。判断を下せば必ず個人の趣味が紛れ込む」

「なら、貴様は、相当の、倒錯者、だな」

「誰に向かって物を言っている?異星人エイリアンだぞ?エリクシルそちらの尺度で判断しきれるとは思わないことだ」

「はは。ああ、くそ、ユキト、少し借りるぞ」

「借りる?」


「何を?」と聞こうとした直後にその答えを理解する。それまできつく胸のあたりの上着をつかんでいた両手から力が抜け、ポスンとアルマがユキトの胸に顔をうずめた。実のところ、慣れない異性とのコミュニケーションに内心ひどく冷や冷やしていたため、いきなりの行動に思わず面食らってフリーズしてしまう。こういう時にノーマッドのギャルゲ回路が起動してくれれば楽だろうにと、数分前の自分が聞いたら「ナイスジョーク」と真顔で言うような思考がから回る。

 緊張の糸が途切れた結果、これからどうしようと泣き言を漏らす彼に、知ってか知らずか、アルマが追い打ちトドメを仕掛ける。


「この、甲斐性なし。抱きしめるぐらいは、してくれてもいいだろう」

「あ、ああ」


 片手は彼女の頭に置いたまま、もう片方の手を背中に回し抱き寄せる。ふぅ、と胸のあたりで漏れ聞こえた吐息が妙に耳に残る。

 そしてそれ以上に、改めて彼女の華奢さを思い知らされる。ちょうど頭一つ分ほど身長の差があるが、抱きしめてみて初めて理解する体格の差に、逆に思考が冷め始める。

 かつて、大日本帝国と呼ばれていた国家に投下された2発の核兵器。本来ならナチス・ドイツに対するものとして製造されたソレは、当時もはや生ける屍となりつつあった極東の国家に投下された。

 自国民の被害を極減させるため。戦争の早期終結のため。ある種の合法的な実戦データ取得のため。ソヴィエト連邦に対する牽制のため。就任間もない大統領の支持率のため。

 投下の理由は枚挙に暇がないが、ただ一つ言えることはマンハッタン計画に参加した科学者たちのうち、この兵器を実戦使用することに否定的であったものは少なくない。

 アルバート・アインシュタインを通じてアメリカに核兵器開発を持ち掛けた、レオ・シラード。原子核分裂の予想を立てた量子論の育ての親、ニールス・ボーア。プルトニウムも含まれるアクチノイド系列の大半の発見者グレン・シーボーグ。核兵器の無警告使用に反対したジェイムス・フランク。また、ウラン連鎖反応用の原子炉を制作していたシカゴ大冶金研究所の研究員150人のうち、85%が投下に反対していたという。

 大の大人ですら苦悩する大量破壊兵器の開発者としての重圧。それを今、自分の腕の中で声を殺して泣いている少女に襲い掛かっていると思うと、やりきれない思いが沸き上がる。


「ユキト、こんなことを貴方に尋ねるのは間違いだとは分かっている、傲慢だと理解しているが、それでも聞かせてくれ。私はどうしたらいい?どうしたら償える?」

「方法は一つだろう。NEMOSを管制下に置くことだ」

「この世からなくすのではなく?」


 戦後、多くの科学者が核兵器に対して否定的な意見をこぼすようになったのも、また事実だ。そして、核兵器の根絶が彼のいた時代では夢物語であることも。


「どうやっても不可能なことは償いとは言わない、ただの自己満足だ。世に出てしまった技術は消すことはできない、結局のところ、うまい付き合い方を見つけるしかない。僕らもそうやって、何とか核ができた後もソレなりの平和を謳歌した。ナイフを突きつけあうような物騒な平和だが、これなら前例がある、不可能じゃない」

「長い、道になりそうだな」

「ああ、長いうえに険しく辛い道だ。ゴールにあるのもハッピーエンドとは程遠い」

「それでいいさ。罪人にはそれぐらいでちょうどいい」

「まあ、僕もその方法を提示した手前一枚かませてもらうぞ。僕らの星ではある程度は成功した方法だ、案内ぐらいはできるだろう」

「滅びの魔女と共に歩む気か?」

「そうでもなけりゃ、こんなガラじゃないことやらない」

「馬鹿め、やっぱり貴方は馬鹿だ」


 顔を上げた彼女はそう言って柔らかく微笑んだ。施されたのは許しではなく、提示されたのは贖罪の手段。それも、1人の少女が背負うには大きすぎる十字架だが、無条件の許しほど無責任なものはない。

 そして、彼女にその十字架を提示した自分もまた、その道を歩くべきなのだろう。アルマの罪を共に背負うことはできない、しかし、その隣で水先案内をする責任は確かに存在する。

 少女に対する一つの決意を固める一方。彼の意識の片隅では、ひどく冷たい方程式が組みあがりつつあった。

 問題なのは、エリクシルに都市国家はあっても国家は無い事。国際連合のような話し合いの場も、高度な連絡網もない。そして、NEMOSの威力は核兵器クラス。ある戦略ゲーム終盤において、文明的に劣った国家に余剰の核兵器をばらまけばどうなるか、ひどく面倒なことになるのは目に見えている。

 地球ではアメリカとソ連という超大国がほぼ同時期に核兵器を手にした結果、相互確証破壊が成立した。対して、出どころ不明の核兵器が存在するエリクシルでは、相互確証破壊が成立する前に核テロリズムが横行しかねない。

 最悪の場合は……


「………」


 涙は止まったようだが、再び無言で額を自分の胸に押し付けている、腕の中の少女に視線を向ける。彼女がNEMOSによって抑止しようとしたものは何なのか。そもそもNEMOSと言う兵器はどのような代物なのか。そして、そんなものを製造したのはいったい何者なのだろうか。再び目の前に開けた闇は深く、暗い。

 ノーマッドでもどうしようもない敵が再び目の前に立ちふさがることになるが、せめて、この腕の中の存在は助けたい。それは義務感や、正義感などという英雄のような理由なんてものではなく、ただ”まだ一緒に居たい”なんて自分勝手な欲望が原動力だ。


「なあ、ユキト。もう少し、このままでいいか?」

「いくらでも、まあ、ナングス中尉殿達が様子を見に来ないうちに引き上げたいが」


「あ、当たり前だ」と顔を上げ、頬を少し赤らめて照れたような、焦ったような声を出したアルマだったが、それとほぼ同時に森の方で小枝が割れるような音がする。


「あ」

「ちょっ!なにやってんですかフェネカさん!?」

「おいバカ押すなシャルノー!?」

「え?ちょあんまり暴れな、あ」


 音がした方に振り向くと同時、突風が過ぎ去り見覚えのあるシートが捲れあがってすぐそばの木の枝に引っかかる。

 そこに居たのはフェネカとナングス中尉をはじめとする第2小隊、合計9名。木の枝に引っかかってパタパタはためいているのは、タブリスがルベルーズで使用した光学迷彩シート。なるほど、小柄なフェネカとキャットノイドならば詰めればシートの中に納まるのだろう。

 10人は奇妙な格好のまま、ほんの2mほどの距離で冷や汗を浮かべて固まっている。腕に込める力を少し強くして、ある意味で常套句を投げかけた


「えーと…いつからいた?」

「あーっと、お主がアルマに杖を突きつけられたところぐらいからじゃな」

「僕らの会話は聞こえていたか?」

「そりゃもう、バッチリ。こやつらも、NEMOSを作ったアルマに非はないと確信しておるから、心配せんでよい」


 NEMOSによって祖国にトドメを刺された形になった獣人たちを見るが、確かにフェネカの言う通りアルマに対して剣呑な視線を向けている者はいない。その眼には怯えの色が濃く表れているが、残念ながらそれは別件だろう。


「…」

「ああ、うん。そいつは好都合」

「……」

「あ、アルマ。覗き紛いのことになったのは確かに悪いが、何よりお主の事をよく知れたし、ここはひとつ穏便にじゃな」


 ああ、だめだ。そろそろ腕の中で顔を真っ赤にしながら、羞恥でプルプル震えている魔女を抑えておくのも限界だ。というか、これ以上抑えているとこっちに飛び火しかねない。


「…す」

「あ、アルマ?」

「フェネカ、中尉殿。先に言っておく」

「なんじゃ?」

「な、なんだ?」

「残ってたら骨は拾ってやる」


 ぴたりと腕の中の震えが止まった。ちらりと視線を下げると、今にも爆発しそうなほど高密度の魔力が蓄えられた杖を握る魔女修羅1名。

 うん、これは自分も巻き込まれると考えた方がいいだろう。


「殺す!貴様ら全員殺して私も死んでやるぅぅぅぅぅ!」


 自分を抱きしめていた腕の拘束を振りほどいたアルマが杖を掲げ、一瞬遅れて炸裂音が静謐な森に響き渡った。


『爆発落ちなんてサイテー!』

「貴様もだダメ戦車ァァァァァァァァァァァっ!」

『らめぇ!レーダーは弱いのぉ!』














 うす暗い部屋でテーブルを囲む数人の男たち。テーブルの上には今自分たちが滞在している町と、白銀の髪を持つ少女の写真、そして幾つかの兵力を示す駒がおかれていた。


「前倒し、ですか?」

「それしかなかろう。少々強引ではあるが、でなければ宴に遅れてしまう」

「しかし、可能なのでしょうか?」

「まあ、先ほどのバカ騒ぎを見る限りなくはない」


 テーブルの端に置かれた水晶球には、爆風で吹き飛ばされる茶虎の獣人の姿が映しだされていた。









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