第23話 路地裏の皇女


「ギルタブリオンか、聞いたことがないな。魔獣か?」


「奴を知らないのか?」と怪訝な目を向けるハルムだったが、「厄災級の中でもヴァプールの森でしか確認事例がない、ローカルな奴ですから無理もないでしょう」というシャルノーの捕捉によって納得したように一つ頷いた。


「フォレスピオンは知っていますよね?彼奴の親玉みたいなやつです。見た目は似ていますが、鋏が第1鋏と第2鋏の大小2対に増え、胴体最後方にも尾鋏が1対生えています。尻尾の先端には大型のクリスタルとそれを囲むように小型、といってもフォレスピオンのそれと遜色ないクリスタルが4つ存在しています。主結晶の魔力光収束口径はおおよそ120㎝、直撃を受ければルベルーズの外壁も一たまりなく大穴が空きますよ」

「なにより、奴はでかい。頭から尻尾の先端まで30mはある上に、動きも素早い。市街地にまで踏み込まれたら都市区画ごと吹き飛ばす規模の魔術でもないと命中も見込めない」



 ――やっぱりデススティンガーじゃねぇか!

 ――ウルトラザウルスMoSと重力砲グラヴィティカノン欲しい、欲しくない?となると、フォレスピオンってマジでただのガイサックだったんですね。

 ――ガイサックの戦闘能力じゃなかったぞアレ。普通に死にかけたし。

 ――生身でゾイド(偽)ぶった斬ってる変態のセリフじゃねーです。


 異星体たちのいつも通りの脳内会話が繰り広げられているのを知る由もなく、深刻な顔をした中尉が話を続けていく。


「ギルタブリオンは普通、ヴァプールの森の中心部付近に生息し、半径10㎞の縄張りに侵入した敵を迎撃する以外は目立った行動を起こさない。こちらからちょっかいを掛けなければ実害は皆無に等しいんだ。しかし、つい先日ギルタブリオンは縄張りから大幅に離れた地点で、あるパーティーを襲い行方をくらませた。そして、捜索隊として進出した冒険者たちからの報告では、いくつかの痕跡がルベルーズ側の森で見つかったらしい」

「つまり、こちらに向かってきていると?」

「そうとしか考えられんそうだ。そのうえ、その報告を寄越した冒険者は定時連絡を絶っている。何かに襲われて逃げている最中なのか、あるいは」


 言葉を切ったナングスに代わり、ハルムが親指で首を掻っ切るジェスチャーをする。斥候が帰らない理由としては妥当に過ぎるだろう。


「Ⅵの場合が発動されると、ルベルーズに存在するすべての民間ビークルは徴発され、攻撃能力があるものは軍へ、無いものは積み荷をすべて降ろして非戦闘員の退避に使用される。冒険者は全員軍に兵卒扱いで徴用され、ギルタブリオンの迎撃作戦に投入される」

「それを無視する輩もいるんじゃないのか?」

「その場合は国家反逆罪と共同体反逆罪で裁判もなく即刻処刑です。ですので、ビークルや戦闘員の流出を防ぐために、Ⅵの場合発動と同時にルベルーズの門扉はすべて閉鎖され、完全武装の軍と憲兵が配置されます」


 にこやかに許容も慈悲もありはしない政府の対応を述べていくシャルノーに乾いた笑いしか上がってこない。とはいえ考えてみれば当然だ、城壁に囲まれた都市国家が基準であるエリクシルにおいて、町の陥落は国の消滅を意味する。為政者たちが指をくわえてそれを許容するはずがない。縦深という概念が存在せず、開戦即本土決戦というのは地球人の感覚としては不思議な様相だった。


「なるほどね、それを教えるためにわざわざこんな裏路地の店へ呼んだというわけか。マスターに聞かれるのはいいのかい?」

「先に話して買収済みだ。ま、逃げずに残るようだがな」


 ハルムがあきれたような視線をカウンターの向こうでグラスを磨いている老猫の雰囲気を醸し出すキャットノイドに向けた。そんな視線を受けたマスターは「生まれ故郷以外で暮らせるほど器用じゃなくてね」と苦笑いして肩をすくめる。


「第1小隊は、迎撃戦に参加するのか?」

「まあな。装甲騎兵なんて大仰な名前がついちゃあいるが、碌な扱いはされんだろうさ。せいぜい、戦列の後方で砲撃支援が関の山だろうよ」


 おおいに不満げなナングスの言葉に違和感を覚える。昨日見た戦車による戦闘は見事な機動戦闘だった。2両の戦車が相互支援を繰り返し、的確に敵の体力を削っていく。あれほどの戦闘ができるのであれば、電撃戦も機動防御も思うがままだろうに。なにより、一番気がかりなのは…


「戦列?ビークルがあるのに戦列歩兵が主力なのか?」

「そりゃそうだ。軍の主兵は魔術鎧兵ソルジャー・ゴーレムの近接戦闘と魔術士官マジック・オフィサー魔術兵マジック・ソルジャーの複合魔術および魔術結界。そして、花形の魔導胸甲騎兵マジック・キュイラッシェだ。ビークルなんざ魔術鎧兵のすぐ後ろについて行って、結界とゴーレムに守られながら砲撃支援を行うのが普通さ」


 ――ええ…せっかくの戦車を移動砲台扱いとかバカすぎワロエナイ。しかも、戦争の花形がいまだに騎兵とか、schneller Heinz韋駄天ハインツが草葉の陰で泣いてますよ。

 ――軍が一所に固まっていれば、それだけ結界の面積も狭くて済む。魔術結界の影響で戦列歩兵が歴史から消えなかったってことか?

 ――アルマさんの魔術結界しか解析したことがないですが。重砲の効力射に戦闘中耐えられるような気はしないんですけどねぇ。


「しかし、オニズィレス戦での機動戦闘は素人目から見てもすごかったが」

「あんな芸当ができるのはうちの小隊だけさ。指揮官様が機動戦闘論者だからな。というか、装甲騎兵であんな事ばっかりやってるから昇進が遅れてるんだよ」


「昇進が遅れてる、は余計だ」と苦虫を噛み潰したような顔をするナングスに2人の獣人が笑う。シャルノーの話では、通常の対魔獣・原生生物戦闘も戦列を組んでの砲撃が主要な戦闘方法らしく、そういった戦闘教義はこの星において一般的なものらしい。


 ――戦車があるのに会戦主義が根強く残っているわけか。

 ――まあ、魔獣がうようよしている中で塹壕戦とかやりたくないですし、そもそも領土というのが都市そのものということを考えれば。この星では理にかなっているんですかねぇ。


「先を急ぐのだろう?ビークルを徴発されてしまえば足がなくなるどころか、貴様もあの魔女も徴用される。魔女の方は後方支援だろうが、貴様は間違いなく最前線送りだ」

「それは、勘弁願いたいな」


 フォレスピオンとの戦いも肝の冷える場面の連続だったのに、ギルタブリオン相手に最前線に配置されるのは悪夢に等しい。エリクシルに来てからひと月もたたない間に戦死するなど、考えたくもなかった。


「Ⅵの場合が発動されるまではまだ時間がある。今のうちに荷物をまとめて逃げてしまえ」

「忠告を受けておいてあれだが、よかったのか?軍人としては戦力は一人でも多い方がいいだろうに」

「ハッ、思いあがるなよ人族ヒューマン。オニズィレスを一撃で屠ったとはいえ、たかがガキ一人を戦力の当てにするほど、ルベルーズ陸軍は落ちぶれちゃいない」


 ユキトのからかい半分の問いかけを、ナングスは鼻で笑った。日本人として、実際の軍や戦争とは全く縁のない生活を送っていた彼にとって、初めて直に接する軍人。話を聞く限り国家滅亡となりかねない災厄が迫りつつある中、軍人としての矜持を持ち続けるナングスは、外見からは想像もつかないほどの覇気を内に秘めており、格好だけまねていると言っていい彼の胸中を羞恥が荒れ狂う。

 そんな内心の思いをおくびにも出さず、ユキトはせめて之と同じような服を着ていた過去の英霊に恥じぬように、軽く笑みを浮かべる。

 時刻は昼をかなり過ぎている。今のうちにできる限り距離を稼ぐべきだと考えると、一刻も早く合流し出発した方がいいだろう。


「中尉殿のご厚意に感謝します。体よく逃げる者が言うべきことではありませんが、第2小隊の武運長久を祈ります」


 テーブルに数枚のコインを置き、席を立ったユキトにナングスが苦笑する。


「敬語はよせと言っただろう?ユキト。ま、貴様も元気でな。ルベルーズがこの災厄を乗り越えられたなら、また来るといい。いい店を紹介してやろう」

「あばよ、ユキト。お嬢ちゃんたちによろしくな」

「幸運を祈ります。また会えたら、あのビークルについて詳しく教えてください」


 3人の獣人も席を立ち、別れを告げる。1日に満たない短い時間だったが、お互いにとって幸運な出会いだったため名残惜しいことに変わりはない。ユキトが踵を返そうとした瞬間、ふと、頭に浮かんだ疑問をぶつけてみる。


「そういえば、中尉殿」

「なんだ?」

「話を聞く限り、彼女達を同席させないことに意義を見出せないのだが…」


「ああ、忘れるところだった」と思い出したようにナングスが耳を掻いた。


「貴様の連れのちびっこい方。彼女は…」


 そこまでナングスが言ったとき、パブのドアが乱暴に開け放たれ。店内のランプの光を鈍く反射させるフルプレートメイルとマントを着こんだ3人組が金属音をきしませながら踏み込んでくる。

 突然現れた3人にユキトが怪訝な目を向けた瞬間、彼の首に抜刀された剣の切っ先が突き付けられた。


「ユキト・ナンブ。デウス・エクス・マキナのリーダーだな?」

「アンタは?」


 突き付けられた剣と、くぐもってはいないが何処か機械的な響きの問いに内心冷や汗をかきつつ、不敵に笑んで見せたユキトの問いに騎士は答えなかった。代わりに剣を抜かなかった2人のうち、片方が懐から取り出した1枚の紙を突き付ける。


「レネーイド帝国に対する国家転覆を共謀した罪。および反逆者、を匿った罪で捕縛する」


 突き出された紙にはフェネカ・サーブと自分たちが呼んでいた少女の写真が張り付けられていた。






 真っ白なテーブルクロスに飛び散った赤、一瞬遅れて破砕された頭蓋骨や脳髄の破片も噴き出した血を追うように落ち、続いて原型を失った人の頭部だったものがベチャリと突っ伏すようにテーブルに墜落する。

 日常生活ではまず見られないような音に反応して視線を向けた人々は、街角に突如出現した惨状に一瞬思考を放棄し、続いて絹を引き裂くような女性の叫び声とともに大混乱へと転がり落ちていった。


「ひ、人が?!」

「逃げろぉ!」

「アリス!?おいアリぐぎゃ!?」

「また撃たれたぞ!」

「中だ!店の中へ逃げろ!」


 穏やかだった午後の通りは瞬く間に戦場へと変貌し、統制を失った民衆が濁流となり、他者を踏みつぶしてでも路地へ行こうとうごめくが、かえって混乱を増長させるだけだった。

 そんな中、最初の一撃からいち早く店内へと逃げ込んだフードを被った2つの影は、混乱した民衆が押し寄せる店内と厨房を駆け抜けて、裏口から路地へと転がり込んだ。


「おい、フェネカ。どういうことだこれは」

「どうもこうも、儂を狙った狙撃じゃよ。念のため上空に風を集めておいたのが役に立ったの。まあ、隣のカップルは運が悪かったと言うしかないが」


 裏口を蹴破るほどの勢いで路地に出たせいか、フェネカのフードは後ろへとずれてしまっており、顔があらわになってしまっている。そのことをアルマが指摘するが「フードを被っていても、あれらは正確に狙撃をしてきた。こんなものに意味はないわい」と鼻で笑われてしまえば返す言葉はない。


「風で狙撃を捻じ曲げたのか?」

「おうさ。遠距離狙撃に風属性魔術は必須。儂を童女と侮ったのが奴らの敗因よ」


 タブリスを殿に路地裏を走り抜けながらノーマッドを目指す。大通りの方からは依然、混乱した民衆の怒号や悲鳴が響き、無数の足音が両側の壁に反響し地響きのように聞こえてくる。


「何か心当たりは?」

「掃いて捨てるほどある。おい、前方の角から2人、魔術鎧兵が出てくるぞい」

「何?」


 注意を横を走るアルマから前方に向けた瞬間、2mほどにまで迫った路地の角から抜刀したフルプレートメイルを着込んだ騎士――魔導鎧兵がぬっとその姿を現す。全力疾走中なため、魔術を編む時間はない。しかし、向こうもこちらの出現は予想外だったのか、剣を振り上げる動作に若干の遅れが見られた。

 その隙を見逃さず、長杖に魔力を流しクリスタル部分から刃渡り30㎝ほどの魔力刃を展開。走っている速度を乗せたまま、魔術鎧兵の胸部に突き刺す。金属と金属がこすれあう甲高い音を響かせつつ、製作者の魔力によって強化された積層装甲は運動エネルギーを加算したアルマの魔力刃の前に紙のように引き裂かれ、高密度の魔力で構成された刃は胸部背側に取り付けられたクリスタルを蒸発させた。

 原動機を破壊された1体目の魔導鎧兵が沈黙すると同時、2体目の魔導鎧兵が振り上げた剣を無防備に横腹をさらすアルマに振り下ろそうとするが、それよりも早く後ろから壁を使って三角飛びの要領で跳躍したタブリスの、結界をまとった突進をまともに受けてしまう。

 フォレスピオンの装甲すら損傷させる突進シールドアタックを受けた躯体は瞬時にねじ曲がり、腕や足を構成するパーツがちぎれ飛んで路地の壁に騒々しい音を立ててたたきつけられる。


「お見事。先を急ぐぞ」

「待て」


 一つ頷いて足を踏み出したフェネカの肩をつかんで引き留める。不審な目、というよりも”気づいたか”と少々面白そうな視線が不愉快そうに地面に転がった魔術鎧兵の胸部についた紋章を見る魔女へと注がれる。一瞬の後、フェネカに向けられた魔女の視線には、この事態を予見できなかった自身への憤りが込められていた。


「貴様。とんでもない厄ネタだったというわけか」

「別に、嘘は言ってないじゃろ?」

「ああ、そうだな。名のある家の令嬢か、フン、それはこれ以上ないほど名はあるだろうよ。あの悪魔め、人の足元を見る能力は一級品だ。違うか?フェネカ。いや、ここは殿下とお呼びした方がいいか?」


 苦々しく顔をゆがめ皮肉たっぷりに言葉を紡ぐアルマに、正体を知られた少女は皇族には似つかわしくない顔で笑う。


「にはは。苦しゅうないぞ、アルマ。レネーイド帝国帝位継承順位第1位、フェネカ・ブリンドル・レネーイドが特に許す」


 魔導鎧兵の残骸が散らばる路地裏で無い胸を張る皇女。後ろの方から金属のこすれるような音が響きだす中、アルマは機能停止したゴーレムから引き抜いた杖を強く握りしめることしかできなかった。


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