第16話 迎撃戦闘

 

 恒陽が傾き、徐々に茜色を帯び始めた光の中で”白刃”が大気を切り裂きながら振り抜かれる。


「――――――――ッ!」


 奇声とも、蛮声ともとれる絶叫とともにフォレスピオンの鋏脚に直撃した刃はまばゆい光を放ったかと思うと、虚像をすり抜けるかのように分厚い鋏を透過し、次の瞬間には一抱えほどもある凶器が切り飛ばされている。


「ふたぁつ!」


 返す刀を待たずにもう片方の手に握りしめた拳銃マテバを扁平な東部に向けて発砲3回。生身なら手首が折れるどころか反動を制御できずに、拳銃そのものを後ろに吹っ飛ばしてしまうほどのリコイルをナノマシンの強化と蓄積された技術でいなす。

 放たれた3発の10.9㎜衝撃破砕弾頭弾がそれぞれの衝撃波を増幅させるようなタイミングで次々と着弾し、フォレスピオンの主要防御区画バイタルパートを構成する複合装甲を破砕、内部にある中枢神経系を紙切れのように引き裂いて沈黙させた。


「ユキト!新手だ!6時方向に3体!貴様の正面に2体!」


 アルマの鋭い声に反応して振り返る。彼女がつい先ほど高圧水流で吹き飛ばした個体を仕留めている間に、残る5体のフォレスピオンは射撃戦ではなく接近戦に軸を移す決断を下したようだ。

 2人と1頭を囲むように展開していた5体のフォレスピオンが木立を切り裂き、倒木を乗り越えて広場へと進出する。しかし、どうにもその姿に違和感があった。


 ――なるほど、近接戦闘能力もある彼らが射撃戦を重視したのはこのためですか。


 自分が視覚でとらえた情報を即座に解析したノーマッドからの所感が送られてくる。新たに現れた5体のフォレスピオンは何かしらの損傷を抱えていた。

 アルマの向こう側に現れた3体は、片方の鋏脚が根元から消失したものや片方の足が数本少ないもの、そして胴体の装甲板が爛れた様に溶解しかかっている。ユキトの目の前に現れたものは鋏脚が完全に脱落したモノと頭部の装甲板のほとんどが抉れ内部が露出しているモノ。

 どのように見積もっても接近戦には向かない傷ついた個体ばかり。


 ――先に近接戦を仕掛けてきたのは健全な個体だったというわけか

 ――自分たちの戦力の自己評価が出来て、連携が取れるあたり生半可な知性じゃないですね。しかし、そう考えると妙です。

 ――何が?

 ――確認されているフォレスピオンは8体、そのうち近接戦闘に耐えられる健全な個体は3体で戦力としては過半数にあたるでしょう。戦力の過半数の消滅は部隊の壊滅を意味しますから、ここまでの戦闘を展開できるフォレスピオンが撤退を考えずに全軍突撃を選択するとか、意外ですね。

 ――数で押しつぶすのは有効な戦術じゃないか?

 ――戦いの基本は数ってドズル中将もランチェスター先生も言ってますがね。敵がひしめいてる最前線ならともかく、こういう条件での数の暴力は微妙なのですよね。図体のデカい方が小さな一つの目標に群がったら身動き取れなくなりますから。

 ――じゃあ、考えられそうなことは一つだな。奴らは何としても僕らを殺したがっている。

 ――絶対にコロスマンと化してますからねぇ。何か恨み買うようなことやりました?

 ――スコーピオンの尾を踏んだ記憶はない

 ――まあ、異世界転移モノで気づいたら恨み買ってるとかチャメシインシデントですから。是非もないネ!

 ――鉄火場のど真ん中でくぎゅボイスを合成するな。気が緩む。


 少しシリアスに片足を突っ込むとすぐこれだ。と頭の片隅で愚痴りながらすぐ近くで自分を援護していたタブリスへ視線を飛ばす。ガーズルフの幼体は”行け”とばかりに低く唸って2体のフォレスピオンへ向けて大地を蹴った。

 礼を言う時間も惜しいと自分も同じように踵を返して大地を蹴り飛ばす。軍靴に踏みつけられた地面が抉れ、風をはらんだコートがバタバタとはためき、極端な前傾姿勢で地面をかすめ飛ぶように加速。自分が最初に沈黙させたフォレスピオンの死骸を盾にしつつ、収束魔力光の斉射をピンポイントで弾き飛ばすアルマのもとへ。


「まだいけるか?」

「砲撃だけなら何とかな、後ろの2体は?」

「タブリスが足止め中だ。コマンドウルフじゃなくてシールドライガーだったのは驚きだよ」

「馬鹿なこと言っていないで後ろに居ろ。横に居られると守る面積が増える」


 強固な装甲を持つフォレスピオンだが、個体が死ぬとその強度はがた落ちするらしい。彼女は遺骸全体を装甲板に錬成し、さらに魔術による強化と、直撃する前に対魔術結界により砲撃の威力を削ぐ事で強度不足を補っている。

 しかしそれでも全体に強化を施すのは無駄に過ぎるのか、1人が余裕をもって隠れる程度の面積しかまともに防御しておらず、それ以外の部分は原型をとどめていない。


「君は自分だけ守ればいい。僕が突っ込んで陽動とともに1体を潰す、アルマは隙をついて残りの2体に地面から生やした槍を突き刺して潰してくれ」

「はぁ?馬鹿か貴様。フォレスピオンの装甲は触れたものを熱で蒸発させる。激流水槍ハイドランスのように比熱の大きい水の攻撃魔術の直撃でもない限り内部構造の破壊は不可能だ。先に言っておくが先ほどの攻撃で大気やら地下水の水はあらかた使ってしまった。この状況では一から水を生成する魔力の在庫なんぞ無い」

「土なら掃いて捨てるほどある、重要なのはジュール熱で蒸発しようがしまいが攻撃の手を緩めないことだ、わかったな?結構。では、状況開始!」

「何一つ了承してない!突っ込むな馬鹿ッ!くそっ!足止めぐらいにしかならんぞ!」


 喚いているアルマを置き去りにして半ば崩壊したフォレスピオンの死骸から飛び出す。彼女を半包囲するように扇形に展開した敵のうち、ユキトに最も近い向かって左端の一体が砲撃の照準を彼へと向ける。

 閃光。放たれた破壊の奔流を紙一重で躱し、突撃を続行。質量をもつ収束された魔力が大気を切り裂いた際に生じた衝撃波を乗り越え、右の鋏が無い個体へと接敵する。

 その個体は砲撃による迎撃が不可能ということを悟ると尻尾の先端に発達したクリスタルに充填した魔力を刃渡りが5m以上の刺突剣レイピアのように展開し、広く稼働する尾を振り回して大きく横に薙ごうとする。


 ――ESCSは象さんの強化ユニットでしょーが!

 ――どうでもいいけどゾイドネタ多いな!


 回避、不可。これ以上姿勢を低くすれば体勢が崩れる。逆に跳んでしまえば一撃は躱せるが、着地するまで返す刀に対し無防備。奴がソレを見逃すはずはない。


 振動刀での迎撃、不可。アルマの話では魔力刃は熱を帯びた魔力の塊。同じ魔力刃ならまだしも、実体剣では溶断されるか、焼ききれずにすり抜けるかの二つに一つ。


 最適解を思考すると同時に既に体は動いている。マテバを迫りくる魔力刃、その根元のクリスタルを保持する基部へと向けて発砲。対人拳銃に対軽装甲目標破壊能力を無理やり付加する衝撃破砕弾頭弾は距離による威力の減衰が極端に激しく、10mも離れれば半分以下になってしまう。フォレスピオンの砲撃を支えるクリスタルの基部は主要防御区画以上に堅牢に作られており、貫通はできない。

 しかし、今の彼にとってはだった。

 弾頭が直撃し、強烈な衝撃波を撃ち込まれたフォレスピオンの一薙ぎが弾かれたように震え、強制的に速度を失い。その隙を見逃さず一息に射程距離へと踏み込む。

 あの光の剣が大質量をもっていたのならば、その運動エネルギーは衝撃弾頭で何とかできるものではないが、魔力刃はその性質上大した質量をもたない。電磁装甲を衝撃波で破砕する力技により突破することを念頭に置いた弾の衝撃波は、フォレスピオンの一薙ぎを押しとどめ、致命的な一瞬を生み出すことに成功する。

 襲撃者に対し逆側にしか残っていない鋏脚を振り向けざまに叩きつけようとするが、それよりも早く狩人が獲物へと到達した。


「チェストォォォォォォ!」


 拳銃を手放し、大上段から振り下ろされた振動刀が再びフォレスピオンの頭部を両断し、まばゆい光とともに赤黒い血を噴出させた。ビクリ、と一瞬震えたかと思うと群青色の巨体から力が抜け重低音とともに大地に崩れ落ちる。仕留めた獲物から視線を上げた彼の眼前に飛び込んできたのは、此方に対して収束された魔力を放とうと振り上げられた2本の尾。仲間を犠牲にし、回避も迎撃もできない一瞬のスキを突いたつもりだったのだろうが、それこそ異星人の思うつぼだった。


「アルマ!」

「喧しい!これで死んだら殺すぞ!」

 ――地獄の具現こそ、不徳の報いに相応しい!!


 ノーマッドの地球人類にしか通じない詠唱を、彼女が聞かなかったのは幸いだったかもしれない。ヤケクソ気味に意味不明なことを口走りつつ振るわれた魔女の杖が、異星の技術による奇跡を具現化した。

 地面から射出された直径20㎝程の杭が3本ずつ2体のフォレスピオンの腹部に直撃、巨大な図体を1mほど中に浮かせながら貫入するが、莫大なジュール熱により瞬時に蒸発する。しかし、先端が焼失しても根元部分は残っているため、周囲の地盤を錬成しつつ杭の成長を続行。杭の成長と蒸発が無数に連続的に繰り返され、フォレスピオンの真下に軽自動車が丸ごと収まるようなクレーターが出来た時、異変が起こった。

 杭の上昇速度と蒸発速度が釣り合っていたため宙に浮いていたフォレスピオンの体が、真上に持ち上がり始めた。状況の変化を感じ取ったアルマが今度は直径30㎝程の杭を錬成し、高速で頭部へ向けて射出。放たれた2発の杭は2つの頭をやすやすと貫通し、中枢機能を破壊しつくした。





「何が起こったのじゃ?フォレスピオンは貫くモノを蒸発させる熱の鎧を持っているのではないのか?」


 ノーマッドのモニターで一部始終を見ていたフェネカが首をかしげる。モニターの中には3本の杭によってくし刺しにされ、頭部を潰されたフォレスピオンが赤黒い血を滴らせている。


『うーん、なんという串刺城塞カズィクル・ベイ。これには旦那も公もニッコリ』

「訳の分からんことを口走っとらんと説明せぬか。どーせお主の指示じゃろ?」

『ふっ、初歩的なことだElementaryワトソン君my dear Watson

「ぶっ壊すぞ」


 天使の様な悪魔の笑顔で杖を取り出したフェネカに若干戦慄しつつ説明を開始する。メインフレームの装甲はめったなことでは破損しないが、キレた美少女は何をするかわからない。というか、このパーティーの女性陣少々エキセントリックすぎやしないだろうかという、自分の事を棚の上どころか成層圏あたりまで放り上げた感想はメモリの中にしまっておく。


『まあ、私が教えたわけじゃなく、ユキトさんが土壇場で気づいたみたいですけどね。フォレスピオンがなんで持ってるのかという疑問はひとまず時空の彼方にサヨナラ!しておいて、電磁装甲には弱点があるんですよ』

「なんじゃ?それ。電気系魔術でも使っておるのか?」

『電気という点ではピンポン大正解。電磁装甲は侵徹体に電気を流してその電気抵抗で発生するジュール熱で、弾芯を蒸発ないし融解させる装甲板ですが。それには多大な電力が必要になります。あなた方風に言えば、大量の魔力を利用して武器を蒸発させているわけですね』

「ふむ、となるとアレか。魔力切れというやつか」

Exactlyそのとおりでございます。電磁装甲はその性質上、大量の電気を食います。フォレスピオンがどんなジェネレーターを持っているのかは知りませんが、あれだけ太くてでっかいモノ♂をぶち込まれ続ければキャパシティーダウンは避けられません』

「どうやってそれに気づいた?」

『振動刀が本来の性能を発揮したからでしょう』

「本来の性能?あれは魔剣の類だとでも言うのか?」

『それは…』

「それは?」

『禁則事項です♡』


 イラっと来て杖を振り上げようとした少女だったが、即座にその杖はノーマッドのワイヤー状のマニピュレーターに掻っ攫われてしまう。狭い車内で杖を取り戻そうと躍起になる少女と、それを揶揄い倒している自律思考戦車をよそに、広場には無数の輝点が迫りつつあった。





「これで、ラストォ!」

「グォォォォォッ!」


 タブリスの魔術障壁をまとった絶え間ない突進により、全身の装甲にひびが入ったフォレスピオンに対して、振動刀と爪による止めの一撃が振り下ろされる。もう1体はすでにタブリスが装甲の割れ目に魔力を収束させて形成した魔力爪とも呼べる代物――ノーマッド曰く『どう見てもストライクレーザークロー』――で一撃を加えて仕留めており、これが最後の個体だった。

 刀によって装甲を両断され、追撃で放たれた魔力をまとったタブリスの突進が横腹に直撃する。それまでの堅牢さが嘘のようにくの字に曲がったフォレスピオンが足や装甲をまき散らしながら転がり、巨木に激突して沈黙した。


「ハァッ、ハァッ、終わりか?」

「とりあえずは、な。歩けるか」


 回復してすぐの死線をくぐる魔力行使の連続に、すでにアルマの息は上がりきっている。病み上がりも同然の体に、この戦闘はつらかったに違いない。それとは対照的に、タブリスの方は疲労はしているもののまだまだ戦えるとばかりに周囲に視線を走らせている。


「大丈夫だ、それぐらいできる」

「ロッドに体重預けてる上に膝が笑ってるぞ」

「喧しい、ちょっと足に力が入らないだけだ」


 あくまでもシラを切るつもりなのか視線を逸らす。先ほどの戦闘による疲労はもちろん、一番恐ろしい最前線を潜り抜けた男が平然としているのに、今でも恐ろしくて体が震えているなど情けなさ過ぎて口が裂けても言えない。


「肩ぐらいかすよ。元はといえば僕の責任だ」

「だからいいと言っているだろう…むぅ」


 半分強引に彼女の腕を取って肩を貸してやる。口では拒否しているが正直辛かったのか、目立った抵抗はなくすんなりと体重を預けてくれる。

 正直に言って、彼はバツが悪かった。自分の衝動的な行動のせいで彼女やパーティー全体を危険にさらしてしまったのだから。今思えば何をやっているのかと殺したいほどの自己嫌悪が沸き上がってくるほどに。

 しかし、帰ってきたのは意外にも自分の行動を擁護する言葉だった。


「それは…仕方がないことだ。誰だって、遠く離れた故郷の遺物がそこにあればそうなる」


 そういって、アルマは無残に破壊された神社だったものの跡地を見やる。そこには無数の掘り返された土と木片が散らばっているだけで、原型どころか名残すら感じ取れない。


「アレは、やはり貴様の星のものなのか?」

「そうかもしれないし、よく似たものかもしれない。後でサンプルを回収しておく。もしかしたら、何か手掛かりになるか」

「ユキト!」


 突然耳元で叫ばれた言葉と背筋を走り抜けた悪寒に従って、視線をアルマや神社の跡地とは逆方向に向ける。


「おいおい、バトストの古代遺跡じゃねーんだから」


 日が傾きさらに暗くなった森から次々姿を現すのは先ほど自分たちが殲滅した魔獣、フォレスピオン。その数4体。2人とその足元で威嚇の唸り声をあげるタブリスをあざ笑うように鋏角をかち合わせて「キチキチ」と耳障りな音を上げる。


「ここにきて、か。ついてないにも程があるな。どうする?青旗でも上げてみるか?」

「その必要はないさ、アルマ。もっといい手がある」


 ニヤリと笑ったユキトに、彼女は何の感慨も抱かないガラスのような視線を向ける。足手まといは有効に利用するべき、全くもってその通りだ。それが自分であることは悔しく、恐ろしいが、現状を切り抜けるにはそれが最適解だ。魔力炉を食うフォレスピオン、まだまだ元気な異星人と疲労したエリクシル人。奴らにとって旨そうに見えるほうなどわかりきっている。


「なら…」

「ハリウッド風に言うなら、騎兵隊の到着ってとこか」

 ――ワルキューレの騎行でも流しますか?


 立ち止まった3つの命に向けて4体の魔獣が進もうとしたとき、彼らの戦力比は一瞬にして逆転する。


【グルルルルルゥゥゥゥゥォォォォォォォォォオオオオオオオオオオ】


 重なった複数の咆哮が大気と森を揺らし、木々の合間から躍り出た12の灰色の影がおよそ4体1組となって襲い掛かる。体の各部を魔術によって強化し、淡く発光する魔力爪と牙を振りかざしたガーズルフの群れが、一瞬にしてフォレスピオンを蹂躙し始める。

 1対1ならばよほどのことがない限り勝てないとされるフォレスピオンに対して、数の優位と魔術による強化、そして相互支援を行いながら対抗する12頭のガーズルフ。そのうちの見覚えのある1頭に至っては、巧みな戦闘技能とガーズルフの中でも強大な魔術によって1対1でフォレスピオンを圧倒している。


「逃げたわけじゃなかったのか」

「そのまま逃げればいいものを、ガーズルフは知能と同じぐらい矜持と仲間意識の高い種族らしい。最初の襲撃で群れを半壊させられ、まずは撤退。大急ぎで仲間を集めた後は即座に逆襲。やられっ放しは性に合わないのか、それとも…いや、なんでもない」


 ちらりと足元で腰を落として群れの大人たちの戦いぶりを見ているタブリスへと視線を落とす。一瞬頭に浮かんだ傲慢ともとれる考察を、バカバカしいと切って捨てる。


「ともあれ、お前を迎えに来たんだろうな」


 此方の言葉に肯定するかのように、タブリスが一つ咆える。先ほどまでこちらを脅かしていた4体のフォレスピオンはすでに原型をとどめないほどにまで破壊され、ガーズルフは怪我をした個体が居るものの全てが健在だった。

 その中から、フォレスピオンを1対1で屠った群れのリーダー、ゼルエルが2人に歩み寄る。


「息子を危険な目に合わせたとかで齧られないかな」

「そうだな。ま、心配するな」

「何か策でもあるのか?アルマ」

「齧られるときは一緒に齧られてやる」

「怪我しない方向性で一つ」

「魔力枯渇寸前の魔女に何を期待しようが無駄だ」


 2人の前でゼルエルが立ち止まり、タブリスが尻尾を振って駆けよる。群れのリーダーは幼いながらに手負いのフォレスピオンを下した異質ともいえる生命に、慈しむような視線を向けた後、2つの人間にその視線を向けた。


 自分たちの息遣いと木々の間を風が通り抜ける音だけが響く空白の時間が2秒ほど流れ、8つの視線が交錯する。


 ゼルエルは2人に対し、怒りをぶつけることも、その牙をむくこともなく、一つ確認するように唸り声を上げて踵を返しタブリスと群れの仲間を伴って森の中へ、ノーマッドが待機するほうへと消えていく。


「どう見る?ユキト」

「”借りは返した”とかか?」

「そうであることを祈る。神社のサンプルはいいのか?」

「君をノーマッドまで運んでからだ」

「立っているだけならできる。森の日暮れは早いぞ、今のうちに回収しておかないと真っ暗になる」

「解った、すぐに戻る」


 アルマから体を離し、収束魔力光で耕された神社の跡地へと走りより幾つかの木片をポケットへ突っ込む。どれ程大きくても人差し指程度の破片だが、何かわかることがあるかもしれない。作業を終えてアルマのもとへ戻ろうとした時、大きな切り株の横、踏みしめた大地がガクンと沈み込んで足をとられ、前につんのめる。

 もう片方の足で踏ん張って転倒は回避したが、もう少しで足をひねるところだった。


「モグラでもいるのか?」


 足首まで埋まった穴から土塗れの半長靴を引き抜き周囲を見渡す。砕けた社の跡地とそこから伸びる草と土に覆われた石畳、樹齢数百年は超えていたであろう朽ちた大きな切り株。その配置に奇妙な違和感、否、既視感を覚える。自分の記憶にこの光景が引っ掛かりそうになったが、そのまえにアルマの自分をせかす声に現実へと引き戻され、そのはずみで違和感も押し流されてしまった。


「なんなんだ?一体」


 首を軽く傾げ、杖に体重を預けたアルマのもとへと歩き出す。すでに薄暗くなり始めていたため、踏み抜いた穴の中に無数の砕けた金属の細かな破片が埋もれていることに気が付くことはなかった。




















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