第22話 ルベルーズ共和国

 ルベルーズ共和国。規模はディオノス市国とあまり変わらないが、保有している兵力は1.5倍近く、常駐する冒険者の数も多い。また、壁に立つ尖塔の数は倍ほどにもなるうえ、壁内には背の高い防御塔が点在し、路地裏でもなければ常に1本以上の塔を視界に収めることができる。壁外での防衛線に失敗した場合に、市街戦を行ってでも敵を撃退する防衛構想にのっとった代物だろう。

 近くに危険な魔獣が潜むヴァプールの森があるということもあり、ルベルーズはこの地域では武断派とも表現できる国家だろう。

 しかし軍事国家の側面以外にも、議会による共和制をとっている特徴も持ち、専制政治が大多数を占めるエリクシル都市国家群の中では比較的民主的な国家としての側面を持つ。消費者である冒険者の数が多いため経済も回りやすく、景気は良好。様々な国家の特産物や補給品をビークルいっぱいに詰め込んだ行商のキャラバンはひっきりなしに出入国を繰り返し、通りは荒くれものたちによって賑わいを見せていた。


「で、なんで儂がおぬしとこんなところで茶をしばかねばならんのじゃ」

「それはこっちのセリフだ」


 現実逃避気味に久しぶりに訪れるルベルーズの雑踏を眺めながら情報を整理していたアルマの意識は、フェネカの退屈そうな声に引き戻される。

 大通りの面したカフェのテラスで午後の恒陽の光を浴びながら飲むコーヒーの味は悪くない、ついでに頼んだチョコレートケーキも少々甘すぎるような気がするが、苦みの強いコーヒーと一緒なのでちょうどよかった。


「性悪魔女のお守なんぞを体よく押し付けよってからに。儂が混ざったら不味いわけでもあるのか」

「それも私のセリフだ、ちんちくりん」


 ぶつくさと不満をたれながらクリームたっぷりのロールケーキにフォークを突き刺した。口の端にわずかにクリームをつけながら、もしゃもしゃと甘味を頬張るフェネカは小動物のような雰囲気を醸し出し、口さえ開かなければ年相応に見えた。

 自分もフォークをとってケーキを一口。やはり甘い。チョコレートケーキはもう少しビターな方が好みだ。偶にはと思って、あえて甘い方を選んだのは失敗だっただろうか?これを食べきったら、素直にビターチョコレートケーキを頼もう。


「にしても、おぬし。見かけによらず大食いじゃな」


 フェネカの視線がちらりとアルマの横に積まれた皿に注がれる。かつてスイーツが乗っていたはず皿が5枚重なっている。ちなみに、2人は数時間ほど前にしっかりとした昼食をとっていた。


「燃費が悪いだけだ」

「太るぞ」

「それはどうかな?」


 にやりと口角を挙げながら最後の一口を口に運ぶ魔女に、軽く殺意を覚える。魔力炉が強力であればあるほど、消費されるカロリーも多くなるため多くの食物を必要とするのは常識だが、いくら何でも食べすぎじゃないのかと思いたくなるのは女の性だった。


「まあよい。せっかくじゃし、お主に2つほど質問したい。聞いてみたいことと聞いておくべきだと思うことの2つじゃ。どちらからがいい?」

「どちらでも。今の私は機嫌がいい、貴様に選ばせてやろう」


「では遠慮なく」と不敵な笑みを浮かべるフェネカだったが、口の端についたクリームが台無しにしてしまっている。もちろん、アルマはそのことを指摘しない。


「おぬしら、デウス・エクス・マキナのリーダー。ユキトのことじゃが、奴は結局のところ何者じゃ?」

「何って。ユキトはユキトだ。種族は人、魔力障碍者でCランク相当の戦闘用補助魔力炉を身に着けている。武器はカタナと拳銃で主に近接戦闘を担当し」


「いや、ちがう」とアルマの説明は目をわずかに細めたフェネカによって中断させられてしまう。


「儂が言いたいのはそういうことではない。惚けるのもほどほどにせい、アルマ。儂が言っているのは、なぜユキトはにあそこ迄動けるのか、じゃ」


 フェネカの問いは、彼女がとっさに思い付いた機密の防壁をいとも簡単に貫通し核心へと命中する。「何の話だ」と極めて冷静に演技を続けようとしたが、目の前の少女の視線は揺らがない。はったりでも、カマかけでもなく、何らかの確信を持っているのだと直観で理解する。顔には出していなかったが、こちらの内心の動揺を見透かしたかのように、フェネカは邪悪に笑った。


「にはは。お主、腹芸は下手じゃの。政治家にはならぬ方が身のためじゃな。学者か、何処かに嫁いだ方が良いじゃろう。まぁ、儂が凄すぎるってのもあるから落ち込む必要はない」

「だから、何の話だと言っている。奴は魔力障碍者だ、魔力が少ないのは当然だろう」

「儂は魔力が少ないのになどと言ってはおらぬ。こういえばいいか、なぜ奴は全く魔力を生成していないにもかかわらず、ランクC程度の魔力炉であそこ迄動ける?」


 思い出されるのは数日前の星遺物周辺での戦闘。確かに、あの時の彼の動きは異常としか表現できない。エリクシルの知的生命体の能力は魔力路に大きく依存する傾向がある、あの時の彼の動きはCランク程度の魔力炉で魔力障碍者が到達できる領域では決してなかった。とはいえ、言い逃れができないわけではないはずだ。即座に反論を組み立てるが、急いで組み立てた反撃にこそ致命的なミスは潜むものだと言うことを彼女は忘れてしまっていた。


強化魔術エンチャントだ、それぐらいは私も付与している」

「フォレスピオンの砲撃を受け、反撃しながらか?それこそ、お主は何者じゃ?という話になるじゃろ?」


 言葉が出なかった。確かに、あの時に強化魔術を彼に施したがそれはごくごく簡単なもので、正直に言ってあのレベルの戦闘では意味をなしていないに等しい。本来、強化魔術というのは、高度になればなるほど魔術を施す相手に合わせた緻密な調整が必要な魔術であるため、あのような咄嗟の事態に十全な強化を施すことは不可能に近い。


「私は、いや、あいつは」

「ま、無理に言わずとも大方の予想はついておる。おそらくは遠い所から来たのじゃろ?それこそ、虚ろなる星の海を渡った先とか、の」


 ドキリと心臓が跳ね、フェネカの笑みがますます深くなる。なぜだ、どこをどうやったらそんな結論正解に達する?私は前々から星の海の向こうには自分たちとは異なる生命がいるはずだと確信していたからユキトの話を受け入れることができた。しかし、この星の知的生命体のほぼ全てはそのような考えに至っていない。それどころか、この星が平面だとか、空には光がちりばめられた天井があるだとか、非現実的な常識がまかり通っている。

 星の帯で染めたような銀髪の少女。尊大な口調のいけ好かない子供が、急に異端者のように見え始めてしまい。その得体の知れなさに体がわずかにこわばった。そのような自分の変化を敏感に感じ取ったフェネカは、わずかに満足げな顔を浮かべ軽くうなずく。


「その反応で答えは得た、十分じゃ。まあ安心せい、儂は奴を国や学者どもに突き出す気はサラサラない。単なる確認をしたかっただけじゃからの。それに、お主も罪悪感を感じる必要はない。お主等は良く隠していた、儂がを知っておらなんだら、危うくお主を危険視するところじゃった」

「余計な、お世話だ」


 屈辱と羞恥で顔がゆがむのを必死にこらえながら、絞り出すように言葉を発する。初めての同行者ができて、舞い上がっていたのだろうか?彼が異星人であることが外に漏れる危険性はよく理解していたはずなのに。私は、また彼に迷惑をかけてしまうのか。


「さて、聞いておくべきことは聞き終えた。次は聞きたいことじゃな」

「フン、勝手にしろ」


 上機嫌なフェネカと対照的に一気に不機嫌になるアルマ。少しでも最悪な気分を落ち着けようとフォークに手を伸ばすが、すでにケーキを食べ終えていたことに気づく。半ば八つ当たり気味にフルーツパフェをオーダー。せめてもの抑えにぬるくなったコーヒーに口をつける。



「お主、ユキトのことどう思っておる?もちろん、女として」



 追加のデザートを頼むぐらいの気楽さで放り込まれた爆弾。その内容を脳が理解した瞬間、喉頭が役割を放棄したことによってコーヒーが気管に入り盛大にむせてしまう。


「おー、おー、期待通りの反応。御馳走様というやつじゃな」

「げほっ、けほっ…な、なんだ藪から棒に」

「いやの、ノーマッドのやつにお主等の馴れ初めを聞いたのじゃ。いやはや、命の危機を救われて、そのままなし崩し的にパーティー入りとか、裏があると考えるのも無理はないじゃろ?ん?」

「フ、フフフフフフ。あの駄戦車。いつか、絶対、完膚なきまでに、ぶち壊してやる。絶対にだ」


 わなわなと怒りで震えながら呪詛の言葉をこぼす彼女の頭の中では、すでに最適な破壊方法の審議が始まりつつある。今のところ最有力候補は錬金術で組成を酸化鉄に変えた後、自分のできうる限りの極大魔術で蒸発させる方法だった。


「で、どうなんじゃ?まさか、何も思っていないわけではあるまい」

「…まあ、命を救ってもらったことは感謝してるし、今こうやって旅をしていることに不満はない。……いや、貴様がいる点はおおいに不満ではあるが」

「ほほう。二人っきりで旅がしたいとかなかなか大胆じゃの」

「っ!?違う!違う違う違う!」

「顔真っ赤にしてる時点で説得力皆無じゃぞ?のう?タブリス」


 アルマの足元で昼寝をしていたタブリス――幻術によって大型犬の姿に擬態している――に同意を求めるが。”勝手にしろ”とばかりにパタンと一度尻尾を振るだけだった。


「彼奴は仲間だ、それ以上でも以下でもない。むしろ、ノーマッドとの訳の分からない会話にはうんざりさせられる!」

「ゴーストに嫉妬するとかお主も大概じゃの」


「だからどうしてそうなる!?」と声を荒げるアルマ。正直言ってカマをかけてみたつもりだったが、ここまで冷静さを欠くとは思ってもおらず。ある意味での醜態を見ることができ、弄りがいがありすぎる。これが本気で何とも思っていないのか、隠そうと躍起になっているだけか、自分の気持ちに気づいていないだけかは判らないが、”見ていて面白いのでどうでもいい”と結論付ける。

 正直なところもうしばらく揶揄ってみたいところではあるが、残念ながらそう悠長に事を運ぶわけにはいかなくなりそうだった。流れをぶった切ってしまうことになるが、本題をたたきつけるべきだろう


「のう、アルマ。お主から見て、奴はどんな人間じゃ?」


 急に真面目な声のトーンになったフェネカにアルマの中で疑念が一気に膨れ上がる。この返答でユキトや自分がすぐにどうにかなるわけではないだろうが、何か決定的なものが変化するような、予感めいたものが脳裏をよぎる。


「フン、決まっている。自業自得で追われている間抜けを、わざわざ助けるお人好しの大バカ者だ」


 口をついて出た言葉は、先ほどの余韻が抜けないのか半分吐き捨てるような口調と内容になってしまった。そして、その言葉を聞いたフェネカは軽く微笑む。それはいつもの幼女にしては人の悪すぎる笑みではなく、どこか羨ましそうな、何かを望むような静かな笑みだった。


「お人好しの大バカ者、のぅ。ならば、儂も助けてくれるかの」

「……何?」


「どういうことだ?」と言葉を続けようとしたとき、真っ白なカフェのテーブルクロスにが飛び散った。








「よう、待ってたぜ。ユキト」

「どうも、昨日ぶりですね中尉殿」


 約束の場所に指定されたのはルベルーズの大通りから曲がりくねった路地を進んだ先にある、寂れたパブであった。年季が入り、タバコのヤニや煙が染みついた床や壁は、暗闇を練りこんだかのように重苦しい印象を与える。裏路地という立地上日の光が差さず、ところどころに置かれたランタンのみが光源として機能している店内は薄暗く。3人の獣人が陣取ったテーブル以外に客は見当たらない。

 ”Cat Tail”という文字が半分消えかかった扉の先、奥まったテーブルに見知った猫影を見つけ挨拶を交わして席に座る。


「敬語はいらん。俺たちは今、この通りだろう?公人としてではなく、友人、いや戦友として呼んだのだからな」


 そういって、ナングスは自分の服を指さす。昨日身を包んでいた空色を基調とした軍服ではなく、どこからどう見ても私服のそれ。ほかの2人――2号車戦車長シャルノー少尉、3号車戦車長ハルム少尉――も同じような服装だった。


「戦友、か。単に小銃でモンスターを撃っただけなんだが」

「そのおかげで俺たちゃ助かったんだ。これが戦友でなくてなんという!」


 茶トラの獣人、ハルムがバシバシとユキトの背中をたたく。小柄な体のわりに力は強く、樽を椅子代わりにしていることもあった前につんのめりそうになってしまった。


「オニズィレスはスケールⅢ相当のモンスターですけど、その中でも上位の戦闘能力を持っています。ソミュールが2両もいれば負けることはないですが、味方を守りながら戦うのは正直言って難しかったのですよ」


 そういって黒一色の獣人、シャルノーが柔らかく笑う。勇猛果敢なナングス、豪放磊落なハルム、冷静沈着なシャルノー。3人のキャットノイドが戦車長を務めるのが第1装甲騎兵中隊第2小隊だった。


「それで、なぜ僕をここに?祝勝会でもやるのか?」

「ま、それもかねちゃあいるが。それなら他の嬢ちゃんたちも呼んでたさ、な?中尉殿」


「そうだな」と一つ頷いて薄い水色のジュースを一口。まだ昼間ということもあるが、パブだというのにソフトドリンクと肴が並ぶテーブルは奇妙な光景だった。


「小銃のことか?」

「そうだ、貴様がオニズィレスに向けて撃った小銃。あれはなんだ?」

「私の見立てではカリサワ工房製の小銃のように見えましたが。あの工房の銃は命中率は良いものの、その分威力は控えめだったはずです。どのような魔術を施したところで、オニズィレスの、それも頭部を打ち抜ける貫通力はありません」


「詳しいな、シャルノー」とユキト。「第2小隊の呼吸する百科事典だからな」と我が事のように胸を張るハルム。


 ――ハッ!?もしや解説キャラのライバル出現!?

 ――お前が解説キャラ?

 ――羽川さんポジは譲りませんよ!?

 ――たとえ解説キャラだとしてもスピードワゴン方面だろ常考


「単刀直入に言おう。その小銃、どこで手に入れた?スケールⅢクラスのモンスターを一撃で屠れる重火器など、俺が知る限り存在しない」

「教えないといえば?」


 笑みを消して真剣な顔で問いかけるナングスは、ユキトの返答を聞いていたずらが成功した子供のように小さく笑みをこぼした。


「別に、どうにも。ただの好奇心だ」

「一般人のガキをこんな裏路地のパブに呼び出したルベルーズ軍将校3人の言葉には思えないな、中尉殿。もしかして他に理由があるんじゃないか?」

「なぜそう思う?」

「軍にしては方法がまだるっこすぎる。たかが人族のガキ一匹、その気になればどうとでもなるだろう?わざわざ呼び出さず、宿舎に押しかけて制圧し、小銃と僕を手に入れて分解するなり尋問するなりした方が早い。こんな人気のない場所に私服で集まらなければならない理由はない。違うか?」


「お見事」とハルムが茶化すように小さくこぼして、炙ったフライッドの足をかじる。ディオノスでアルマが注文した料理の中にあったが、見た目はイカの一夜干しにしか見えない。

 彼の疑念を聞いたナングスとシャルノーは顔を見合わせて、満足げに笑いあった。


「あなたの言う通りでしたね、中尉殿」

「言っただろ?シャルノー。俺は人を見る目だけはあるんだってな。ユキト、貴様の言うとおりだ。俺たちがここに来たのは小銃の件もあるが、それについてはハナから期待していない」


 あっけらかんと言うナングスに、思わず眉を挙げてしまう。彼の口調は答え合わせをする教師のようであり、うそをついているようには見えなかった。


「オニズィレスを屠ったのは人族の子供が撃った魔術小銃でした、なんて報告書に書いた日には中隊をたたき出されるし、どれほど有用であっても民間人の冒険者から武器を取り上げるわけにはいかない。国家とギルドは協力すれど不干渉の原則に反する。俺も、自分の部隊を助けてくれた恩を仇で返したくはない。あの戦闘に関しては小隊内で緘口令を引いてあるから安心しろ」

「じゃあ、どうして呼んだんだ?」

「一つはさっきも言ったが祝勝会、もう一つは、うちのバカのせいで貴様の耳にも入ったことだ。本来なら軍機なんだが、貴様には部下を救われたし、先を急ぐようだから伝えておきたかった」


 そこで言葉を切る。ナングスの金色の瞳がユキトを射抜いた。


「厄災級魔獣迎撃指令、Ⅵの場合が極秘裏に発動された。明日の朝6時をもって、ルベルーズ共和国は戦時体制へ移行。非戦闘員以外は強制的にルベルーズ共和国軍に編入され…」


 気が付けば、ほかの2人の獣人の視線を自分へと注がれている。


「スケールⅥ、陽滅蠍ギルタブリオンの迎撃を義務付けられる」







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る