第6話 産声


 緩やかに旋回し、背後へと回ろうとするヒュッケバインの主翼が太陽の光を反射して鈍く輝く。


「目標、後ろへ回り込もうとしているぞ」

「装甲の薄い側背面への攻撃か、手慣れてるな」

『じゃあ、ケツガン掘りされる前に前向いておきましょうか。舌噛まないでくださいよ!』


 ほぼ全力で疾走するノーマッドの速度が一瞬落ちたかと思うと、4本ある履帯の内、左側の2本が逆進をかけた。エリクシルの柔らかな草原が引き裂かれたかと思うと、車体が地を削りながら180度旋回し、一秒足らずでノーマッドは車体の向きを入れ換える。

 車体の動きを相殺するように砲搭を旋回させたため、乗員に負担はかかっておらず、ノーマッドは誇らしげに声を上げた。


『ふふん、前後進を同速度で行えるモーター駆動ならではの機動です。いいんですよ、もっと誉めても』

「なんだそれは……」

「うわ、きも」

『絶望した!AIに厳しい乗員に絶望した!』


 日頃の行いのせいだろ。と2人の乗員が同じ事を考えたのかはともかく。ノーマッドは変態としか言えない機動で、まんまと後方から迫るヒュッケバインに対して最も装甲の厚い部分を向けることができた。


目標捕捉ターゲット・インサイト!』

迎撃開始コントロール・オープン!」


 ユキトの声音を認識し、最終安全装置が解除され、対空機関砲の3本束ねられた砲身が高速回転を始める。

 3銃身25㎜ガトリング式対空サーマルガン"エノーモティア"、毎秒75発の25mm汎用徹甲弾を放つ近接防御火器システムCIWSで、もともとは対戦車ミサイル迎撃用と割りきられ12.7mm口径だったが、対空火器としての役割を持たせられた結果、恐竜的な大型化の道へ走った経緯を持つ。

 砲が155mmと大型であるため、機関銃では力不足だが、主砲を使うまでもない敵に対し副砲として使用される場合もあった。

 スリット状の高性能カメラと対空レーダーが迫り来る敵機を捕捉し、即座に25mm徹甲弾の掃射が開始される。十数発ごとのバースト射撃が連続し、砲口から漏れたプラズマの残り火を引き裂いて赤熱した火の玉が空をかける。

 最初の一群はヒュッケバインが回避機動に移ったため直撃とはならなかったが、その先の動きはノーマッドに読まれていた。回避した先には装甲車程度ならば容易く蜂の巣にしてしまえる無数の25mm徹甲弾の群れ、回避不可能と悟った凶鳥はそのまま突っ込んでしまう。

 螺旋回転する砲弾が灰色の機体に直撃する瞬間、赤い光が弾丸の行く手を阻んだ。


『やったか!?』


 連続した着弾によってヒュッケバインが赤い光に包まれるが、弾幕を突き抜けた機体には弾痕どころか傷一つない。


「効いてない、だと?」

「魔術障壁が無ければ、とっくの昔に我々が駆逐している。攻撃が来るぞ!」


 前方の一対の主翼に下反角、後方の一対の主翼に上反角をつけた敵機は、正面から見ると翼がX字を描いているように見える。弾幕を強引に突破した機体の前方の主翼が煙に包まれたかと思うと、たちまち車内にアラートが鳴り響いた。


『敵機、回避機動に移りました!照準レーダー感知!』

電子欺瞞紙チャフ煙幕擲弾スモーク打て!」


 砲搭側面のマルチランチャーから2発のチャフが右側へと吐き出され、短い放物線を描いた後に炸裂しアルミ箔の雲を作る。ノーマッドは反対方向へ進路を変え、ややあってミサイルとの間で煙幕擲弾が炸裂した。

 放たれた4発のミサイルの内、2発はまっすぐチャフの雲へ突っ込んでいくが、残りの2発は進路を修正し煙幕など無いかのようにノーマッドを捕捉し続ける。


「ちっ、セミアクティブか」

『迎撃開始!』


 旋回を終えたエノーモティアが迎撃射撃を開始する。直ぐに一発が直撃弾を受けて爆散するが、最後の1発は間に合いそうにない。


「レーダーダウン!急げ!」

『貴方も大概博打屋ですねぇ!』


 ノーマッドに搭載されているレーダー機器が一斉に電波を放つのを停止。すると残りの1発は目標を見失ったかのように直進を始め、車体右側の大地を抉るに止まった。エリクシルの常識を大きく逸脱した地球由来の戦闘を目の当たりにしたアルマは目を丸くする。


「な、何が起こった?ヒュッケバインの槍を撃ち落とすのはともかく、避けるなんて聞いたことがないぞ。あの槍にはどんな認識阻害の魔術も通用しなかったのに」

「絶対に外れない悪魔の弓と聞いたときから、もしかしてと思っていたが。ビンゴだ」

『アクティブ、セミアクティブ、パッシブホーミングの併用の対戦車味噌とか殺意高すぎってレベルじゃねーですけどぉ!?』

「やり口が地球人我々に似ているなら好都合だ。対抗手段には困らない」


 敵は25mm弾をその身に受けつつ、悠々と空を旋回し攻撃体勢に移りつつある。通常の攻撃機ならば3回は落とされているであろう量の徹甲弾を受けた居るはずだが、堕ちる気配は全くない。


「機関砲射撃中止、弾の無駄だ」

『やっぱり主砲しかないですか…』


 しぶしぶと言った風にノーマッドがつぶやくと、エノーモティアの射撃が止み2門の長大な主砲が滑らかに仰角を取る。車体は回避軌道を繰り返し激しく振動していたが、高性能なスタビライザーを備え付けた2つの槍は小動もせず上空をにらんだ。

 レーダーと光学によって得られた射撃諸元をもとに、僅かずつ砲塔が旋回し主砲が上下するが、突如警報が鳴り響く


「如何した!?」

『俯仰モーターに過負荷警報!微調整が出来ません!』

「ヤツの魔術妨害だ。クソ、上手くいかん」


 絞りだすような声につられて振り返ると、金属製のロッドを両手で握りしめ俯くアルマの姿があった。杖の先端に取り付けられたクリスタルは弱弱しく青く輝き、彼女の額には脂汗が浮かんでいる。


「アルマ?」

「気に、するな。だが、これ以上の対魔術結界WCBは構築できん」


 対魔術結界Witchcraft Counter Barrierは高度な魔力制御が必要な魔術だった。対象から駆けられた魔術に対し、逆の意味の術式を組み込んだ結界を周囲に張り巡らせることで魔術を相殺する。

 魔力炉が回復しきっていない魔術師がこのような高度な魔術を行使する際には、十全の状態よりも数倍の体力と精神力が浪費され、魔術の強度も落ちる。乱用は衰弱死にも繋がりかねなかった。

 アルマはそれを、エリクシル世界でも上位の魔術妨害能力をもつヒュッケバインを相手取り、対抗している。もしも彼女がWCBを構築していなければ、ノーマッドは砲の俯仰角操作どころか、移動すらままならなかっただろう。

 その上で、ユキトに無理をしていることを悟らせない様に不敵な笑みすら浮かべて見せた。やせ我慢はもちろん、足手まといには絶対にならないと言う決意の表れでもあった。


「何分持つ?」

「10分、と言いたい、ところだが。5分が、せい、ぜいだな」

「了解。2分でケリをつける、無理はしないでくれ」

「ハッ、期待、させ、て、もらおうか」


 言葉を話すのすら億劫なはずなのに、軽口さえ叩いて見せる少女。自分がノーマッドやナノマシンの助けを借りなければ戦う事すらできないのに、それを彼女は傷ついた自分の身一つでやり通している。


 ――すごい奴だ

 ――かっこ悪いところは見せられませんねぇ

 ――お前やナノマシンに頼ってる時点で十分かっこ悪いからな

 ――なら、汚名挽回いっときますか!


「それ失敗フラグだろうが。ノーマッド、俯仰機はどこまで使える?」

『モーターが焼き付いて完全にロックされました、マイクロマシンで復旧中ですが時間がかかります』

「それ以外で照準を合わすしかないな。電磁加速システムスタンバイ、アクティブサスは走行中使えるのか?」

『使えますが、念のため射撃の直前は停車しましょう。というか、貴方ってこんなトチ狂った考え方する人だったんですね』

「土壇場になると本性が出るってやつじゃないか?」


 地面の起伏を能動的に吸収していたアクティブサスペンションが調節され、走行中の車体が傾き、仰角を固定した砲身を無理やりヒュッケバインへと向ける。空を縦横無尽に旋回するヒュッケバインを相手に用途外の機能を使用しての照準では完全な追従など不可能。攻撃が出来る瞬間は限られている。


「フレシェット弾なりキャニスター弾なり用意して置くべきだったな」

『この戦いが終わったら最優先で製造しますよ。電磁加速システムスタンバイ、1番から6番コンデンサー充電中、ぶっちゃけ充電器時間が無いのでレールガンとしてのカタログスペックは発揮できません。なるたけ引き付けて、時間稼いでからぶっ放してください』


 緩やかな旋回を終えたヒュッケバインが再び機首をこちらへ向けて攻撃態勢に移る。照準用レーザー、レーダーは使用しない。こちらの目論見を悟られれば逃げられるかもしれない。


「来たぞ」

『此方はエノーモティアの制御に専念します。主砲の発射と微調整はそちらでやってください、予測サークルは出しますので』

「なんでここ一番でマニュアルなんだ」

『主砲を外したところで死ぬわけではないですからね。というか、ナノマシンを注入した時点で私はあなたの外付け演算装置ですし、貴方は私の子機みたいなものですから。親機こっちの負担を減らすのに一役買ってくださいな』


 鉄火場で明かされた事実に衝撃を受ける暇もなく、モニターの向こうに緩降下を開始したヒュッケバインの姿が躍る。

 半ばやけくそ気味にサイドステックを握り、発射トリガーを覆っていたカバーを跳ね上げた。目標の鼻先に予想進路を示す円と照準が映し出されるが、予想進路円は小刻みに動作し照準にとらえ続けるのは難しい、重なった瞬間にトリガーを握りこむしかないだろう。

 コンデンサーの充電状況はノーマッドの言うとおりあまりよくないが、贅沢は言っていられない。直撃はならずとも、最低限至近弾には持ち込む必要がある。


『敵機、距離4000!フルブレーキ!』


 大地を抉りながら数十トンの車体が停車し、アクティブサスペンションの全能力が照準へと回される。先ほど敵が攻撃を仕掛けたのは距離2340m、今回も似たような距離だと仮定してさっさとトリガーを握りこみたくなる衝動に蓋をした。


『距離3000!』

 まだだ、まだ遠い。砲弾の効果範囲、充電状況、敵機が離脱し回避する可能性。その他さまざまなパラメーターを天秤に乗せ、撃墜という結果の極大値を模索する。モニターをにらみつける目が痛くなってくるが、それももう少しの辛抱だ。


『距離2500!』


 ノーマッドがそう読み上げた瞬間、ヒュッケバインの両翼がチカッと微かに光ったのを感じ取ると同時に、予想進路円と照準が完全に重なる。ナノマシンで強化された神経系は、脳からの情報を通常の人体の10倍以上の速度で指先へと伝達。トリガーは握りこまれるという物理的な入力がなされる前に、指先の筋肉へと伝わった微弱な電気信号を読み取って、射撃信号を砲身へと伝えた。

 薬室内に装填された金属繊維が瞬時にプラズマ化し膨張、巨大な圧力によって155㎜砲弾を砲身へと弾き出す。プラズマガスによって初期の加速を得た砲弾は、砲身に埋め込まれたレールから核融合炉によってもたらされた巨大な電力を受け取りさらに加速。52口径の長大な砲身を瞬く間に駆け抜け、エリクシルの大気へと飛び出した。


 瞬間、大気が歪んだ。


 音の20倍の速度で発射された2発の砲弾は、エリクシルの大気をかき乱し衝撃波ショック・ウェーブを伴ってノーマッド周辺の雑草や土を跳ね上げ、空を駆けあがってゆく。

 ヒュッケバインの前翼パイロンから切り離されたミサイルがロケットモーターに点火し、加速に移ろうとするが全てが遅すぎた。速度ゼロから自力で加速するロケットに対し、既に最大速度に達している155㎜砲弾にとって2500mという距離はあってないようなものだった。

 噴射炎を残して発射された4発のミサイル群の中心を2発の155㎜多目的榴弾が貫くと、弾頭から生み出された衝撃波が放たれた槍へと襲い掛る。ミサイルの弾体を構成する部材が一瞬で拉げ、砕けた部品が突き刺さり異常燃焼を起こしたロケットモーターが爆散する。4つの爆炎の華を置き去りにした砲弾は、旋回に移る暇を与えず凶鳥に突き刺さった。

 魔術障壁を利用することで規格外の装甲を得るに至ったヒュッケバインであっても、6.8 km/sで突入した多目的対戦車榴弾の直撃を防ぐ事は無謀に過ぎた。信管が作動するまでもなく、砲弾自体の運動エネルギーが機体構造を文字通り引き裂いていく。装甲板がめくれ上がり、翼がもがれ、エンジンポッドが砕け散った。一瞬にして細かく解体されたヒュッケバインだったものが貫通した砲弾の衝撃波で四方八方に飛散する。

 後に残ったのは奇妙な静寂だった。


流石だなビューティホー

「ハ、ハハ。まさか、本当に、落と、すとは、思わな、かった、な」


 こんな時でもネタを忘れないノーマッドの声と、荒い息を吐きながら感嘆の声を上げる少女の声が耳朶を打った。


「敵機、撃墜」


 力を抜いてシートに体を預ける。ヒュッケバインを貫通した砲弾は遥か遠くで炸裂し、黒い花を空に咲かせ、エリクシルで咆哮産声を上げた2門の砲身からは陽炎が立ち上っていた。









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