第29話 諦めの悪い猫


 本当に、何を考えてるんだ。

 空は既に闇で塗り潰され、唯一星の帯だけが淡い光の道を描いている。本来ならば帯だけではなく、全天に散りばめられた星が瞬くのが見えるはずだが、今日に限って空は閑散としていた。

 トンっ、と屋根を蹴飛ばして宙に身を踊らせ次の屋根へと移る。地面に触れた6本の足元が熱いような気がするのは、周囲に広がる地獄絵図が原因なのだろう。体を撫でていく熱風には濃密な魔力が含まれており、そのうち幾らかを己の魔力で加速させて後ろへと噴射し推力の足しとする。非効率過ぎて普段なら絶対やらないような移動方法だが、濃密な残留魔力に事欠かないこういう状況では役に立った。

 数度の跳躍の後、目の前に現れた一際大きな瓦礫の山ーー倒壊した防御塔の成れの果てーーの上へと一息に駆け上がり、周囲の様子を伺う。

 昼間に見かけた町並みは見る影もなかった。敵が侵入した10番ゲートに面した市街地は溶融し夕焼けの色に輝き、空へ立ち上る黒煙の裾野と星が瞬くはずの夜空をどぎつく照らしている。爆心地以外にも火の手が上がっているが、それは混乱に乗じた火事場泥棒の仕業か、吹き飛ばされた灼熱の瓦礫のせいだろう。

 一瞬、周囲が白く照らされた。空を見上げると、溶融した市街地よりも少し中心に近い、まだ原型をとどめていた地区へ、別々の方向から数本の蒼銀の槍が伸びて行く。反射的に身を臥せた直後、着弾地点で爆発が起こり小石混じりの熱風と大音響が過ぎ去っていった。

 確かに出し惜しみをせず、並みの魔獣なら一撃で蒸発する対要塞魔術をぶつけるのは、理にかなっているのかもしれない。けれど、そのために、命を懸けてまで守るはずの住みかを破壊しているのでは、本末転倒ではないのだろうか。たかが住みか程度、幾らでも替えが効くだろうに。4つ足は妙なところにこだわるものだ。

 4つ足と言えば、姐さんは大丈夫なのだろうか?魔力の流れが正常に戻ってから暫く経つが、あの乱れは何だったんだ。別にパスが途切れたところでどうと言うことは無いが、そう易々と揺らぐものでもない。体か精神に重大な負担がかからない限り、ああはならないだろうに。

 もう少し接近するかと言う考えが頭を過ったが、複数の防御搭が先程の砲撃した地点へ向けて、矢継ぎ早に魔力光を吐き出し始めたのを見て考えを変える。敵味方関係なく、砲撃に巻き込まれるのはまっぴら御免だ。

 瓦礫の山の上に身を隠すように伏せたまま、周囲の観察を続ける。頭に取り付けられた変な機械が、自分が見ている光景を姐さん達に送るのだと言うが本当なのだろうか。異なる星の生命体の技術だと聞いても、今一ピンと来ない。そもそも、空にへばり着いた小さな星に、生物など住めるものか。

 まあ、なにも言ってこないと言うことは上手くいっているのだろうと結論付ける。

 異なる星の生命、ユキト・ナンブ。フォレスピオン相手に剣一本で殴りかかり、姐さんが惹かれている人族。そして、夕飯まで寝ようと思ったら変な機械を俺に取り付けて「偵察よろしく」と宣った、使い魔使いの荒い野郎。むーん、ギルタブリオンを足止めしてこいと言わないだけマシだとでも思っておこう。いつ逃げるかの判断は任されているし。

 持ち前の能天気さで考察を棚上げしたタブリスは、咥えてきていた偽装用ネットに潜り込み複数の砲撃が集中している地区へとカメラを向ける。視線の先ではルベルーズ軍の文字通り血の滲むような抵抗が繰り広げられていた。




「3,2,…だんちゃーく、今ッ!」


 蒼銀の槍が3000mほど離れた市街地の向こう側へ消えると、槍と同じ色の火球が膨れ上がり、巻き上げられた瓦礫が光の中へと埋もれていく。一瞬遅れて届いた爆風が、2階建てレストランの屋上にもうけられた欄干を乗り越えて、裏に隠れた二人の獣人の体毛を撫でた。

 吹き飛びそうになるケピ帽を片手で抑え、爆風が弱まったのを確認してから頭を上げる。視線の先に先程まで存在した市街地は、立ち上る黒煙に覆われてしまっている。黒煙の柱周辺の建物が軒並みなぎ倒されて機能を失っていることから、爆心地付近がどうなっているかは想像に難くない。

 これでまた1区画、いや周りを含めれば9区画が瓦礫の山だ。

 作戦の為とは言え、慣れ親しんだ街が崩壊していくのを見るのは気分が良いものではない。それが、街を守るはずの防御搭から吐き出されたものなら尚更だ。


「やった!やりましたよ!中尉殿!直撃です!」

「落ち着け、イジドニ。ギルタブリオンを夾叉するように撃ってるんだから、直撃じゃ不味いだろ。報告は正確にな」

「は、はいっ。全弾予定通りに着弾!ギルタブリオンはほぼ中央!目標は完全に火球に飲み込まれました!致命傷は免れないでしょう!」



 そう熱弁し、最後に「ざまあみろ!」と吐き捨てるイジドニの青い瞳には、戦場の熱に浮かされる新兵特有の狂気と呼ぶには過大な光が灯っていた。それとは対照的に、「まずは、成功だな」とどこかつまらなそうに呟くナングスに、新兵は若干不満そうな顔を浮かべる。


「中尉殿、嬉しくなさそうですね」

「そう見えるか?」


 はい、とイジドニが素直に頷く。その目に曇りも陰りもない、ただ、いる。こんな商売をやっている連中なら、見覚えのある目だ。

 イジドニ陸軍一等兵は、そそっかしくはあるが基本的に穏やかな人となりだ。年老いた両親と妹の4人家族で、給金のほぼ全額を実家に送っており、浪費とは対極に位置している。周りが給金を派手に使う算段を立てている横で、ニコニコしながら実家へ送金する手続きをやっているのを何度も見た

 そんな近所でも評判らしい孝行息子が、敵襲と聞いて震え上がっていた新兵が、今では見慣れた顔になっている。


「確かに市街地に被害は出ていますが。奴を倒せるのであればやむを得ない犠牲コラテラル・ダメージでしょう。放っておけば、この程度の損害では済みません」



 ギルタブリオンが侵入するために穿った10番ゲート付近には、彼の実家があったはずだ。年老いた両親と妹の3人暮らしで、給料が出ると真っ先に食事に誘っていたのを思い出す。彼の家族が今どこで何をやっているのか、わざわざ考察するまでもなかった。

 もはや、目の前に慌て者の新兵は居ない。そこにいるのは敵を殺すことに暗い喜びを覚え、金色の目を復讐の光でギラつかせた一人のロクデナシ兵隊だった。

 全くもって最低の気分だ素晴らしい。ようこそ、イジドニ一等兵。俺たちのくそったれな戦場職場へ。


「それはそうだ、まあ第2射でさらに吹っ飛ぶ訳だが。嬉しくない理由なんざ決まってる。まだ、勝ててないからだ」


 ナングスのこぼした言葉に、イジドニの両目が吊り上がる。


「中尉殿もご覧になったでしょう?第2連隊の将兵の魔力を全てつぎ込み、防御搭の増幅結晶4基を使い潰す、対要塞級長距離複合殲滅魔術。それが4発です。我々の要塞級ビークルラロシュー級でも、一溜まりもありません。それに、もうすぐ本命の胸甲魔導騎兵連隊と第1連隊第3大隊、装甲騎兵連隊の魔術師を総動員した魔術砲撃が6発来ます。幾らギルタブリオンでも、跡形もなくなります」


 確かに、普通に考えればそうなる。重装甲ビークルほどもある増幅結晶が砕けるほどの魔力を注ぎ、オーバーロードさせた極大砲撃だ。これほどの砲撃魔術が放たれた記録はそうそうないだろう。

 10番ゲート跡地から侵入したギルタブリオンは、まず真っ先にラロシュー級が納められた格納庫兼、ルベルーズ陸軍最高司令部をその極光で貫いた。巨大な箱形の要塞は内側から膨れ上がるように炸裂。赤熱し、溶融した瓦礫を市街地に降り注がせ、住民と展開していたルベルーズ軍に最大戦力の喪失と指揮系統の混乱を悟らせた。

 決め手となる戦力と最高司令部の消滅は軍隊として致命傷に近いが、それでも魔導胸甲騎兵連隊連隊長のレオポール・クレオドー中将はよくやっている。流石は宿将といったところか。崩壊しかかった指揮系統を同調鉱石による通信で即座にまとめ、3号計画を実行に移した。


「最初に手酷くやられましたが、3号計画は順調そのものです。これでダメなら」


 そこまで言った所で彼の言葉が止まり、苦々しい表情を浮かべる。その先は言いたくない、考えたくないと言うことだろう。

 外壁から進出した地点で野戦築陣を行い対象を迎撃する1号計画。前進陣地を破られた際に、外壁直前に敷いた最終防衛陣地と外壁防御塔による迎撃を行う2号計画。そして、市街地に進入した際に防御塔の負荷と市街地への影響を度外視し敵を殲滅する3号計画。要塞級が使えない以上、最大の火力を投射できる3号計画でダメなら、軍に打つ手が無くなるのは自明だった。

 自分が率いる第1小隊はギルタブリオンの前進観測と戦果確認を請け負っている。ソミュールごときでは抵抗も何もありはしないことは理解しているが、崩壊した市街地での足の速さはそれなりに頼りになる。

 とはいえ、ここは戦場。見たくないものを見ない贅沢は許されない。


「奴の破壊を確認できていない以上。まだ存在するものと考えるべきだ。気を抜くにはまだ早いぞイジドニ」


 何かを言いかけた兵隊だったが、続く言葉は他の同僚の言葉に遮られた。。


「中尉殿!」


 目標が存在する方向とは逆側の街道から自分を呼ぶ声が聞こえ、横やりを入れられ間抜けな顔をしたイジドニから離れ、屋根を反対側まで移動し下をのぞき込む。

 街道というよりも路地という方が適当な通りには3両のソミュールが身を寄せるようにうずくまっており、先頭の1両のキューポラからシャルノーが身を乗り出してこちらを見上げていた。モノが焼け、崩れる音がひっきりなしに響いている戦場では結果的に大声での会話になってしまう。とはいえ、自分がギルタブリオンならば大声を出している間抜けよりも、砲撃を浴びせかける防御塔を優先するだろうと自分自身を納得させた。


「どうした!」

「生存者の排水路への避難が進んでいないようです!」

「今どれぐらいが逃げ込めている!?」

「おそらく、3割行けばよい方でしょう」


 思ったよりも少ない割合に思わず舌打ちしたくなるのを寸でのところでこらえる。ほとんど奇襲とも言ってよい襲撃をうけてから、わかり切っていたことだ。

 正規の手順を踏んで狭いゲートから逃がすのは不可能。街の地下を網の目のように走っている排水路へといったん避難させ、軍用の地下非常ゲートから少しずつ外へ出すしかない。

 しかし、それは生存者が地下水路へ逃げ込めればの話だ。外壁を吹き飛ばす砲撃でパニックに陥らないわけがない。今自分たちがいる地区はすでに人気は途絶えているが、こことは反対側の4番ゲート付近の地区はひどい有様だろう。ルベルーズ市警が避難誘導を担当しているはずだが、暴徒化を抑えるだけで手一杯なのかもしれない。


「第2射、来ます!」




 空を見上げれば、赤黒く塗装され、うっすらと星の帯が見える空を6の光条が貫いていく。空間を塗りつぶすほどの莫大な魔力が圧縮された槍。それが真っ直ぐ敵へと伸びていく光景はわずか1秒にも満たないはずなのに、いつか祖母から聴かされた寝物語の光景と重なった。


「対衝撃防御!」

「弾着まであと5秒!3,2,…だんちゃーく、今っ!」


 再びの地を揺るがし、体を圧迫する爆風と轟音。お伽噺に登場する天翔ける鉄騎のごとく、星の帯を引き裂いた閃光は先ほどとほぼ同じ個所に着弾し、解放された膨大な量の魔力による青白い火球が膨れ上がる。

 先ほどとは比べ物にならない爆圧に、屋上に散らばっていた机やパラソルの残骸が根こそぎ後方へと吹き飛ばされていく。自分たちも欄干の後ろでしゃがみ、魔術障壁を展開しながら両手でしがみついていなければ同じ末路をたどっただろう。

 ふら付きながら欄干に手をかけるが、爆心地からの輻射熱でその表面は火傷するほど熱くなっており、反射的に手が引っ込んでしまう。

 ひらひらと手を振って熱を冷ましながら顔を上げると、すぐ近くの建物ですら倒壊してしまっている。下で待機している小隊の手すき要員に魔術でこの建物自体を強化してもらって正解だった。味方の砲撃でくたばる観測手など馬鹿らし過ぎる。

 爆心地付近に立ち上っていた煙の柱は直径数百mの爆炎の柱に代わっており、相当離れているはずなのに髭が焼けこげそうなほどの熱を感じる。赤く焼けただれた都市の残骸にそびえたつ灼熱の大樹。世界の終わりというのはこういった光景に違いない。


「は、ははは。圧倒的じゃないですか!あんな中で生きていられるはずがない!」

「………まて、おかしくないか?」


「は?」と間抜けな声を上げるイジドニの言葉はナングスまで届かない。彼の視線は紅蓮の幹へと注がれており、目が焼けそうになるのも構わず食い入るように炎の柱を見つめていた。


「魔力の流れを見てみろ、生物が死ねば魔力炉にため込まれていた魔力が大気へと放出される。スケールⅣの魔獣だと、最早それは魔力の爆発に等しい。スケールⅥなら、目で見えるほどの魔力放出が行われてもおかしくない。違うか?」

「はい。しかし、これほどの砲撃魔術の直撃です。しかも、ギルタブリオンを包み込むように着弾地点を配置していますので、ギルタブリオンから放出された魔力は行き場を失って空へ打ち上げられたのでは?」

「だとするなら、あの爆炎の柱に味方以外の魔力が含まれていなければおかしいだろう」

「で、では」

「司令部に通達だ。攻撃は成功、なれど目標の破壊は不確実。再攻撃を求むとな」

「さ、再攻撃ですか!?」

「ああ、そうだ。やるからには徹底してだ。なにより…伏せろっ!」


 言うが早いがイジドニを半ば突き飛ばすようにして屋上の床に倒れこむ。直後背中側に熱を感じ、空へ向けて首をひねり視線をやる。

 なにが魔力収束口径120㎝だ!桁を一つ間違えて文献に書きやがったのは何処の間抜けだ!?

 瞬間的に沸き上がった呆れと怒りが綯交ぜになった絶叫が頭蓋の中を跳ねまわる。空を漂白していく極太の紫銀は槍よりも、破城槌と表現すべきだろう。どう少なく見積もっても直径10mはくだらない収束魔力光は、紫電を纏いながら射線上に存在した防御塔――砲撃を行った10基の中で、最も左端に位置していた――を飲み込んだ。超高圧の魔力は、中で退避を行っていた魔導胸甲騎兵連隊第3大隊第1中隊もろともプラズマ化させ、膨れ上がった体積が爆炎という形で膨れ上がる。1秒に満たない時間で塔の上から3分の2が鮮やかな紅蓮の中へと消え去った。

 防御塔の一つを文字通り消し飛ばした紫白の破城槌は、その威力を衰えさせることなく左から右へとスイングさせていく。暗い色の夜空とそびえたった防御塔を光の柱が舐めるごとに、同じような光景が繰り返され、10を数えるころには砲撃を行った防御塔はその間に並んでいた防御塔もろとも見る影もなく蒸発してしまっていた。


「そんな…馬鹿な…」


 むくりと起き上がり、無慈悲に過ぎる現実を特等席で直視してしまった新兵は、焦点の合わない瞳で最早役目を果たさなくなった塔の群れを眺める。うっすらとキノコのようにも見える雲が10個、ゆらゆらと蠢き乍ら星の帯へと吸い込まれていく。


「おい、イジドニ。奴さんのお出ましだぞ」


 落ち着き払った声に条件反射的に振り返る。欄干に体を隠し、頭だけを敵の方へと向けているナングス中尉の向こう、およそ3000m。相変わらずそびえたつ紅蓮の大樹の幹を引き裂いて、災厄がその姿を現した。

 その群青色の甲殻は燃え盛る街の紅を鈍く反射している。

 その身体から振り上げられた破城槌は未だに紫電を滾らせている。

 その鋏脚大鎌は闇夜を切り取ったかのように黒い刃に、崩壊した街を映している。

 8対の脚が解け落ちた街道をえぐり、生理的な嫌悪すら掻き立たせるほど規則正しく駆動しながら、驚くほど滑らかに巨大な魔獣が火炎の柱から進み出でる。

 魔獣危険度分類:厄災級スケールⅥ、陽滅蠍ギルタブリオン。討伐例、ゼロ。

 全身を覆う装甲には傷一つついた様子はなく、大規模魔術による砲撃などなかったかのように進撃を再開した。

 ああ、と吐息を漏らしながら希望を打ち砕かれた新兵がへたり込む。恐らくは、街道で待機している連中もそうだろう。ルベルーズに残されたほぼ全戦力を用いた、現時点での最大火力の攻撃でもギルタブリオンを止めることは叶わなかった。

 外壁防御塔はまだ存在するが、それに魔力を流し込む魔術師はその多くが消されてしまっている。増幅結晶が塔の頂上付近にあり、制御室はそのすぐ下。結晶に近ければ近いほど、濃密な魔力を送ることができるため、今回の作戦の参加者は塔の中に文字通りすし詰めになっていた。

 最悪の場合、残っているのは前進観測班として派遣された第2装甲大隊第1装甲騎兵中隊の2個小隊、第2装甲騎兵中隊の1個小隊、魔導胸甲騎兵連隊の捜索騎兵1個中隊。合計4個小隊、ソミュール9輌、軍馬76頭、総勢151名。もっとも、捜索騎兵中隊は消耗しているから威力偵察すら怪しいレベルだ。


「ちゅ、中尉殿!」


 燃え盛る街並みへと姿を消そうとしていたギルタブリオンを眺めて居た視線は、驚愕したイジドニの声に振り向かされる。そこにはソミュールから取り外し、屋上まで持ってきていた同調鉱石通信機の画面に目を奪われた通信手の姿があった。


「どうした?司令部からの通信か?」

「読み上げます!…発、魔導胸甲騎兵連隊集成捜索騎兵中隊司令部。宛、前進観測およびルベルーズ軍残存兵力。先の一撃によりクレオドー中将以下、ルベルーズ軍臨時司令部要員全滅。および、第2歩兵連隊、装甲騎兵連隊、魔導胸甲騎兵連隊は戦闘能力を喪失、残存兵力僅か。無念なれど我らに武運なく、星の帯の加護も無し。事ここに至っての継戦は継戦にあらず。生存者は一人でも多くの民間人を伴いつつ、ルベルーズを放棄し付近の街へ撤退せよ。…追伸、閣下に代わり、諸君らの奮闘と共和国への献身に感謝する。集成捜索騎兵中隊中隊長ギャスタン・ドミニック大尉」


 震えながら紡がれた通信の内容に、特に落胆はない。恐れていた事が的中しただけだった。捜索騎兵中隊は前進観測班の指揮のため司令部とは異なり防御塔の中ではなく、少し離れた公民館に司令部を構えていたから、直撃からは逃れられたのであろう。捜索騎兵の頭にが付いているのは、ギルタブリオンをキルゾーンに誘い込むために消耗したためだろう。実質戦闘を放棄したということは、1個小隊も残っていないのかもしれない。


「………我々は…負けたのですか?」


 残る戦力を予想し、計算した結果に内心落胆していると、そんな声が耳朶を打った。無理もない、小規模な戦闘ならともかく。国の存亡がかかるレベルの戦場に放り込まれたかと思えば次の瞬間には家族を失い、祖国が滅び、今まさに目の前で全てが終わったのだ。


「それは、下に降りてから話そう」


 彼の問いには答えず、隣をすれ違いながら肩をぽんと叩く。触れた小柄な肩は小刻みに震えていた。






 路地に降りると、すでに第2小隊総員7名が集まっていた。小隊だというのに10名に満たない編成は、乗員と整備員が完全にイコールでつながれる現在、珍しいものではない。

 全員が沈痛な面持ちで彼方此方汚れた軍服を纏って整列している。これから自分が吐く言葉が彼らにどのような影響を与えるのかはわからないが、問いかけずにはいられなかった。


「司令部からの通信は先ほど伝えた通りだ。集成中隊司令部は死にたくなくてこんな命令を出したんじゃない、ここで戦っても意味がないと判断したから出したんだ」


 残念だが、完敗と言う他ない。と言葉を続けると、バルナルド、ハルム、バスチボー、アドルマンが身じろぎし、イジドニ、ヴァレール、ソルジルが涙をこぼした。シャルノーは無表情でこちらを見ている。


「ルベルーズの戦争は終わった。司令部の命令に従うのならば、直ぐ近くのゲートから外へと脱出し、しかる後に避難民を護衛しながら近くの町まで誘導することになる」


 自分の言葉に何処か引っ掛かりを覚えたらしい、シャルノー、ハルム、バルナルドが目を細めた。その通り、今から自分が話すことは大声で言えるものではない。何しろ、わざわざ逃げろと下された命令を、真っ向から無視するものだからだ。腰のホルスターに括りつけられたそれを、なんとなしに撫でる。


「しかし、一つ試してみたいことがある。実は、この戦いが始まる直前にある友人から”新兵器”を預かっている。上手く使ってくれとしか聞いていないが、どちらにせよ負けているのであれば今ここで使ってみたい」


 新兵器という言葉に全員の目の色が変わる。それが、期待に満ちたまなざしなのか、山師を見る者なのかはわからないが、興味を持ってくれたことに変わりはなかった。


「先に断っておくが、これは命令違反以外の何物でもない。そして、この兵器がどのような効果をもたらすかまったくもって謎だ。玩具ということもありうる。いや、戦況を回天させる可能性よりも、無駄足である可能性の方が圧倒的に高い。強制はしない。5分待つ、軍の命令に従わぬ、銃殺されたい奴だけここに残れ。以後の指揮はシャルノー少尉に預ける。」


 銃殺という言葉に、新兵であるイジドニ、ソルジム、アルドマンが顔をひきつらせた。逆にベテランのバルナルド、バスチボー、ヴァレールは小さく鼻で笑う。そんな相変わらずの戦友を眺めつつ、帽子を被り直し身なりを整えた。


「私は、今日まで諸君らと戦えたことを誇りに思う。ありがとう」

「小隊長殿にぃ、敬礼!」


 小隊最先任軍曹の号令とともに、ザっと軍靴が石畳をこする音が微かに響き8人の敬礼を受け、こちらも踵を合わせて敬礼する。長い間一緒に戦って来たわけではないが、自分の無茶な戦術研究に付き合ってくれた大バカ者達と最後の別れになると思うと、いまさらながらに寂しさがこみ上げるが、それに不敵な笑みで蓋をする。


「では、かかれ」


 言うが早いが、すぐに全員が弾かれた様にソミュールへと走っていき、機関が始動する。前照灯が閃き、薄暗かった路地に明かりが灯った。本来ならば、121号車のキューポラには自分がいたはずだが、今自分は外からこの光景を見ている。

 結局1人になってしまったが、特に思うところはない。一人でやるのが当然だと思っていたし、今からやることを伝えたのは部下に何も告げずに姿をくらませるのは自分の道徳に反するものだからだ。


「あばよ、戦友」


 そう呟いて踵を返し、走り出そうとしたときだった。彼の背中に「中尉殿!発進準備整いました!」と想定外の声がかけられた。

 驚いて振り返ると、第2小隊の3両のソミュールはエンジンを吹かしながらも一向に動く気配がない。キューポラから顔を出したシャルノーとハルムはニヤニヤしながらこちらを見ていた。


「お、おい!シャルノー!貴様何のつもりだ!?」

「それはこちらのセリフですよ、中尉殿。早く隊長車に乗って指揮とってください、あの魔獣に一発くれてやりに行くんでしょう?」

「…おい、まさかとは思うが」

「あきらめてくだせぇ中尉殿。どいつもこいつも、避難民の誘導よりもギル公に一発ケリ入れてやりたい、命令違反上等の馬鹿野郎だったってことでさぁ」


 悔しさ、申し訳なさ、不甲斐なさ、そして嬉しさが無秩序に胸にあふれ、気が付けばいびつな笑みが浮かんでしまっていた。将校だけではなく、下士官や兵もそれぞれのハッチから身を乗り出して「中尉殿!お早く!」「早く魔獣に痛いのをブッカましてやりましょうぜ!」「秘密兵器がダメでも、せめてソミュール《こいつ》の48㎜叩き込まねぇと腹の虫がおさまりませんよ!」などとはやし立てている。


 まったく……俺を含めて、第2小隊がここまでのお調子者で、大馬鹿野郎の集まりだったとは知らなかった!


 121号車の操縦士用ハッチから身を乗り出した最先任軍曹が、半ば呆然としている自分に向けて笑いかける。


「ま、こんなもんですよ中尉殿。避難民の護衛をした後、路頭に迷うより。先に行かれた指揮官と地獄の魔獣どもと一戦やらかす方が好みです」

「はっ!そうか。ならば、付き合ってもらおうか」


 隊長車に駆け寄り、キューポラへと身を躍らせる。後ろを振り返れば、いつものようにソミュールの縦隊が形作られていた。


「では、命令違反上等の大馬鹿野郎諸君、地獄へ向けて進撃だ。目標!陽滅蠍ギルタブリオン!第2小隊前へ!装甲騎兵、前進!」


 操縦者の魔力を喰った機関が唸り声を上げ、3両のちっぽけなビークルが動き出す。静けさをとり戻した路地には、相変わらず焼けた風が吹きすさんでいた。







 ――おっと。中尉殿、安全装置を外したようですね。

 ――やる気かな?

 ――そりゃもちろん、あんな演説ぶち上げた以上やる気でしょう。

 ――では、こちらも準備をするか。ノーマッド、砲撃用意

 ――了解ヤヴォール指揮官殿ヘアコマンダン!あ、その前に最近気づいて、今明かされる衝撃の真実ゥ☆ !

 ――なんだ?

 ――最初に主砲で砲撃したのは戦車でしたっけ?

 ――ヒュッケバインだな、どう見ても対地攻撃機

 ――次に砲撃したのは直接照準でしたっけ?

 ――フォレスピオン相手に間接射撃だな

 ――もう一つ質問いいですか?………戦車要素どこ行った

 ――貴様のような勘のいい戦車は嫌いだよ。……なんだこれ

 ――俺に(直接照準で)戦車砲を撃たせろぉ!


 放浪者達が潜む藪の中からゆっくりと巨大な筒が鎌首をもたげ、焼けただれた空を睨んだ。

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