第30話 青と青


 ディオノス市国にそびえたつ薄汚れた白亜のドーム。時刻はすでに夜中といってもよいころだというのに、その中から響く怒声交じりのバカ騒ぎは途絶える気配を微塵も感じさせない。

 あるテーブルでは亜竜ではあるが竜種を倒したと祝杯を挙げる獣人たちが盃を交わし、あるテーブルではカードで大負けした戦士が親である魔術師にいかさま疑惑をたたきつけ、またあるテーブルではクエストの最中に仲間が戦死したパーティーが醜い罪の擦り付け合いを続けている。

 エリクシル上に存在する喜怒哀楽を1000倍に濃縮したうえで滅茶苦茶にかき回したような、まったくもって日常の風景。そんな光景には目もくれず、朱殷のスーツ姿の黒山羊の獣人は後ろ手に手を組んで、込み合ったテーブルの隙間を蛇のごとくすり抜けていき、関係者以外立ち入り禁止と赤書きされたドアをなじみの店に入るかのような気安さで開く。外の喧騒とは真逆の暗く静謐な地下へと続く階段へと足を踏み入れた。


「ふむ、ついにルベルーズも終わりですかな?」

「思ったよりも粘りましたが、まあ、こんなものでしょうよ」


 長いらせん階段を下った先に待っていたのは、数百人が収容できる、議場とも、劇場とも取れるような空間だった。すり鉢状に配置された椅子には多種多様な知的生命たが腰かけ、底の方には大人4人が手をつないでも抱えきれない巨大な魔術結晶が据えられている。

 そして、その結晶の直上に浮かんでいるのは燃え盛るルベルーズを映した立体映像ホログラムだった。全体的に青みがかかった色をしているが、かつて街中に並び立っていた防御塔や軒を連ねる商店街は跡形もなく、揺らめく炎にいぶされた瓦礫の山が延々と連なっている。


「しかし、あそこが潰れたとなると少々厄介ですな。冒険者も多く集まるうえ、軍の規模もそこそこありましたから」

「ああ、そういえば御宅はビークル用の魔力励起火薬も取り扱っていましたっけ。取引先が丸ごと潰れるとはお気の毒に」

「いやぁ、そうとばかりも言えないのですよ。魔獣によって国が一つ消えましたからね、ディオノスを含めヴァプールの森周辺では武器弾薬、魔術鉱石が値上がりするでしょう。顧客はたとえ気休めであっても、戦う手段を欲しがるものです。軍ですら当てにならないと証明されてしまいましたから」


 用意されていた席に座る。周囲から聞こえてくる声にルベルーズの窮状を嘆く声など存在しない。存在するのは目の前の災厄が自分たちの市場にどのような影響を与えるのか、ただそれだけ。


「あれだけ難民が出れば周辺国家の食糧備蓄は目減りするだろうな。おいヘッセン、34番と74番キャラバンをすぐに呼び戻せ。食料品をありったけ詰め込んで、ハッススとカナンへ送るんだ。急げよ、他の奴らに先を越させるな」

「”翼”と”爪”に連絡を入れてください。目標はセンディへ向かう難民です。ええ、何人か殺しても構いません。ただ、脅かし過ぎて散り散りにはさせないよう。まとまった数の方が護衛しやすいですし、料金も高く取れます」

「ルベルーズに向かっていた商隊は全て引き換えさせ…いや、売れそうなものは難民に売っちまえ。もちろん、値段は上げろ。荷台にスペースが出来たら、裕福そうなやつを見つけて次の町まで乗せると提案してやれ、もちろん、うんと高く吹っ掛けてな」

「戦災孤児も大勢出てくるだろう、身寄りのない者をできる限り集めろ。情報も流通も司法も何もかも混乱しているからな、できるだけのことはやっておけ。」


 市井の人々が聞けば眉を顰めるどころか、警官を呼ぶレベルの犯罪まがいの会話があちこちから聞こえてくる。寡占・独占、恐喝、マッチポンプ、ぼったくりに人さらい。

 人の弱みにはトコトン付け込み、奪えるならば根こそぎ奪って資産を増やす。傷口に塩を塗るどころか、ナイフでめった刺しにし硫酸を流し込んだ後、ようやく治療して当然という顔で法外な治療費を請求する。

 二重の意味でのエリクシル商人ギルド。

 またの名を――――”魔族協商”


「やあ、お久しぶりですなぁ。旦那」


 ふと、耳なじみのある声にホログラムに向けられていた視線を横へと流す。明かりと呼べるものは足元をぼんやりと照らす照明結晶と、ホログラムの明かりだけだが、それでも自分の隣の椅子へと腰かけた猫の獣人にも見える魔族に軽く会釈する。


「いつぶりですかな?5年前のポロロゴン津波でラスコントが水浸しになった時以来ですか」

「その節はどうも、”船”の件助かりましたよ大番頭」


「いやいや、あの時は私どもも随分儲けさせていただきましたから」と髭をピコピコと揺らしながら笑う。津波によって交通網が麻痺したラスコントへの物資輸送を、ちょっとした機転で復活させ流通を一時独占した事は、今でも自分たちの”商会”と大番頭の”コーネスト通商”の中で語り草だ。


「ところで、今回はどうするのですかな?また船がご入用でしたら優先的に都合をつけますが」

「ぜひ喜んで、と言いたいところですがこのところヒュッケバインが活発ですからな。あまり使わんほうがよいでしょう。貴重な竜が減るのはお互いにとって大損害でしょう?」

「それもそうですな。では、今回は裏方に徹すると?」

「いいえ、そうではありません」


 何時も通りの営業スマイルを崩さない自分に、訝し気な金の視線が突き刺さる。


「実は、ちょっとした新製品をルベルーズに持ち込んでいまして」

「ほう、それは気の毒に。あの被害では跡形も」

「いいえ、ある意味こうならないと使でして」


 そうだ、もっとこっちを見ろ。不審な視線で結構、それは興味に他なるまい。周りの紳士方もどうぞ聞き耳を立てていてくれ。

 ついに、会場も役者も聴衆もそろった。後は、タイトルを読み上げショーの開始を待つだけだ。


「"NEMOS"と我々は名づけました」


 実験の結果がどうなろうと、知ったことか。奴を殺そうが殺すまいが、コレが市場に与える衝撃はスケールⅥの魔獣に匹敵するだろう。製作者兼基礎理論の提唱者たる”魔女”には感謝をしなければなるまいな。

 聞きなれない単語に耳を傾けていた周囲の魔族は映像に映る業火の現況へと視線を注ぐ。そのせいで、映像の端を見切れていった矮小なビークルの群れに気づくものはいなかった。





 崩壊し瓦礫の山となった街道を、小さな瓦礫を履帯で弾き飛ばし踏み、つぶしながら、3輌の戦闘車両が行軍していく。すでに所属していた軍団に秩序はなく、それどころか守るべきはずの国家も最早存在しない。それでも、彼らの歩みが止まることはない。

 責務、自棄、憤り、憂さ晴らし、そして復讐。わずか9人に過ぎない部隊であり、新兵から古参兵、兵卒から士官まで。年齢、階級、思いは異なるが、ただ一つ、諦観を拒絶したという点だけは完全に共通していた。

 そんな敗残兵のお調子者を率いる隊長車両の中では、操縦士がハーメルンの笛を吹きならした男に胡散臭げな視線をぶつけていた。


「で、車長殿。結局のところ使えるんですか?それ」

「さあ?」


「さあ…って…」と他人事のように答える隊長に小隊最先任軍曹はがっくりと肩を落とし、当の本人はハハと短く笑い声をあげた。


「言ったはずだぞ、バルナルド。これは起死回生の兵器ではなく単なるおもちゃの可能性が十分高いとな」

「そりゃそうですけどねぇ。ああも啖呵切った手前、何か確信でもあるのかと思いましてね?」


 軍曹が狭い車内で首を回し、砲塔に備え付けられた車長席の方を見る。あいにく、ナングスがキューポラから上半身を出しているため下半身しか見えないが、その腰にぶら下がった奇妙な拳銃は確認できた。

 口径は25㎜程度もあるが、銃身が極端に薄く魔力を通していない魔力励起炸薬の炸裂にすら耐えきれるのか怪しい。構造としては中折れ式のようで、薬室には長大な黒い弾丸一発だけ。予備弾はなく正真正銘の単発拳銃。

 正直、この拳銃を設計した人物は何を考えて作ったのか皆目見当がつかなかった。弾頭の大きさからして、炸裂式の弾頭なのだろうが、この程度の大きさでは加害範囲も限られている。素直に火炎系魔術なり風魔術なり錬金術なりで爆発を起こした方がより正確、迅速、大規模だ。

 バルナルドやナングスをはじめとするエリクシルの知生体は知る由もないが、中尉の腰にぶら下げられた異星人からの贈り物は、彼らの星ではカンプピストルと呼ばれた兵器に酷似していた。


「確信がないから、わざわざ破壊された軍の技術本部に寄り道して取って置きを拝借してきたんだろうが」

「そのとっておきも、試射すら済んでいない曰くつきのものでしょう?魔力流し込んだとたん腔発とか勘弁ですよ?」

「その点については心配するな」

「どうしてです?」

「腔発を起こしても砲身が使い物にならなくなるだけだ。死にはしない」


「いや、ビークルとして致命傷でしょう」すかさずバルナルドが突っ込み、「48㎜の対魔獣用砲弾なんぞ、奴相手ではあってもなくても同じだろう」とナングスが身もふたもないことをのたまう。


「残念なのは、殺傷能力を持たない特殊弾タイプが7発と工兵機材タイプが1発しかなかったことだな。しかも、装填が面倒にもほどがある。せめて半分は直撃させたいが、難しいか」

「弾頭直径が152㎜あって砲身に前から差し込んで空砲で発射する方式ですからね。ただ、直撃が望ましいことは確かですが、地面に当ててもある程度の効果は期待できるそうですよ?」


 通信手席で技術本部の跡地から回収してきたマニュアル――というよりも研究開発時の資料――をめくっていたイジドニが補足する。彼としては、ナングスの持つ得体のしれない玩具よりも、幾分かは現実的な特殊弾頭の方に興味が言っているようだった。

 彼らが見つけてきた特殊弾と工兵機材タイプは弾頭の最大直径が152㎜あり、頭部を肥大化させたマッチ棒といった外観で、柄に当たる部分を砲身に差し込んで空砲の圧力で発射する方式を採用していた。戦車砲レベルのライフルグレネードといった風貌であり、主砲口径が小さいソミュールで大直径弾頭を運用する苦肉の策でもあったが、1発撃つごとに次弾を外から砲身内へ差し込む必要があるため、最初の1撃のみの運用ならまだしも、継続して運用しようとすると実用性に乏しかった。一応発見した試作型8発は全て積み込んで着てはいたが、今回使えるのは装填されている3発だけだろう。


「当たれば御の字、効果があれば万々歳だ。手筈通り頼む」

「オーソドックスな一撃離脱ですからね。うちらは隊列の最後尾でいいんですね?」

「ああ、今回ばかりは指揮官先頭というわけにはいかないからな。しっかり前向いてついて行けよ?」

「123号車のヴァレールの野郎は、操縦が荒いですからなぁ。こうも瓦礫が多くちゃ、勢い余ってひっくり返らないか心配です」

「その時は車体に乗せていけばいいだろう。少々臭い思いをするかもしれんが」


「うちらがそこ迄たどり着けるかの方が心配ですがねぇ」と苦笑いするバルナルドに「ダメだったときは”やあ、まずったな”ってあの世で耳を掻くことにするよ」と笑う。キューポラから望む前方には瓦礫の合間から群青色の影や紫銀の光が微かに見え隠れしていた。










『I■■■■■■し、■■■■■■■中、U■■■■■■■近継続と認』

『危険度、未だ低し。迎撃■■要性なし』


 巨蠍は瓦礫の山となった市街を進みながらも、自らに後方から迫りくる3つの矮小な影を正確に認識していた。大きさとしては中型ビークルに分類されるが、それらが持っている攻撃能力などたかが知れている。このサイズならば、どれほど大きくても90㎜砲程度、しかも弾頭は徹甲榴弾。先の大規模砲撃を防ぎ切った防壁と装甲を貫通し、内部組織にダメージを与えられるはずがない。

 それよりも優先すべき事柄がある。


『尾部■■■■■加速砲、■■■了、単■■■■で■■■可能』

『方位2-5-4、距離573、■■■■■命反応56。終了■■要請』

『許可』


 振り上げられた尾の先端、4つのクリスタルが閃いたかと思うと直径80㎝の光弾が吐き出され、射線上の孤児院として使用されていた建物へと着弾。莫大な輻射熱が着弾地点を瞬時に蒸発させ、膨れ上がった体積が暴風となって消して小さくない建屋を丸ごと吹き飛ばす。


『着弾。目標近辺に生命反応なし、終了■■■了』

『注意。方位1-2-1よりビークル3■■■■■離800、750、700』

『防■■■■昇。攻撃を■■■第、■■■■■による迎撃を開始』

『注意、後方■■■■■WN。視界進入まで残り3秒…2、1』


 カウントがゼロになると同時に、半壊したパン屋のショーウィンドウを叩き壊しつつ3両のソミュールが1列縦隊で街道へとその車体を乗り込ませた。細かい瓦礫やガラス片をまとわりつかせながら現れた戦闘車両の主砲の先には、醜悪ともとれる丸い弾頭が差し込まれており、隊列後方の2両は己を睨んでいた。

 派手に登場した3両は履帯で瓦礫の山をひっかきつつ最大速度で街道を横断しながら、様子を伺いつつ離れていく自分――ギルタブリオンに向けて主砲の魔力を解き放った。

 薬室で炸裂した魔力励起炸薬の爆圧が砲身内を駆け巡り、先端に装備されていた榴弾を大気へと押し出す。設計段階では存在しない使用法であるため、砲身が耐えられるぎりぎりの魔力を叩き込んで炸裂させたというのに、2発の砲弾はその軌跡を目で追えるほどの速度で飛び出した。


『飛翔体2、接近。初■■■■m/s、直■■■■』

『■■■■■■■索。形状、■■、■■■■…■■、防壁浸透式粘着物質散布榴■■■■、極小。対応の必要なし』


 放たれた砲弾を瞬時に解析し、弾きだされた結果はとるに足らないもの。防御の必要すらない玩具。対応するに値するものではなかった。

 直撃コースをとる2発の砲弾から興味を失い、再びとらえた多くの生命反応を相手に”命令”を実行しようとしたときだった。今にも街道を横切って建物の角へと隠れようとしていた、最後尾を走るソミュールから身を乗り出した生命体の手からナニカが放たれる。発砲の衝撃で盛大に仰け反った獣人を乗せたビークルが建物の陰へと消えるころ、接近する弾頭を理解したギルタブリオンの神経系に衝撃が走り抜けた。


『警告!警告!小型飛翔体接近、着弾■■■■■秒!』

『防壁最大出力!』


 咄嗟に出力を上げた魔術防壁だったが、今回ばかりはタイミングが最悪だった。超小型の飛翔体が届く前に放物線を描いて飛んできた2発の特殊榴弾が魔術防壁を感知して炸裂する。高濃度の多種多様な魔力でコーティングされた真っ白な微粒子は、ギルタブリオンの複層多属性魔術防壁を大多数が阻まれながらも、魔術防壁に阻まれた微粒子が対消滅反応を引き起こすことでほかの粒子を浸透させていく。一瞬ではあるが文字通り穴だらけになった魔術防壁は、超音速で飛来する飛翔体を押しとどめる能力を持たなかった。

 また体を駆動させ装甲で跳弾させようとするが、浸透した微粒子が可動部に付着し強力な粘着力を発揮したことによって、僅かではあるが致命的な動作の遅れを生じさせる。

 その結果、ナングスの手から放たれた”玩具”は特殊榴弾の粉末に覆われたギルタブリオンの後部胴体に着弾、先端部を喰いこませ、その尾部から細いアンテナが飛び出した。一瞬の後、ある信号が全方位に向けて発射され、倒壊した防御塔の上でそろそろ帰ろうかなどと思案していたガーズルフの頭の装置を経由し、異星人たちに届けられた。








『信号キタ――――――――!』

「マジか」


 電子音とともに正面のモニターに表示されていたルベルーズの地図、その中央付近で赤い輝点が点滅する。この信号を受け取ったということは、ナングスが首尾よく”マーカー”をギルタブリオンに打ち込んだことを示していた。


「ほぅ、ギルタブリオンの魔術防壁を突破するとはの。いったいどんな魔法を使ったのやら」

「タブリスがその場にいれば何かわかったかもしれないが、まあ無理か」


 タブリスの頭に取り付けられたカメラの中継映像ではかろうじて3両の内2両のソミュールが何かを発砲したのは見えたが、相変わらず遠めの映像しか送られてこない。もっとも、彼の役割は単に電波の中継役と大まかな戦果確認の役割なので、今はこれでいい。


「ノーマッド、中尉殿達はどうやって離脱している?」

『発砲しなかった先頭の1両がでかい爆薬か何かで地面に大穴開けて、地下通路を外へ向けて爆走中です。どんどん深い場所へ行っていますので、地上で核兵器が炸裂しても大丈夫でしょう』

「そんな深くに地下通路があるのか?」

「恐らくは地下の大深度下水道じゃろうな。地上で出た汚水は直下の水道を経由して、地下深くの下水道へ導かれ、そのまま外へ排出される。浅い部分の水道は避難民でごった返しているじゃろうから、ビークルが通れるのは誰も寄り付かず幅も広いソコぐらいじゃろうて」


「どうして誰も寄り付かないんだ?」と戦術士席へ視線を投げかけるが、「一国の汚水が一挙に集まるところによりつくものなど、この非常時でも居るまいよ」と肩をすくめられた。汚水を巻き上げて爆走するソミュールを想像し、あまりのシュールさに頭が痛くなってきた。


「まあ、ウンはつきそうだな…」

『案ずるな受験生!』

「四国3週ぐらいして来い。で、諸元入力はできたのか?」

『いつでも撃てますけど…やっぱり無理やり直射じゃだめです?』

「弾頭がぶっ壊れるか、まともなデータこないだろ常識的に考えて。できる限り仰角は抑えてもいいが、壁は回避しろ。何のために高台に布陣したのかわからんだろうが。アルマ、発砲後はとっとと逃げるぞ。タブリスの回収は契約を利用した転移術式だ」


 足元の操縦席から了解の返事が返ってくるのを聞きながらモニターを眺めるが、いつもよりも最終調整に時間がかかっているような気がする。念願の直射ではなく、いつも通りの関節射撃を選択したせいだろうか。もっとも迎撃されないようできる限り直射に近づけてはいるが、弾頭が誘導できるレベルにまで初速を落とすため本来のスペックには程遠い。


『間接射撃、仰角修正完了、終末誘導はパッシブレーダーホーミング。主電源接続完了、射撃用意完了です』

「撃て」

『俺のこの手が真っ赤に』

「そういうの良いから」

『アッハイ。ふぉいやー』


 何とも締まりのない会話だが、プラズマの爆発的な膨張によって吐き出される2発の砲弾の威力と速度は本物だった。ノーマッドが潜む茂みの木の葉を根こそぎ焼き尽くし四散させるほどのプラズマの暴風を後に残し、2条の流星は燃え盛る街の壁へ向けて飛翔する。


『後ろに向かって全速前進DA!』

「ふやぁっ!?」

「くっ!」


 後ろの木々をなぎ倒しながら、ほぼ数秒で70㎞/hにまで加速した車体に皇女が悲鳴を上げ、それなりに無茶な操縦に慣れているはずの魔女も小さくうめき声を漏らしながらシートにしがみつく。


「お、おおおいアルマ!お主なんちゅー操縦を!」

「何時反撃喰らうか解らんのだから我慢しろ。あと少ししゃべるな、舌噛むぞ」

「へ?ぬぉっ!?」


 後進状態から木々を車重と速度でなぎ倒しながら車両後部を軸に回転。車内に無数の衝撃と轟音が鳴り響き、強烈な振動が体を貫く。偽装装甲を施していなければ、砲塔を後ろに向けて射撃するだけで済んだが、砲塔が実質固定されている現状では仕方がなかった。無茶な旋回で少しばかり落ちた速度を、エンジンパワーと坂を下る際の重力の助けを借りて補充する。後ろへとすっ飛んでいく木々の合間からは遠くの方でほかの町へと向かう難民たちの群れの光がうっすらと見え隠れした。


『着弾まで3秒!』


 道なき道に道を作りながら、山を駆け降りる振動でぶれる視界の中、モニターに表示された赤い輝点に白い2つの輝点が滑るように吸い込まれていく。レーダーに反応しないステルス砲弾であるため表示される位置は計算から導き出した予想点にすぎないが、何事もなければ直撃しそうだった。


『2、だんちゃーく、今!』


 ガクンと大きな岩を乗り越えたのか数十トンの車体が盛大にはねた瞬間、白と赤の輝点が重なり、膨大なデータがモニターと己の脳内へと流れ込む。弾頭が計測した無数の数値や文字列をノーマッドの演算装置で解析していく中、ありえるはずのない文字列に思考が一瞬停止する。


『なん…だと…?』

「おい、ノーマッド。まさか不良品打ち込んだか?」

『まさか!出来立てほやほやの新品ですよ!?2発同時の誤作動とかありえませんて!』

「じゃあ、いったいこれはなんだ?」


 勝手に困惑している1人と1機に業を煮やしたアルマが不満げに「貴様ら、どれの事を言っている?」と口にしかけた瞬間だった。

 身に覚えのある魔力の励起をかすかに感じ、サッと顔が青ざめる。

 そんなはずはない。あんなものはもはや存在しない。ならば、なぜ?なぜこの兆候が表れる?まさか…

 動作はほとんど反射的だった。それまで添えるだけだった操縦桿に力を籠め、ようやくビークルが通れるような開けた道に出た車体を急旋回させ、減速させながら道端のノーマッドを隠せるほど巨大な岩陰へと突っ込ませた。ほぼ同時にコンソールを操作、自分が作り上げた外装を突き破る形で、サイドスカートから延ばされた姿勢保持用のパイルバンカーが地面に食い込み車体を固定する。

さらに事前に編んでいた魔術を発現させると操縦士席に光があふれ、突然の転移に目を白黒させているタブリスが降ってきた。大型犬用のシートベルトなど存在しない、間髪入れずにタブリスの体をしっかり掻き抱いて、インカムがあることも忘れて叫ぶ。


「全員何かに捕まれ!」


 ノーマッドは自律思考戦車ではあるが、あくまで操縦の優先権は乗員にある。無理やり操縦をオーバーライドしたアルマの行動に理由を問いかけようとしたAIは、今まで聞いたこともないほど切羽詰まった魔女の絶叫を聞き、組み込まれたプログラムに素直に従った。

 外気遮断、内部与圧、シートベルト締め付け、ショックアブゾーバー最大補正、パイルバンカー強制排除用意、索敵装置オフライン、冷却用液化窒素散布用意。真上で熱核兵器が炸裂しても中にいれば生き残ると呼ばれた新第7世代戦車の生存装置をフル稼働させた刹那。山の向こう、ルベルーズの方から閃光が溢れ。続いて衝撃波で吹き飛ばされた山体や木材の破片がノーマッドが隠れた大岩の左右を砕け、転がりながら吹き抜けていく。

 なぜだ、どうして…

 耳障りな警報、突然の衝撃波に驚く同行者たちの声を聞きながら胸に去来する絶望と失望に打ちひしがれる魔女の視線は、操縦者用モニターを流れる『WARNING:Blue on Blue』という文字列の上を滑って行った。












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