第18話 異星の夜

 木々の合間からこぼれてくる星の帯の光は、人が外の景色を認識するには微弱すぎる。しかし、どれ程闇が濃くなろうとも、それが可視光の減少によってもたらせられる闇であるのなら、異星人と異星技術にとっては障害になりえなかった。ナノマシンによって可視光照準用の高感度カメラ並の性能を得たユキトの眼には、ノーマッドが身を潜ませた林道からの風景が緑基調の映像として視えていた。


「周囲に味方以外の動体反応なし、か。フォレスピオンが浸透強襲ドクトリンを選んでいなきゃいいが」


 ぽつりと、どうでもいいことをぼやきながら首を廻し、砲塔上部に胡坐をかいた膝に、肘を当てて頬杖をついた。聞こえるのは森の中を流れる風の音と、虫にあたる生物の鳴き声、そして隣で退屈そうに大あくびをするタブリスの吐息。


「ふぁあ……仲間のところに行かなくてよかったのか?」


 貰い欠伸をかみ殺しながら、隣に座るタブリスに問いかけると一つ低く唸る。あの後、ガーズルフは12体の群れでノーマッドを囲むように再度布陣し、変わらずデウス・エクス・マキナと行動を共にし続けていた。

 変化したことといえば、ガーズルフの幼体の大部分が1頭ずつ大人のガーズルフと行動を共にするようになったこと。おそらくは不意の襲撃に際し、ひとところに固まっていたせいで全滅するのを避けるため、そして危険な場所では大切な次世代を目の届くところに置いておきたかったからだろう。

 とはいえ今ユキトの隣で毛づくろいを始めた幼い戦士は、ノーマッドの悪乗りでつけられた自由意思を司る天使タブリスの名に違わない性格をしているようだった。最初はほかの個体と同じように成体のもとへと散っていったが、気が付けばノーマッドの横を併進したり、砲塔上部に駆け上がって昼寝をしていたりしていた。見かねた成体が何度か首根っこを咥えて連れ去ったが、10分もすれば同じポジションに収まっている。何度か同じことを繰り返した結果、成体も根負けしたのか呆れたのか迎えに来なくなってしまった。


「ったく、此処に居ても肉は出てこないぞ」


 ワシワシと額をもんでやるとどこか気持ちよさそうに目を細める。こういった仕草はよく人に慣れた大型犬を彷彿とさせるが、実際は野生の、しかも生まれた星からして違う生物だ。

 自分にほかの星の生物から好かれる特性があったのか、それともこの個体が能天気なだけか…おそらく、いや絶対後者だろう。でなければ、大人たちが神経を張り巡らせながらノーマッドの周りを進んでいるさなか、暢気に昼寝などしない。


 ――自由人、いや自由狼にもほどがありますねぇ

 ――自由戦車に言われたくは無いだろうな。それで、どうだった?

 ――放射性炭素年代測定をやりましたが、伐採されてから約2040年。私の車載時計と照らし合わせますと西暦1640年前後の代物ですね。

 ――種類は?

 ――Chamaecyparis obtusa、つまりヒノキです。得られる情報すべてを照合しましたが、これ以外に考えられません。ついでに、貴方の軍靴に付着していた種や葉を分析した結果、Taraxacum カントウplatycarpumタンポポTrifolium repensシロツメクサPlantago asiaticaオオバコが特定できました。どれもこれも地球、特に日本でフツーに見られる品種ですね。貴方の言う通り星遺物ならぬ星異物ってわけです。

 ――あの星遺物は地球のしかも日本の神社ということで間違いなさそうだな。人だけでなく神社もエリクシルに転移したという事か。

 ――私の記録には日本の地上で超時空要塞がフォールドしたなんて情報はないんですがねー。

 ――だが手掛かりであることに間違いはないだろう。僕が転移した時、生命活動は連続していた。そして、この星遺物も地球産の種が命をつないでいると考えると、この二つの現象に関連性はあるとみていい。

 ――科学を信奉する人々風にいうのならば。この地球=エリクシル間の転移現象には

 ――再現性がある。


 先の見えない闇の中に、微かな光が見えたような気がした。それは火打石によって出現した火花のように微かで、わずかなモノだったが。基準も作れない闇の中に光の軌跡を焼き付けるには十分だった。


 ――What何か?は解った。だがWho誰が?、Where何処で?、Whenいつ?、Whyなぜ?、Howどうやって?は今だ解らないな。この星遺物が転移した正確な時間は解りそうか?。

 ――木材の劣化具合から言って、700年から800年程度。エリクシルを襲った大災害が鍵になるでしょうね。植物の分布は当てになりません、星遺物の境界線でほぼ二つに分断されています。エリクシルの植物には魔力を持たない地球の土は合わず、地球の植物はエリクシルの植物を押しのけるほどの勢力がなかったと見れますね。

 ――何処の神社かわかるか?

 ――無茶言わないでください。私は戦闘車両ですよ?何でもは知らない、データベースに記録された知っている事だけです。


「だよな」と肩をすくめた時、自分のすぐ隣にある車長用キューポラが解放され、アルマが顔を出した。タオルを首にかけた彼女はどことなくさっぱりした様にも見える。


「待たせたな、入っていいぞ」

「ああ、気にするな」


 アルマがどいたハッチに体を滑り込ませる、ハッチを完全に閉める前に「おやすみ」とタブリスに声をかけようとしたが、幼い守護狼はすでに丸くなって寝息を立てていた。





「貴様は体を拭かなくていいのか?」

「外に出ている間に軽く拭いたよ。それよりフェネカは?」

「良く寝ている、操縦士席でな」


 にやり、と人の悪い笑みを浮かべながら、上機嫌でアルマは戦術士席に収まり、壁面に埋め込まれた電気ケトルのスイッチを入れる。いつもの黒尽くめの服と紺色のフード付きインバネスコートではなく、ディオノスで調達した柔らかい生地のローブに似た群青色の寝間着。

 日中は操縦士ということで車体側の操縦士席に収まっているため、こうして砲塔側の戦術士席に座るのはフェネカが就寝した深夜になることが多かった。


「誰がどこで寝ても一緒だろうに」

「パーティーの情報をクライアントに漏らすわけにはいかないだろうが、馬鹿め」


 ちらりと、ユキトの視線が車長席の足元へと向けられる。本来ならばそこから操縦士席が見るのだろうが、今は防爆シャッターにより固く閉ざされていた。最初、ユキト自身は操縦士席で、女性二人は砲塔側で休んでもらえばいいと提案したが、2人に反対されて今に至る。何やかやと理屈をつけていたが、要約すれば”こいつと一緒に寝たくはない”と言う事だった。クライアントと犬猿の仲になってどうすると言いたかったが、それを言うと周囲の水素と酸素が情熱的な抱擁を交わしそうだったので飲み込んだのを覚えている。


「それで、星遺物について何かわかったことは有るのか?」

「結論から言えば、あの星遺物は僕の星のもので間違いない。こちらに来た正確な時代は解らないが、大方大災害の後だろう。一歩前進と言うところだ、ま、謎が増えてゴールが2歩遠のいた感じはするが」

「そう、か…」


 どこか複雑そうな表情で彼女が頷く。「どうして、君がそんな顔をするんだ」と茶化してみたが、彼女の顔は晴れなかった。


「いいや、なんでもない。気にするな。前進したのは喜ばしいことだ」

「手掛かりが圧倒的に足りないのは事実だが、行動の指標は立てられる。フェネカの依頼が終わったら星遺物を重点的に探ってみようと思うんだが、どうだろうか?」

「リーダーは貴様だ。私はそれに従うし、手伝えることは手伝う」


 意外にも、彼女はすんなりと自分の提案を受け入れ、あまつさえ微笑んで見せた。彼女に利益はない、自分の願望の為の提案。それになにか、引っ掛かりを感じた。


「……いいのか?」

「ああ。私はもともとザラマリスの連中から逃げきれればいい。その間に何をやろうが知ったことではない。どうせ行く当ての無い身だ、目的のある放浪の方が幾分か良い。それに…」

「なんだ?」

「こんな風に誰かと旅をする機会なんてなかったからな。それが、少しだけ楽しいと感じてしまうんだ」


 ユキトから視線を離して銀色のマグカップに芳ばしい香りを放つ黒色の液体を注いでいく。その若干上気した横顔には安らぎと、どこか陰のある笑みが浮かんでいた。体を拭くことで入浴とほぼ同じ効果を得ることが出来る、熱い簡易入浴タオルを使った直後ということもあり、なんでもない仕草にドキリとしてしまう。


 ――美少女の風呂上がり効果万歳

 ――まさかとは思うが。もちろん車内カメラはオフにしていたよな?

 ――……………せやな

 ――愉快な前衛芸術に変えられる前に消去しとけ

 ――嫌でござる!絶対に消さないでござる!

 ――OK、先にメインプログラムから消去しろ


「ユキト?」

「ああ、いや。何でもない、有難う」


 頭を振って怪訝な顔をしているアルマからマグカップを受け取る。ノーマッドの悪ふざけか、空調の風向きが変わり仄かに柑橘系のシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。閑話休題煩悩退散


「戯言ばかりの旅で申し訳ないとは思っているさ。戦闘能力は一級品だが、どうにも脱線しやがる」

「貴様もな」

「否定はしないさ」


 星の帯を杯にして。とカップを掲げてコーヒーを一口。アルマが淹れるとやはり旨い。彼女の話では味覚を刺激する魔術を組み込んでいるらしい。初めは抵抗があったが、地球人が化学調味料を使うようなものかと気づけばこれはこれでいいと思えるようになった。むしろ、その場に応じて適切な魔術がかけられるのならば、地球の調味料より優秀でさえある。

 優れた魔術師は優れた料理人でもある、とはアルマの弁だ。


「でも、悪くはない。騒々しい場所は嫌いなんだが…不思議だな。魔術でも使っているのか?」

「魔女に言われるのは複雑な気分だな」


「冗談だ」と小さく笑い、つられて自分も笑う。昼間は仏頂面を表に出していることが多いが、夜になってフェネカが就寝し、気が緩むとこんな風に静かに笑う事があった。力のある魔女とはとても思えない、年相応の微笑み。成り行きとは言え、そんな側面を見られるようになったのは、エリクシルも悪くないと思えるようになりつつある要因の一つだった。


「明後日には森を抜けられるだろう。その後は、ルベルーズで補給し次の町へ向かう。フォレスピオンがここまで活発だと、街の警戒が厳しくなっているかもしれないな」

「フォレスピオンか、自壊してサンプルが取れないのが痛すぎるな」

「仕方あるまい、それが出来たのならもう少し奴らへの理解も進んでいただろう。錬金術で変質させれば、自壊は止まるが良好なサンプルとは言えないな」

「まあ、それでもわかることは有るさ」


 そう言って、車長席のコンソールの上に置いてあった金属片を手に取る。フォレスピオンの装甲が歪に割れた部分を錬成したものらしく、数枚のプレートが折り重なっている構造が見て取れた。


「フォレスピオンの装甲は10㎜の装甲板が合計6層重なって構成されている。導体と不導体が交互に重なっていて、2セット分の電磁装甲システムが構築されているのだろう」

「ノーマッドのデータベースで見たが、まさか地球に同じようなものがあるとは思わなかった。だから、貴様たちの武器で対抗できたのか」

「振動刀と拳銃用衝撃弾頭か。ま、振動刀はともかく衝撃弾頭の方は電磁装甲に頼り切った軽装甲車両じゃないと効果は薄いけどな」

「重装甲ビークルは電磁装甲だけではないのか?」

「ノーマッドも電磁装甲を採用してはいるけど、頼り切ってはいない。電磁装甲の後ろにはキチンと主装甲が装備されている。最前線で殴り合う戦車には絶対に必要なものだ。それを破壊するために作ったものの一つが振動刀ってのは理解しがたいが…」

「結局、その刀はなんなんだ?フォレスピオンを切断するとき光っているように見えたが」


 アルマの視線が壁に固定された刀へと向けられる。数体の魔獣を切った振動刀はディスプレイの光を鈍く反射し、次の戦いを静かに待っていた。


「電磁装甲はその性質上大量の電気を帯びている。この振動刀は単原子構造で電磁装甲部分を切り裂き、そこに流れている電気を奪って刃の部分とそこに接触した部分ををプラズマ化させ、対象を溶断する。奪った電流が消費しきれない場合は軍服と軍靴を通して地面へと逃がす」

「まて、それだと相手が電磁装甲を持っていなければ」

「単によく切れる刀というだけの割り切った兵器だ。901ATTでもあるまいし、なんでこんなものを作ったんだか…」

「…遠距離から撃破する手段はないのか?」

「さて、無いものねだりをしても仕方がないからな。今のところ、フォレスピオンを破壊できるのは衝撃弾頭弾と振動刀、ノーマッドの戦車砲だけだ。当分はこんな感じで戦うしかないだろう」


 あっけらかんと言うユキトに、瞬間的に沸き上がる怒りをどうにか抑え込む。正直言って彼の戦い方は見ているほうの心臓に悪い。まっすぐ突っ込み、敵の攻撃を紙一重で回避、最短最速で致命傷を叩き込む。効率は良いのだろう、しかし博打にすぎる。エリクシルで凄腕と呼ばれる冒険者の中に、このような戦い方をする者は少ない。中級者以下ならよく見かけるが、大抵はすぐに死んでしまう。

 ユキトはナノマシンと言う異星の技術によって身体を強化しているから大丈夫だというが、だからといって安心して見ていられるほど信用はできなかった。

 無言でユキトから顔を背けてスマートフォンを操作し、ノーマッドを呼び出し、彼に聞こえない様に小声で要件を伝える。


「ノーマッド」

『なんです?』

「コイツ用にロケットランチャー…だったか、とにかく遠距離でフォレスピオンを破壊できる代物を用意できるか?」

『そういうと思って準備中ですよ、明日には完成します』

「よろしく頼む、早めに渡しておかないとこの馬鹿ならフォレスピオンの群れにも嬉々として突進しかねない」

『さすがにそんな事にはなりませんよ。そんなことより』

「なんだ?」

『やっぱりユキトさんの事が心ぱ』


 最後の言葉を聞く前に通話を強制終了する。顔が熱いのは体を拭いたタオルが熱すぎたか、熱いコーヒーを飲んだからだ、そうに違いない。


「どうしたんだ?電話なんて使わなくても、ここで話しかければいいじゃないか」

「喧しい、黙れ、とっとと飲んで寝てしまえ」


 カップに残ったコーヒーを飲み干し、アルマは毛布にくるまって此方に背中を向けた。先ほどまでは穏やかだったのに行き成り機嫌が急降下した彼女に「やっぱり女の子はよくわからん」と小さくぼやき、シートをもとの位置に旋回させてゆっくりとコーヒーを味わう。

 そういえば、今日のコーヒーは微かに甘みが強いような気がした。




 


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