第24話 路地裏の暗闘

「レネーイド帝国に対する国家転覆を共謀した罪。および反逆者、フェネカ・ブリンドル・レネーイドを匿った罪で捕縛する」


 突き出された紙にはフェネカ・サーブと自分たちが呼んでいた少女の写真が張り付けられていた。

 

「冤罪だ、誰だそいつ。そもそもアンタらは何者だ?」


 最初は別人のふりをしてごまかそうとしたが、最初の問いに対して特に否定の言葉を述べていなかったために断念せざるを得なかった。そもそも、首に剣を突き付ける動作に一切の迷いがない所や、本名を知られていることから、相手は少なくとも自分の容姿と名前を完全に把握し確信していると考えるべきだろう。


「抵抗するな、武装解除せよ。捕縛が望ましいが、命令に対象の生死条件は含まれていない。しかし、我々も情報が欲しい。こちらに従えば手荒な真似はしない」



 それまで黙っていた3人目――ユキトから見て一番向こう側――の騎士がくぐもった声で脅しの言葉を並べるのに、「まてよ」と声がかかる。視線だけを後ろに向けると、不機嫌そうな顔をしたナングスが椅子から立ち上がるところだった。


「その鎧の紋章、レネーイド帝国ご自慢の近衛魔導騎兵連隊だな?ルベルーズくんだりに来てまで憲兵の真似事とは、先帝の御代から随分と庶民的になったな」


 ――レネーイド帝国近衛魔導騎兵連隊!

 ――どうした?ノーマッド

 ――字面の響きがクッソかっこよくて草

 ――よし、黙ってろ


「貴様に用はない。最後の警告だ。直ちに武装解除し、投降しろ。さもなくば」


 実力行使。という言葉は首に突き付けられた剣が雄弁に語っている。思考の時間はなく、選択肢もほぼ存在しない。体全体を覆うマントの中で、レネーイドの近衛兵が侵入したときから銃把に添えている右手にわずかに力を入れる。

 ナノマシンで強化された眼球はすでに可視光のみならず赤外線による熱分布の解析結果を脳へと送り続けている。そこから導き出されるのは、今目の前にいる生命体は一つだけだという結果だった。


 ――前2つのデクの坊の弱点は?

 ――胸の上当たりじゃないですかね?くぎゅボイスの弟的に考えて

 ――衝撃破砕弾頭じゃないが行けるか?

 ――ゴーレムに電磁装甲はないでしょ。てか、対人とかついてますけど、我々の時代での対人兵器はナノマシン強化された歩兵が基準ですからね?こんな時代遅れも甚だしいプレートメイルぐらいなんてことないですよ。

 ――魔術という不確定要素は?

 ――そういうときの魔法の言葉”地球舐めんなファンタジー!”


 重苦しい沈黙が続き、しびれを切らしたらしい近衛の指揮官が新しい命令を下そうと息を吸い込んだ瞬間、異星人ははじかれるように後ろへ跳躍する。剣を突き付けていた魔術鎧兵は即座に腕を前に伸ばし、切っ先を後退する反逆者の喉へと突き刺そうとするが、それよりも早く目標は射程外へと逃れてしまう。


「殺せ!」


 殺害命令が下り、フェネカの写真を突き付けていた魔術鎧兵も腰の剣を抜刀。突きを繰り出した魔術鎧兵はさらに踏み込んで、壁際へと追い込まれたユキトへと振りかぶった剣を逆袈裟に振り下ろそうとする。

 しかしその凶刃が届く前に、店内に乾いた音と轟音が響き渡り、剣を振り上げた魔術鎧兵がくの字になって後方へと吹き飛び転がる。指揮官の目の前まで転がった魔術鎧兵の胸部には丸い穴が2つ空いており、胸甲が派手に凹んで塗装が剥げてしまっていた。

 魔術的な防御を幾重にも重ね合わせた近衛魔術鎧兵の装甲を一撃で穿ったのは、反逆者の手の中にあるリボルバー式の拳銃。ありえないと指揮官の脳が施行を放棄した瞬間、2度目の発砲音が響き主を守ろうと果敢に立ち向かった魔術鎧兵が、先ほどのリプレイのように後方へと吹き飛び無人のテーブルを押しつぶした。ひしゃげた装甲の隙間から、無残に破壊された結晶のかけらが数粒パブの床に転がる。

 気が付けば、陽炎を揺らめかせる異形の銃口は、反逆者の悪辣な笑みとともに自分へと向けられていた。


「で、武装解除と情報の開示、どちらが好みだ?」

「貴様、やはり皇女の手先か!っ!?」


 頭部を銃弾がかすめ耳障りな音が兜の中に響き、言葉を切ってしまう。


「質問に質問で返すなバカヤロウ。銃口の角度が狂わないうちに知っていることを洗いざらい吐け」

「反逆者にくれてやる話など何一つない!」

「本当に?今の状況を分かっているのか?」

「貴様こそわかっているのか?レネーイド帝国の近衛兵を2機損壊させた。ルベルーズ国内であっても、帝国に対する反逆罪は成立する。即座に投降せよ、さもなくば帝国は全力をもってこの屈辱を晴らすだろう!」


 国家権力を盾に脅しの言葉を並べたてつつ、指揮官は剣の柄に埋め込まれたクリスタルへ魔力を流し魔術式を構築していく。拳銃の威力は脅威ではあるが、相手はまだ子供、国家権力をバックに持つ人間を撃つには躊躇が残る。付け入るスキはいくらでもある。こちらの脅しに耳を傾けている間に、そこの獣人もろとも消し炭に変え


「交渉決裂?それは残念」

「え?」


 あっさりと、何でもないような仕草でトリガーが引かれ。銃口から飛び出したスチールコア弾はわずか数mの距離を飛翔し近衛兵指揮官の兜に着弾。金属がねじ切れるような轟音を立てて貫通し、中に納まっていた指揮官の頭部をたやすく粉砕した。兜の隙間から多量の血が噴き出したかと思うと、痙攣をおこしながら最後の1人がパブの床へと崩れ落ちる。


「面倒なことになったな、大丈夫かあいつら」


 時折、ひきつったように痙攣を繰り返す血だまりの中の鎧を一瞥し、壁際に立てかけてあった小銃を肩にかける。


「おい。いいのか?」

「捕まるのは癪だし、殺されるのはもっと癪だ。おとなしく捕まっても殺されてただろうさ」

「そいつはそうだが…」


 あっけらかんと言うユキトに微妙な顔をするハルム。ナングスも理屈はわかるが、どうにも違和感をぬぐい切れていない視線をユキトへと向けている。唯一、シャルノーは薄汚れた窓から通りを確認し、ゲッと声を上げた。


「ユキトさん、逃げるなら今のうちですよ。団体様が向かってきます」

「マスター、裏口は?」


 一つ舌打ちをしたナングスが問いかけると、カウンター裏に隠れていたマスターの指が店の裏手へ続く扉へと向けられる。特にカギはかかっていないようだ。


「いいか?ユキト。悪いが俺たちはルベルーズ軍だ、奴らが俺たちに危害を加えない限り、手を貸すわけにはいかん。知らぬ存ぜぬを通すぞ?」

「もちろん。これで死んだら笑い話もいいところだ。うまく逃げ切ってくれよ、中尉殿」

「貴様もな」


 ラフに敬礼を交わして扉をけ破る勢いで店の裏手へとユキトが走っていく。店の出入り口を通して、鎧がこすれる音が騒々しく店内に響き始めた。


「で、どうする?隊長。逃げちまうか?」

「店の二階に隠れるのもいいかもしれませんね」

「ハッ、そんなこと1ミリも考えていない顔でよく言う。マスター、ちょいといろいろ借りるぞ?」

「ダメと言ってもやるんだろ?お前さんらは」


 カウンターの下から這い出してあきらめたように苦笑いする店主の手には、”廃油”と書かれたタルが握られていた。



 ついに店のドアに追っての手がかかった時、ドアや窓の前はパブの備品だったテーブルやタルが積み上がり、即席のバリケードと化していた。何とかバリケードを破壊して店内に踏み込んだ近衛兵ではあったが、今度は床にまかれた大量の廃油に足を滑らせて派手にすっころび、時間を大幅に浪費してしまう結果になった。





 ――パブの裏手から脱出とかアウトブレイクじみてきましたね。

 ――爆薬で木っ端みじんになるのは勘弁だな。2人は大丈夫か?

 ――ユキトさんがバトってる間に狙撃食らったみたいですね。フェネカさんが弾道捻じ曲げて回避したようです。現在私の方角へ向けて路地裏を逃走中。あ、それと、フェネカさんがレネーイドの皇女だってことゲロりました。

 ――何かあると思ってたが、皇女様とはね。

 ――貴種流離譚キタコレ。ちょうど反逆者になったことですし、伊達と酔狂で革命戦争おっぱじめる他にないですよ。

 ――せめてイゼルローンが欲しくなるな。

 ――申し訳ないけど健康と美容のための、食後の紅茶一杯で即落ちする要塞はNG


 ルベルーズの路地裏を駆け抜け、くだらない話を挟みつつ宿の近所に停車させたノーマッドの方向へと急ぐ。路地裏の地図などないので方向のみを頼りにした行き当たりばったりな移動。同じような景色に方向感覚を狂わされそうになるが、視界に表示されたノーマッドの方角を示す矢印を頼りに足を動かし続ける。


 ――いっそのこと屋根伝いに行くか?いや、ダメだな。狙撃手がいる。

 ――光学迷彩機能があるじゃないですか。可視光、紫外線、赤外線をごまかせる優秀な奴ですよ。

 ――それを先に言えバカヤロウ。


 フードを被りナノマシン経由でコートの光学迷彩機能をアクティブに。同時に戦闘術式導入インストール、術式名【パルクール】。道に置かれた木箱や、壁を伝う排水パイプに手足をかけて一息に屋上へと飛び出す。薄暗い視界が一度に開け、ルベルーズ市街を構成する、なだらかな斜面の屋根を蹴飛ばし先を急ぐ。

 街路を見下ろすと大勢の人間が我先にと屋内へ避難しようとした結果、街道の両脇に人が殺到しひしめき合っている。その中央に空いた道を事態の収拾に向かうルベルーズの警察車両と思しきビークルが走り回り、ケピ帽を頭に乗せた警察が混乱を収めようと躍起になっている。


 ――タイヤ駆動なところを除けばルノーR35に似てますね。搭載砲は20㎜クラスのようですが。速度はかなり出るみたいです。

 ――警察車両なら機関砲レベルの砲弾でも十分ということか。市街地ならタイヤ駆動の方が都合がいいのかもな。


 そんな風に異星の警察車両を見やっていたのもつかの間。脳に伝達された警報に従って、踏み出した足で思い切り屋根を蹴飛ばし横っ飛びに回避する。

 直後、直進していたら顔があったであろう領域を何かが過ぎ去ったかと思うと、屋根の瓦が粉塵を巻き上げてたたき割られる。

 背中を伝う冷や汗を無視して今度はさらに速度を上げて、傾斜のついた屋根からとある店舗の屋上へと転がり込み、階段の出口物陰に滑り込む。それとほぼ同時屋上への出口として作られた構造体の角が欠け、延長線上の屋上に弾痕が穿たれる。


 ――おいこら、狙撃されてるぞ。3秒やるから事情を説明しろ

 ――えー、今少しの時間と予算をいただければ

 ――弁解は罪悪と知れ。ったく、光学的な観測じゃないってことか。

 ――対砲迫レーダー起動。南南西の方角、距離800mの防御塔からの狙撃ですね。

 ――ルベルーズ軍は何やってんだ。防御設備が無断使用されてるじゃないか。


 愚痴をばらまきながらスリングで背中に背負っていた小銃になじみのある形状のライフル弾が5発一組になったクリップを叩き込み。ボルトを前進させる。魔改造によってボルトアクション・レールガンなどというキワモノになってしまったが、遠距離狙撃に使うなら十分以上の代物だ。最悪の事態も想定して銃剣も装備しておく、いきなり近接戦に巻き込まれた場合、腰の刀を抜くよりも銃剣で攻撃した方が早い。


 ――総員(1名)着剣!オールハンデッド・ガンパレード!

 ――これから狙撃戦しようとしてる時に突撃してたまるか!

 ――え?銃剣つけるとか突スナする気満々じゃないですかやだー

 ――銃剣に予備バッテリー機能付けたのはどこのドイツだ!

 ――わ・た・し・だ

 ――よーし、帰ったらパネルたたき割る。狙撃諸元送レ。


 狙撃ソフトを起動。周囲の風向風速、重力、温湿度などを計算した弾道予測線を、視覚野情報投影システムVIPSを通して認識する。装填された弾丸は、オニズィレスを攻撃したものより爆発範囲を拡大させた電子励起炸薬榴弾。7㎜クラスの弾頭でもグレネードランチャー規模の効果範囲を持つ。狙いが少々甘くても問題はない。

 一つ合図するように深呼吸をしてから、先ほど自分が駆け込んだ方の壁から身を乗り出し間髪入れず発砲。改造前とは違い、強烈な反動リコイルが肩を蹴飛ばし、銃口からほとばしったプラズマの残滓が目と大気を焼いたかと思うと、800mほど離れた防御塔の一角で爆炎が膨れ上がり、衝撃波をもろに食らった塔の一部が崩落していく。


 ――エリック後ろだ!

 ――後ろかよっ!


 振り向きざまに屋上を蹴って遮蔽物の方へと倒れこむ。頭上を何かが過ぎ去る音が響き、それまで自分の身を隠していた出口に弾痕が穿たれた。

 逆方向からの狙撃では、この出口は遮蔽物の意味を持たない。完全に体が倒れきる前に足を踏み出し、加速する。狙撃を受けた方向には先ほど自分が狙撃した防御塔と同じような塔がそびえたっている。


 ――くそったれ、2人目か!

 ――まだ来ます!6時方向!


 別の屋上へ飛び乗る直前に横へと飛ぶと体の横を高速の飛翔体が大気をねじ切りながら通過し、目の前の煙突に弾痕を穿つ。直進していれば、心臓に受けていたであろう位置とタイミング。

 ボルトを引いて廃莢、次弾装填。今まで走ってきた屋根よりも若干低い、傾斜した屋根に飛び降り、そのまま屋根を滑って路地裏へと降り立つ。複数の狙撃兵がうろつく屋上を走り続けるなど自殺行為も同然だ。

 そう考えて路地に戻ったユキトだったが、着地すると同時に乾いた笑いが漏れる。


 ――モンスターハウスだ!

 ――聖域の巻物よこせコンチクショウ!


 着地した先は運悪く、敵意むき出しの近衛魔術鎧兵のど真ん中。その数8体、そのうち入りのものは縦列の前後を固める2体。唯一の救いといえば、細い路地であるため攻撃を受けるのは前後の方向だけというぐらいだった。

 指揮官の号令が響くか響かないかのうちに、銃口を熱源反応のある鎧を含む4体がひしめいている前方へ向け、信管を不活性化させたうえで発砲。

 重戦車の正面装甲に匹敵するオニズィレスの頭殻を貫いたレールガンの威力はすさまじく、放たれた弾丸は射線上に重なった鎧を引き裂き、魔術結晶を砕き、肉体を穿つ。

 魔術結晶に直撃を受けなかった魔術鎧も、貫通した際に生じた鎧の破片が高速で降り注ぎ機能不全に陥って沈黙する。最後の装甲板を穿った弾頭に大きな力は残されておらず、弾頭の多くが損壊していたが、損壊した弾頭は指揮官の体の中で複雑に回転し、動脈を切断するなど致命傷を与えた。


 ――ホノオ!着地後コンマ数秒で放たれた弾丸でカマセ・ドッグめいた4人のクローン鎧無残!ここまでされる謂れはない!

 ――凶器準備してガンマチオンラインしてたからインガオホー、イイネ?

 ――アッハイ


 着弾の衝撃で吹き飛ばされ、血しぶきとともに折り重なる魔術鎧兵に目もくれず踵を返し、後頭部に振り下ろされようとしていた剣を小銃で受け止める。

 金属が触れ合う硬質な音が響き火花が舞うのもつかの間、プレートメイルとしてはスリムな腹に、ナノマシンで身体強化を施した蹴りを叩き込む。力任せにたたきつけた軍靴と装甲板が轟音を発し、たまらず魔術鎧兵が蹈鞴を踏んだ瞬間。小銃を手元に引き寄せ、前方へと突き出した。

 腰の軍刀とほぼ同じ構造に改造された単分子振動銃剣が胸甲をたやすく切り裂き、奥に装着された結晶を破壊した。事切れた魔術鎧兵のごとこちらを葬るつもりなのか、後ろのゴーレムが巨大なハルバードを振り上げる。刺さった銃剣は簡単に抜けそうもなく、頑丈な小銃を手放すのは少々惜しい。

 ボルトハンドルを引いて廃莢、再装填。信管モード:不活性。小銃の先端が刺さったままの魔術鎧兵を基点にわずかに回転し、斜線をハルバードを振り上げたゴーレムに合わせ、間髪入れずに発砲。

 鎧内で膨れ上がったプラズマによって結晶を破壊された魔術鎧兵の5体が四散し、射線上のゴーレムがくの字になって吹き飛んで路地の壁に衝突しスクラップへと変わる。


 ――ゴウランガ!ユキトのカトン・ジツによってゴーレムはしめやかに爆発四散!ワザマエ!

 ――小銃これって火遁なのかよ


 残り1体と1人。

 右手に片手剣、左に盾を装備した魔術鎧兵が、ラウンドシールドを前面に押し出してシールドバッシュ。バックステップで回避したところへ、最後尾にいた指揮官の長槍が襲い掛かるのを体をひねってよける。その隙をつくように踏み込んだ魔術鎧兵により、肉厚の片手剣が振り下ろされた。

 単分子銃剣を起動。振り下ろされる剣に銃剣を沿え、払うパリイと同時に柄から3分の2ほどを切り飛ばす。払われた腕が右側へ軌道を変え、宙を舞った刀身が路地裏にかすかに差し込む恒陽の光を反射した刹那、片手剣を払うために上に突き上げた銃剣を長刀のように振り下ろそうとする。魔術鎧兵は最短距離で盾でガードしようとするが、それよりも早く、無防備となった左の腹へ蹴りを受けて仰け反ってしまった。

 体制を崩した魔術鎧兵を援護するためか、指揮官の槍がユキトをとらえようと突き出される。敵の右の脇腹あたりから突き出された槍を、死角となる左わき腹側へと踏み込むことで回避。それと同時に、銃床を胸甲へ思い切りたたきつけて体制を崩させるとともにさらに後退させ、こちらは1歩引いて距離をとり、銃剣の間合いへ。

 再び踏み込むと同時に刺突。今度こそ銃剣は胸当ての装甲を食い破り、結晶を破壊。しかしゴーレムの最後の意地なのか、機能停止する直前で身を捩ったせいで銃剣の基部が曲がってしまい、安全装置が働いて銃剣がパージされてしまう。


「もらったぞ!反逆者!」


 喜色と焦りがない交ぜになり、絶叫と勝鬨の中間の声を張り上げた指揮官が、頽れた魔術鎧兵を踏み越えて槍を突き出す。

 穂先の刺突進路を即座に演算、予測し、体をわずかに横に向けて回避する。はためいたコートに槍がこすれる音かすかな音を聞きながら前進。

 次弾装填、拳銃や軍刀サブアームへの持ち替えは時間がかかりすぎる。生半可な攻撃では魔術鎧を貫通することなど不可能。古典的ではあるが、ある意味最も確実な手段を選択。

 銃剣のなくなった小銃を担ぐように、銃把の部分から銃身へと持つ場所を変える。銃床を肩に担ぐようにもちかえたので、その直後はすでに振りかぶった状態。ここからやることなど一つだけ。


「――――――――――っ!」


 吶喊の叫び声なのか、喉から漏れた悲鳴なのか判別はつかないが。小銃をこん棒のように振りかぶって蛮声を挙げる異星人の姿に近衛兵が一瞬硬直する。


 そして、彼にとって一瞬さえあれば十分に過ぎた。


 金属がひしゃげる轟音が路地裏を反響し、続いて重いものが崩れ落ちるくぐもった音が響く。原型を止めないほどにつぶされた兜の亀裂から噴き出した血が石畳にいびつな赤い円を描いていき、痙攣した騎士によって時折さざ波が立った。


 ――おおゴウランガ!見るがよい!ユキト=サンにより指揮官の頭はネギトロめいた有様!そしてルベルーズの路地裏は哀れツキジめいたアトモスフィア!実際コワイ!あ、あいつらハイク詠まなかったので代わりに詠みますね。反逆者 ユキトはセプク インガオホー

 ――………

 ――………

 ――………ポエット

 ――雲の切れ間から顔をのぞかせるドクロめいた星の帯が「インガオホー」とつぶやいた。

 ――今日は快晴だ、そしてどこをどう見たら星の帯がドクロに見える。まあいい、それにしても敵が多いが、二人は大丈夫か?

 ――あの二人なら警察からルノーR35(仮)かっぱらって市街地を爆走中ですが?

 ――何それコワイ


 アルマの持つ通信端末が拾った音声がユキトの脳へと流れ始める。負傷でもしていないか、わずかばかりの心配はあったが、通信を聞いてその考えを星の帯の向こうへと放り投げた。


『おいアルマ、そこ右じゃ右?!』『渋滞しているから仕方がないだろう。無駄口叩かずもっと発煙弾を投げろ、視界をくれてやるな』『弾切れなんじゃが…あ、どうせあいつ等、儂のこと殺す気じゃし実弾撃ったろ』『おい!敵に当たってる弾より店に当たってる弾の方が多いぞ!?』『あーあーこちらセリヌ3番、レネーイドの馬鹿どもが市街地に銃撃しておるぞ!反撃せよ!奴らを生かしてルベルーズから出すな!』『げ、外道…』


 ――やだ、うちの女性陣たくましすぎ…

 ――……何をしてるかはともかく無事ならいい、先にそっちと合流する。

 ――あの、それより私の本体に向けてグンクツの音が近づいてくるのですが

 ――戸締りして侵入を許すな。合流したら助けに行ってやる。

 ――そんな無茶な…

 ――為せば成る

 ――アイェェェ


 情けない自律思考戦車の言葉を聞き流し、血だまりを蹴飛ばして路地を走り出す。向かう先では怒声と悲鳴、砲撃と銃撃の混声合唱が鳴り響いていた。






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