第17話 或るパーティーの災難


「こいつは……」


 依頼を受けて一週間、森での捜索を開始して3日、その間の討伐数、0。これは無駄足だったかと結論をつけ始めた上級者パーティー、アルカロルのメンバーは突然目の前に広がった光景に息を飲んだ。

 ヴァプールの森を貫く街道から100mほど外れた円形の広場に以前の面影は欠片も残っていない。見慣れない植物が生い茂っていた地面には無数のクレーターが穿たれ、掘り返された土砂が柔らかな緑の草を下敷きにしている。広場の端には錬金術によって作られたらしい、先端がいびつな形状で固定された槍が、ほかのクレーターよりも壁面が滑らかなソレから6本突き出している。そして、広場の中心にあった木製の廃屋は影も形もなく、わずかに木片が土砂に突き刺さっているのが確認できる程度だった。

 森の中に突如現れる星遺物としてある種の幻想を抱かせる光景はそこには存在せず、ただただ荒々しい戦場の名残がくすぶっているだけだった。


「クレーターも残留魔力もまだ新しい。戦闘があったのは恐らく昨日だろう」


 大粒の蒼いクリスタルを先端に据え付けた杖を、そこかしこに口を開けているクレーターに向けていた魔術師のナナイ・ウォルマーがリーダーであるファルス・クレイシーへと自分の見解を伝える。彼の周りであたりを警戒していた長槍使いのライ・カスパウルと戦斧使いのマード・ゼバスタンも同様に頷き、差し迫った危険はないと警戒をわずかに緩めた。


「クレーターの規模と残留魔力から考えると、間違いなくフォレスピオンだ。それも、一体や二体じゃない。少なくとも8体、多くて12体は居た」

「フォレスピオンの群れが交易路を封鎖してるって話なんだろ?確かに12体も居たんじゃ商人は商売上がったりだわな」


 水竜種の翼から削り出した青い槍を退屈そうに肩に担ぎながら、ライは若干あきれたような声を上げる。数えるのもバカらしいほどのフォレスピオンを駆り、魔獣殺しの称号を授与された彼らでも、3体以上の相手はキツいものがある。12体など、どうやって戦うかよりも、どうやって自分が生き残るか考えた方が建設的ですらあった。

 マードが近くにあったクレーターに歩み寄る。人一人がゆうに入れる大きさで、それを作り上げた攻撃の激しさを物語っている。


「クレーターの数が多く、深い。フルパワーの収束魔力光を乱射したようだ。それだけ激しい戦いだったのだろう」

「んで、ここに居た運の悪いやつは錬金術なりなんなりで抵抗したが、木っ端微塵ってわけか。この様子じゃぁ、使えそうな道具は無さそうだな」

「ライ、やめろ」


 リーダーが一睨みすると「冗談だよ」とライが肩をすくめる。使えそうなものは何でも使うのが信条の男であり、彼の機転に助けられたことは多い。しかし、死者からすらも必要とあらば道具を持ち去ろうとする考え方には辟易していた。


「木っ端微塵になったのは、案外フォレスピオンの方かもしれないわよ?」

「なんだと?」


 4人とは離れた場所を調べていたパーティーの紅一点、魔術師のアニス・ガブリントの告げた言葉に男4人が振り替える。しとやかな外見に似合わず苛烈な火炎系魔術を得意とする魔女は、トレードマークの緋色のローブを翻して拾い上げた手掛かりを見せた。

 黒いグローブで包まれた指先につままれているのは金属光沢を呈する鉄色のネジくれた破片だった。


「やられたヤツの武器の破片か?」

「いいえ、フォレスピオンの装甲よ」

「装甲?いや、だってよ」


 ライが怪訝な顔で疑問の声を上げる。魔獣の多くは機能停止に追い込むと急速に体が分解されていき、10分もすれば微弱な魔力を帯びた細かい金属の粒、魔獣塵に分解されてしまう。中にはヒュッケバインの様な例外もいるが、基本的にはフォレスピオンのように死体となった後は程度の差こそあれ分解されてしまうのが常だった。


「正確には装甲だったもの。倒したフォレスピオンを錬金術で変質させて即席の盾にしたのでしょう。その証拠に、フォレスピオンではない残留魔力が残ってる。ナナイ、貴方ならもっと詳しいことがわかるんじゃない?」


 そういって金属片をもう一人の魔術師に放り投げる。群青色のローブを着込んだ優男は、放物線を描いて飛んでくるソレを危なっかしく受け取り解析の魔術をかける。


「……本当だ。かなり巧妙に処理してあるけど、微かに残っている、けど…こいつは」

「何かわかったのか?」


 ファルスが急かすように問いかけるのを無視して、再び解析の魔術を発動する。今度は魔力の残滓がこびりついているわずかな箇所に絞り、効率よく残された情報を読み取っていく。


「妙な魔力だ。基本4属性どころか希少属性にも振り分けられない。なんと言うか、入り混じってる」

「多属性魔術の使い手ってわけか?」

「いいや、違う。多属性魔術は術式に魔力を流すときに対消滅が起こらないよう、反属性魔力の間に別の属性の魔力を流すとか、そもそも反属性魔力を組み合わせないとかで工夫する。けれどこれは違う、マーブル模様みたいに複雑に絡み合っている。どんな魔力炉を持ってたらこんな魔力を生成できるんだ?」

「ちょっと、ストップ。この妙な魔力の持ち主は後にしましょう、それよりも重要なのはフォレスピオンが錬成されているという事。生きている魔獣に錬金術をかけるのは不可能だということを考えると、少なくとも此処に居た誰かは、少なくとも1体のフォレスピオンを倒して錬成したことになる。そして信じられないことなんだけど、この広場、魔獣塵だらけよ。一体や二体じゃない、それこそ10体分はある。残留魔力の濃度から言って、時間差はあまりないわ」


 痛いほどの静寂が場を包み、一陣の風が立ち尽くす5人の間を吹き抜ける。10体ものフォレスピオンを相手に殲滅したなどという話は聞いたことがない。子供向けの御伽噺でさえ書かない荒唐無稽な出来事だ。

 初級クラスのパーティーならば、魔力の扱いに長け魔獣塵を感知しやすい魔術師が過大な評価をしているのだろうと思うだろう。中級クラスのパーティーならば”そんな馬鹿な”と笑い飛ばしただろう。しかし、彼らは魔獣と幾度も交戦した上級者パーティーであり、索敵と攻撃においてアニスへの信頼は絶対だった。アニスがそういうのであれば、どれ程ありえない事態であっても、その可能性を排除することはできなかった。


「なあ、リーダー。俺たち以外に最近この森に入った魔獣殺しのパーティーはあったか?」

「いや、無いな。というか、ここ最近でこの森に入ったのは俺たちだけのはずだ」

「じゃあ、誰が?」


 マードの核心を突く問いに誰もが黙りこくってしまう。10体以上のフォレスピオンを相手取り勝利してしまう、不可解な魔力を持った謎の存在。そもそも人なのかすらもわからないが、強大な力を持っていることは確か。そして、そのナニカは場合によってはまだこの近くにいるのかもしれず、それが味方である保証などどこにもない。

 得体のしれないものに対する恐怖は地球人であってもエリクシル人であっても変わらない。


「リーダー、いったんビークルマリウレスへ戻ろう。ドリエメも待ってる。茶でも飲みながらゆっくり考えればいい」

「……そうだな」


 こういう時は冷静なマードの言葉が有難い。一歩引いた視点から全体を俯瞰する人間が一人いるだけで、手段の多様性は一気に増える。前々から戦斧を振りまわすよりも対魔獣用の大型弓を使った後方支援の方が向いていると思っていたが、やはりもう一度進めてみるべきだろうか。

 錬金術で変質したフォレスピオンの装甲の破片をいくつかと魔獣塵を試験管に2本程採取してから来た道を戻る。生い茂る木々を抜けた向こう、大型のビークルがギリギリ通れる程度の林道に、彼らの家と留守番をしていた最後のメンバーがいる。もとい、いるはずだった。


「うそ、だろ?」


 彼らの目の前に広がった光景。それは林道を塞ぐように横倒しになり、車体の中ほどを巨大なペンチで押しつぶされたように切断されたビークル鉄くずの姿だった。周辺にはビークルの部品が散らばっている以外には環境に大した変化がない、戦闘というよりも一方的に蹂躙されたとみるべきだろう。


「ナナイ、移動強化系魔術を全員にかけろ。急げ」

「わ、わかった!」


 顔を青くして杖を掲げ、身体強化術式と風による加速術式、空気抵抗軽減術式をかけ始める魔術師だったが、その動作は「待てよ」と言うイラついた声に強制終了させられてしまう。


「おい、ドリエメはどうすんだ?まさか置いていくとか言わねえよな?」

「ああ、そうだ。道中の戦闘は極力回避、逃げる事だけを考えて行動し、最短ルートで街に入る。ここからだとルベルーズが一番近いだろう。何をしている、早く術式をかけ」

「仲間を見捨てるってのか!?アルカロルは仲間を決して見捨てないんじゃなかったのか!」


 淡々と言葉を続けるファルスの胸倉をライがたまらずひっつかんだ。パーティーの中では最年少ではあるが最も身長が高いため、決して背の高いほうではないファルスの踵が宙に浮く。


「ちょ、ちょっと!ライ!今は争っている場合じゃ」

「いいんだ、アニス。ライ、お前の言う通りアルカロルは仲間を見捨てない。だけどな、ドリエメはもう居ない。現実を見ずにパーティーを危険にさらすわけにはいかないだろう?」

「何を根拠に」

「お前だってわかってるはずだ。マリウレスが切断された箇所はドリエメのシート部分だ、中に居て奇襲を受けたのならば生きてはいまい」


 視線で示した先にはもはや原型をとどめないまでに圧壊したシートの残骸が転がっている。そのところどころには赤黒い液体が付着していた。


「でもよ、血の量は少ない。もしかしたらまだどっかに」

「マリウレスを襲ったのがフォレスピオンなら、まだ希望はあったかもな」


 ファルスの絞り出すような声を耳にしたライが息をのむ。マリウレスは全高2.6m、全幅2.5m、全長6.5mの中型サイズの装輪式ビークルであり、3人の専門職の魔術師による多重防御術式が張り巡らされている。いくらフォレスピオンが強力な鋏を持っていたとしても、一撃で中央部を圧壊させて切断するなど物理的に不可能だ。そんな芸当をやるにはもっと大きな鋏が必要だった。

 そして、そんな巨大な鋏をもつ魔獣に彼らは心当たりがあった。


「おい、おいおいおいまさか」

厄災級スケールⅥ、ギルタブリオンに間違いないだろう。ギルドの規定では、痕跡を発見した場合はすべての任務を中断し帰還、厳戒態勢を敷くことになっている。規定に背くわけにもいかん。わかったな?」


 ライは苦虫をダース単位でかみつぶしたような顔をしながらファルスをゆっくり下ろした。日没が近づいた森の中は彼らの心中を表すかのように闇に飲み込まれつつあった。





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