第20話 自由意思


 気が付けば、あたりは闇に包まれていた。


 だというのに、いつも通りの服装に身を包んだ自分の体はやけにはっきりと見える。


 足に地面の感覚はなく、ぬるい浴槽に浮かんでいるように明確な重力を感じない。


 ゆらゆらと自分の髪とコートの端が揺らめいている。


 ――ああ、これは夢か


 ぼんやりとした頭で不可思議な現状を確認する。


 それと同時に、胸の内からじわじわと嫌悪がにじみ出てくる。


 此処に居てはいけない


 目を開けていてはいけない


 一刻も早く目を覚まさなければならない


 何度も経験した故の強迫観念に押しつぶされるように、この悪夢から一刻も早く覚醒しようと躍起になるが、声の一つも瞬き一つもできやしなかった。


 そして、気づけば。目の前に”白”が浮かんでいる。


 真っ暗闇に浮かび上がるようにして出現した”白”はゆっくりとヒトガタへと姿を変えていく。


 変化が収まったとき、それはちょうど逆さになった少女の輪郭を形どっていた。


 やめろ、と心が叫ぶ


 来るな、と言う叫びは喉につかえた


 怒声なのか、悲鳴なのか自分でも判別が出来ない声なき声を上げようとしたとき。


 ヒトガタの頭に、2つの赤が浮かび上がった。







「ッ!!!」


 ビクリ、と体が震えると同時に瞼が開き、ここ最近で見慣れ始めた薄暗く無機質な天井が視界に入る。心臓の拍動がうるさいほど頭の中に響き、肺は酸素を求めてあえいでいた。額には汗が浮かび、髪がべっとりと張り付いていて気持ちが悪い。

 気だるい上体をゆっくりと持ち上げると、過去に異星で行われたある実験の概要が映し出されたモニターが視界に入る。自分はあのまま寝てしまったのだろうか?夢の詳しい内容は覚えていないが、目覚めが最悪な事からかんがみるに碌な夢ではないのだろう。きっと悪夢の類に違いない。

 隣で何かが身じろぎしたような音がして、反射的に視線を走らせる。操縦士用のシートとコンソールの隙間へ器用に体を滑り込ませたタブリスが寝返りを打ったようだった。そういえば、防爆シャッターを閉めていたことを思い出す。おそらく、自分が寝入ってしまったので閉じ込められたのだろう。

 そこまで考えて、これはまずいな。と、若干焦る。

 一体自分はどれ程眠ってしまったのだろう。操縦士である自分が居なければノーマッドは動けない、動いてはいけない。マーフィー経由でフェネカがノーマッドの戦闘能力を知っていたとしても、それが操縦士無しでも稼働できる完全自律型ビークルだという情報までは得られていまい。

 ユキトからもらった携帯端末の画面で時間を確認する。砲撃からおよそ2時間が経過していた。そこまで大きなロスではないが、足止め以外の何物でもない。それに、あの大騒動を聞きつけて何がやってくるのか解ったものではないのだ。防爆シャッターを開けてすぐにでも移動しなければ。

 コンソールを操作し、シャッターを開けようとするが、それよりも早く背後のシャッターが音を立てて開く。それとほぼ同時に、戦闘室から香ばしい香りが漂ってきた。


『おはようございます、アルマさん。よく眠れましたか?』

「タブリスに齧られたりはしてなさそうじゃの」

「な、なにをしている?」

「見てわからぬか?ティータイムじゃよ。コーヒーの味は三流じゃがの」


 魔女の視線の先には夜の自分とユキトのように、シートを向かい合わせてマグカップを傾ける異星人と依頼人の姿。横のコンソールの上にはクッキーまで置かれている。どう見ても3時のお茶会といった雰囲気であり、なぜかは全く分からないがチクリと胸に痛みが走ったような気がした。


「三流で悪うござんしたね。というか、砂糖とミルクをどかどか入れられちゃあたまったものじゃない」


 半目でフェネカを一睨みしたユキトが新しい――自分がいつも使っているものだ――マグカップにコーヒーを注ぐ。


「ま、君に比べれば三流以下だろうけど。眠気覚ましぐらいにはなるだろうさ」

「…ありがとう」


 自虐と諧謔を含ませた微笑とともに差し出されたマグカップを両手で受け取る。その際に、彼の指と自分の指がわずかに触れ合った。両手で包み込むように持つと、ほんのりと暖かいマグカップの熱が掌へとじんわりと伝わり、最悪の寝起きが幾分か緩和されたような気になってしまう。

 何度か息を吹きかけて一口、毎夜自分が淹れているモノに比べれば数十段劣る様な、ただ苦みの濃い味だったが、不思議なことに、がさついていた精神が安定へと向かいつつある。


「済まないな、寝てしまっていたようだ」

「構わぬ。どーせ、20分ほど前まで足止めを食らっておったしの」

「足止め?」

「ヒュッケバインだよ、それも3機。いや、体か」


 うんざりしたとでもいう風に、彼は新しくコーヒーをつぎ足しクッキーを齧る。操縦士席では話に加わりにくいので、マグカップを傾けない様に戦闘室へと体を滑り込ませる。3人目の椅子などない上に狭いので、車長席のコンソールに腰掛けた。あまり高くはない自分の身長でも、うっかりすれば天井に頭をぶつけてしまうだろう。図体はデカいが、内部容積が極端に少ないのは、テラ製戦闘機械の悪い部分だった。


「見つかってはいないのか?」

「操縦士殿が引きこもっておったからの。車長席側に操縦を切り替えて、すぐそば茂みの中で身を隠しておった。だからこそ早期に発見でき、息をひそめられたというわけじゃ」


 ユキトに目配せをすると軽くうなづいた。ビークルの中には複数の操縦系統を持つものは珍しくない。ノーマッドほどの大型ビークルともなると、あって当然の装置ですらあった。もっとも、この戦車の場合は操縦装置すら不要なわけではあるが。


『飛来したヒュッケバインは2機編隊と単機がそれぞれ別の方向から飛来しました。爆心地周辺で約30分旋回飛行を行った後、クローバー・リーフで周囲を索敵。その後、北西方向へ向けて離脱しました』

「北西方向というと、森の中心部の方だな」


 コンソールに腰掛けたまま、車長席正面のメインモニターを見やる。ノーマッドの進行方向は方角でいえば南東、ちょうど正反対だ。前進して鉢合わせと言う事にはならないだろう。


「何か見つけたのだろうか?」

「さて、どうだろうな。どちらにせよ、3機の攻撃機アタッカーに目を付けられた奴は運がないのはハッキリしている。こっちに来なくて心底よかった」

「ほほぅ…ノーマッドなら、何とかなりそうじゃがの?」

攻撃機アタッカーとか戦闘爆撃機ヤーボとか対戦車ヘリチョッパー死すべし慈悲はない』

「航空兵器に喧嘩売る戦車がどこにいる」

『いるさっ!ここにな!…それはともかく、そろそろ動きません?さっきからゼルエルに引っ掛かれてるんですけど、装甲に傷ついてるんですけど』


 車内のモニターがすべて外を映したカメラに切りかわる。確かに、ゼルエルががっしりとした前足で”そろそろ動け”とばかりにノーマッドの表面装甲を引っ掻いていた。


「アルマ、頼めるか?」


「それは構わんが」と言葉を切り、苦いコーヒーを飲み干す。確かに、ここで茶会を開いていても何も変わらないし、あまりにのんびりしすぎて居ると夜になる。いくら強力なビークルに乗っているとはいえ、夜の移動は危険だろう。しかし、


「もう一杯、もらえるか?」


 あの焚火での出会いを思い出させる、まずいコーヒーをもう少し味わってからでも遅くはないはずだ。

 熱の残る空のマグカップは、苦笑いを浮かべた異星人へと手渡された。





 進むごとに、周囲の風景は様変わりしていった。起伏が激しく、伐採機械よりもシールドマシンの方が有用そうな密生した木々が屹立した光景はすでになく。ドミノ倒しのように一方向になぎ倒され、折り重なった木々の大地を踏みつけて進む。

 緑に包まれていた極相林は見る影もない。へし折れた木々を数十トンの車体と4本の履帯でさらに踏み固めながら大地を進む。そこに生命の息吹は欠片もなく、ただただ荒涼とした炭の海と化していた。

 ノーマッドを取り囲んで進むガーズルフの姿も、森が薙ぎ払われた今となっては視覚野情報投影システムVIPSを使うまでも無く確認することが出来る。彼らもこの様な領域が一瞬で形成されたことに脅威を覚えているのか、どことなく落ち着きがないように見えた。


「なんつー威力じゃ。極大クラスの魔法でもこうはならんぞ」

「これなら、フォレスピオンの心配はしなくて済むな」


 焼けただれた大地を進むノーマッドのキューポラから、体を出した少女と異星人が全く別の感想をこぼす。少女はただただ目の前に広がる惨状に冷や汗を流し、異星人は面倒な敵のせん滅を確信し、小さく微笑む。爆発の影響内にいた無数の命を巻き添えにする形で奪ってしまったわけだが、これといって特に何かを感じることはなかった。そもそも、そんなことで一々干渉に浸らせるような遊びはナノマシンにはない。


「なあ、ユキトよ。ノーマッドは、いや、お主らはいったい何者じゃ?これは…」

「個人が持つには大きすぎる力、だと?」


 白銀の頭が小さく縦に振られる。

 確かに、彼女の言う通りだ。そもそも、ノーマッドは北半球連合軍の備品であり、その所有権は当時の主要国家が緩やかな連邦制を取った連合軍に帰属する。そのころの地球の軍がどうなっていたのかはまだ理解しきれてはいないが、量産品である戦車が戦略兵器クラスの火器を有していることを鑑みるに、ひとたび戦争が起これば文字通り相手を焼き尽くすことを念頭に編成されているのだろう。

 もしも、自分の時代にノーマッドがあったとすれば。たった1両でも抑止力足りうる。凶悪さでいえば戦略原潜以上の代物ともいえる。

 それを、たかが18のガキが操っているなど正気の沙汰ではない。


「悪いが、詳しくは話せない。根無し草の過去なんて掘り返すな、どうせ碌なもんじゃありゃしないんだから。君もそうだろ?まだまだ、僕らに行っていないことの一つや二つあるんじゃないのか?」

「お互い様、と言うわけか」


 隠しても無駄だと知っているのか、彼女は否定もせずにニヤリと笑った。もはや、公然の秘密となった、裏のある任務。何時か、この任務の真の目的を知ることが出来るのだろうか。


「まあ、いいじゃろ。しかしの、通常弾はともかくこの砲弾はおいそれと使うものではないぞよ?場合によっては、国家が全力で潰しに来るか、取り込みに来るじゃろう。ザラマリスが狙っているのはあくまでもアルマじゃが、お主も狙われることになろう」

「そういえば、君はなぜアルマがザラマリスから追われているのか知っているのか?」


 いままでずっと内心に抱いた疑問をぶつけてみるが、フェネカは「さあの」と肩をすくめた。


「儂が奴について知っているは、ザラマリスに追われていることと、凄腕の魔術師という事、そして滅びの魔女と呼ばれていることぐらいじゃ」

「滅びの魔女、ねぇ」


 何度か聞いたことのある単語だ。滅びの魔女、敬称にも蔑称にも聞こえる渾名。滅びと言うからには何かを亡ぼしたのだろうということは想像に難くないが、問題はソレが何か?というところだ。敵を容赦なく殺すからなのか、苛烈な性格からなのか、あるいは…


「本当に滅ぼしたのかもな」


 ユキトの言葉は、焼けた大地を吹き抜ける風に溶けていった。









 森だった荒れ地を抜けると再びなだらかな丘陵地帯が広がるが、ディオノス周辺よりも草の背丈が低く、膝丈くらいの下草が生育し、ところどころに木々や木立が生えていた。そしてその緑の大地を貫くように、踏み固められた街道が伸びていた。街道の横にはルベルーズまで2時間程度と言うことを示す、光沢のある石でできた距離標識が突き刺さっている。

 車体のあちこちに木片や炭がこびりついたノーマッドは、距離標識を見るために停車した直後、ガーズルフのリーダー、ゼルエルに行く手を阻まれた。その4つの目はキューポラから身体を出したユキトへと注がれている。


「護衛は此処まで、という事か」


 自分たちは後2時間もすれば街へ到着する。冒険者をエサにしながら獲物をおびき寄せるガーズルフにとって、旅を終えようとする冒険者はもはや用済みだ。さっさと解れてルベルーズから出発する冒険者とともに行軍を続けたほうがエサにありつける確率は高い。


「アルマ、杖をもって外に出てきてくれるか?」

『わかった』


 ややあって、前方のハッチから杖を抱えたアルマが這い出して来る。ついでに、フェネカも野次馬根性なのか戦術士用キューポラを開けて頭を出した。


「正直、こういったことはあまり得意ではないのだが、な」


 そうはいっているが、装甲の上に立ち上がったアルマは手慣れた様子で杖に魔力を籠める。これから彼女が行おうとしているのは、ガーズルフに守護された冒険者たちが、彼らと別れる際に行う一種の儀式であり、慣習であった。

 最初に誰が考えたのかはわからない、冒険者たちにとって畏怖される生命に対する、せめてもの礼。とはいえ、多くの場合遠くのほうで踵を返したガーズルフの背に向かって行われるものであり、このように吐息がかかりそうな至近距離で行うものではなかった。しかし、今の魔女に恐怖心はない。言葉は通じなくとも、この個体が自分たちに危害を加える気がないことぐらいは解る。

 エリクシルの魔術師にとって、詠唱は魔術をくみ上げる際の補助輪の様なものであり、普段はめったなことで使わない。けれど、これに限っては言葉に出してこそ意味があるモノだった。


「汝、我の旅路を守護するものなり。我、汝の旅路を祝福するものなり。我らの道は此処で別たれるが、我等は汝の歩みと戦いを胸に刻む。幾千、幾万の歩みの果てに、再び再開することをここに願う。守護狼に幸あれ、汝の行く手に繁栄があらんことを―――星の帯よ、我が友に祝福を」


 杖の先に圧縮された複数の魔力が解放され、青白い波動となってノーマッドの前方に集まったガーズルフたちへ到達し、包み込んでいく。発動自体は容易であるが、魔術の中でも使用者の力量によって効果が大きく左右される類の魔術。主な効果は免疫系と自己回復系の身体強化、強力な術者であれば因果を狂わせ幸運すらも引き寄せると謳われている光属性の祝福魔術。

 魔術を受けたガーズルフは続々と移動を開始し、ノーマッドの道を開け始めるが、ゼルエルはその場を動かない。彼の視線は車長用キューポラの横から動こうとしないタブリスに固定されていた。


「ほら、タブリス。ボスが待ってるぞ」


 そう言って頭を撫でてやり送り出そうとするが、幼い守護狼は動こうとせず。4つの瞳でユキトを見つめていた。ややあって、座ったタブリスがわずかに頭を下げると、白色の魔法陣が額付近に現れる。


「はっ!これは、面妖な。お主らといると退屈しないわい」

「どういうことだ?」

「使い魔契約だ。レアケース中のレアケースもいいところではあるが」


 装甲板の上をそのまま歩いてきたアルマが、彼の隣でしゃがみ込み額に浮かんだ魔法陣を調べる。複雑な記号と幾何学模様で構成された直径10㎝程の魔法陣は、ゆっくりと回転しながら、その時を待っていた。


「使い魔契約を行うと感覚の共有はもちろん、好きな時に呼び出せたり、言葉が通じなくても意思の疎通がある程度行えるようになる。なにより、その使い魔は主人とのパスがつながることで、主人の余剰魔力を自由に操ることが出来る。ガーズルフはもともと魔力炉の出力は高いほうだが、上手くやれば主人の魔力も乗算されるな」

「加算じゃないのか?」

「モンスターと人では魔力性質が異なる。そのままでは加算にしかならないが、ある程度モンスターに合わせた同属性の魔力を生成してやると、2種の魔力に相乗効果が発生し乗算に近い効果を得ることが出来る。加算でも十分強いが」


「ガーズルフを使い魔にした魔術師は少ない、気が変わる前に結んでおけ」とアルマは微笑む。しかし、もしかして彼女は忘れているのだろうか?フェネカは事態を察したのか、必死に笑いをこらえようとしているが、肩が震えている。


「なあ、アルマ」

「なんだ?」

「僕にそんなことできると思うか?」

「……………あ」


 忘れていたというように、魔女が間抜けな声を出し。耐えきれぬとばかりに少女が吹き出し笑い転げる。「わ、忘れてなどいない。貴様がへっぽこ戦闘狂だというのはよく理解している」『駄目ですよアルマさん、ユキトさんってメラすらまともに使えないことに結構へこんでるんですから。ワカメ以上穂群原のブラウニー以下のアレなんですから』「よーし、喧嘩なら買うぞコノヤロー」

 アルマが僅かに顔をそらし、ノーマッドが煽り、ユキトの額に青筋が浮き出る。突然脱線しはじめた放浪者達に、待ちぼうけを食らっているゼルエルはため息を吐くかのように、息を吐き出し。タブリスの方は魔法陣を頭に浮かべながらチベットスナギツネの様な視線を彼らに贈る。



「で、結局。私でもいいのか?」


 ノーマッドのパネルが三度破壊されることで一応の終結を見た後、ユキトから「使い魔契約をやるなら君がしてくれ。そっちのほうがタブリスの為だ」と促されたアルマがタブリスの前にひざまずき、目線を合わせる。2対の瞳は、”構わない”とばかりにまっすぐアルマの紫色の瞳を見つめていた。


「そうか、ならば」


 杖を下ろし、懐からナイフを取り出して指先を傷つける。白磁の様な指に赤い線が浮かんだかと思うと、真っ赤な血が膨らみポタリと垂れる。深紅の滴は、その下で口を開けていたタブリスの舌へと落ちた。

 その瞬間、2人を包むように真下の装甲板にタブリスの額にあるモノを大型化したような魔法陣が現れる。


「血液で契約するのか」

「当たり前じゃ、血液や体液は生命力や魔力と密接に関係しておる。直接的な接触であるならば、大抵の妨害手段は役に立たん。お主も気を付けよ、軽い口づけであったとしても、自身の心臓を相手に握らせ、脳内をかき回す権利を与えるのと同じことじゃ」

『この世界のハニトラ物騒すぎませんかねぇ』


「我は此処に謳う。汝の牙は我が為に、我が魔力ちからは汝のもとに」


 ――されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者、我はその鎖を手繰る者。

 ――バーサーカー化させんな。


「汝に問う。汝、我を守る盾となり、我が敵を討つ剣となるか?」


 肯定するかのように、一つタブリスがうなり声を上げる。同時にぼんやりと淡い光を放っていた魔法陣が輝き、周囲に濃密なエーテルが吹き荒れる。


「此処に契約はなった、我が道程、汝とともに歩まん」


 限界まで圧縮されたエーテルが一瞬にして霧散し、タブリスの額に黒く紋様が浮かび上がる。いくつかの曲線で構成されたソレは、どことなく狼の横顔を思い出させた。


 ――竜告令呪デッドカウントシェイプシフター

 ――最終的に邪竜になりそうだな、それ

 ――最初期のショタ形態かわいい、かわいくない?

 ――貴様が炉心になってしまえ


 契約を見届けると、ようやくゼルエルがノーマッドの前から移動し道を開ける。しかし、タブリスはいまだノーマッドから降りようとしなかった。


「まさか、ついてくる気か?」

「”アンタらと居たほうが楽しそうだ”だ、そうだ」


 やれやれといった風に、指先の傷を魔術で癒しながら苦笑する。契約はうまくいったようで、タブリスの意思が解るようになったらしい。


「群れはどうするんだ?」

「そろそろ群れから放り出される時期らしい、それが少し早まっただけだとさ」

「自由な奴だな、お前は」


 ワシワシと額をもんでやると、当然だと言わんばかりに目を細める。「いいのか?ゼルエル」と道のわきに退いたゼルエルへ視線を飛ばすが、「好きにしろ」と言うように一つ唸った。「ならば、本当の本当にここでお別れだ」と告げて、巨大な守護狼に挙手の敬礼をする。


「さらばだ、ゼルエル。貴様の行く先に幸運があることを願う」

「じゃあの。今度会ったときは、背中で昼寝でもさせてくれい」

Hasta la vista地獄で会おうぜ, babyベイビー!』


 アルマがノーマッドの中に消えると、車体がわずかに身震いする。


「ではな、戦友。縁があったらまた会おう」

「グヴォウ!」


 一つの大きな咆哮に後押しされるように、再びノーマッドは動き出した。土の街道に轍を刻みながら、巨大なビークルは前進を再開した。


【ルゥォォォォ―――――――――ン】

【グォォォォォォ――――――――ン】

【グルルゥォォォォォォォォォン】


 向かう先は第二の街、ルベルーズ。

 戦車長用キューポラの横でかつての仲間たちの遠吠えを聞いていたタブリスが、大きく息を吸って力の限り遠吠えを返した。それは、旅立ちの宣誓であり、今までの感謝であり、別れの唄に違いなかった。


「さて、遠吠えも聞こえなくなった。中に入るか?」

「グルゥ」


 キューポラから体を車内に入れると、前と同じようにタブリスが体を滑りこませ、車内へと入る。そして、一直線に操縦席へ向かい、前と同じように魔女の頭に自分の頭を乗せた。


「重い、どけ。何?”これが一番落ち着く”だと?ふざけるな、それと誰が姐さんだ」

『じゃあ、アルマの姉御で。…いやダメですね、ハマりすぎて本職にしか見えない。やっぱり奥ゆかしさ、おとなしさステータスが圧倒的に足りない!女傑系ステータスは高水準なのに!このままではメスゴリラ化が…ゆゆしき問題ですよこれはぁ!あ、でも、むしろこれはこれでいいかも』


 本日4度目のパネルにひびが入る音が車内に響いた。








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