第13話 暁の戦利品


 異星の朝に触れるのも4度目ともなれば慣れてくる、というわけではなかった。森の中で初めて迎えた朝、ノーマッドの中で殺意の沸くメロディーと共にたたき起こされた朝、安宿の堅いベッドから落ちて目覚めた朝。そして、ミルクのように濃い朝霧に包まれ、ガーズルフに貪られて残ったメガリボアの骨の前で迎える朝。

 周囲には食べ散らかされた大小の骨が散らばり、なぎ倒された草原には乾いて変色した赤黒い血や飛び散った肉や内臓の破片がへばりついている。どう見てもR-18の後ろにGが付きそうな光景が広がる中、地面に突き刺さった肋骨と思しき骨を前にした異星人は腰に帯びた刀の柄を握った。

 鯉口付近に設けられた釦を握りこむと、わずかな音とともに刀を鞘に固定していたロックが外れる。

 深呼吸を一つ、べったりと湿った朝霧とともに生臭い血臭の残り香を吸い込む。息を吐きながら心を落ち着けてゆく。本来ならば必要のない無駄な動作、素人の見様見真似。それでも、ノーマッドからダウンロードした戦闘技術データの中から見つけた手順を取りこぼしなく踏んでいく。

 人間の体や精神というものは思ったよりもいい加減なもので、たとえ見よう見まねであっても精神が統一されていくような感覚に陥るから不思議だった。

 腰を落とし、余分な力を抜く。無念無想、その境地には達せずとも遠くから眺める様な気分になるぐらいならなんとかなる。

 一瞬の静寂の後、わずかなそよ風が頬をなでた。

 刹那。右足を踏み出すと同時に柄を握った腕を降り抜き抜刀、鞘に埋め込まれたコイルにより刀身が加速され、自らの力では不可能な加速度ではじき出される。こちらはその分刀身のコントロールにすべてのリソースを割り振り、霧を文字通り裂いていく刃を最適な角度で目標物へと接触させる。刀身と目標物――メガリボアの肋骨が触れる直前、特殊な振動が刃前縁の構造を変化さた。

 一閃。

 殆ど抵抗を感じず振りぬかれた刀が腕の可動範囲内でぴたりと止まる。同時に、切り飛ばされた長さ1m程度の肋骨がくるくると回転しながら傍らに転がっていたほかの骨の上に落ち硬質な音を響かせた。


「……まさか、ソレを斬るとはな」


 後ろから響いてきた第3者の声、反射的に鞘に置いていた左手がホルスターに収められていた拳銃の銃把へと延びるが、それよりも早く脳がかけられた声を識別し脅威はないと判断した。


「今日は随分早いんだな、アルマ」


 左手から銃把を離し、右手で降りぬいていた振動刀も力を抜いてだらりと下げる。振り返れば呆れと驚きを同居させた眠そうなアメジストがこちらを眺めていた。


「そう毎日ノーマッドの目覚ましを受けていては精神が持たん、まったく早起きは得意じゃないんだが」


 くぁ、と欠伸をする姿はどうにも普段見る彼女よりも年相応に見えて、僅かな笑みを浮かべてしまう。もっとも、こんな顔をしていることがバレたら後が怖いのですぐに消したが。


「それよりも、その剣はなんだ?いや、形状的にはカタナというべきか」

「この星にも刀があるのか?」

「あまり普及はしていないがな。切れ味には目を見張るものがあり、刺突にも斬撃にも対応できる点は優れているが何分作るのに手間がかかるうえに華奢だ。冒険者の蛮用に耐えられるカタナは存在しない。街中での勤務が前提の邏卒や憲兵、熟練者ぞろいの精兵や近衛、あとは酔狂なモノ好きぐらいしか使っておらん」

「3000光年離れた星にも変人は居るものだな」


 右手に持った振動刀の刀身に目をやる。見た目は黒い日本刀であり、艶消しの黒色塗装が施されているのか光の反射が極端に少ない。薄暗い中ならばこの刃を視認することすら困難になるだろう。


「私が言いたいのはそういう事じゃない。メガリボアの骨格を破砕どころか両断するなど、前代未聞だ」


 そう言って彼女は先ほどユキトが両断した肋骨のうち、地面に突き刺さっている方に近づくと、中から顔を覗かせた赤い骨髄をスプーンですくい取り蓋つきの試験管の中に詰め始める。


「流石にメガリボアこいつの豚骨スープは勘弁してほしいんだが」

「食うわけないだろうが馬鹿め。腰にぶら下げた魔力炉を開放して目に魔力を廻してみろ」


 言われたとおりにすると、視界の中に周囲に満ちたエーテルの流れが発光した流れとしてうっすらと確認できる。眼球に魔力を流すことである種のフィルターを通して見たエリクシルの世界は様々なエーテルによって満ちていた。その中でも一際濃い黄色のエーテルを垂れ流しているものこそ、アルマが慎重に試験管に詰めているメガリボアの髄液だった。


「メガリボアはその巨体を支えるために常時土属性の重力制御魔術を使用している。そうして、いつしかこいつらはそのような生活を前提として骨髄に僅かに生じた余剰魔力をため込み緊急時に自前の魔力炉以上の出力を発揮できるように適応した」

「戦闘中に余剰魔力で身体を軽くして、大きな加速を得るとかか?」

「他にも、自分の体重を魔力炉で支えきれなくなった時、強化するまでの一時しのぎとして使うこともある。この時のメガリボアは特に凶暴だから注意しておくがいい」

「それで、骨髄は魔術的な資源として利用できるわけか」

「メガリボアの骨髄に蓄積された土属性魔力は強大で上質だ。簡易魔術術式スクロールに使えば一般人でもAランク魔術師並みの土属性魔術を放てるし、使用者の任意で重量を変化させられる武器すらも作れる。試験管一本で5万ワールの価値はあるだろうよ」


 パチン、と赤い髄液でいっぱいになった試験管の口を閉じ。新しい試験管をコートから引っ張り出す。どうやら、集められるだけ集めるつもりのようだ。


「1本5万か、そこまで高騰するのはあれか?メガリボアを容易に狩猟できないからか?」

「メガリボアの狩猟自体は中級冒険者ならできるし、ガーズルフに殺された遺骸なら頻繁に転がっている。問題はそれより後の事だ」


 数分前に彼女が言った言葉を思い出し、赤い骨髄液で満たされた骨の内部ではなく骨事態に注目する。切断面は平滑で、空洞らしき空洞は髄液で満たされた中心しかなく、それを囲む骨は象牙のように密度の高い構造になっている。爪ではじくと硬質な音が響いた。


「メガリボアの骨格は堅い。重力軽減をいいことに密度を高めに高め容易には破壊されない様になっている。大腿骨を柄に括り付けた大槌を獲物にしている冒険者もいるほどにな。特に肋骨や大腿骨、頭骨、骨盤、背骨など主要な骨格は特に堅牢だ、それこそ今まで新鮮なモノが割れたり破損した記録が見当たらないほどにな」


 そのため骨髄を採取する際は運よく砕かれた小骨や、風化した後に何とか叩き割り内部にこびりついた粗悪品を利用するしかない。故に、骨髄の高騰は当然の帰結だった。


「だから、貴様のカタナは異常だと言ったんだ。魔術も魔法も使わず、知恵のみでそこまでの品が作れるとは、よっぽどテラの住人は斬ることに執心したと見える」

「それは…まあ…否定はできないな」


 限られた極東の島国でただひたすらに鋭さを磨き上げた逸品を作り出したものの末裔として、彼女の言葉を真っ向から否定しづらく、苦笑いを浮かべるしかなかった。


「ノーマッドの話によれば、振動刀コイツの能力を最大限発揮できるやつはエリクシルにはいないらしいが、な」

「そうなのか?」


 正式には95式対装甲荷電粒子・単原子整列振動刀参型と呼ばれるその刀剣は、仮想敵が居て初めて性能の100%を引き出せるという随分と割り切った兵器であった。基本的には黒い刀身をもつ軍刀に酷似しているが、柄にある種の電気信号をナノマシンを通して与えることで刀身に微細かつ特殊な振動を発生させ、刃の部分の原子配列を組み替えて斬撃の瞬間だけ単原子刀に組成を組み替える機能を持っていた。

 単原子刀はその名の通り刃の厚みが原子1個分という究極の鋭さを持つ刃物であり、対象物が原子で作られている限り理論的にはあらゆるものを切断できるが、扱いにはナノマシンによる人間離れした精密制御が必要不可欠であった。刃先が単原子で形成されているため完全な直角方向以外の力が働くと原子が剥離してしまう性質をもっており、それを防ぐのはナノマシンを用いてすら至難の業であった。大抵は刃先の単原子構造が破壊されようが十分以上の鋭さを持っているため使用に支障はない。しかし、なんでも切れる剣とは言えず、この装備が出来た時代の主力戦闘車両の装甲とは致命的に相性が悪かった。あくまでも、単原子刀という機能のみに着目した場合ではあるが。


「正直コイツの真価が発揮されるような敵には出くわしたくはない。もしそうなったらノーマッドの主砲でぶち抜いたほうがはるかに楽だ」

「しかし今はフェネカが居る、主砲はあまり見せたくないな」

「それは同感だ」


 二人の頭に浮かぶのは黒山羊頭の魔族。ノーマッドの戦闘能力を知ったうえでもたらした依頼とその内容。もしかしたらフェネカに真実を伝えているのかもしれないが、だからといって容易に開帳できるような代物ではない。


「そういえば、君はもう大丈夫なのか?」

「は?」

「いや、魔力炉と体の事だ。まだ万全といえるわけではないのだろう?」


 一瞬面食らった顔をした彼女は、ユキトの補足を聞いて”ああ”と納得したように声を漏らした。どうにも、他人から心配されるという事象に対し困惑しているようにも見える。


「たしかに、以前の様な本格的な戦闘はまだ無理だ。だが、対魔術結界ならばいくらかは張れるし、錬金術で援護もできる。貴様に前衛を任せきりになるのは心苦しいが…」

「あまりアテにはしないでくれよ、一般人に戦闘なんてハナから無理なのだから」

「ザラマリス憲兵を傷一つなく排除した奴のセリフではないな」


 自分に前衛を任せることに不快感を覚えて暗くなりかけた彼女だったが、ユキトのおどけたような返答に呆れたように笑った。

 重くなりかけた空気が弛緩した瞬間、アルマが浮かべた笑みが凍り付く。


「如何した?アルマ」


 怪訝な視線をよこすユキトの言葉を認識した様子はなく、口を真一文字に引き結んだ彼女はゆっくりと杖を顔の高さへと掲げていく。その顔に先ほどまでの凍り付いた笑みはなく、恐怖でひきつっているように見える。


「ユキト、私が合図したら目を閉じてノーマッドまで走れ」

「何故だ?いや、何が居る?」


 自分の恐れを感じ取ったのか、半ば確信犯的な問いを投げかける同行者、そしてそれ以上に当初の目的を忘れて話し込んでしまった自分に強烈な怒りが沸いてくる。

 この場にいるのはノーマッドと自分たちだけではない、昨夜メガリボアを血祭りにあげた8頭のガーズルフもいるのだ。自分は始め、うかつに外に出ていた馬鹿者をノーマッドに連れ戻しに出てきたというのに。失態にもほどがある。

 瞬時に頭の中で術式を組み立て、魔力を杖へと慎重に回していく。大きな動作は厳禁、最小限の動きで足元の土の一部をマグネシウムに錬成し発火させ、閃光弾の代用とする。しかし、目の前の脅威にそれがどれほど意味を成すかは未知数だったが一瞬のスキぐらいならば作れるだろう。それだけあれば、自分はともかくユキトなら。

 待て、どうして私は自分の犠牲を前提にユキトを生かそうとしているんだ?

 緻密な思考に浮かんだ一瞬の空白、彼女が現実への注意をわずかに逸らした瞬間、異星人はおもむろに、それこそ来た道を戻る程度の気軽さで後ろを振り返った。


 目の前にあったのは巨大な狼の顔だった。人など一瞬で紙くずにできるだろう強大な牙がずらりと並んだ顎が目の前に突き出され、おそらく高性能な鼻から吐き出された生暖かい風が全身を包んだ。

 惑星エリクシルを駆ける大狼、ガーズルフの頭部が朝霧の中から突き出し4つの視線が己を見据えていた。


「よぉ、よく眠れたか?」


 瞬間的に沸き上がった恐怖はナノマシンが即座に抑制し、ノーマッドの演算領域すらも活用してたどり着いた結論に基づき、極力穏やかに声をかける。背後でアルマが息をのむのを無視し、右手に握っていた振動刀を自然な動作で鞘に納めた。


「獲物を横取りするつもりはなかったんだ、少し武器の切れ味を試したくてね」


 目の前で繰り広げられる光景を理解できなかった。

 この星の住人がそろって畏怖を抱く存在、草原の覇者、気高き守護者と呼ばれる存在を前に、逃げるどころか向き合って対話を選択するなど聞いたこともない。ガーズルフには近づくな、しかし決して敵に回すな。それが冒険者たちの暗黙の了解。それを、このエイリアンは安々と乗り越えて見せた。

 瞬きすらも忘れて、大狼に問いかける彼と霧の中にたたずむガーズルフを見る。魔力の性質から言って、この個体はメガリボアに止めを刺した群れのリーダー格。戦力比は2対8、戦うなどもってのほかだ。何方かが犠牲になったとしても、逃げるしかない。そもそも、1対1でガーズルフを仕留めるなどA+ランク以上の化け物の所業だ。

 杖を掲げる、いま目の前のガーズルフはユキトに意識が行っている。彼を逃がすためには注意を私に向けなくてはならない。水蒸気は豊富、ならば…

 閃光を放つ計画を放棄してさらに攻撃的なプランへと乗り換える。もはや、自分を犠牲にすることにためらいなど微塵も残っていないことに彼女自身が気づかない。頭の中の術式を再構築し杖に入力、照準を合わせ魔力を流そうとした時だった。

 ふいに、ユキトの右手が上がる。あっけにとられた自分に突き刺さったのは、肩越しに向けられた”待て”という意味が込められた双眸だった。


「杖を下ろせ、アルマ。大丈夫だ、心配ない」


 何を言っているのだこの男は。絶体絶命の――少なくとも彼女にとっては――状況で導き出された彼の結論に愕然とする。困惑する思考とは裏腹に、彼の声は雪解け水が大地に染みわたるようにすとんと心に入ってきた。ほぼ無意識のうちに魔力を流し込もうとしていた杖が下げられる。

 その姿を見て取ったユキトは小さく微笑み、再びガーズルフへと視線を向ける。


「済まない。連れもこういう状況には慣れていなくてね、僕たちに敵意はない。それだけは理解してくれるとありがたい」


 朝陽が徐々に差し込む中、黄金色に染まっていく霧と草原を背景に。巨大な野獣に穏やかに語り掛ける小さき者の姿は、はるかな過去に寝物語で聞かされた英雄譚の一部を切り取ったかのようだった。自分の危惧すらバカバカしく思えるほど、ガーズルフはユキトの言葉に耳を傾けている。


「さて、と」


 此方を吟味するように見つめるガーズルフの4つ目から視線を外し、数歩移動する。獣に背中を向けるなど言語道断もいいところではあるが、高度な知性を持つと思われる彼らならば自分の行動の意味を推測し、理解することはたやすいに違いない。

 愕然とした視線と何かを理解し、期待する視線にさらされながら、地面に半ば埋まった巨大な骨盤へと歩みを進め、振動刀に手をかける。

 一閃。二閃。三閃。重量があるため切り飛ばすことはさすがに不可能だったが大きなブロックに寸断することはできた。崩れ落ちる骨盤の切断面から赤い髄液がどろりと零れ落ちる。

 ふいに、傍らをいくつかの風が過ぎ去り骨盤へと群がっていく。親と同じ灰色の毛並みを夜露にぬらした6頭の小さな――とは言え地球の狼の成獣と同じぐらいはあるが――ガーズルフは、切断面から零れ落ちた髄液をなめとり、腹へと収め始めた。


「これでいいのだろう?」


 最初に対面したリーダー格のガーズルフの方を振り返るが、そこには黄金色に染まり消えつつある霧と草原しか残っていなかった。やるべきことは済ました、長居は無用という事だろう。


「彼らは、髄液が欲しかったのか」

「考えてみれば当然のことだ。魔力を多量に含む食料なぞ、魔術を用いる生命体にとってはごちそう以外の何物でもない。まだ小さく弱い幼体ならばなおさらだ」


 呆然としたような声をこぼすアルマに返答し、振動刀を鞘に納める。ガーズルフでもかみ砕けない上質の魔力資源を内蔵したメガリボアの骨。それを切断した直後に現れたという事象をもとに組み上げた推論だったが、恥をかかずに済んだようだ。結果的に誰も何も傷つかず、小さな命が極上の一品にありつくという結末のみを残した。


「にしても、この星の生命はすごい。ありゃおそらく僕の意図を完璧に理解してあだぁっ!?」


 ゴスッと鈍い音がして後頭部に激痛が走る。被弾個所を摩りながら振り返ると、修羅が居た。


「えーっと、アルマ=サン?」

「座れ」

「もしかして怒ってる?」

「ス・ワ・レ」

「アッハイ」


 仁王立ちする彼女の前におとなしく正座する。いつもは見下ろしている彼女の頭がはるか上にあり、アメジストの瞳が自分を見下ろしている。蛇に睨まれた蛙とはこのことを言うのだろうかと現実逃避気味な思考が浮かんでは消えた。


「まずは理由を聞こうか?」

「えー小官といたしましては、さまざまな事象を考慮した結果。ガーズルフは我々に対して敵意を抱いておらず、メガリボアの骨髄を必要としているのだろうという結論に至りまして、至極平和的事態の解決を図った所存であります」

「ほぅ。なるほど、なるほど」


 ゴリゴリゴリゴリ


「あの、アルマさん」


 ゴリゴリゴリ


「なんだ?ユキト」


 ゴリゴリ


「杖の柄で額をゴリゴリやられる趣味は自分にはないのですが。というか痛いっす、地味に痛い」

「魔力放射がないだけ有難いと思え」


 ニッコリと笑う彼女に、ナノマシンでも抑制しきれていない恐怖が沸き上がる。振り向いた先のガーズルフの顔面よりもアルマの方により強い恐怖を感じているという事だろうか。


「確かに結果を見れば大団円だが、先に私に一言あってもよかったんじゃないのか?」

「その時は割と慌ててたから、そういう配慮は無限の彼方にすっ飛んでました」

「どこからどう見ても余裕たっぷりだったと思うんだがなぁ」

「ポーカーフェイスは基本ですぜ。心理戦は大事だって非常勤参謀も言ってたし」


 先ほどまでの余裕は何処へやら、自分の詰問にエリクシルの常識をあっさり踏み抜いた異星人は冷や汗を流しながら苦し紛れの返答を続ける。現に、今こうやって草原で説教をかましている余裕があるのは目の前の男のおかげだが、現実では抑えられないのが腹の虫だった。

 せめて貴様だけでも逃がそうと必死に考えていた私がバカみたいではないか。

 我ながら子供じみた、拗ねた思考だとは思う。それでも、口から飛び出る言葉の棘は留まるところを知らなかった。


「あー、その、もしかして心配してくれてたのか?」


 そんな中、何とか言い返そうとして苦し紛れに問いかけたユキト。しかし、それは彼女の図星地雷へと見事にドロップキックをかます結果になった。

 その言葉を理解した瞬間、強いアルコールでも一気飲みしたかのようにカッと臓腑と顔が熱くなる。何とかクールダウンしかけていた思考回路も、極大の殲滅魔法でも食らったかのように一瞬でなぎ倒され、何とか維持していた冷徹な仮面も一緒に消し飛ばされる。


「そんなわけあるか!もういい!二度とそんな戯言吐けないようにしてやる!」

「ちょまっ!戦闘はできないんじゃなかったのかよ!?」

「愚か者一人ぼろ雑巾にするぐらい訳ないわ!爆殺してやる!」


 ユキトが危険を感じて転がって回避すると、今まで自分が座っていた空間が爆発しわずかな爆風が顔をなでた。小規模とは言えクリーンヒットしていたら大怪我必至なのは見ればわかる。


「殺す気満々ですよねぇ!?」

「安心しろ3分の4殺し程度にはとどめておいてやる」

「つまり1と3分の1殺しで死んでるじゃねーか!てかなんで爆発したんだ?!爆発系魔法は頭のおかしい爆裂娘だけで十分だっ!」

「水蒸気を水と酸素に錬成しただけだ、火種ぐらいならば魔術でどうとでもなる」

「雨の日に泣いてる大佐だっているんですよ?!」


 どかん、どかんと水素爆発による爆轟を轟かせながら逃げ回る異星人を追いかける滅びの魔女。最初は突然発生した異音に驚いていた6頭のガーズルフの幼体は自分たちに危害が及ぶことがないと悟ると再び髄液にがっつき始める。強くなるためには魔力資源の確保は必須、別種の生命体の痴話喧嘩に意識を向けている暇などない。


『あったらーしーいあーさがっきったっ!きっぼぉーおのあっさーだっ!』

「んにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?なんじゃぁぁぁぁぁぁ!?」


 2人の知的生命体の一方的な戦闘は、霧が晴れるに従い空気中から爆発物が無くなったことと、異星の戦車によるありがた迷惑なモーニングコールにたたき起こされた幼い少女の悲鳴によって幕を閉じる。

 そのころ、髄液を食べ終わったガーズルフの幼体たちは、あたりに散らばった骨の上で出発前までの二度寝を決め込んでいた。


 騒がしい放浪者達の血なまぐさい夜はこうして明け、再び戦いの昼が幕を上げる。












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