放浪者達の狂騒曲

クレイドル501

第1話 その日、少年は戦車と出会う




『問おう、あなたが私の』

「おい馬鹿やめろ」


『えー』と不服そうな声が薄暗い洞窟に反響し、壁を伝っていたヤスデなのかムカデなのかわからない謎の生物がびくりと震えてそそくさと影の中へ消える。薄目を開けてようやく目の前にいるであろう残念な物体――あいにく、恐怖心や混乱と言ったものは出鼻に突っ込まれたネタに無残に蹂躙されてしまっていた――を正しく認識する。

 それと同時に、その声はつい数瞬ほど前に自分が確認したソレが発したという結論に達するほかなかった。


「なんてこった」


 ぼそりと呟いた言葉が、正面から自分を白く照らしている前照灯の中に溶けて消える。




 全ての始まりは5分ほど前だった。

 大学入試に向けた追い込みで生徒以上にヒートアップしている自称進学校のロートル教師の無慈悲な補講から抜け出し、両親への帰宅の挨拶もそこそこに自室のベッドに倒れこんだ。

 中学校でちょっと周りより成績が良かったからという何とも中途半端な理屈で地元有数(自称)の進学校(自称かつ過去の栄光)に進んだのが運の尽き、高校生の貴重な3年間を大学入試のためだけの勉強にフルスイングさせられてしまう。

 現在の成績は中の下と言えるところ、正直言って国公立どころか有名私大も怪しい。自業自得な面が大部分を占めるが、3年間を贄にささげた対価としてはあまりにも少ないと思えてしまうのは負け犬の遠吠えだろうか。

 そんなことを考えつつ赤本ではなくパソコンを開こうと動いてしまうのが悲しい自分のサガ、”明日は明日の風が吹く”とは言うが、そう考えて吹いた明日の風が順風だったことなど一度としてない。

 愛用のノートPCを起動、前日から開きっぱなしのニュースサイトが政治家の汚職や、アイドルのスキャンダルや、国連主導の大規模実験やら、北の独裁者の毎年恒例弾道ミサイル打ち上げ花火の記事を垂れ流している。軍オタのはしくれとして興味をそそられた海自の正規空母固定翼機搭載型護衛艦の2番艦みらいが竣工というニュースにカーソルをもって言った瞬間だった。

 周囲が一瞬で白く染まり、退屈な授業で寝落ちする直前のような感覚とともに意識がかすれていった。


 まず初めに感じたのは頬と手に伝わる冷たい石の感触、続いてひんやりとした空気が鼻を抜けて肺へと入り込み、緩やかに意識が覚醒していく。それと同時に水がしたたり落ちる音や、カサカサと小さな虫が這いずり回る音も微かに聞こえてくる。

 瞼を開けて視界に飛び込んできたのは一寸先も見えない闇。思わず手を顔に当ててみるが瞼はしっかりと開いている。失明したのかと焦るが、それ以上の違和感に意識を持っていかれた。

 自分は自室の中でパソコンに向かっていたはずだ、季節は10月下旬で暖房もついていた。それなのに今の環境は全くもって異なる。床に倒れたのならばフローリングに寝転んでいるはずだが、手に感じ取るそれはどう考えても木ではなく、石。それも何の加工も施されていない自然の岩だ。肌に感じる気温は肌寒く、そして何より自宅は雨漏りの様な水の音などしたことがないし、外は雲一つない夜空だ。

 手探りで学ランの内ポケットに入れていたスマートフォンを取り出し電源ボタンを押す。すると、暗闇に慣れ始めていた目が待ち受けのロック画面から飛び出た光に焼かれて情けない声を出してしまう。

 くそぅ、こんなことならもっと暗い色の待機画面にしときゃよかった。

 何時もは何も思わない白基調の待機画面を憎しみを込めて解除し、ライトアプリを起動。スマートフォンの背側から光が吐き出され、今自分がいる場所の一部を照らし出した。


「洞窟、いや、鍾乳洞か?」


 悲しいかな所詮はスマートフォンの光源であるため多くの範囲を照らすことが出来ない。それでも、底面や天井から竜の牙のように突き出した乳白色鍾乳石とすぐ近くに広がった先の見えない湖の一部を照らすことはできた。

 どうやら、自分は巨大な鍾乳洞の中にできた地底湖の畔で倒れていたようだ。地底湖の畔側の天井は比較的低く、しょぼい光源でも何とか天井からぶら下がる鍾乳石を確認することが出来たが、地底湖側の天井は高く広大な闇が広がるだけだ。

 湖の中に目を向けると、洞窟らしい澄んだ水が満ち満ちており生物の気配は存在しな 

 い。目を持つ魚か何かが居れば出口の手掛かりになったかもしれないが、無いものはないのだ。

 自分が倒れていた場所を見渡すが、使えそうなものは転がっていない。PCの近くに置いてあった通学カバンの中には僅かではあるが食料と水が入っていたのだが、どうやらこの洞窟に迷い込んだのは自分一人だけのようだ。

 取れる手段は2つに1つ、出口を探して歩きまわるか夢だと決めつけて二度寝としゃれこむか。考えるまでもない、前者だ。

 これで夢でなかったら、気が付いたときには力尽きる寸前で詰みだ。遭難したときは動かず体力を温存するべきとされているが、それは救助の見込みがある場合に限られる。もし、これが手の込んだ誘拐であったとしても捜索願が出されて捜索隊が自分を発見するころには腐乱死体になっているのが関の山だろう。

 どのみち死ぬのなら、せめて納得はしておきたい。

 さしあたっては、この地底湖の水が飲めるのかどうか確認をしておきたいが、と湖面に再び視線をずらしたとき、澄んだ水の底に何かが刻み付けられているのが見える。ライトを向けて湖面に顔を近づけてみると、それは轍だった。それも車輪にしては太すぎるモノが隣接して2本、そこから少し先に同じように2本、合計4本の轍が地底湖の畔の浅瀬を沿うように流れている。


「オブイェークト279の秘密基地でもあるのか?」


 思わず、そんな声が漏れ出てくるほどこの場には場違いな代物だった。鍾乳洞の中に履帯らしきモノの轍。地下兵器廠は枢軸側の十八番だろうとか関係ないことが頭に浮かぶが、今のところ手掛かりは之よりほかになさそうだ。

 とにかく、これを創ったのが人工物であるなら轍は出口へと続いている可能性はグッと高まる。とりあえずはこの轍を辿っていくべきだろう、地底湖の水が飲めるかどうかを知るのはそれからでも遅くない。

 濡れた岩にスリッパ履きの足を取られない様に慎重に進むが、はやる気持ちを抑えられないのか地底湖から続く轍が陸に上がり、暗い横穴の奥へとつながっているのを見つけるころには自然と早足になっていた。




 縦横6mはあるであろう横穴に入り込んで30mも行かないうちにソレは居た。

 重厚な車体は両側2本ずつ、計4本の履帯に支えられ、フェンダーの上に張り出したライトのおかげで飛び掛かる寸前の肉食獣のような印象を与える。車体の上に載った砲塔はどこか第3世代戦車を思わせる角ばったデザインだったが、砲塔から突き出しているのはの長砲身連装砲。砲身とみられる部分は見慣れた円筒形ではなく若干つぶれたひし形で両側面にはスリットが見える。砲口に目を向けてみるとそこはひし形ではなく従来通りの円形。しかし、サイズは2周り以上も大きくどう見積もっても130㎜は下るまい。

 どことなく某機動戦士シリーズのやられメカに似た巨大な戦車、それが湖畔から続く轍の主だった。

 見たこともない巨大な戦闘車両に思わず見とれてしまっていた彼は、洞窟に微かに響いた電子機器の機動音を聞き取ることが出来なかった。


「うおっ!?」


 それまで沈黙を守っていた魔獣の双眸が光り輝き、軍用前照灯の強烈な光に一瞬視界を奪われる、「誰か乗っているのか?」と問いかける前に、ある種の厳かさをもってソレは答えた。答えやがった。


『問おう、貴方が私の』

「おい馬鹿やめろ」


 どう見てもトチ狂った状況の中で、律義にツッコミを入れる狂人がそこにいた。







『そこは最後まで言わせてくださいよ。待ちに待った運命ヒロインとの出会いなんですから』

「金髪清廉委員長系少女騎士になってテイク2だバカヤロウ」

『いやぁ、私変化のスキル持ってないんで。何せ戦車ですしおすし』


「は?」と間抜けな声を上げてしまう。確かに、目の前の戦車から聞こえてくる声は少年のようにも少女のようにも男性のようにも女性のようにも聞こえる合成音声だ。しかし、これは変声機を用いて乗員がしゃべっているのだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 いよいよもってここが夢である可能性と、自分が生きてきた世界ではない可能性が高まってきた。できれば前者であってほしい切実に。


「戦車?乗員じゃなくて?」

『なかにだれもいませんよ…もとい、ええ、そうです。というか、自律思考戦車なんぞ珍しくないでしょう?そんな事よりなんで少年が一人だけここへ?ほかの救難部隊は?北半球連合がようやく我々調査団の回収に乗り出したのではないのです?星の海を渡って地球へ凱旋する予定は何処?』

「え?」

『ゑ?』


 一瞬の静寂、ややあって切り出したのは戦車の方だった。


『あーっと、つかぬ事をお聞きしますが?今は西暦何年?』

「2018年10月25日だろう?」

『うっわ、それスマホですよね骨董品というか博物館レベルの。記録以外で初めて見ました。ちなみに、私の内蔵時計は地球時間で西暦3710年4月1日です。あ、エイプリルフールじゃないですよ』


 人と戦車、ざっと1700年の格差がそこにあった。それから情報を交換し続け、人にとって全くもって喜ばしくない結論に達する。


「つまり、ここは地球から3232光年離れた先で発見されたゲートの向こう側の系外惑星系、OGLE-2886-BLG-514Lの第3惑星通称エリクシルで、お前はそれの探査に送り込まれた独立大隊の唯一の生き残りってわけか」

Exactlyその通りでございます、ちなみに大隊が壊滅してから810年と2か月21日10時間34秒経過しています。周囲の地質を見る限り、私が地球に転移したのではなく、貴方がエリクシルに転移したと考えるのが適当そうですねぇ』

「そうか」


 どさり、と力が抜けて地面に座り込んでしまう。もう夢と考えるのはやめよう、願望と現実の区別ぐらいはつく。自分は太陽系第3惑星から遥かに離れた異星の洞窟へとワープしてしまったようだ。国民的猫型ロボットのドアでも届かない地へ。


『まあ、そう落ち込むことはないでしょう。あなたはラッキーだ』

「なんだと?」


 思わず、目の前の戦車をにらみつけてしまう。毎日に疲れていたとはいえ、破滅願望など存在しない。つい十数分前のつながりをすべて断ち切られて人並みに絶望している男子高校生が頭に来るには十分なセリフだった。

 しかし、同年代の中では目つきが悪いと陰口をたたかれていた彼の眼光を、重戦車らしい面の皮の厚さでいなした戦車が言葉を続ける。


『考えても見てください、地球以外の惑星に転移したのは確かにアンラッキーでしたが、転移した星が地球とほぼ同じ重力、大気成分だったことは特大のラッキー以外の何物でもないでしょう?私の時代でも宇宙服なしで活動できる天然の星はここ以外に見つかってませんし』

「……確かに、転移した瞬間汚い花火に成らなかったのはよかったな」

『それに、少なくとも私がここにいます。エリクシルの調査は不十分なまま終わりましたが、それでもデータは残っていますし、何よりも私は当時の陸軍において世界最強と謳われた自律思考戦車です』


 自らを世界最強と名乗った戦車は、少し胸を張るように車体を傾ける。アクティブサスペンションの無駄遣いが極まっているが、その姿が妙に滑稽に思えて笑ってしまった。


『そうです、笑っていきましょう。絶望の対極にあるのは笑いです、この世において最強の言葉をご存知ですか?』

「いいや」

『”それがどうした!”ですよ。開き直ってしまえば、いくらか楽になります』

「退却もうまくなりそうなセリフだな、それは。それで、洞窟の出口を知っているか?ここを墓穴にはしたくないが」

『ええ、もちろん。一緒に行きましょう、洞窟の出口までとは言わずその先まで』

「ここで救助を待たなくていいのか?」

『800年も放置されていれば、迎えが来ないことぐらいわかります。このまま洞窟の中で朽ちるよりも、超常現象で迷い込んだ古代人と系外惑星を探査したほうがおもしろいです。そうでしょう?』


「その通りだ」と心の底から同意する。洞窟を出たところで自分には何もない、であるならばこの奇妙な戦車と行動を共にするほかないだろう。800年前経過しているとはいえ、約1000年先の技術で作られた戦車だ。生身で行動するよりはよほどいい、そして何よりこんな状況ではたとえAIだろうが話し相手がいるのは何物にも代えがたかった。


「そういえば、名前を聞いていなかったな」

『名前ですか?九七式自律思考多目的戦車伍型改二です』

「いや、車種名じゃなくて個体名だ」


『ああ、なるほど』と納得の言った声を、サイドスカート側面に取り付けられた足場を伝って車体によじ登りながら聞く。


『いやー、それが無いんですよ。しいて言うならば114号車ってとこですかね』

「それじゃあ味気がなさすぎるな」とこぼすと『じゃあ、名前、付けてください。かっこいいのをお願いしますよ』と帰ってくる。その声はどこか期待しているようにも思えた。

 何がいいだろうか、これからおそらく長い付き合いになるであろう相棒の名前だ、慎重に決めなければと考えたが、パッと頭にひらめいた言葉があった。ほかの候補を出そうとするが、それ以外に思いつかない。こういうのは直観で付けるべきなのかと考えを改める必要がありそうだった。


放浪者ノーマッドとか、どうだろう」


 砲塔の上を縦に2つハッチが並んでおり、前方の空いているハッチの中へ体を滑り込ませる。中は予想よりは広かったがそれでも狭い、上、前方、左右には外を映し出すディスプレイが据え付けられており、足元にはペダル、前方にはタッチパネル式のコンソール、両側には複数のボタンが付いたフライトスティックの様な操縦桿がある。戦車というよりも戦闘機のコクピットの様な印象を受けた。


『ノーマッド……いいですね!なんか古い蛇とか銀髪ロリとか連れてそうで最高じゃないですか!じゃあ、貴方の名前は…』

「いや、名前あるからな?南部征人ナンブユキトって名前が」

『車長殿では味気がない、そうですな、”メキシコに吹く熱風”という意味のではどうでしょうか?』

「聞けよシュトロハイム」

『我ぁが北半球連合の科学技術は宇宙一ィィィィィィィィィィィィィィィ!待ってろ惑星エリクシル!ノーマッドの155㎜連装可変速度電磁・電子熱化学複合投射砲が火を噴くぜぇぇぇぇぇ!パンツァー・フォーッ!』

「ちょ、おま!」


 電装品が生き返り、何故か最高にハイって状態になったノーマッドが急発進させ、征人は舌を噛みそうになる。軍事兵器の癖にどうとらえても言動がオタクのソレな戦車が唯一の相棒とは、改めて考えてみるとイカレテているとしか思えないが、まあ、一人で絶望するよりは遥かにマシだ。

 それなりに希少価値の高そうな鍾乳石をそのあたりの雑草レベルの気軽さで蹂躙しながら、久しぶりの来客にテンションマックスな自律思考戦車と異なる惑星にいきなり放り込まれた地球人は洞窟を駆ける。

 光を抜けた先にはオタク化したハイスペック戦闘車両が存在した。ならば、洞窟を抜けた先には何が待っているのだろうか。

 一人と一輌が立ち去った洞窟にはいつも通りの静寂だけが残されていた。




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