第3話 接触

 レーダー画面上に浮かんだ4つの輝点、小さな輝点が300mほど先行し、残り3つの大きい輝点が楔形の陣形を組んで進んでいる。


「装甲車両だって?大きさはともかくどうしてそれが装甲化されているなんてわかるんだ?」

『空間歪曲レーダーは物体の質量によってゆがめられた空間を検知しますからね。物体の質量が大きければ大きいほど、密度が高ければ高いほど見やすくなります。大きさはレーダー反射面積で把握できます。このサイズでこの質量だと装甲車両しかありえません。とりあえず、森と草原の境界線の手前で停車し、ステルスモードを起動します』


 減速した車体が腐葉土を抉りながら倒木の手前で停車する。それと同時に装甲表面のナノマシンが配列を組み替え、周囲の風景に同化するような緑基調の迷彩へとノーマッドの姿を変えた。


「小型1両が先行し、中型3両が続く。先の一両は斥候…というわけでもなさそうだな」

『高エネルギー反応および発砲音を確認、奴さんドンパチやり始めましたよ』


 ヘッドセットのスピーカーから腹に響く連続した発砲音が響いてくる。ナノマシンによるデータリンクでサーバーにアクセスし、音響の大きさからこれが70㎜から80㎜クラスの砲であることを推察する。レーダー画面上では3つの輝点から放たれた砲弾の輝点が先行する小型車両の周囲に着弾しているよ数が表示され始める。

 しかし、陸上車両にしては異常な点が一つあった。


「エリクシルの装甲車両は速射砲が標準装備なのか?」

『その割にはFCSが貧弱に過ぎますねぇ。何その命中率、舐めてんの?』


 砲撃速度が異常なほど早いことだった。2秒に1発は砲弾を放っている。しかし、ノーマッドの酷評通り放たれた砲弾のことごとくは先行する小型車両の周囲に着弾し、直撃弾は存在しない。


『征人さん、提案があります』

「なんだ?」

『後方の3両を蹴散らして、攻撃されている1両の操縦者を拉致、もとい誘拐アブダクションしましょう。現地の事は現地民に聞くのが一番ですし』

「なーに言ってんだこいつ。バカなの?死ぬの?」


 物騒な単語をジュース買おうぜ程度のノリで言い放つ相棒に絶句してしまう。確かにエリクシルの高等生物とは一刻も早く遭遇するべきではあるが、なにもこんな鉄火場で最悪の手段を用いて接触するのはいろいろと問題がありすぎるように思える。


『我々にとれる手は3つ、何もしないか何方かを手伝うか。まず後方の3両を手伝う場合、仕事は先行する1両をぶち抜くだけですが。相手が操縦者を生け捕りにしたいと考えていればアウトですし、殺害が目的だったとしても手柄の横取りと取られてしまえば面白くありません。そうでなくとも、余計な茶々に違いなく、それならば見て見ぬふりでスルー推奨です』

「小型車両を助ける場合は、少なくとも殺されかけているところを助けるのだから恩を売ることが出来る。背中を刺されそうになったところでせいぜい数人規模なら何とかなる、か。我ながら反吐が出る考えだ」

『さて、どうします?何方を助けるにせよ、10秒程度で視認距離に入りますが』


 レーダー画面に意識を戻すと至近弾で車体に損傷を受けたのか、小型車両を示す輝点は左右にふらつきながら進み始めており、それを追う3つの輝点との距離が近づいている。この分では直撃弾を受けてしまうのも時間の問題だろう。


『光学により目標を確認、モニターに出します』


 デジタル処理され、周囲に生い茂っているはずの木々が透過表示された画面には土を巻き上げながら蛇行する黒く細い車両が映りこむ。そして、それを追跡しながら砲火を浴びせかける3両の装甲戦闘車両。6輪の巨大なタイヤで草原を踏みしめずんぐりむっくりとした甲虫を思わせる車体の上には無人砲塔と長い砲身が突き出している。


『黒い方は1人乗りにしたタンブラー。追いかけてる方はデフォルメに失敗したストライカーMGSっぽいですね。砲弾の炸裂規模を見ると76㎜クラスでしょう。あ、当たる』


 ノーマッドがつぶやいた瞬間に放たれた砲弾は、逃げる黒い車両の後輪へと吸い込まれるように向かっていき、直撃する直前に紫色の閃光が走る。直後、黒い装甲車の車体後部が跳ね上がり、直立したかと思うと横転しながら激しくクラッシュする。草原を抉りながら数回回転した車両は、森に息をひそめているノーマッドの目と鼻の先で運動エネルギーを失い、彼方此方が拉げた車体を傾けて停止した。


「ちっ、これじゃあ生きているのかどうか怪しいぞ」

『いや、生きていますよ。76㎜砲弾の直撃にしては破壊の仕方が小さい。何かしらの防御装置を発動させたと見ていいでしょう』

「紫色の閃光が見えたと思ったんだが、見間違いじゃなかったのか」

『おそらくは。さて、とっとと後ろの3両を潰してレッツ誘拐です』

「……エリクシル語の翻訳は済んでいるのか?」

『えぇー…800年前のがありますけど交渉するんですか?』

「流石に”こんにちは、地球の科学の発展と僕らの為に死ね!”はやりすぎだろう。拉致も却下だ、あの車両を調べに来た時に声をかけて情報を得る。初めから殺す気で接触するなど、平和を愛する日本国民としてどうかと思う。そもそも、ついさっきまで平和を謳歌していた学生に殺人の可否など問うんじゃない」

『趣味が同族殺しなほど闘争大好き地球人類の弁とは思えませんね』

「言ってろ。僕の時代に己が地球人なんて自覚があるやつは宇宙飛行士ぐらいだ」


 ノーマッドからダウンロードされたエリクシル語のデータをインストール、ついでに一通りの装備のマニュアルと使用方法、戦闘データも同様に取り込み最適化。体の動かし方や知識をパソコンのデータ感覚でやり取りするのは奇妙な気分だが、手軽で有効だ。之なら格闘技など碌に習ったことのない自分の体を最大限活用できる。

 そして、自分の体を一つの武器として考えている自分に気づき言いようのない悪寒と不安、嫌悪が沸き上がったが、それらの心の動揺は一瞬の後には蓋をするかのように消え去ってしまった。

 身体を伸ばしハッチを開けて大柄な砲塔の上へと出る。利き手にはシートの下から引っ張り出したマテバ、反対の手にはキューポラから出る前に天井部分から引き抜いた全長90㎝程度の対装甲刀。木々の向こうでは2両の装甲車から2つの人影が這い出て、クラッシュした装甲車へ歩いていくのが見える。


 ――交渉が失敗した場合は自己判断で行動しますがよろしいですね?

 ――それで構わないが、逃げるときには連れて行ってくれよ?

 ――砲身の先で引っかけていけばいいですか?ご武運を


 装甲板の上を駆けおり、惑星エリクシルの倒木を車内にあった軍靴で踏みしめて走り出す。わざと音を出すようにがさがさと木立を突っ切ると、突然森が途切れ見渡す限りの草原が広がった。目の前でクラッシュし黒煙を噴き上げている装甲車や彼方此方に空いたクレーター、こちらにライフルの様な武器を向けるヨーロッパ系の様な顔立ちの2人の兵士と砲身そのものを向ける1両の装甲車が居なければキャンプにもってこいだろう。

 人と話すのは得意なほうではない事を今さら思い出すが、自分の蒔いた種であるためやりきるしか道はない。出来る限りにこやかに、言葉を切り出す。


「やあ、どうも。道に迷って」

『始末しろ』


 スピーカーを通した声がこちらに砲身を向けている装甲車から響いた直後、命の危険を感じた思考が加速する。2人の兵士がトリガーを握りこむ前に、体を最小限捻ることで射線から体を逃がす。直後、頬の横と右わき腹のすぐ横を赤熱した2発の銃弾が通過する。

 5mとない至近距離でただの子供にライフル弾を紙一重で見切られた――脳の反応速度に筋肉が付いていけてないだけとも言う――2人の兵士の瞳が驚愕に染まる。


「あぶなっ。待ってくれ、そちらと戦いたいわけじゃ」

「う、撃てっ!」

「やはり貴様も魔女の手先か!」

 ――あーあ、言わんこっちゃない。


 意思疎通は可能、なれど相互理解は不可能。ノーマッドの呆れたような通信を聞き流しつつ、肉体は不自然なほど自然に戦闘行動へと移行した。再び射線を予測、弾道予測線から回避しつつ利き手に握りしめた拳銃の銃口を持ち上げ、トリガーを引く。腰だめで発砲。プラズマ化したガスで推進された弾頭が銃身に設けられたコイルでさらに加速されマズルフラッシュとともに吐き出される。わずかな距離を飛翔した弾頭は片方の敵兵の頭蓋をヘルメットごと貫通し、反対側から砕けた骨や脳の真っ赤な破片とともに噴き出した。

 それを確認しつつ踏み込み、味方を殺された敵兵が放った3発目の銃弾を身体を回転させ回避。そのままの勢いで遠心力による加速が乗った軍刀を首へとたたきつける。骨が砕け、ズレる嫌な音が響き。2人目は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


『貴様っ!』


 おそらく上官らしい人間が乗っているのであろう装甲車から怒気を含んだ声が漏れるが、こちらに向けられた砲口から砲弾が飛び出してくることはなかった。時間にして1秒もない重低音が背後の森から響いたかと思うと、ずんぐりとした印象を持たせる装甲車の車体がまばゆい閃光に包まれ、無数の火花が飛び散り、遅れて爆風が頬をなでた。それまで砲身を向けてこちらを威嚇していた装甲戦闘車量の姿はそこになく、文字通りハチの巣と化し、緑色の火炎を噴き上げる真っ黒いオブジェがうずくまっているのみだった。


 ――まさか25㎜でぶち抜けるとは、この星の装甲車軟弱すぎません?征人さん、生きてますか?気分悪かったりしませんか?

 ――なあ、おい。

 ――はい?


 ごとり、と振動刀を取り落とし思わず呆然と自分の手のひらを見る。何度も見た自分の手のひらがそこにあるだけ、その向こうにはつい先ほど自分が始末した2つの肉隗が時折痙攣しながら転がっている。


 ――これは、どういうことだ?

 ――ああ、精神抑制機能ですか?別段変なことではないでしょう?というか、それはそもそもナノマシンのメイン機能の一つじゃないですか。

 ――なんだと?

 ――ナノマシンで脳を弄れるのなら、戦場で致命傷になりうる感情機能をスリープさせるのは当たり前じゃないですか。嫌悪感とか罪悪感とかを否定するわけじゃないですが、それが過ぎれば待っているのはMIAです。

 ――しかし、これは


 頭では理解できる。今この状況において、それらの感情は自らの生命に直結しかねないと言うのは道理だ。とはいえ、精神すらナノマシンに介入される事実を受け入れられるほど、彼の自我は稀薄ではない。

 ナノマシンによる精神の抑制と湧き上がる感情に板挟みになりつつある征人の頭の中に、どこか満足げなノーマッドの声が響く。


 ――やはり、こちらに来たのが貴方でよかった。よほど、貴方の時代は平和だったのでしょう。何も考えずゆっくり深呼吸してください、それですべてが丸く収まります


 何とか、頭の中を空っぽにして一度深呼吸をする。深く吸い込んだ息を吐くと、それと一緒に先ほどまでの混乱も吐き出されたのか頭の中が幾分クリアになり、延々と湧き上がっていた感情の波は消え去っていた。


 ――悪い、取り乱した。

 ――殺人を犯して何も感じなくなっていることに、疑問と嫌悪感を抱けるのはいいことです。ナイチンゲールは戦場での心のケアを行う負担を減らすためそういった精神の動揺を収める機能を持っています。いざというときに躊躇なく他人の命を奪うのは異星人エイリアンである我々にとって必要なことだというのを忘れないでください。

 ――しかし、それをもって殺人の正当化は行うな、だな?

 ――その通り、今回は残念でした。


 倒れ伏した2つの遺体に背を向けて擱座した装甲車へと歩いていく。キューポラをかねた装甲車のハッチが歪み、その隙間から内部の暗闇が見えていた。


 ――お前はこれが見えていたから、交渉に乗り気じゃなかったのか?

 ――少しは交渉が成功するとも考えていましたよ?絶対に無理だと思っていたらテキトーな理由をつけて車内に閉じ込めるか、外に出る前に主砲ぶっぱしてました。


 身もふたもない回答に苦笑しつつ、さやに納まったままの振動刀とゆがんだハッチの隙間に差し込み、梃子の要領で無理やり押し開ける。おーぷんせさみーと能天気な声が聞こえるが務めて無視。

 一息に力を籠めるとハッチは案外簡単に開き、それと同時に中から先端に大粒のクリスタルが埋め込まれたロッドが鼻先へと突き出される。


「死…ねッ…!」

「うぉあっ!?」


 ロッドの先にあったのは頭を負傷したのか赤い血がつたい、色素の抜けたような金色の髪が汗で張り付いているというのに、一瞬見惚れてしまうほど美しい顔を悲壮な決意でゆがめた少女。暗い決意を宿したレンズの向こうのアメジストの様な瞳に、間抜け顔の自分が映っているのを確認する前に身をよじる。一瞬遅れてロッドの先から高エネルギーの束が発射され、右腕の一部がかすり、僅かに鮮血が吹き出す。


「く、そ……ここまでか」


 最後の一撃を失敗した彼女の持つロッドが白磁のような手から滑り落ち、装甲車にあたって金属質の音を立てる。それとほぼ同時に、気絶したらしい少女の体から力が抜けシートへと崩れ落ちた。


 ――ひゅーっ!やっぱり敵に追われていたお姫様じゃないですか!さあ、生きてるみたいでしょうし保護しましょう早く早くハリーハリーハリー!

 ――少なくともつい1秒前に死にかけた相棒にかけるセリフじゃねぇよなそれ!?あれか?シリアスが続くと死んじゃう病に羅漢してるのか?

 ――こちとら800年もシリアス続けてたんですよぉぉぉ!これで久しぶりの別展開が生まれてテンション上がらないAIがいますか?否!いない!具体的には”Toら”で”ぶる”とか”マブ”で”ラブ”なラブコメ展開をプリーズ!

 ――マブでラブな方だとこの娘死ぬんじゃないか?

 ――安心してください、その時はあなたが犠牲になった後ですので。胸糞な気分を味わわなくて済みますよ。


 今度外に出るまでに脳内通信を一方的に遮断できるコマンドを調べておこうと固く心に誓い、装甲車の中で脱力している少女を引きずり出し。横抱きにして歩き始める。森の方からは、ノーマッドが木々を踏み倒して草原へと進出していた。












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