第12話 異星の息吹


 それにしても、奇妙な連中だ。

 自分には少々大きすぎるシートに背を預け、頬杖をつきつつ横目で車長席の方を見やる。そこでは茶色の官帽を被った少年が熱心に拳銃の整備を行っていた。

 少年が手にもって分解している銃はリボルバー式の拳銃らしいということは解るのだが、どうにも違和感があった。何度か隙を見て解析の魔術をかけてみたものの、それが指し示すのはあの武器に魔術的な術式は一切刻まれていないという事。普通、拳銃というものは威力を確保するため小銃よりも複雑かつ高度な魔術式が必要とされる。銃身が短い分、魔力励起火薬を利用しても十分な初速が得られず、直進を補助する魔術式も効率の良いものを刻まないと効果を発揮しないからだ。そのため、拳銃といえば目立つものを持てず、いざというときの手段が必要な間諜やモノ好きが持つ代物という認識が一般的である。

 視線を戦車長からずらし、正面のモニターを見やる。四角い表面は目が痛くならない程度に光を放ち、今は周囲を探るれーだー画面とやらが表示されているらしい。表示されている距離は半径5㎞、中心にはノーマッドのシンボルが表示され幾つかの輝点が進行方向の後ろ側へと流れていく。

 確かに、視覚的には何が、どれだけ、どの方向に存在するのかを理解しやすいが、わざわざ画面に表示する意味が解らない。魔力感知を行っているのならば、使用者には直感的にその位置がわかるはず。明らかな二度手間だ。

 第一、モニター全体に光を持たせるなど魔力の無駄遣いも甚だしい。このビークルに魔力を供給しているアルマが規格外の魔力炉を持っているのなら可能だろうが、あの性悪堅物がそんな無意味なことに魔力を使うとは到底思えなかった。

 モニターに指を走らせて表示を切り替え――簡単な操作方法はノーマッドというゴーストが教えてくれた――車体側に設けられた操縦者席の映像を映し出す。そこではフードを目深にかぶった少女が小さな薄い板――目の前のモニターを手のひらサイズに小型化させたようなアイテム――に指を走らせ、流れる文字を読んでいる。


「なんじゃ?それは」

『む、覗きとは感心せんな』


 思わず声に出してしまい、読書の時間を邪魔されたアルマの不機嫌そうな声がヘッドセットから響く。


「にはは、どうにもノーマッドの設備にはなれなくてのぅ。そんな事よりも手に持っておる板はなんじゃ?小さなモニターのようにも見えるが?」

『…まあ、そんなところだ。これがあればノーマッドの記録装置に入っている書物に目を通すことが出来る』

『本当はそれ以外にもいろいろ使い道はあるんですけどねー。ていうか、本来は通信機器ですし、ソレ』

「ほぅ、同調鉱石シンクロタイトの様なものかの」


 同調鉱石シンクロタイトに魔術で特殊な処理を行ってから分割すると、破片の一つに傷をつければ他の破片にも同じような傷が浮かび上がる同調性とよばれる性質をもつようになる。エリクシルではこの鉱石を利用することで都市内の通信網が整備されていた。しかし、同調性は破片の距離が10㎞以内でないと発現しないため、都市間の通信手段としてはビークルによる手紙の輸送が一般的だった。


『まあ、そんなところです。私特製の未来ガジェットってわけですよ!』

「もともとは僕の持ち物なんだがなぁ…」


 そうぼやくのは拳銃の整備を一通り終えて、銃身の上に特徴的な大型バッテリーを叩き込んだ異星人だった。ノーマッドの言う未来ガジェットとは、もともとはユキトがこの星に持ち込んだ私物のスマートフォンであった。本来ならナノマシンによってユキトがネットワークに組み込まれたことで通信手段を携帯する意味がなくなり、お役御免となるところだった。しかし、いざというときにアルマと連絡が取れなくなることを危惧したユキトによって、彼女に譲渡されることになった経緯があった。

 もっとも、ノーマッドがいろいろと魔改造を施すことは完全に想定外ではあったが。


「…………」

『フ、これはだ。やらんぞ』

「ふむ…なんというか、お主」


 どこか勝ち誇ったように微笑むアルマ。その姿を見て若干イラっと来たフェネカはささやかな反撃に打って出る。


「存外、子供っぽいところもあるの」

『何か言ったか?チンチクリン』

「ハッ!笑止!あと数年もしたらバインバインじゃぞ?」

『理想が高いと苦労するぞ?その絶壁と同じぐらいの慎ましやかさを身に着けるべきではないのか?』

「ふーむ、なるほどのぅ。お主の態度は無駄にデカいと思っていたが。いやはや、女らしさと胸の厚みは反比例すると見える。一つ勉強になった、ほめて遣わす」


 ははは、という魔女の笑い声が足元の先に備えられた操縦士席から聞こえてくる。

 にはは、という幼女の笑い声が後ろに備えられた戦術士席から聞こえてくる。


 ――あー。ヒューストン、問題が発生した。

 ――王道ラブコメ展開ですね、解ります。

 ――なんでもいいから、彼女たちの気をそらせろ。このままじゃ死ぬ、主に僕が。

 ――ポーランドやドイツ連邦だって復活してますし大丈夫ですよ。

 ――どっちも挟撃されて国土蹂躙された挙句分割されてるじゃねーか。

 ――日本男児なら瓦礫と荒廃の中から立ち上がるのは慣れっこでしょう?

 ――好きで瓦礫と荒廃に埋もれたことなんてねーよ。ゆとり最終世代舐めんな

 ――でも、反応兵器で首都が吹っ飛んでも5年ぐらいで復興してましたよね。あ、なんか動体反応を検知しました。距離3000m、数は8、此方と並走中。

 ――動体反応?待ち伏せか?…ってか首都吹っ飛んだってどういうことだよ!?


 ユキトのツッコミにノーマッドは答えず、一触即発の車内にアラートが鳴り響いた。


「なんじゃ?」

「何事だ?」

『あてんしょんぷりーず。本車両の周囲に動体反応検知、現在並走中。ぶっちゃけ囲まれてますよ』

「おい絶壁女、どういうことだこれは。周囲の索敵は戦術士の務めだろうが」

「喧しいわい駄肉女。いきなり現れたんじゃ、おそらく待ち伏せじゃろう。操縦士ならトットと振り切れ」


 アルマとフェネカが口論を続けるのを無視しつつハッチを開けて外を確認する。周囲には2m近くまで成長した背の高い草が生い茂り、風によってさわさわと浪打ち、さながら緑色の大海の様な光景が広がっている。ノーマッドは地図に示された街道の上を走っているのだが、アルマの話では周囲に生えているこの草は成長速度がけた外れに早く、獣道すらも3日で覆いつくしてしまうらしい。

 履帯で柔らかな草を踏みつけつつ、4本の航跡を残しながら進むノーマッドの周囲には、こちらと同速度で走行する何かを見ることは出来ない。

 データリンクを起動、センサーから得られた情報を処理し視覚野に投影する。こちらを囲む反応の数は8、ちょうどノーマッドを中心に8角形を描くように展開し移動するこちらをぴたりとつけてくる。


「アルマ、速度を上げて振り切れるか?」


 実際に車体を動かしているのはノーマッドだが、今回は積み荷フェネカが居るためアルマが操縦しているという筋書きになっていた。それに伴い、ノーマッドほどの大きさのビークルの平均最高速度程度のリミッターがかけられている。エリクシルにおいて、ノーマッドほどの巨大車両が不整地を時速90㎞で走行することなどありえなかった。


『難しいな、これでいっぱいいっぱいだ。何か見えるか?』

「いや、何も。草に隠れて姿が見えない」

「なら、刈ればよかろう」


 ふいに後ろで声が響く。見れば戦術士用のキューポラから上半身を出したフェネカが片手に短杖ワンドを握りしめて10時方向の輝点へ向けていた。銀の光を放つワンドの持ち手、柄の部分には大粒のエメラルドの様なクリスタルが収まり、淡い緑色の光とともに、エーテルをまとわせていた。


「儂の予想が正しければ、まあ、心配することは無かろうよ」


 どういうことだ?と問いを投げかける前にフェネカはオーケストラの演奏を始める指揮者のようにワンドを軽く振るった。


 瞬間、エーテルをまとった一陣の風が吹いた。


 その風は草原に達すると、テーブルにこぼれた汚れを布巾で拭い去るように、周囲に生えた背の高い草をたやすく刈り取り宙へと舞い上げていく。海を渡ったモーセの逸話のごとく、緑の大海は一陣の風によって一瞬で真っ二つに切り裂かれ、半径3000m、弧の長さが300mほどの扇形の領域の視界が開けた。

 そのあまりの光景に驚きを表す前に、ソレは緑の大海から裸の大地へと躍り出る。

 灰色の体毛は体の周囲を駆け抜ける風に靡き、全身の発条を使ってしなやかに大地をかける体は3mに達しようとしている。ピンと立った耳は暴風の中でも形を崩さず周囲の音を警戒し、細長くもがっしりした顔には2対、計4つの目があり、前方よりの2つの目は一回り小さい。身体を冷却するため必要最小限開けられた巨大な口からは見るものを恐れさせる牙が伸びている。胴体の前部に2対、後部に1対突き出した脚は大地を抉り、その巨体を時速60㎞で推進させていた。

 6本脚の巨大な4つ目狼。そうとしか形容できないエリクシルの大型捕食者プレデター

 魔獣などでは決してない、間違いなくこの星で進化し、この星で生まれ、この星で生きている生物。草の途切れているわずかな領域を駆け抜けるのはほんの一瞬だったが、己の体躯をもって異星の大地を駆ける獣に畏敬の念を抱くのには十分すぎる時間だった。


「ほう、やはりな」


 納得したような、そしてどこか安心したようなフェネカの声で現実に引き戻される。後ろを振り返ると、彼女はすでに杖をしまい。車内に戻るためにハッチに手をかけていた。


「フェネカ、アレはなんだ?」

「なんじゃ、知らんのか。アレはガーズルフ、基本的に群れで行動し、こうして外に出た冒険者の周囲を固めて共に行動することがある。まあ、だいたいは無害じゃ。守護狼、ともよばれておるの」

「僕らを守っているのか?」

「結果的には、な」


 ニヤリと少女がするには少々邪悪すぎる笑みを浮かべ「今夜にでもわかる」と言い残してフェネカは車内へと戻っていく。彼女の言葉の意味が解らなかった彼は再び周囲へ視線を向ける。しかし視界に入るのは、ガーズルフの体高よりも高く生い茂った草の海だけだった。








 香ばしい香りを放つ茶色の塊をちぎると、水蒸気とともに真っ白な中身が顔を出す。たまらず口に運んでかみしめると、フカフカとした生地が口の中で小麦に似た風味を開放し、何もつけずとも自然と嚥下できてしまう。そういえば、焼き立てを口にしたのはいつ以来だったかと記憶を探るが、いくつか見つけた記憶の中の物よりも今回口にしたソレは格別といってよかった。


「旨いな、旨い。こんなに旨いパンは初めて食った。すごいな、アルマ」

「フン。さぞ貴様の国は食事に手間を駆けなかったのだろうよ。こんなのは魔術だけしか使っていない簡易的なものだ。ちゃんとした場所で作ればもっと良いものが作れる」


 真正面から手放しでほめられた魔女はそっぽを向いてバスケットの中に入ったパンを一つ取り乱暴に齧る。日も暮れ、ノーマッドの砲塔内に集まった3人は少し遅めの夕食を取っていた。今日のメニューは焼き立てのパンとソーセージ、サラダにコーンポタージュに似たスープ。これらはディオノス市国で調達したものを、アルマがノーマッド前部に張り出した偽装装甲内のスペースで調理したものだった。


「うーむ。ジャムとは言わんがせめてバターはないのか?」

「嫌なら食うな」

「まっこと旨いの!上出来じゃ!」


 虎の尾を踏みかけて危うく夕食を取り上げられそうになった銀髪の幼女が、すかさず手のひらを高速回転させた。僅か1日で同レベルの口喧嘩、悪口の応酬を繰り広げていた二人だが、食事を盾にされてはフェネカは敗北を認めざるを得ない。


 ――ぱないの!とか言ってくれませんかねぇ

 ――ミスドでも買ってこい


 平常運転な相棒の言葉に投げやりなツッコミを入れつつスープを口に運ぶ。甘みが強く、まろやかな味わい。確か、彼女が調達していたのは黄色い粉末状の穀物だったはずだが、どうやればこんな味になるのか不思議でしょうがなかった。車内は適温に保たれているが、温かいスープというのは心身をリラックスさせるのにもってこいだ。


「なあフェネカ、昼間やったアレは魔術だよな?」

「うむ。風を圧縮して任意の方向にぶっぱする術式じゃ。今回は草を刈りとる程度の圧縮率じゃが、儂が本気でやれば生半可な魔術防壁ごとズッパりゆけるぞ」


 見ている分には鎌鼬が走り抜けた様なイメージを持ったが、実際は圧縮した空気の刃を高圧の風で押し出す魔術であり、小規模なものは草刈り、大規模なものは戦闘で使われているらしい。


「まあ、魔力をまとわせてはいても所詮空気だから軽い。横合いから同じ風の魔術を当てれば軌道変更はたやすく、不意打ちでもなければ大きな成果は上げれんがな」


「所詮、草刈りに便利な魔術の域を出ん」と肩を竦めるアルマに、フェネカが”べー”と舌を出す。どうにもこの二人は反りが合わない、マーフィーの言っていたことと正反対の事象に陥り始めていることに、彼は心の中で黒山羊頭に悪態を吐いて気休めにする。

 また不毛な争いが始まるのかと自分とノーマッドの事を棚の上に放り投げた思考が沸き上がったとき、その声は響いた。


【ウォォ―――――――――――――ン】


 ノーマッドの外部収音気が拾った音が車内に響く。「ガーズルフの遠吠えか?」と首を傾げるユキトに、フェネカはニヤリと口角を釣り上げた。


「いんや、食事の合図じゃよ」






 ハッチを開けると、すでに食事は始まっていた。ノーマッドの後方約100mで、巨大な何かがのたうち回り、その周囲を複数の影が疾駆している。僅か1時間前まで草原を吹き抜ける風の音と草の匂いしか存在しなかった大気には、猛獣のあえぐような音とうなり声が混ざり、濃厚な血臭に満ちていた。

 雲が星の帯の光をさえぎっているのか可視光では何が起こってるのかいまいちよくわからない。

 しかし、ノーマッドの暗視カメラとリンクしたユキトの視界には、勇猛な食事の光景がはっきりと映し出されていた。


 ――なんですアレ?ナゴの守?それとも乙事主?

 ――じゃあ群がってるのはモロの君か?姫はどこ行った?

 ――烏帽子御前並みにおっかない姫ならこっちにもいますけどねぇ


 一際巨大な影、それは8本の筋骨隆々たる脚で大地を蹴りつけ、湾曲した4本の牙を振り回し襲撃者を振り払おうとする猪としか形容できない姿をしていた。最も、その体躯は今のノーマッドよりも2回り程巨大であり、大地を踏みしめるたびに地響きが聞こえてくる。周囲の背の高い草は踏みつけられたのか軒並みなぎ倒され、その巨体を一望することが出来た。

 そして、そんな巨大な怪物を恐れるどころか一方的になぶっている8つの影こそ、昼間に垣間見た巨大な狼、ガーズルフの群れだった。常に4頭が足を攻撃して機動力を封じ、残りの4頭はわき腹や目など急所へ執拗に攻撃を加え命を削り取っていく。彼らの牙と爪が突き立てられるたび、重低音の悲鳴が響き、鮮血が草原を汚し、痛みでのた打ち回る巨躯が草をなぎ倒していく。


「これは見事なメガリボアじゃの。ここまで大きな奴は久しぶりに見たわい」

「メガリボアは徘徊性の超大型8足獣だ。自分と同じような体躯を持つ存在には非常に攻撃的になり、突進によって殲滅する。最高速度は不整地でも80㎞を下らん。軽装甲ビークルは言わずもがな、重装甲ビークルでさえ当たり所が悪ければ拉げる」


 フェネカが身を乗り出すキューポラではなく、ユキトが上半身を出しているキューポラから頭だけを出して説明を補足する。キューポラの径はそれなりに広いが、2人も同時に体を出すと流石に狭く、服がこすれる振動が伝わってきた。


「さて、ユキト。ガーズルフが何故我々をつけていたか分かったか?」


 薄い笑みを浮かべてこちらを見上げるアルマ。身動きをする余裕なんぞほとんどないため、期せずして彼女の後頭部が胸に押し付けられることになる。外から見れば恋人どうしの逢瀬にも見えないこともないが、野獣の絶叫と咆哮、血しぶきの音と血の匂い、今の自分の態勢に全く気が付いていないアルマが全部台無しにしてしまっていた。


「僕たちはエサ。という事だろう?」

「流石にここまで見ればわかるかの。奴らは旅人を狙う獣を待ち伏せて喰らう、奴らが主食にするメガリボアにとって人間はある種の御馳走じゃからの」

「何故?」

「魔力炉だ。メガリボアはその巨大な体躯を支えるために重力操作の魔術を利用しているが、メガリボアの魔力炉の出力はそこまで高くない。ほかの獣の魔力炉を食らえば体内で融合させて出力を上げることが出来るが、タダの獣では効率が悪い。最も効率が良いのは人の魔力炉を取り込むことだ」

「人食い猪ってことか。ガーズルフは此方を襲わないのか?」


 ユキトの当然な疑問に「ないない」とフェネカがひらひらと手を振った。


「ガーズルフの魔力炉は強靭じゃ、それに回復、防御、身体強化に優れた魔術を行使する。純粋な白兵戦闘能力ではこの星でも上位に入るじゃろうよ」


 メガリボアもやられっ放しというわけではなく、巨大な牙を大きく振って今まさに飛び掛かろうとしていた1頭を30mほど跳ね上げる。しかし、跳ね上げられたガーズルフは空中で何事もなかったかのように体制を立て直すと着地するや否や再び咆哮を上げて飛び掛かった。牙と爪の猛攻に巨躯が揺らいだ瞬間、周りのガーズルフよりも一回りは大きい個体――おそらく群れのリーダーだろう――が飛び出し、首筋へとその牙を突き立てる。

 耳をふさぎたくなるほどの重低音の悲鳴が響いたかと思うと、首筋へ食らいついたガーズルフの体がわずかに赤く発光し全身の筋肉が膨張する。すると、ノーマッドよりも巨大なメガリボアがゆっくりと持ち上げられ、一瞬の後、弧を描いて地面へとたたきつけられた。

 大型爆弾でも着弾したかのような地響きが再度ノーマッドを襲い、微かな断末魔が3人と1機のもとに届くころには、あれほど抵抗していた巨大な猪はピクリとも動かなくなっていた。


【ウォォォ――――――――――ン】

【ウォォォ――――――――ン】

【ルウォォォ――――――――ン】


 倒れ伏したメガリボアの周囲に激闘を制したガーズルフが集まり遠吠えを重ねる。大狼達の遠吠えは巨大な敵を倒した勝鬨のようにも、これから自らの血肉となる獲物に対する鎮魂歌のようにも聞こえる。

 そして、止めを刺す形になったリーダーのガーズルフが獲物へと4本の前足をかけた時、それまで周囲に影を落としていた雲が切れて星の帯の光が彼らを包み込んだ。

 白銀の光が返り血に染まった灰色の体躯を闇夜に浮かび上がらせる。本来はもっと暗い灰色なのだろうが、星の光の下では白金の様な神々しい光を放ち、その身に付いた赤い血すらも、その光景を絵画の一部の様なものにする効果を伴っていた。

 倒れ伏した獲物を征服するように、または慈しむように傷だらけになった顔を覗き込んだガーズルフは次に、自分たちを見ている3人の放浪者へとその視線を向けた。

 6つと4つの視線が交錯するが、すぐにガーズルフの方が視線を逸らし、胸部が膨らむのが解るほど大きく息を吸い込んだ。


【グルゥゥゥゥゥゥゥゥォォォォォォォォォォォォォン!!】


 遠吠えというには余りにも勇壮すぎる咆哮。それは勝鬨や鎮魂歌などではなく、”我は此処に居る。此処で生き続ける”と大地に宇宙に星の帯に呼びかけるような、ある種の宣誓のように感じられた。


 ――異星であっても、生命の力強さ、偉大さは変わらないってことですかね

 ――まったくだ。地球人僕らにとっては少々偉大すぎるがね

 ――地球の生命だって負けてないですよ。あなたが知らないだけです

 ――………ああ、そうだな。惜しいことをした


 もはや見ることが出来なくなった地球の動植物に思いを馳せる。しかし、頭に浮かぶのはボンヤリとしたイメージのみ。18年も生きてきて、どれだけ真剣に生物と向き合ったのだろうか?共に生きるべき隣人、彼らの存在を意識の外へ追いやってしまったのは何時なのだろう?


「ユキト、彼らのケリはついた。戻ろう、スープが冷めてしまう」

「あ、ああ。そうだな」


 どこか柔らかい声色のアルマの声に現実に引き戻され、軽く頷いて車内に戻る。ハッチを閉める前に、獲物に群がっているガーズルフへと視線を向けると、再びあのリーダー格の個体と目が合った様な気がした。


「おやすみ、良いものを見させてもらった」


 誰に届けるでもなくそんな言葉をつぶやき、今度こそハッチを閉めた。車内ではアルマが、冷めたスープを魔術で温めなおそうとしていた。










 夜空の下、エリクシルの生存競争に触れた唯一の異星人はかつての故郷を淡く想う。雲の切れ間から見えた星の帯を一筋の流星が横切っていった。





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