第34話 異星の魔獣
なにが起こった?
瞬間、残党大隊構成員の思考が完全に一致した。
遠見の魔術で発見した獲物へと向けられた穂先は8、突き出されたのは8発の風属性誘導魔術付き122mm対魔獣用徹甲榴弾。高強度の装甲を持つ魔獣に対抗する為の砲弾は、一般的にコストを犠牲に貫徹能力を増強させている。また122mmもの巨砲はビークル相手ならば砲弾の質量そのものが凶器となり生半可な魔術防壁を強引に突破し、装甲を叩き割ることさえ可能だった。
事実、先ほどの戦闘で遭遇したルベルーズのルアール、ソミュールは紙くずのように引き裂かれ、反撃の余地すら与えないほどだった。
放たれた砲弾は風属性魔術によって立ちふさがる木々を回避しつつ進み、1発は魔術防壁に弾かれたものの、他の7発はまともに命中。砲搭に4発、車体に3発。例え狙った獲物が、今まで自分達が見たことも聞いたこともない巨大な砲を装備したビークルであったとしても、7発の122mm砲弾を受けて無傷でいられるはずがない。
着弾と同時に装甲板が飴細工のようにひしゃげ、弾頭の炸裂と同時に吹き出した熱と衝撃波が車体を焼き払う。何度も見てきた光景が再び繰り返されることを確信していた彼らにとって、目の前に広がった現実はあまりにも残酷だった。
「当たった、よな?」
足元から操縦手の呆然とした声が浮かび社内の異様な空気に溶けて消える。そうだ、当たったはずだ。砲弾が装甲に衝突して散らした火花も、信管が作動して炸裂した紅蓮の光も見た。
なのに、スコープに映る敵には傷一つついていない。しかし、車体周辺の木々が爆風によってなぎ倒されている事から、攻撃は確かに行われた。導き出された結論に歯噛みしつつ、砲身から陽炎を立ち上らせている敵を歯を食いしばって睨み付ける。
原動力は怒りでも、憤りでも、ましてや味方の中型ビークル2輌を一撃のもと粉砕させられた復讐心でもない。
恐怖。自分達が手を出した、出してしまった相手に対する根元的な感情をやり過ごすため、噴出する後悔を奥歯で噛み潰す。
かつて自分達が仰いだ旗の下、立ちふさがる敵を次々と業火の悪魔へと捧げてきた野獣の牙。不意打ちであるなら勝算はある、と結論付けた元凶となったソレは、たった今無用の長物と化そうとしていた。
「た、隊長」
「前進だ」
震える声をあげる通信手の声を無視し、内心の不安を吐き捨てるように決断を下す。ここで逃げ出すのは下策、最高の一撃を苦もなく防がれた現状、浮き足だった兵隊ではどうやっても統率の取れた撤退はできない。只の射的の的でないことを敵に教えねば、手傷を与えなければこちらが虐殺される。
前進し至近距離からの砲撃、場合によっては下車戦闘を行い死中に活路を見いだす他ない。
「小隊単位で散開、相互支援しつつ前進するぞ。装甲の厚い第一中隊が先頭を進む、第二、三中隊は付いてこい」
『命中!T-34/76モドキ撃破2!』
「防御力は見かけ倒し、BT-7クラスか。主砲を使うのがもったいなくなってきた」
モニターに表示されていた敵の光点の下に"Destroyed"の文字列が明滅し、望遠カメラに紅蓮の光が微かに踊る。ノーマッドから発射された2発のAPFSDSは、異星の木々を運動エネルギーで無理やり螺切り、衝撃波の帯を従えながら獲物へと命中した。
着弾直後弾頭に集約されたエネルギーが塑性流動を引き起こすが、其よりも早く弾着の衝撃に耐えきれなくなった装甲が砕け、車内へと降り注いだ。吹き飛んだ破片が衝撃波で砕けた生命体の破片を更に切り裂き、一部が未使用の砲弾へと飛び込み誘爆を引き起こす。着弾から1秒も立たず、30tを越える2輌の中型ビークルは文字通り木っ端微塵に吹き飛び、原型を止めることすら許されなかった。
一方、一瞬で2輌を吹き飛ばされた敵は反転壊走ではなく、小隊単位に別れての突撃を選択。重装甲ビークル8輌を全面に押し出し、身軽な中型ビークルは後に続く。どことなくパンツァーカイルを彷彿とさせる戦術だ。
『重装甲の
ノーマッドが何かをいいかけた瞬間、モニターに写っていた敵が光と爆煙に包まれたかと思うと、続いて車体に複数の衝撃が走りショックアブゾーバーが軋む。
『命中弾26発!損害なし!交互躍進射撃ではなく、行進間射撃。此方が停車中とはいえ、全弾命中とはやりますねぇ!』
「初速と破壊力の無さを砲弾の誘導性能で補ってるって訳か。側背面に回り込ませるとは、器用なことをするもんだ」
「なあ、おい。本当に大丈夫なのか?」
敵の砲火の真っ只中と言うのに、呑気に過ぎる口調で敵の分析を続ける同行者に思わず疑問が口を突いた。戦闘直前に「顔色が悪い、休んでおけ」と気遣われ、魔術防壁だけは展開することを条件に渋々引き下がっていたが、結果はご覧の通り直撃を許してしまっている。
そして降り注ぐ7発の砲弾。着弾した直後、衝撃が目標に伝わる瞬間を狙って発動される火属性炸裂魔術式は正しく動作しノーマッドの装甲表面で7発の花火が炸裂した。
そうだ、花火だ。常識的なビークルであれば一撃で粉砕されるだろう集中射撃を受けてなお、そう表現できるほどの脅威しか感じない自分をいまさらながらに認識する。
『いやぁ、ぶっちゃけ演習用砲弾並みの威力ですね。電磁装甲どころか、最前面の表面硬化再生装甲すら貫通できてません。しかも、律義に車体ばっか狙ってきてるので観測機器類もほぼ無傷。奴さん相当焦ってますね』
「局所戦は掛け算だ。確かに数は重要だが、
何でもないことのように言葉を紡ぐ中、再び砲身から矢継ぎ早にプラズマの業火が吐き出されると一番外側を進んでいた2両の中型ビークルが時間差を置いてはじけ飛ぶ。技術格差といえば簡単だが、星の海を渡るほどの技術をもとに建造されたビークルと、自分たちの星でも強力な部類に入るビークルの歴然という言葉すら生ぬるい差に乾いた笑いさえ上がりそうになった。
大人と子供どころか、魔獣と蟻ではないか。もはや戦闘どころか虐殺ですらない、言葉を当てはめるとしたら駆除だろう。相手の攻撃を攻撃とすら認識せず、一つ一つ丁寧に効率的に刈り取っていく異星のビークル。
今こうして自分が呆けている間にもレーダー画面上に映るナンバリングに付属された脅威度判定が目まぐるしく変わり、最も優先度の高いモノへと2つの槍の切っ先が向けられる。
「次目標トラックナンバー1018、1020!弾種同じ!」
『
「命中!撃破確実っと、命中弾20発、同時同個所に着弾、損害は?」
『エノーモティア用対空レーダー小破、戦闘続行に支障なし!貧弱貧弱ゥ!』
「相対距離3000mを切ったぞ。補助電磁加速中止、交互通常射撃モードから交互速射モードに移行。即応弾残り18発。砲身冷却装置出力上げろ、電磁装甲への電力供給50%カット、速射機能へ振り分けを許可」
『私は自重を辞めるぞ車長ォーーーーッ!』
「そもそも自重してたのかお前」ユキトがボヤキ、アルマとタブリスが同時に頷く。自重、自粛から最も遠い存在と共通の認識を抱かれているノーマッドだったが、久しぶりの対戦車戦闘に最高に「ハイ!」になっているAIには届かない。
言語メモリがいつも通りのおかしな言動を垂れ流し続ける中、火器管制は車長の指示通り迅速に敵をせん滅するために車体のリソースを攻撃力へと振り分けていく。コンデンサーへの充電時間を短縮するため砲身電磁加速システムをスリープ。表面の装甲だけで対処できる砲撃であるため、莫大な電力を食う電磁装甲への給電を一部カット。浮いた電力を薬室内プラズマ発生装置と砲身冷却装置へと供給し、貫通力と防御能力を犠牲に速射能力を向上。装填、発砲、冷却を交互に行う交互射撃を継続し、秒間1発以上の速射を実現。
『無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァーッ!』
もはや機関砲レベルの速射を左から右へ砲塔を旋回させながら薙ぎ払うように射ち放つ。砲身から漏れ出るプラズマと爆炎により可視光を用いた光学観測装置はもはや意味をなさず、電子の目に狙われた目標が次々に爆散していく。
速射開始から20秒後に残ったのは、先頭を進んでいた隊長車らしき車両とその横を進んでいた車両の2両のみ。その行き足も怖気づいたのかノーマッドの前方2000mで完全に停車してしまい、一瞬遅れて隊長車らしき方ではない車両が横腹を向けて進路変更、あてずっぽうな砲撃を行いながら逃走を図る。
「やれ」
『WRYYYYYYYYYYYY!ぶっつぶれよぉッ!』
短い合図が終わるか終わらないかのうちに、砲塔上部のエノーモティアが閃く。いくら重装甲ビークルとは言え、装甲の薄い側面にをさらし、ノーマッドの時代の地球基準ではもはや軍用装甲という用途には使用されない均質圧延装甲に類する性能では自殺行為に等しい。
数秒の斉射で車線上の邪魔な木々が軒並みなぎ倒され、次の数秒で敵車両の魔術防壁が粉砕され、次の2秒で車体後部が穴だらけになり火炎が噴き出す。わずかな時間松明となった敵ビークルは火だるまになった乗員の1人がハッチから転げ落ちようとした瞬間、搭載していた弾薬に誘爆して砲塔が吹き飛び完全に沈黙した。
逃げ出そうとした一両の最期を確認したノーマッドは、度重なる砲撃で荒地へとなりかけている森を踏みつぶし、前進を開始する。その砲身は最後に残された敵車両へとぴたりと合わされていた。
「1両を残して敵部隊壊滅、いや、消滅か。いやはや、これは」
仕方ないとはいえ高みの見物を決め込む形となったナングスの口から、畏怖というよりも呆れが多分に含まれた言葉が漏れた。惑星単位で規格外とは自分で認識してはいたものの、ここまでの格の違いを見せつけられると逆に白けてしまう。たかが1両で大隊規模の装甲部隊を真正面から粉砕するなど、それこそ要塞級ビークルを引っ張ってこなければドダイ無理な話だ。いや、要塞級ビークルでもこの短時間でこれだけの戦果を挙げられるかと問われれば首をかしげずにはいられないが。
「ったく、奴らがこっち側でよかったですな。敵にだけは回したくない連中だとよくわかりましたぜ」
バルナルドも呆れ顔でため息を吐いている。一方、イジドニへと視線を向けると、どこか複雑そうな顔をした若者と目が合った。
「奴がいれば、ルベルーズを救えたかも。とか考えてるか?」
「……ええ、まあ。否定はしませんよ。つくづく自分勝手で嫌になってきますが」
「気にするな、俺もそうだ。……ああ畜生め、あの時首根っこ引っ掴んでも従軍させりゃよかったかな」
「その時はその時で、全部終わった後に奴らみたく粛清されそうですけどな」
肩をすくめる最選任下士官に「わかってるさ、負け犬、いや猫の恨み言だ、忘れろ」と自嘲気味に口を歪めて笑う。すべては後の祭り、そもそも奴らがギルタブリオンと戦う理由なんてこれっぽっちもないことは理解している。
無理やりにでも戦線に引っ張り出すなら…あの魔女を人質にするしかないだろう。もっとも、それをやってしまえば最後。祖国が廃墟になる理由が、厄災級魔獣の襲撃から異星人の個人的な恨みの復讐に代わるだけになるだろう。
自分たちとは異なる星の生命体。地球人の性質なのか、彼個人の性格なのかは判らないが、奴らの価値基準はよく言えば個人重視、悪く言えば自分勝手だ。身内ととらえた存在にはとことん甘く、傷つけることを許さない。一方、身内以外にはどこまでも冷徹に、それこそ無感動と思えるほどの対処を平然と行う。自分の中の一線を踏み越えたものには自分に危害が及ばない範囲であれば、それ以外の全てを利用して援助する。
”共同体の一部たれ”ルベルーズどころかこの星の文化に根付いた言葉とは真逆の異質な思考形態。自分たちは厳しい環境の中で協力を前提に文化を育んできた。外敵である魔獣を倒すためにビークルを誕生させ、国家間の交通を少しずつではあるが回復させた。知性体同士の戦闘はせいぜい”小競り合い”と呼べるもので、使用されるビークルも対魔獣用のそれ。新型ビークル開発の目的はより安全に魔獣を倒すためだ。
彼らの星には魔獣はいなかったと聞いた。であるならば、今目の前で敵を一方的に叩き潰した異質なビークルは対知性体戦闘用に発展した車両だと結論付けられる。
自分たちの乗るビークルとは正しく正反対の性質、知性体を守るのではなく殺すことを至上命題とされたマシン。そして、ルベルーズを吹き飛ばした爆弾とよく似た原子爆弾。一体全体、ユキトがこの星に来るまで、彼らの星ではどれ程の知性体の血が流され、命が奪われてきたのだろうか。
「魔獣、か…」
「中尉殿?何か言いましたか?」
「いや、なんでもない」
馬鹿な考えだ。と頭に浮かんだ妄想とも取れる考えを振り払う。こんなこと、助けられた側が考えていいことではない。それぐらいの理性と矜持はある。
方や
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