第27話 落日の足音


Yo buddyよう相棒.You still aliveまだ生きてるか?』

「なんとかな」


 夕暮れ時が迫り、ルベルーズの街並みが夕暮れの赤と影の黒に沈んでいく中。ノーマッドの周囲で待ち構えていた近衛騎兵数人を轢殺しながら突入し、その後の降車戦闘で残存兵力を瞬く間に全滅させて戻ってきたユキトに、いつも通りの軽口がかけられる。

 何日も座っていなかったような気がするシートに納まり全員乗ったことを確認。タブリスもアルマのシート裏に納まっている。相変わらず頭をアルマの頭の上に置き、彼女が嫌そうな顔をしているが見なかったことにする。


『じゃあ、ケツまくって逃げるとしますか。逃走ルートの策定は済んでいますが、ルベルーズ軍が事態収集のために出動したようです。もしかしたら、このまま戦争になるんじゃないですかね?』

「ルート変更はすぐに知らせろ。舌噛むなよ貴様ら!」


 サイドブレーキを解除したアルマがアクセルを踏み込み、ノーマッドのフロントがわずかに浮き上がって急発進する。走り出してすぐに車体に接触したルアールが弾き飛ばされ、横転しながら隣の建物に叩きつけられた。ノーマッドが停車していたのは路地裏に設けられた駐車場、大型ビークル1両がやっと通れる広さの路地を進み、近衛が設置したと思われるバリケードを質量と速度の暴力で粉砕して大通りへと出る。


「ギルタブリオンも来るのに踏んだり蹴ったりだな」

『実際、第2次大戦レベルの戦車で守り切れるんですかねぇ』

「…のう、アルマ。今コヤツらさらっと物凄いこと吐いた気がするんじゃが、じゃが」

「………おい、ユキト。その話は本当か?」

「どの話だ?」

「ギルタブリオンに決まっているだろうが」


 ちらりと操縦席の方を見ると、疲れきったような顔のアルマと目が合った。というか、若干目のハイライトが消えているような気がする。ギルタブリオンというやつは、やはりエリクシル人にとっては絶対強者に近い位置づけらしい。


「ああ、ナングス中尉殿から聞いた話だ。明朝、Ⅵの場合が発令されてルベルーズは戦時体制に移行し実質封鎖される。ビークルは全て徴用、冒険者は全員徴兵だとさ。だから、今日のうちにここを出なくちゃならない」


 務めて明るく言ったつもりだったが、帰ってきたのは2つのため息だった。


「それを先に言わんか、馬鹿」

「仕方ないだろう?それを聞いた直ぐ後に近衛に襲撃されたのだから」


 彼女自身、理不尽な怒りだとは理解しているのだろう。何か言いたげに何度か口を開閉させた後、「まあ、しょうがない」とこぼして正面のモニターに向き直る。

 人の気配が途絶えた街中を、履帯で石畳を盛大に削りながら壁の外へ抜けるゲートをめざす。直線距離で、あと4㎞程度だろう。


「で、フェネカ。お前は一体何を考えてるんだ?」

『あ!そうですよ!のじゃロリ絶壁銀髪毒舌尊大系お姫様とか属性エベレストじゃないですか?!まだ属性隠してるんでしょ!?言え!』

「さて、どう思う?」


 ニヤリと少女に似つかわしくない何処か妖艶さを漂わせる笑みを浮かべているが、魔術でコンソールの小型モニターをたたき割っているため何処か残念さを漂わせる。胸やけがするほどの修飾をつけられたからなのか、その中の1つの絶壁ワードに反応したのかは今はどうでもいいことだった。


「惚けるな。こちとら何時の間にかレネーイド帝国の反逆分子だ。君のせいで割とひどい目にあったんだから説明を求める。さもないと」

「ほぅ、さもないと?」

「説明するまで飯抜き。それでいいな?アルマ」

「異論はない」

「んにゃ!?ひ、卑怯じゃぞお主ら!」


 息ピッタリに連携したユキトとアルマに情けない抗議の声を上げる。宮廷料理人でも十分やっていけるアルマの料理の腕を知っているうえ、魔力を大幅に消費した結果エネルギー切れ寸前。フェネカにとって最悪の手札を切られた形だ。その様子に若干機嫌を良くした様子のアルマが、詠うように言葉追い打ちを連ねていく。


「今日はユキトも私も随分動いたからな、腕によりをかけるとしよう。食料品の調達は午前中に済ませておいたし、ちょっと奮発してみるか」 

「デザートはつくのか?」

「もちろん。今日食べ損ねたビターチョコレートケーキでも焼こうか?実のところ、ケーキには少し自信があるんだ」

「それは楽しみだな」

「うぐ…この…卑怯者…」

「フン、旅の中で料理人を敵に回すことは死と同義だぞ?」

「情報も大事だが、そのせいで兵站を失うのはド失策だな?」

『うわぁい、子供相手に容赦の欠片もないよこの邪悪カップル』


「誰がカップルか」とアルマがノーマッドに噛みつき、フェネカがしぶしぶ無条件降伏を選択しようとしたときだった。突如車内にアラートが響き渡り、緩みかけていた空気が凍り付く。


「どうした?ノーマッド」

『空間歪曲レーダーに感アリ、巨大質量反応がルベルーズに向けて進行中です。時速70㎞、距離40㎞。ヴァプールの森から進出しているみたいですね。それと、もう一つ』

「なんだ?」


 メインモニターが切り替わりルベルーズに近づく輝点が表示される。速度、方向、おおよその高度が表示されているが、その標高の表示に首をかしげざるを得なかった


『高度マイナス300m、地中を掘り進んできてますね。ジェットモグラか何かでしょうか?国際救助隊に救難信号出してないんですけどね』

「ギルタブリオンじゃな」


 後ろを振り返ると、眉間にしわを寄せた金色の瞳と目が合った。


「奴らは爪を使って地中を掘り進むことができる。爪を赤熱させて岩石を溶かし、溶岩の中を進むらしい。まさか70㎞/hも出るとは思わんなんだが」

「また面倒な機能を…いやまて、地面を潜れる魔獣がいるのなら揺り籠は意味をなさないんじゃないのか?」

「たわけ、揺り籠の防壁は地下にまで伸びておるわ。むしろ、装甲にする素材が豊富な分、防御能力は地上部分よりも高い。大方、地中を掘り進んで壁の手前で浮上、魔力光で壁の脆弱な部分を打ち抜く算段じゃろうよ」

『ところで、ルベルーズにギルタブリオンが突っ込んでくるのって何か理由はあるのですか?』


 ノーマッドの問いに、知るかと不機嫌そうにフェネカが吐き捨てる。


「魔獣の考えなんぞ読めん。奴にとって何か我慢ならんものがあるんじゃろ?」

「率直に聞く。ルベルーズ軍でギルタブリオンを食い止められるのか?」

「無理じゃな。お主もそう思うじゃろ?アルマ」

「まあ、無理だろうな。ルベルーズ軍が束になってかかって最後の1兵まで戦ったとしても、1時間持てば上出来じゃないか?」


 即答する魔女二人に乾いた笑いが漏れてくる。ルベルーズ軍の規模は2個歩兵連隊、1個魔導胸甲騎兵連隊、1個装甲騎兵連隊の計4個連隊。そして、要塞級ビークル2両。合計で1万人強。1個師団と超大型ビークルをわずか1時間で殲滅する魔獣。それが後40分足らずで到達する。壁のすぐ傍で迎撃したとしても軍隊の展開は間に合うまい。おそらく、そのまま市街戦になだれ込む。それも、ルベルーズの市民をすべて巻き込んでだ。


「酷いことになるな。市民の7割は明日の今頃生きていないだろう」

「そうじゃのう。ま、泥沼市街戦をしてくれればしめたものよ。混乱は奴が侵攻するヴァプールの森の方面の市街から生じる、軍も人も建物も、すべてが奴にとっては障壁じゃからな。このまま行けば儂らは逃げきれるじゃろう」


 何処かやるせなさが籠った口調のアルマと、無辜の民衆も盾にできるなら好都合だと酷薄な笑みを浮かべて見せるフェネカ。

 皇女として重要視すべきは自分の身と自国の民、極端な言い方をすれば他国の民衆がどうなろうと知ったことではない。

 一方、アルマの方は見ず知らずの民衆を犠牲にすることに、強い不快感を覚えているらしく、ちらりと懇願確認するかのようにユキトの方を見る。


「なあ、ユキト。貴様はどう思う?」

「んん、ルベルーズ軍と市民には気の毒だろうが、わざわざ僕らが危険を冒してギルタブリオンを迎撃する理由はない。目覚めは少々悪くなるだろうが」

「そう、か」


 返答なのか、言い聞かせているのか判別のつかない言葉が操縦席から漏れる。いつもの彼女らしからぬ、妙に弱弱しい声色に思わず「助けたいか?」と問いかけてしまった。図星を突かれたのか、かすかに彼女の肩が動き、ややあって重い口を開いた。


「本音を言えばな、そりゃ助けたい。ルベルーズに来たのは片手で数えられる程度だが、これが初めてではないからな。それが出来るかもしれない手段があるから、なおさらだ。もちろん、無駄で無用なつまらん感傷だとは理解している。それでも、な…」


 尊大な口調や態度に隠れがちではあるが、市民を見捨てて逃げることが最善策な現状に対して”やりきれない”と心情を吐露したように、他人ユキトのことを言えない程度にはお人好しなのだろう。


「…馬鹿なことを言った。忘れてくれ」

「いいや、聞けて良かった。むしろ、思ってたより根が善良で驚いたぐらいだ」

「喧嘩なら買うぞ?」

「勇気を出して褒めてみたのにそりゃないだろう」


 生死がかかった現状に不快感を感じながらも仕方ないと言い切った彼に、自分の煮え切らない心情を明かすのは正直不安があった。しかし、帰ってきた返事は冗談交じりではあったが”それもよし”と自身を肯定する言葉。惚けたように肩をすくめたユキトに、魔女は小さくため息を吐き出す。その口元に、知らず知らずに小さな笑みが浮かんでいた。


「とにもかくにも、情報が足りないな。ノーマッドの主砲が通用するのなら、ガン逃げせずに済むんだが…」

『うーん、威力偵察ってことで1回アウトレンジから1発ぶち込んでみたいですねぇ。…むっ、唐突に閃いた!』

「通報した」


『横暴だ!』と声を荒げるAIから、魔女たちにとっては突拍子もなく、異星人にとっては頭の痛くなるような作戦を告げられる。行く手にはルベルーズと外界をつなぐゲートが見え始めており、周囲には意味深なルベルーズ軍のソミュール3両が停車していた。











「車長殿!第2中隊のシャルル中尉から連絡です!ユキトと名乗る人族が、第2小隊によろしくと言伝を頼み、出国したらしいです!」

「おう、ご苦労さん」

「ギリギリだが、間に合ったみてぇですな」


 持ち場として命令された2番ゲートの横で小隊とソミュールを待機させ、作戦開始時刻か別命が来るまで鋼の乗騎のすぐそばで紫煙を燻らせていたナングス中尉とハルム少尉は、待ち望んでいた連絡を聞いて満足げに頷く。

 近衛に一泡吹かせたその足で駐屯地に戻った彼らを待っていたのは、ギルタブリオンの接近が予想以上に早くなりそうなことと、それに伴い戦時体制に移行する時間を明朝から今日の夕刻へと半日前倒しする決定だった。できればそのことをユキトに伝えたかったが、封鎖されるゲート付近での混乱の抑止と避難誘導という名目で駆り出されてしまったためどうにもならなかった。


「それと、何か拳銃のようなものを預かっている見たいなので、取りに来るか送るか聞いてきています」


 付け加えられた言葉に2人は「拳銃のようなもの?」と顔を見合わせる。銃を見慣れていない、ゆりかごから外に出たことのない民衆なら解るが、シャルル中尉はれっきとした軍人。拳銃は知っているはずだ。それが、拳銃のようなものとは…


「どう思う?ハルム」

「ユキトのヤツが爆弾渡すとは思えませんな。貰えるもんならもらっておけば良いでしょう」

「それが妥当か。イジドニ一等、返信。連絡感謝、彼は第2小隊の恩人なり。なお、物品については竜書を使って2番ゲートに送られたし。以上」


 竜書とは軍用小型飛竜レイバーンを利用した通信手段であり、同調鉱石シンクロタイトの効果範囲よりも遠い箇所へ連絡を送る際に活用する。エリクシル型の伝書鳩と言えるだろう。また、小型と言ってもレイバーンは翼開長3mを超え、10kg程度なら空輸可能だった。

 拳銃のようなものか、もしかしてオニズィレスを潰した小銃の小型版か?……まさかな。

 不可解な通信に思いを馳せて空を見上げようとしたとき、不意に聞きなれた機関音が響き、緩やかにカーブする外壁円周街道の向こうから1両のソミュールが表れた。

 ソミュールの砲搭には122とペイントされている。意味は第1中隊第2小隊2号車、シャルノーの車両だ。122号車は小隊が待機している路肩まで来ると縦列駐車し、中からシャルノーが現れ、周囲に風属性の防諜魔術を展開し敬礼する。



「小隊長殿、シャルノー少尉、以下2名帰隊しました」


「早かったな?」と髭を揺らすナングス。シャルノーは「半分無駄足でしたから」と申し訳なさそうに肩を竦めた。


「レネーイドの野営地はもぬけの殻です。恐らく、戦闘が拡大し始めた時には撤退に移っていたのでしょう。逃げ足の早さは、さすが魔導胸甲騎兵と言ったところでしょうか」


 出動命令がかかった直後、ナングスは他国の魔導胸甲騎兵が戦闘を起こしていると報告を上げたが、裏付けが取れるまで軍は動けないと返されてしまう。こういう時のフットワークの重さはルベルーズの弱点だった。

 しかし実際に戦闘行動を見ていたナングスは、装甲騎兵は偵察も任務の一つであると大隊司令部を説き伏せ、シャルノーを将校斥候として野営地へ進出させたのだった。


「空振りか。となると、奴等仲間を見捨てやがったか」

「ウッドパスの枝打ちってわけですかい」

「中隊本部から何かあったので?」


 苦い顔をする隊長と同僚に、嫌な予感を抱きつつ聞いてみる。ナングスの話はその予感が的中していたことを示す、後味の悪いものだった。


「結論から言うと、ルベルーズに入国した近衛は全滅した。いや、させられたと言った方がいいか」

「ユキトさん達ですか?」

「まあ、原因の一つではあるな。事実、要と思われる騎乗した魔導胸甲騎兵の半数と歩兵1個小隊を壊滅させている。騎兵が徒歩で戦闘していることを考えると、実質は1個騎兵中隊を潰したに等しい。だが、入国したのは2個騎兵中隊だ」

「じゃあ、残りの1個中隊は?」

「ドカン、ぱぁ。だよ」


 ナングスの代わりに、ハルムが目の高さで握った拳を開く。彼らの苦い表情の理由はこれだろう。


「貴様が出て直ぐ、捕縛命令が下った。丁度出撃準備が整った魔導胸甲騎兵第2大隊が急行したんだが……奴等、捕まる直前に自爆しやがったんだ。それも全員な」

「ああ、成る程」


 全てを知っている容疑者が目の前で自決し、手がかりを失ったのだ。彼らのその忠誠心には敬意を表するが、此方としては完全にしてやられた形だった。


「そして上は奴への対処で精一杯というわけですか」


「そういうことだ」と最後の紫煙を空へと吐き出す。吐き出された煙は即座に拡散しながら、星の帯が存在感を増しつつある夕焼け空へと消えていく。

 今頃、北西の方角に口を開けた10番ゲート――ゲートを直進すればヴァプールの森がある――から5km地点にルベルーズ軍の一部が集結しつつあるのだろう。市民に感づかれないように、部隊を分散させて別々のゲートから出たり、いくつかある軍用地下通路から出撃する部隊もいるはずだ。

 まずは雑多な兵員輸送用ビークルに乗った歩兵が進出し野戦魔術築陣作業を始める。主戦場と思われる個所にあらかじめ各種の魔術陣を描いて置き、味方の強化・撤退支援、敵に対する攪乱・攻撃など地の利を味方に分け与える準備を行う。魔術陣を直接大地に書き込むため移動はできず、書き込まれて数日は効力を発揮するが、それ以降は惑星のエーテルによって意味が変質し、最後には消失してしまうなど弱点も多い。しかし、十分に構築された魔術陣地を攻略するためには同規模の魔術陣地を構築するか、3倍の兵力で攻め寄せるくらいしか方法がない、防御側にとっては有利な代物だった。


「先に行くのは4個歩兵大隊でしたっけ?」

「今頃は第1連隊の2個大隊が作業に移っているころあいだろう」

「うちの旗艦はどうなっているんですか?」


 ちらりとシャルノーが真北にある0番ゲートの方を見る。視線の先には外壁の上端とほぼ同じ高さの巨大な四角い建造物が、街並みの間から見えていた。長辺200m、奥行き100mの強烈な存在感を放つ構造物。あれこそがルベルーズ軍総司令部であり、最大戦力の格納庫だった。


「発進準備中だと聞いている。今のところ、奴を叩き潰せる可能性として一番高いのが、主砲の直撃だからな」


 格納庫の中に収められているのは2隻の要塞級ビークル。フォレスピオンをはじめとする魔獣を一方的に刈り取ってきた人工の怪物だ。彼女たちが振り上げる330㎜砲が直撃しても戦闘行動が可能な生命体は想像しづらい。もっとも、問題はその巨大な砲弾をいかに直撃させるかの方ではあるが。


「まあ、彼女たちが出てくれば耳栓でもしていなけりゃ気づくさ。俺たちができることはゲートを封鎖させた後、体力が有り余っている奴らを引っ張ってくることだ。それらがひと段落ついた後、ゲートを出て合流。そこからは手伝いだ」

「作戦が上手くいけば、俺たちは一発も撃たずに帰れるんですかねぇ」

「だといいな。俺もソミュールの主砲で奴と戦いたくはない」


 ナングスがお手上げと両手を上げ、そりゃそうだと2人の車長が笑う。ちょうどその時、彼らの上空で大きな翼が空気をたたく音が聞こえた。3人の視線が空へと向かうと、そこにはルベルーズ軍の紋章を胸にペイントされたレイバーンが滞空していた。

 黒っぽい体に翼膜を持つ1対の翼、円錐形の頭部は円周を均等に囲むように3つのドーム状の目がついており、硬質な嘴は花が開くように3つに分かれる。そして、両手で抱えるように拳銃のような物体を保持していた。


「なんだ?どうした?」


 頭上でホバリングし、ある一点――10番ゲート――の方角を見つめているレイバーンに焦れたハルムが声をかけた時だった。真上にいるレイバーンは突然狂ったように鳴きだしたかと思うと、持っていた荷物を放り投げるように離し、一目散に4番ゲートの方へと向けて飛んでいく。

 空中から投下された積み荷はシャルノーが慌ててキャッチして事なきを得たが、よく訓練されたレイバーンの不可解な行動に生じた疑問は残る。


「危ないなぁ、調教師は一体何をやってるんでしょうかね」

「手でも滑ったんじゃねぇのか?」


 慌ててキャッチして手を痛めたのか、若干恨みのこもったとげのある言い方のシャルノー、直観で得た根拠も何もない予想以下の意見を放り投げるハルム。2人の意見は程度の差こそあれレイバーンの運用上の問題であったが、祖父がレイバーン飼っていたため、その修正をよく知るナングスの予想は異なっていた。


「まずいかもな」

「何がです?中尉殿」

「あのレイバーン。喧しく鳴いただろ?あれは、奴らの群れが壊滅の危機にさらされたときに使う声だ。戦う声でも、求愛の声でも、風を知らせる声でもない。あれは」


 ナングスが続けた言葉は、突如響き渡った鼓膜だけではなく全身で感じ取れるほどの異常な爆発音にかき消されてしまう。反射的に音が来た方向へ視線を向けた3匹の目に飛び込んできたのは、夕陽を浴びながら北西の方角の空にゆっくりと昇っていく赤黒いキノコ雲の姿だった。


「あれは、固まらず分散して逃げろと警告する声だ。大多数が死んでも、誰か1匹でも生き残れれば御の字というときぐらいにしか出さない、レアな鳴き声だよ」

「その強運は別のところで使いたかったですな」


 乾いた笑い声とともにハルムが軽口をたたく。ナングスもそれに何か返そうとしたが、再びの爆発音と空に立ち上る2つ目のキノコ雲を見て、ひきつった彼の口は返答を出すことを拒否してしまっていた。





 10番ゲートの向こう側で発生した爆発音とキノコ雲。それらを同時に引き起こせる存在がいるとすれば、ルベルーズ軍が迎撃しようとしていた敵以外に考えられなかった。

 爆発で発生した粉塵や瓦礫が、ゆっくりと滞留しながら群青色になりつつある空へ吸い込まれ、ルベルーズ市国の最後の夜の帳が落ちていった。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る